暗黒剣士の道場破り
一行は辛苦を舐めながらもどうにか目的を果たした。
翔狼族たちはエクスカリバーを手渡すことで、自分たちの役目は遂行したと言明した。
不戦を誓うエリート眷属として、自らは何も行動は起こさず、無常なる自然の摂理に全てを委ねるという固い決心は変わらないようであった。
先を急ぐ一行は、疲れも瘉えぬまま、翌朝旅の途上に戻った。
山峰を幾つか越え、道は下りに差し掛かった。
「山草がちらほら見えてきたわね。酸素も増えてきたみたい」ケイトが和やかな笑みを湛えて汗を拭き取る。
「天狗、じゃなくて。犬狗族の里はまだかな。歩き過ぎておかしくなりそう」フェルナンが四人から数メートル遅れてトボトボと歩く。
日が傾いた頃、散木に囲まれた雄大な城廓が地平の先に現れた。
やっと見つけたかと、意気込んで辿り着いてみると、残念ながらそこは犬狗の住処ではなかった。
「わっ、修行僧だ」
「隠れ修験者の修行場所かしらね」
皆例外なく頭を剃髪した男たちが、敷地の中を勤勉に行き来している。
一行は城門へ行き、首長への取次を申し込んだ。
城内では多数の修行僧が坐禅をしたり、何かの武術の技を掛け合って稽古に勤しんでいた。
「旅人がこの汎空国に何用か?」首長が品定めするように一同を観察する。
「汎空。あの飛鷹拳を国術とする太古の部族とは、貴方がたの事だったのか」ラッセルが記憶を捲りながら言う。
「別に用事はないんです。通りがかりで。皆さんもラングル復興に力を貸して頂ければと」フェルナンがへりくだって進言する。
「我々は治世には不干渉だ。交渉には応じぬぞ」
「自分だけの世界に生きる蛙か。世界的武術も宝の持ち腐れだな」ユンケルが痛烈に揶揄する。
「我らの武術は自己修養のためだけにある。他者と戦うものではない」
「そうなんですか?どんな武術か見たいなあ」
「飛鷹拳には演舞も試合もない」
「えっ、モンスターと戦うことも?」
「ない。戦いという想定や概念はないのだ。あるとすれば、自衛手段の場合のみだ」
彼らは非戦非暴力を徹底しているようだった。
そんな珍しい武芸に関心を抱いた男がいた。
他ならぬバルトスだ。
「競い合わない武術とは、如何ようなものか、体験してみたい。弟子入りは叶うか?」
「ほー、暗黒霊剣が他流派に枕替えするのか?大した謀反者だな」ユンケルが口笛を鳴らして囃す。
「そうではない。自己修養のためだけの武道とはいかなるものか、是非体得してみたいんだ」
首長は仮面から覗く暗黒剣士の双眸を見据えて返答した。
「来るものは一切拒まず。本心から稽古をしたければ、入門を許そう」
「決定!おめでとう、バルトスさん」ケイトが手を叩いて祝す。
「でも、そうしたら旅はどうするんです?魔物はこれからもいっぱい出没するし。ユンケルさんだけじゃ、危ないですよ」
「馬鹿を言うな。この私一人いれば、魔物など一掃してみせる。バルトス、気にせずここに残れ」
すると首長が横に控えていた若者に耳打ちした。
「暗黒剣士ならば、さぞこれまでの旅路で勇名な働きをして来たはずだ。貴重な護衛を失うのは痛手であろう。しかし、バルトスなる者。経験値を高めれば、さらに能力は向上する。そうなれば、お主らにとっても大きな知恵、力となろう。ゆえに、旅に支障がないよう、代わりの護衛をわが汎空から提供しよう」首長はそう言って、若者に言葉を継がせた。
「どうもどうも。はじめまして。バクシンと言います。微力ながら私がお伴させてもらいます。自分で言うのも何ですが、私、人の上に立つタイプではありませんで。小間使いとして、扱き使って下さって構いません」見た目は中背で狸顔。迫力はないが奇策そうな青年だ。
「暗黒剣士が修行している間、このバクシンを命綱として使うがよい」
「何ともありがたい。殿下、お言葉に甘えさせて頂こう」ラッセルが帽子を取り、恭しく会釈する。
という経緯で、新たなパーティーが編成されたのだった。
そして一行はせっかくだからと、飛鷹拳の修行風景を見ておくことにした。
城内に設けられた道場には、修行者が気合いの入った面持ちで様々な技の研鑽に励んでいた。
その拳法は豪放にして精密な投げ技や締め技、打撃を特徴とし、柔よく剛を制すの格言に則った腕力に頼らない護身術に依拠している。
「わっ、浮いてる!」フェルナンが胡座のまま舞空する修行者に目を見張る。
「飛鷹拳の肝の一つ、蝶空の術です。バルトスさんも、是非マスターして下さい。あなたほどの実力派なら、すぐ会得できますよ。あの世間に評判の暗黒剣士ですもんねえ」バクシンが低姿勢で謙遜する。
「非武闘を信条とする拳法は学びが深そうだ。これまで私が見聞きしたことのない未知の技を吸収することで、武芸者として新境地を拓けるかも知れない」バルトスが向学心を全開にして言う。
「全くです。飛鷹拳が人助けになることが、私どもの最大の幸せ。どうか、じっくり修行して下さい。お仲間の皆様の事はどうぞ心配なく。私が全力でお守りいたしますから。はい」
その他にも門弟たちは絶妙の息遣いで華麗な神技を披露する。
奥義の要諦はあくまで護身。決して先んじた攻撃は仕掛けない。過剰な反撃もしない。
それは格闘のためではなく、自己修養のための秘拳なのだ。
そして一同は汎空国の主食であるナムジという料理を饗された。
「質素ですね。薄味だし、こってり感まるでナシ」
「偉いわ。食べることも修行なのね」
山菜のお浸しや簡素な豆スープ、地味な小魚の煮付け。どれも残り物を再調理したような微妙な味だ。
豪華な饗応を期待していた助手二人は、低いテンションで口をモゾモゾと動かす。
「すいませんね。普通の人には粗末な食事ですよね。私だって偶には肉の丸焼きとか食べたくなりますから」バクシンは本音を零す。
「えっ?バクシンさん、あなた外の世界に興味がおあり?」ケイトが透かさず突っ込む。
「い、いえいえ!それは内密に」
「こういう健康食なら身体を壊すこともあるまい。武道の国という看板を出しているだけのことはあるな」ユンケルが優雅な手つきで、髭を布巾で拭く。
「私も丹念で低脂肪な手料理は好きでね。ナムジと言うのか。実に気に入った」ラッセルもこの質素な国民料理を賞賛する。
その後は、陽気なバクシンの話を中心に一行の冒険奇談など、公私に渡る談義に花が咲いた。




