蘇った四次元岩窟の軍神
結局、狐と狸たちは互いの考えを尊重して、狐は人間との同盟を模索し、他方狸は狸で魔物との協約に取り組むという事で合意した。
それぞれが距離を保って、自分たち群の理想を別々に実現する。それが肝要だと悟ったのだった。
急ぎ旅の一行は、同志となった狐狸への暇乞いも早々に山麓を出立し、犬狗の秘境を見つけるべく山脈踏破に臨んだ。
山は次第に急峻となり、本格的な登山がいよいよ始まった。
「まったく、旅を始めてから山登りばっかしだなあ。どこにいるんでしょうね、犬狗族って」
「旅に試練はつきものよ。歴史書には確かにこのクスノバの隠れ里で山岳修行をしてるって記されてるんでしょ」
そんな事を考えながら中腹を越え、折り返しである山頂近くまでたどり着いた時にはすっかり疲労に苛まれていた。
酸素は少なく、草花も見えなくなった。
「止まれ。気配だ」ユンケルが岩影に潜伏する何者かを探知して言う。
すると、翼を生やした目つきの鋭いモンスターたちがぞろぞろと現れた。
「人間か。我ら翔狼族に何か用でもあるのか?」ボスらしき一体が問い尋ねる。
「用はないんたがな。犬狗族を探している。お主たち、知り及びないかな?」ラッセルが帽子に手をあてがって訊き返す。
「犬狗族?知らんな。人間が支配領域を広げようとしているのは分かっている。お前たち、他種族を片っ端から支配するつもりか?」
「とんでもない。我々は一部の外道な野心家とは違う。お主たちと和約を締結するために旅をしているところだ」
「我ら翔狼族は、このラングルの創造神サウルスの直系眷属。ゆえに何者にも支配されぬ。また何者をも支配せぬ。永世孤立を信念に数千年の時を生きてきた。我らには魔物の頂きに立つエリート魔族としての誇りと名誉がある」
「ほーう。何とも高慢ちきなモンスターだな。で、自己紹介はそれぐらいにして、通行を許可してくれるのかな?」魔物に対する不信感を表意しつつ、ユンケルが手を広げて言う。
「人間と争うつもりはない。だがこうして遭ったのも神の悪戯。我が一族の真意を人間の統治者に伝達願おうか」
「へえ。皆さん、平和主義なんだね。話が早そうだ」フェルナンが愛想良く笑い立てる。
「いいわ。貴方たちの意見は、そっくりストレートに申し伝えるから安心して」ケイトも腹を割った気楽な所作で微笑む。
彼らは山頂近くに築かれた石造建築群に居住を構えていた。
文明度はひと昔前の旧弊的なものだったが、学識レベルは高く、山の天辺という僻地に暮らしながら、地上世界の情報を仕入れ熟知していた。
「そうか。そなたらは、一切ラングルの諸問題には関知したくないと言うのだな」ラッセルが上唇を擦りながら相手を注視する。
「我々には人間社会に関知する義理も義務もないはずだ。良くも悪くも今の惑星環境を作ったのは人間自身だ。翔狼族には干渉協力する必要性もなければ、端から興味すらないのだ」
「無責任な言い草だな。お前たちだって、ラングルの構成員だろう。同じ時代を生きる者としての責任感はないのか?それでも神直属のエリートか?」ユンケルが軽蔑の眼差しで問う。
「我々が身勝手だと言いたいのか?」ボスは翼をバサバサと撓らせて声を荒げる。
フェルナンとケイトが慌てて笑いの仮面を装う。
「実に身勝手だな。真意を伝えろなどと意見だけは丸投げしておいて、全て他人任せとはな。神々眷族の肩書きが泣いているぞ」ユンケルが畳み掛けて面罵する。
「侮辱する気か魔法使い!」
血気立つ翔狼族の頭目をラッセルが宥めすかす。
「まあ、待ち給え。平和中立を貫くお主たちの愛念はよく分かった。どうかこれからも、地上の情勢に目を向けていてくれ。世界は必ずよくなる」
本音の議論により自らの立場を再認識した翔狼族たちは、些か感情を沈潜させてしばし口を閉ざした。
そしてボスがある秘事を打ち明けた。
