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狐と狸 史上最大の合戦

そうして別れを告げた一行は、湿原を抜け山麓の扇状部に差し掛かった。

 時折、葉叢の奥で狐と狸がすばしっこく動いては、旅人に警戒のそぶりを表してくる。

「狐と狸だらけですね」

「平和そうね。モンスターはいないのかしら」

 しばらく歩き続けても魔獣のいる気配はなく、狐狸だけが頻繁に出没する。

 そして叢林のかなり深くまで進んだ時。

 山路に狐が一匹、何かを問いたげに近づいて来た。

「人間様。よくいらしましたね。私はこの山に住む狐の頭目です」

「人間様だって。こんな好待遇は初めてだな」フェルナンが目を見張る。

「動物に歓迎されるなんて。人間は嫌いじゃなくって?」

「私たちは人間の味方です。動物は人間と協力して自然を護らなきゃならないから」狐は端然と意見を述べる。

「狐は人を化かし欺くものだが、珍しいな」ユンケルは解せない顔で、慎重に注意を向ける。

 俗信では確かに狐の変装は常套手段だ。

「狸さんも大勢いるようだが、お主たちのおかげでこの領地は安穏というわけかな?」ラッセルが好意的に尋ねる。

「はい。狸とは敵対関係にありますが、奴らも人間の味方です。狸と私たちは、長らくこの山の支配権を争い合っております」

「へえ。人間は好きでも、身内同士の内紛があるんだ。動物の世界も色々だねえ」

「どうぞ、私たちの部落に来ておくつろぎ下さい」

 一同は狐の親切にほだされて足を休めることになった。


 狐の集団は草木に囲われた畦地に暮らしていた。

 部落には豊富な食物の備蓄があるらしく、狸との戦が持久戦になっても堪え忍べるよう、備えには憂いがなかった。

「私たちは人間と同盟を結んで、世界中の狐たちと失われた自然の回復に努めるつもりです」一行を案内した狐の首領は固い決意を表明する。

「それは大歓迎だ。我々が人間を代表して、正式に調印してもいいが」

「教授。それは国家の仕事ですよ。僕たちは宝ハンターなんだから」

「でも狐さんが先陣を切って協力してくれれば、他の動物も数珠つなぎに賛同するかも知れないわ」

 しかしユンケルだけは、いまだ狐に対する猜疑の念が解けないようだった。

「ところで狐さん。あんた方、何故に人間に心を開こうと考えたのかな。動物は人間の文明行為によって一隅に追いやられているんだぞ。それなのに和平を計ろうというのは不可解だな」

「人間様は最も賢い霊長類です。残り少なくなった自然を守るには、人間様の御心変わりが不可欠なんです。動物は一命を賭けてそれを訴えなければならない。だから私たち狐はあなた方を信じます。狐は人間を愛し慈しんでいます。本当です」

 そこまで信頼されたとあらば、一同も彼らを信用するより他はなかった。

「その見事な徳心、必ずや為政者にも伝わるであろう。その平和愛好の心意気はよく分かった。ありがとう」ラッセルが真摯に讃えて言う。

「問題はどうやって狸どもをやっつけるかです」

「えっ!やっつける?そんなに戦争状態なの?」フェルナンがもてなしの栗を喉に詰まらせて詰問する。

「狸とは考えが違いすぎるんです。奴らは人間だけではなく、魔物とも同盟を結ぶつもりで」

「ほう。狸はあんた方の一枚上を行くではないか」動物蔑視の先入主が抜けないユンケルが、栗を咀嚼しながら皮肉ぶる。

「魔物は危険です。自然保護なんて考えもしない。人間様に懲らしめられるべきです」

「お主らの見解はよく分かった。魔物ともいずれ和解をする必要はあるが」ラッセルは一度狸たちにも会ってみることが肝要だと思った。

 狐と狸の間にはかなりの確執があるようだ。事はそう短絡的には運ばない予感がし始めた。

  

