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秘められた欲望

 どうにか古の巨人に勝ち切った一行は、胸を撫で下ろして安堵する。

 軍神の手から振り落とされた三人は、どうにか無傷でいられた。

 バジリスの肉体は破壊され、体長が半分ほどに小型化した。

「負け惜しみを言う訳ではないが、人間の力で私に勝つことはできない。お前たちが勝ったのは、世界を救いたいというその気持に偽りがなく、魂の想念が本物だったからだ」

「そうかな。お主もかなりの念力だったぞ」ラッセルは相手が敵であることを忘れて破顔する。

「これからは肉体を捨て、魂として生きることにする。もう欲や執着は持たぬ」

「またラングルに帰還して、世界を助けて下さいよ」フェルナンが人懐っこく勧める。

「もう願望だらけの物質界は懲りごりかしら?」ケイトが服に染み付いた灰滓を拭いながら苦笑する。

「お前たちがいれば、ラングルは復活するはず。私の出る幕はない。勇者どもよ、行くのだ。目的を果たすがいい」

 一行は魔陽窟を抜け、気勢新たかにダンジョンを突き進んだ。

 しばらくすると、道が途絶し行く手は深い闇によって堰き止められていた。

「あーあ。また一難か。空中浮遊で渡りなさいってことですか?これじゃ、イジメだよ」フェルナンが項垂れながら愚痴る。

「いや、これはただの奈落ではなさそうだ」ユンケルが何かを直覚して腕を組む。

 バルトスも不穏な空気を感じ、地面の裂け際まで歩み寄る。

 すると、闇底から突然蒼い光鱗が噴き上がってきた。

 その光の束は長い剣の姿形を描いて浮かび上がった。

 そして何処からともなく声が凛然と発せられた。

「これはお前の隠された野心だ。お前にはいかなる手段を経てでも、極めたいものがある。それはたとえ暗黒のエネルギーに曝されたとしても、お前はその野心を追求する。待っているのは破滅だ」