「何もしないのは、やはり逃げだと思うか?」
「逃げ?さあな。それも一策かも知れんが」ラッセルが淡白に答える。
「ならば秘剣をお前たちに預けよう。せめて、平和のための戦いの一助に役立ててくれ」
「秘剣とは?」
「我が一族が悠久に渡って保存していた神族の剣エクスカリバーだ」
「エクスカリバー!あの伝説の剣ですか!」フェルナンが飛び上がる。
「貴方たちが持っていたの?宝ハンターの誰もが一生涯をかけて探す究極のアイテムよ」ケイトは手を組み合わせて感嘆する。
「だが保管場所はこの世界ではない。それは遥か四次元の世界にあるダンジョンに安置されている」
「やれやれ。またまた危険な匂いがするなあ」
「お二人、出番よ」
「魔法使いに剣は不要。バルトス、お前さんの活躍する幕が来たな」
「エクスカリバー。一度目にして見たい」
「その剣でお前の暗黒霊剣を使えば、最強の奥義が完成するな」
「それは何としても入手せねばなるまい」そう言うと、ラッセルが柏手を打ち一同の士気を高める。
という経緯で、思わぬ急行事が発生してしまったのだった。
四次元の入り口は集落の東の多宝塔にある開かずの間の中にあった。
「二人だけで行ってくれますよね?僕たちは邪魔になるだけだし」
「フェルナンよ。我々はプロの冒険家だ。恐れずどこへでも行かねばならん」ラッセルが辛辣に嗜める。
「そうよ。四次元旅行なんてまたとない機会だわ。ほら、シャキッとする!」
フェルナンはガッカリした面相で用心棒二人を見る。
「まあいっか。ユンケルさんとバルトスさんがいれば、どんな敵でも退治してくれるから」
「それはどうかな。四次元には想像を絶するようなモンスターがいるやも知れん。君を守りきれるかどうか分からんぞ」
「そんなー。僕やっぱり留守番しますよ」
「ハッハッハ。冗談だ。ユンケル様の魔術は天下無敵。安心しなさい」
御題目を貰ったものの、フェルナンはいじけた表情で愚痴をこぼす。
力持ちの翔狼族が、開かずの間の真ん中にある豪勢な騎士の甲冑をズラして移動させる。
すると、そこには四角い穴があり、果てし無い闇が拡がっていた。
これが四次元への転送スポットだという。
「こんな真っ暗な中に飛び込むんですか?」フェルナンが震えながら穴を覗く。
「旅の者。覚悟はいいか?」翔狼族のボスが真剣な語調で一同の意志を再確認する。
「いいとも。皆の者、行くぞ」ラッセルが決然と号令をかける。
無重力空間を揺蕩うこと数分。一行は固い地面の上に降り立った。
足元と壁には見たこともない鉱石岩石が散りばめられていた。
「この世のダンジョンではないな。まさに四次元に入り込んだようだ」ユンケルが第六感を鋭敏に張り巡らせて言う。
「とにかく秘剣を探すしかないな」ラッセルが額の汗を拭って帽子を被り直す。
空気が明らかに普通とは違う。
酸素、窒素、水素などの大気組成も元の世界とは異質だ。
「エクスカリバーか。使ってみたいなあ。僕も勇者に生まれたらよかったんだけどな。バルトスさんの使ってる武器は名工のもの何ですか?」
「これはマサムネだ。とある鍛冶屋に鋳造して貰った名品だが」バルトスは鞘に手を当てて答える。
「もし手に入ったら二刀流になるつもり?」ケイトが尋ねる。
「二刀流は私には向かない。マサムネは手放すことになるだろう」
古代の神具の一つとされるエクスカリバーは、名剣として名だたる剣士たちの手に渡って来た。
バルトスもその持ち主として後代に語り継がれる伝説的人物になるのだ。
「マサムネは僕が保管しますよ。大事に背中にぶら下げて。そしたら忍者みたいでカッコいいなあ」
その時、ユンケルが暗闇に満ちた空を見上げて皆を静止させた。
「喜ぶのは任務を果たしてからにしろ。早速、第一陣が来たぞ」
暗黒の空間を切り裂く覇音とともに、上空から無数の刃が怪音を立てて飛んで来た。
一行は咄嗟に屈み込んで待避する。