 狐たちの部落から山路に戻りしばらく行くと、先般の事情を漏れ聞いたのか、狸が一匹タイミングよく一同の前に現れた。

「人間殿。お目にかかれて光栄です」

「丁度いい。お主たちに話を聞きたいと思っていたところでな」ラッセルが親和的な物腰で言う。

 狸はいかにも歓迎の至りといった態度で、自分たちの本拠に連れて行ってくれた。

「干し柿なんて何年ぶりかな」フェルナンが懐かしい感慨を覚えながら舌を呻らせる。

「山の中だけど、食べ物はいっぱいあるのね」ケイトが小屋に常置された数々の山の幸を眺めて感嘆する。

「いつか人間殿が来る時のために溜め置いていたんです」

「それはありがたい。よほど信頼と愛情を寄せてくれているわけだな」ラッセルが感心して微笑む。

「それで、あんた方。狐に聞いたが、魔物と盟約を交わそうと謀っているらしいな」ユンケルが疑い深い言い様で勘繰る。

「はい。人間殿と仲直りする前に、まず動物は魔物と和議を結ばなくてはなりません。動物と魔物は元々同族の生き物。敵対していては、自然を護ることはできない」

「いかにも、同感ですな。しかし、狐さんは和議など無理だと考えておるようだな」ラッセルが真顔で切り返す。

「狐は自分たちの事しか考えてはおりません。人間を立てることで益を稼ぐことが奴らの目論見。あなた方を利用しようとしているだけです」

「狐さんたち。そんな風には見えなかったけど」ケイトが戸惑い顔で口に手を当てる。

「自然を再興するには魔物の乱行を防がないといけないんです。だからまず魔物を仲間に引き入れることが先決」狸は丸い目に決意を満たせて言う。

「魔物ねえ。理性のない狂暴な野郎も多いし、どうすれば仲間になりますかね?」フェルナンは道化た表情で訊き返す。

「それよりも、もっと専決事項があるぞ。お主たち狸と狐の和睦だ」

 ラッセルに言い迫られた狸は、大きい眼をさらに広げて反論した。

「それは絶対に罷りなりません。狐と契りを結ぶなど、月と太陽が入れ替わってもありえない」

「まあ、そう言わずに。身内と仲良くなれないものを、どうやって遥か外様の魔物と仲良くなれるのかな?」

「しかし!」

「狸さん。好きと嫌いは紙一重だ。世界平和のためには不可能に挑戦しなくてはならん」

 以後、話は進展しなかったが、一行は一旦狸の里から引き上げた。


 動物と人間の良好な関係は、未来のラングルにとって決定的に重要だ。ラッセルはこの確執に一閃を投じるべく、仲裁に乗り出すことにした。

 首尾よく会談を進めるには、幾らか大胆な策略が必要だ。そこでまず狐には、狸が条件次第では魔物より人間との講和を優先してもいいと言っていると、フェイク話を持ちかける。