 言われたバルトスは無性に心が騒いだ。それは正義の鎧に隠された本心なのか。

「私に野心が?」

「そうだ。暗黒霊剣の真髄は、その名の通り、暗黒なる野望によって発揮される。お前は正義を捨て、暗黒の力に目覚めねばならん」

「馬鹿な。暗黒霊剣に野望など必要ない。私を誑かすつもりか?」

「どうなってるの、あの光は?」ケイトが胸騒ぎを感じながら光鱗を見つめる。

「あの光見てると、何か妙な気分になるな」フェルナンも虚ろな顔で見入る。

「試しているのかも知れんな。我々の決意がいかほどのものかを」ラッセルが目力を込めて言う。

「あの剣はバルトスの隠し持つ野心ということだ」ユンケルが納得げに眉根を上げる。

 声が続ける。

「ならば打ち勝ってみるがいい。魂に潜む邪心にな」

 すると、光が形作る剣から澱んだ黒い霊気がバルトスへと放たれた。

「これは!」

「お前の野心が引き寄せた暗黒エネルギーだ」

 黒い霊気はバルトスを囲い込み、囁きかけた。

「正義を絆を唾棄せよ。さすれば、お前は究極の力を手にする」

 究極の力。自分が探し続けてきたもの。

 心のさざ波が揺れ動く。自らの剣は正義のため、愛する者のためにあると固く信じている。

 しかし。暗黒霊剣を神の領域にまで高めること。かつてはそれこそが生き甲斐だった。

 暗黒エネルギー。それはバルトスを魅惑する。

「暗黒の力はそこまで強大なのか?」

「暗黒の力は信じ難いまでに強大。お前は間違いなく最強の使い手になれる。あらゆる魔物はおろか、聖獣、神獣をも打ち倒すほどの戦闘力を得られる」

「それなら、超オメガに匹敵するのかもね」

「覇者とアルヌスは別格よ」

 バルトスの野心が長き眠りから覚めんと、じわじわ燻り出した。

 それに呼応して、光鱗から迸る暗黒の霊気が、バルトスの首根っこから魂に食い込まんとする。

「惑わされるな、バルトス。暗黒の力では道を極めることなどできんぞ。そいつは、お前の野心が作り出した虚像にすぎん」ユンケルが見かねて叱咤する。

「分かっている。だが暗黒の力がどんなものか味わってみたくなった」

「何だと?貴様、我々を裏切るのか?」

 そう言う間に、暗黒霊気はバルトス体内に忍び入り、魂と融合してしまった。

「仕方あるまい。バルトスは求道者として、負の暗黒を受け入れた。暗黒剣士ならば、乗り越えざるを得ぬ通過儀礼なのだ」ラッセルが情けを含んだ調子で評する。

 すると、バルトスの全身から湯気のように霊気が噴出し、仮面の中の両眼が赤く獰悪に光った。

 そして飛び出した霊気は、邪悪な狂おしい背後霊のような怪物の影に変質した。

 バルトスは一同を振り返ると、猛然たる勢いで剣から霊気の岩塊を撃ってきた。

「忘我に陥ったか、バルトス!」ユンケルが風塵の渦を起こして対抗する。

「魔法使いよ。お前も正義の皮を剥ぎ取る時だ」またあの声が響いた。

「何だと!出てこい、忌々しい悪魔め!」

 ユンケルが罵倒すると、またも光の束が現れた。

 そしてそれは人間の形を描いた。

「これは女人だ。お前の最大の弱点であろう」

「女人!」ユンケルは泣き所を突かれた面相で真顔になる。確かに光芒は女の淑やかな佇まいを表現しているようだ。

 すると、その闇に浮かぶ光の瞬きから、世にも麗しい美人が登場したのだった。

「わおっ!綺麗なお嬢ちゃん!」

「あちゃ、駄目だわ。もうあのエロ魔法使いは使いものにならない」ケイトが完全に諦観して言う。

「おい、バルトス。レディの前で物騒な物振り回すんじゃない、無礼者が!」

 ユンケルの戦意は絶無となり、美人に擦り寄って話し込むばかりだ。

「ユンケルさん!何バカやってんの!バルトス暗黒卿が僕たちを殺そうとしてるんですよ!」

「まあ待て。女性の安全確保が第一だ。ねえ、ケイトちゃん?」

「煩いわね!この二股浮気男!」ケイトは小馬鹿にして地面を踏み荒らす。

 その時、バルトスがユンケルへ向かって急下降した。

 暗黒波と竜巻が交錯し、猛烈な衝撃音が発生する。

「エロ親爺!女にうつつを抜かさずに働きなさいよ!」

 すると、ケイトの側にも光が集まって来た。それは、貴公子のような男性像を結んだ。

「な、何よ。私にもチョッカイ出す気?」

「お前は頑固に自立した独身女性のフリをしているだけだ。内心では男に甘えたい」

「な、何の事よ・・・」

「結婚願望が強い。冒険などもう止めたい」

「そ、そんなこと、ないわ」唐突な指摘に、ケイトは恥ずかしそうに口籠る。

「え、やっぱりそうだったの!正直に言えばいいのに!」フェルナンがニヤけながら言う。

「もう!一体誰なのよ!あんた、清純な女子をからかって悦に浸りたいわけ!」

 その光から美男子が飛び出し、ケイトに優しい笑みを零した。

「おー、白馬の何とやらが迎えに来たじゃないか、ケイト!」

「フェルナン!馬鹿にしないで!これは単なる幻だわ」それでもケイトは興味ありげに、美男子の優しい相貌を見つめる。

「面白いなあ。こんな乙女チックなケイトを見たのは初めてだ」フェルナンは腹を押えて笑い耽る。

 しかし事態は他人事ではなかった。そう言う本人にも災難は降りかかる。

 光がフェルナンの前にやって来て、無数の金貨のようなものに化けたのだ。

「お前は無欲を装った傲慢者だ。お前が目指すのは清廉な旅人などではなく貪欲な大富豪。目当ては金銀財宝を手にする事だ」

 光の中から、ジャラジャラとお金が溢れ出て来る。

「フェルナン、そうだったの?あなた、お金じゃなくて、人の役に立つために宝探しをするって意気込んでたじゃない」

「違うよ!大富豪なんて。ま、まあなりたくなくはないけど。ケイトだって、冒険はしたくないんだろ!ならさっさと、箱入りになればいいんだ!」

「何ですって!お金の亡者に言われたくないわ!」

 二人は睨みあって、互いの本音を見透かそうと、その心を監視する。

「あらら。ケイトちゃんも、フェルナン坊やも、色々あるのねえ」ユンケルも戦いの手を止めて滑稽な助手たちを見遣る。

 狂態のバルトスも徐ろに自分の矛盾に気がつき始め、戦闘意欲を落としていく。

 そうなると旅団の首長であるラッセルも気が気でない。

「この私には何を見せるつもりかな?」覚悟を決め、闇の声に訊く。

「お前は慈善考古学者を演じているが、内実は人間を超越したいという煩悩を抱えている。お前の目的は神になることだ」

 光源が眩く明らみ、神話に出てくる厳かな神の写像が映り上がった。

「神か。確かに私は神の心で生きるという信念を持っている。慈悲を心に据え、毎日神に少しでも近づけるよう努めているつもりだ」

「お前は全知全能を求めている。早く旅など止めて世界の統治者になるがいい」

「誤解だな。神は信奉するが、思い上がりなどせぬ。私は権力には関わらず、庶民階級として人生を全うする所存だ。お節介には及ばぬ」

 神の光像がラッセルの上肢を明々と照らし、語りかける。

「お前には知恵と勇気がある。お前なら何にでもなれるぞ。神にもなれる。さあ、今こそ抑えつけられた欲望を解放するのだ」

「欲望?私にそんなものが」ラッセルは不可解な気持に捕らわれる。そして瞑目し、何とか平生を保とうと集中する。

 自分は何のために生きてきたのか。一介の学者かつ冒険家で終わる人生。それで本当にいいのか。

 愛する家庭を持ち、妻、子、孫を育てる。世に貢献する研究をして、歴史に名を刻す。

 そんなオーソドックスな人生に憧憬を抱くことはあった。

 しかし。今はラングルの危機だ。与えられた天命をこなすのが先決。

 家庭も名声もないが、私には愛する仲間がいる。

 神魂玉から三覇者を救い出し、暴れ者アルヌスに天誅を下さなくてはならないのだ。

 神になるなど虚妄の沙汰。

「皆の者!真実の目を開眼せよ!そして念ずるのだ!正しき道は分かっているはず!」ラッセルがこれまでにない大声を張り上げて全員に激を投げる。

 その強い思念が、浮かび上がる光の神を一気に打ち消した。

「教授!分かりました、やって見ます!」

「私も。こんな光もどきに惑わされてる場合じゃないものね」

 助手二人は、未練を残しながらも必死に念じた。

「レディは大事だけど、これは妄想なのね。ユンケル大公、真理に開眼するべし」

「世界を救えるのなら、野心など、暗黒など無用!」

 用心棒二人も真理を見極め得心した。

 こうして各人、光の幻影を見事葬り去ったのだった。   



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