よく見ると、それは三日月形の刀か鎌のような武器だった。
死のブーメランは執拗に侵入者の首をもぎ取ろうと、風を唸らせて襲い掛かる。
ユンケルは敵の正体を正視する前に、物騒な刀鎌を焼却してしまおうと、炎熱魔法を放出した。 しかしそれは無意味だった。
刀鎌は炎の塊を浴びても、微塵にも焦げ目一つ負わないのだ。
「何なんだよ、あの武器は!」
「魔法は効かないみたいね」
ユンケルは冷徹に理由を分析した。
「ほう。あれは物質ではないようだな」
「どういう事なんですか?」フェルナンが顎を垂らして怖々と訊く。
「このダンジョンは四次元空間だ。よって物質は存在せず、全ては想念の産物。あれは想念が見せるところの、言わば幽体だ」
「訳がわからないんですけど」
「要するに魔法も想念になってしまう。四次元ではあらゆるモノがイメージとしてしか実存しない。つまり、魔法攻撃は意味を為さないということだな」
「そんな!じゃあ逃げるしかないんですか?」
ユンケルは幾刻か考えた後、結論づけた。
「念だ。全ては思念想念なのだ。あれは武器ではなく想念でできている。念によりあの悪想念を破砕するしかあるまい」
「なるほどな。ここは現世ではなく、幽世というわけだな」ラッセルが一人、状況を咀嚼する。
「バルトス。手伝ってくれ」ユンケルの呼びかけで、バルトスが剣を抜いた。
「念力を放つのだ。想像力で攻撃するしかない」ユンケルが合掌して意識を集中させた。
バルトスも剣に思念を込める。
二人からムクムクと念力の波動が湧き出でくる。
刀鎌はその覇気の対流に圧せられて、二人の間合いを避けるように反れてしまう。
さらに念波は強くなり、飛び交う刀鎌は次々に弾かれ、また破損して落下していく。
「さすがだ。念力もウルトラ級」
「魔法や剣がなくてもオメガクラスね」
やがて舞い飛ぶ刀鎌がなくなると、虚空から死神のような浮遊体が複数、姿を見せた。
「物質欲に溺れた人間どもが手にするような神器ではない。今すぐ去れ」冷厳な声色で死神が警告を発した。
「欲望のために使おうとは考えておらん。世界に光を灯すために、神器の力が必要なのだ。ぜひ譲ってほしい」ラッセルが真摯な物腰で見上げる。
「ならば、お前の記憶を探らせてもらう」死神がラッセルの面前に舞い降りて来る。
「記憶?ひょっとしてテレパシーのこと?」フェルナンが慄きながら言う。
「小奴らは肉体を持たぬ幽体。他者の心を透かし見ることができるのだろう」ユンケルが髭を触りながら解説する。
死神はしばしラッセルの傍らに浮かんでいた。
「記憶を読み取らせて貰った。どうやら真の信念を持った者らしいな。先に進むがいい。お前たちが神器を手にするに足る人間かどうか。まだ乗り越えるべき関門は続くぞ」そう宣告して、死神たちは闇に消えた。
不思議な石材で構成されたダンジョンはさらに奥へと口を開けていた。
「宝探しの域を超えてますね。この間までは、まさかこんな危険な仕事に就くなんて思っても見なかったなあ」
「ぼやかない。自分で選んだ道でしょ」
「冒険は好きだけど、得意じゃないんだよ。だから嫌いになるかも知れないな」
「嫌いになっても、志が本物なら必ずまた好きになるはずよ」
助手二人はまるきり正負好対照の心境でいる。
そして暗がりの道をどのくらい歩いた時だったか。
岩屋戸のような岩窟が視界に入った。
一行はそこにできたトンネルを潜り内部へと進んだ。
すると眼前に映り込んだのは、何とも大仰な石碑だった。
「誰かの墓ですかね?」
「解読するわね。えっと、古の軍神眠りし魔封じの墓標。名前は・・・。バジリスね」
瞬間、ユンケルが驚きの唸り声を出した。
「バジリス!よもや次元の狭間に流刑されていたとはな」
「ユンケルさん、知ってるんですか?」
「古の昔ラングルを崩壊の危機に陥れた邪悪な君主の右腕として、悪虐の限りを働いた魔物だ」