 一方の狸にも、狐が場合によっては魔物との宥和を計っても構わないと主張していると、通告する。

 こうして偽計工作を用いる事で、互いの心証を良くし即状に両者の和解を実現させるという作戦だった。

 交渉の席は、山里にあった水鳥の憩う池の畔に設けた。

 ラッセルたちはスパイさながらに上手く狐と狸を言いくるめ、彼らを直談判させるべく池畔に呼び集めた。

「さあ、好きなだけ、本音で議論してくれ給え」ラッセルが和みムードで音頭をとる。

「魔物より先に人間と手を組んでもいいとは、急な心変わりだな」狐が探るような口調で言う。

「何?そちらこそ。今頃になって魔物と組みしてもいいとは、意外な軌道修正じゃないか」狸も試すような口振りで反問する。

 両者とも相手の言い分に違和感を覚えた。何かがおかしいと直覚する。

「俺たちはまず魔物と和合する。人間殿はその後だ」

「何だって?話が違うぞ。俺たちは魔物を許さない。だから手は結ばない」

 狐と狸は以前と変わらぬ意見の壁に一触即発となる。

「まあ、無気になるのはよそうではないか」ラッセルが手を翳して逼塞する双方を宥める。

「人間様。これはどういう事ですか?」

「人間殿。あなた私たちをはぐらかしましたね」

 狐狸たちは、明らかにラッセルたちを疑心でもって瞥見した。

「すまぬ。こうでもせぬ限り調停は難しいと思ってな」ラッセルは弁解をせず、誠実に謝意を示した。

「そうですよ。そうしなきゃ、狐と狸の化かし合いは永久に続くからね」

「嘘をついてごめんなさい。仲良しになって欲しいからよ」

 狐狸は憤りやら失望やら当惑やらで、激しく動揺する。

「騙し合いはあんた方の得意技だろうが。それを真似して、おべっか狐狸さんの真意を見抜こうと考えたんだよ」ユンケルが些かおちょくるように放言する。

「そういうつもりなら、私ら狐は妥協しない!」

「こちらこそ、狸の威信に賭けて戦うまで!」

 狐狸たちは飛び跳ねて空地に移動整列すると、恨みがましい双眸で互いに睨み合った。

「些少な違いならまだしも、お前たちとは大きな価値観の隔たりがある。今日こそ決着の時だ!」狐が辛辣な語気で言い放つ。

「いいだろう。この山に動物は二種類もいらない。俺たちは兼ねてより果たし合いを楽しみに待っていた!」

 すると両軍、身体からメラメラと蜃気楼のような霊気を放出させ始めた。

 畔一帯に霊気が立ち込めると、彼らは高く飛翔して空中で清冽なオーラを噴き出しながら、対面の相手を挑発する。

 その緻密に連携された隊列行動の光景に、一同は息を呑まされた。

「うわー。最悪の事態になっちゃうのかな?」

「ユンケルさん。魔法の準備よ」

「まあいいじゃないの。どちらもストレスが溜まってるんだろう。この際、好きなだけ暴れさせてやろうじゃないか」ユンケルは素知らぬ顔で髭を抓む。

 その時、狐狸たちは白い霞に包まれて互いに変身の過程に入った。

 そして霞が薄まると、狐たちは合体して深海生物の如き緑褐色の怪物に変貌していた。

 また狸たちの方は、此方も一体になり暗紫色の不気味な巨岩に姿を変えた。

 巨岩は熱した石炭の要領で煙を出しながら赤く燃え上がる。

 深海生物はドロドロの水ぬめりでできた触手をザワザワさせて威圧する。

 しばし見合うと、深海生物が獰猛に巨岩へ飛びつき、バサリと覆い被さった。 

 すると巨岩は、ドカンと爆裂波を放つように深海生物を弾き飛ばした。

 巨石は激烈な炎を発生させて燃え滾る。そしてさらに体から大量の溶岩石を発射し、敵を焼け焦げにした。

 炎熱の餌食になった深海生物は、苦し紛れに池の中に落ちて潜り込んだ。

 しかしすぐに水面から飛び出し、何事もなかったかのように濡れた触手をヒラヒラさせて巨岩を俯瞰する。

 そして今度は触手が尖鋭な短剣のように胴体から放たれ、ヒルの如く岩面に吸い付くと、爆ぜ逆巻く炎を鎮火させてしまった。

 すると巨岩は体をさらに加熱させて燻し、灼熱の塊となって炎を増幅させる。

 触手はその苛烈な火に炙られて、パキパキと焦がされていく。

 そんな一大合戦が長い間続き、一同は劇場の聴衆よろしく、じっくりと見物していた。

「いくら力をぶつけ合っても解決にはならない」ずっと寡黙を保っていたバルトスが久々に言葉を吐いた。

「力尽きるまでやらしてやろうじゃないか。ポンポコ狐狸合戦もこれで見納めなんだからさ」ユンケルが砕けた面差しで笑う。

「狐と狸の因縁の戦いで、本音を全部洗い出して、わだかまりが一気に消えちゃえばいいけど」ケイトが口を丸めて言う。

「こんなに本気で戦ってたら死んじゃうかもね。そろそろ話し合いに戻らないといけないよ」フェルナンは地面に体操座りしてウンザリ顔になる。

 深海生物と巨岩は、時に大小、時にデコボコに分裂したり連動したりと、目まぐるしく戦型を変えながら攻防を展開した。

 そして、そろそろだと頃合いを見計らったユンケルが仲立ちに入った。

 凄烈なイカヅチの波動を空に向けて放つと、畔は忽ち分厚い黒雲に覆われた。

 狐狸はその異変に思わずバトルを中断する。

「動物ども。今こそ荒御魂を鎮める時だ」そう宣告したユンケルは、目の覚めるような特大の稲妻の焼夷弾を天から地に撃ち下ろした。

 聴覚が麻痺する程の激しい爆裂音が轟くと、地表に底無しの裂け穴が生じた。

 それは動物風情では決して繰り出せないオメガレベルの脅威的エネルギーだった。

 神業に驚愕した狐狸は変身を解き、両者ざわめきながら群列を組んで縮こまってしまった。

「どうだ、両軍とも内なる想いを発露し合って気が済んだのではないかな」ラッセルが和み口調で両者の中立を画策する。

「人間様。狐と狸は裏と表。溶け合い染まり合うことは相成らぬ存在です。ただし、違いを認め合うことはできましょう」狐がやっと大事なものに気づき目覚めたという風貌で言った。

「人間殿。私たちには対立の無益さが何となく分かっていました。自分は他人。他人は自分。狐は狸。狸は狐。区別することに意味はないのでしょうか?」狸が迷妄を断ち切らんと問い掛けた。

「まさに名言だな。自己と他者は本来同じものだ。皆他者の中に自己を見ている。そして自己と他者は一体不可分。つまり狐と狸は元来一心同体ということだな」ラッセルが狐狸に固く頷きかける。

「やったあ。一件落着。チャン、チャン」

「歴史的和解だわ。やっと分かり合えたのね」

 狐狸は照れ臭そうにチラチラとライバルに視線を流す。

「やっぱり何が凄いって、大魔法使いユンケル様の魔力だよな。一瞬にして憎き敵同士が仲良しになるんだからねえ。そうでしょ、ケイトちゃん!あれ?」

 その深刻な自惚れに、ケイトは呆れ顔で目を合わさない。

 一同、その滑稽ぶりを尻目に、爽やかな笑いを池畔全体に高々と響かせる。

 


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