石碑を前に立った一同は、何やら変な胸騒ぎを知覚した。
「罠の臭いがする。何かあるぞ」バルトスが用心深く周囲を見回す。
「まさか。ここはただの埋葬地ですよ。何も起きるはずが」しかしフェルナンが強がりを言い切らぬうちに、事は起きてしまった。
忽然と激しい地響きが発生し、天部から無数の
石岩が崩れ落ちてきたのだ。
「これも我々に課された難関であったか」ラッセルが両手で頭を庇いながら言う。
地割れにより床が裂け、石碑が倒れる。
そしてその裂溝から巨大な茶褐色の手が這い出してきた。
「嫌だ、何よあれ!」ケイトが驚き竦む。
「まさか!死んだんじゃないの!」あまりの恐怖に、フェルナンはケイトに抱きつく。
「こら、私のケイトちゃんを抱くのは止めろ」
さらに手がもう一本出て来ると、矢継ぎ早にどんどん別の手が出て来る。その数は総数十本にものぼった。
そこへ今度は不気味な顔がニュッと現れた。何と目は一つしかない。
そのまま裂け目から這い上がった伝説の魔物は、べら棒な規格の巨体を見せつけるように仁王立ちした。
「バジリス。眠りから覚めたか。このユンケル様が手合わせ進ぜよう」
「四次元に迷い込みし魂。久しぶりのご馳走だ」バジリスは岩窟を歪ませんばかりの重奏低音で言い放つ。
「ご馳走って!僕たちを食べるの!」
「ふむ。我々は既に肉体を持たぬ魂としての存在ということか」ラッセルが冷静に状況分析する。
「ファッファッ。名答と言いたいところだが、そうではない。確かにこの闇世界では全ては肉体のない魂だ。しかしこの魔陽窟は違う。ここは3次元世界の生き写し場所。つまり肉体の殻を身に着けることが可能な空間なのだ」
「それは実に奇妙なテリトリーだな。だが魔法が使えるのは朗報。バルトス、お前の剣もウズウズしているだろうな」
最強用心棒二人が、臨戦態勢に入る。
「少しはデキそうだな。だが軍神の異名をとるこの私には遠く及ばぬ」嘲笑を洩らしたバジリスは、両腕を振り上げて雄叫びを上げた。
「大丈夫かな、二人とも。軍神だって。すんごい強そうだよ」
「二人が連帯すれば勝てない敵はいないわ。覇者とアルヌスを除いてだけど」
杖を構えたユンケルは、早速猛烈な風刃を発現させる。
バルトスも刀身に波動を湧出させ、初っ端から必殺の暗黒霊剣を繰り出さんとする。
対するバジリスは、大柄な体格にそぐわない素早い動作で足を上げると、蟻を潰すかのように二人へと踏み降ろしてきた。
二人は軽やかにかわし、風刃と霊剣を同時に巨体へとぶつけた。
尖った風の群が胸に命中し、僅かだが肉を抉る。
また、紫紺の霊気を帯びた剣は右太腿に打ち下ろされ、此方も少量の青黒い鮮血が生じる。
「殆どダメージはなしか。鋼の肉体とはまさに此奴の代名詞だな」ユンケルが感心して歯噛みする。
それからは、烈火、樹氷、雷刃、瓦礫弾と手を変え品を変え、多彩な攻撃を織り成すも、ダメージは軒並み些少な程度しか与えられない。
暗黒剣士バルトスも霊気の暗流を放散させて、敵の全身に痛烈な斬撃をお見舞いしたが、同様に敵は最小の損劇しか負わない。
「駄目だ。魔法も剣もかすり傷だよ」
「心配いらないわ。二人はオメガクラスの使い手よ。そうよね、教授?」
「まだどちらもフルパワーではない。まだまだこれからだ」
三人が固唾を呑む中、いよいよ大技が日の目を見ようとしていた。
「小手先の技を弄すのは時間の無駄だ。バルトス。お前の愛刀マサムネにこのユンケル大公の魔法の闘魂を注入するぞ」
「俺の剣に。そんなことができるのか?」
「これぞ超裏技。魔法と暗黒霊剣のウルトラコラボだからな」ユンケルが肩を揺すって底笑いする。
そんなこんなで、バルトスの掲げる剣にユンケルが魔法を照射させた。
それはどの属性でもない多様な玉虫色の光波だった。
「何を企んでいる?貴様ら人間がどう作戦を練り出したところで、軍神の私は倒せんぞ」バジリスは強引に二人を殴り飛ばそうと豪速の十本張り手をかます。
二人は間一髪逃れる。
しかし、不意を突かれてしまった。
バジリスは腕を伸ばし、傍らのラッセルたち三人を同時に掴み上げてしまう。
「おおっ!大魔法使いとしたことが、迂闊だった」ユンケルが人質に取られた三人を口惜しげに見上げる。
「ユンケル。賭けに出るか?」バルトスが小声で確認する。
「そうだな。何とかなるだろう」
それはともかく、人質三人は気が気でなかった。
「助けてー。僕たちは戦う駒じゃないんだ!お願いします!」
「もうー。軍神がこんな卑怯な真似するわけー!」
「ジタバタするでない。二人を信じよう」
バジリスは一つ目の瞳を獰猛に光らせて三人を視座に置く。
「例え弱くとも魂には変わりがない。魂を喰らうことこそ我が楽しみ。御魂を得ることで我が肉体は永遠に若さを保ち、やがて我は魔陽窟の護神となるのだ」
大音量の嘲笑が窟内に鳴り響く。
「悪いがな。その夢は諦めてもらうぞ。バルトス、やれ!」ユンケルが捲し立てる。
火、雷、氷、風、石の属性を一纏めにした玉虫色の魔法光が、剣に艶やかに照り輝く。
その魔法光は暗黒流波に乗っかって、傲然と七光りし、まさに準備万端といった趣だ。
「古の超大な魔獣を倒すには、最大限のエネルギー波が必要だ。それがこの魔法霊剣」気迫を吐いたバルトスが間合いに踏み込み、一気に魔法霊波を撃ち放った。
バジリスの五体に凄烈なエネルギー波が浴びせかかり、その圧倒的に強靭な四肢が震え揺らめく。
「人間にしては大した威力だ。しかし、私の野心を燃やし尽くすほどのものではない」バジリスが魔法霊波を跳ね返そうと、身体から気合いの白い怪炎を搾り出した。
すると魔法霊波の玉虫色が、白い波動により次第に薄まり始めた。
「そんな。あのスーパー魔法剣でも倒せないの?」
「まずいわね。バジリスの方が少し押し気味だわ」
ラッセルは今一度熟考した。
三次元の結界があるとは言え、ここは四次元ダンジョンだ。存在者は肉体ではなく魂。全ての現象は物質ではなく想念の作用で成り立っている。ならば、自分たちの念力も役に立つかも知れない。
「フェルナン、ケイト。我々も念じるのだ。心に沸き立つ想念を送り、二人に加勢するぞ」
「ね、念じるんですか?でも、どうやって?」
「やるしかないわ。何でもいいから念じるのよ」
三人はバジリスの剛手に捕らえられた状態で、懸命に心を鎮め思念を研ぎ澄ます。
「美しき〜、この世界〜、いざ来臨せん〜♪」ケイトが聖歌をハモって念を込める。
「なんまいだ〜、なんまいだ〜のなんまいだ〜」フェルナンは考えあぐねた末、俗伝的な御経を口ずさんだ。
「もう、やめてよ。そんなフレーズしか思い浮かばないわけ?」
「だって、何でもいいんだろう?有名な経典の言葉だぜ。僕だって信仰心くらいあるんだからね」
ラッセルも精神を集中させて、世界平和の一念を神仏に祈念し、限界まで念力を高めた。
「麗しの〜、大地に生きる〜、清き魂は〜♪」
「なんまいだ〜ったら、なんまいだ〜、それ、なんまいだ〜の、だったらけ〜」
「いざ真理を求め〜、世界救国を成し遂げん〜」
三人の念波は想念のオーラとなって、バジリスに放たれた。
すると魔法霊波が白炎を押しのけ、再び純烈な玉虫色になった。
「ウムッ!たかが人間三人で、なぜここまで!」バジリスが焦りたじろぐ。
「何と!やるねえ、学者さんたち!」期せずユンケルが賞賛の笑いを発する。
「魂の存在となった人間には、魔力や技に関係なく崇高な念の力が宿るみたいだな」バルトスが滅多にない笑い口調で讃嘆する。
三人の念力を受けて、魔法霊波はぐんぐん増大しバジリスを覆う。
そしてついに、その巨体をメラメラと燃やしていった。
「こ、こんな事が・・・。ガァーー!」絶叫とともに、バジリスは魔法霊波の波動に溶け消えてしまった。




