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奇跡をもたらす龍の鱗

二人は勇んで洞窟の闇を抜け出し地上に帰った。ついでに転がっていた魔石を数個拝借した。必ずや冒険の一助になる事を期待してのことだ。

 二人は勇んで洞窟の闇を抜け出し地上に帰った。ついでに転がっていた魔石を数個拝借した。必ずや冒険の一助になる事を期待してのことだ。

 そして何より気がかりなのは、発見した大量の古代武具防具の宝の山だった。

「あの宝物、人を雇って運び出しますか?」

「いいかフェルナン。我々は盗掘者ではない。それにあの宝は俗世に持ち帰るべきではない。神聖な龍族によって管理監督されるべきものだ。諦めよう」分別ある師に嗜められた若き助手は、諦めきれないとばかりに反論したが、やはり話が美味すぎるし、どこか気味の悪さを感じて、泣くなく納得するしかなかった。

「そうかー。勿体ないけどなあ。ツタンカーメンの呪いとかあったら怖いからなあ。今回はしょうがないか」

「まあ、この世には人間が触れてはならぬ物もあるということだな」

 二人はつくづく宝探しの難しさと奥深さを感じつつも、その底しれぬ魅力を再発見したのだった。

「じゃあこの龍神の水はどうしますか?マジョリティに売ったら高値がつくはずですよ」

「誰があんな大企業なんぞに売るものか」

「じゃあ自分で起業して売りさばくんですか?」

「そんな面倒くさいことするわけがないだろう」

「なら、どうするんですか?」

「しかるべき人徳のある人間の所へ持っていく。この水はある意味禁忌の代物だ。悪人には絶対渡さん。管理を任せるにうってつけの男がおる。そいつに保管してもらう」

 かくいうラッセルは三年前、とある研究所をリストラされた。職場に最新鋭の知能ロボットが導入され、業務量が極端に少なくなったことが理由だ。閑職に追われ、瞬く間に整理解雇となった。

 そして助手フェルナンも同様、ロボットの職場専横によりリストラの憂き目を見た雑誌社社員であった。

 親戚である両者はフリーランスに落ちはしたものの、飽くなき夢を求めて世界各地をトレジャーハンティングする凸凹コンビと相成ったのである。

 ドラゴンの棲み家のある山を下り、麓の町マンナルに戻った二人は、もう一人の道連れから祝福を受けた。

「やったわね。大成功じゃない。伝説が真実だったなんてすごいわ」ケイトが明るい顔で労う。赤と白縞のワンピースに茶色いロングヘアは、古風な都会のお嬢様を連想させる。彼女もまたラッセル御付きの助手だ。

「この水は僕たちが極秘で管理しなきゃならない」フェルナンは宿のベッドにグッタリ横になって言う。汗と土だらけの上衣を脱ぎ捨てて悦に浸る。

「よいか。我々は神でも仏でもない。こいつは扱いを一歩間違えれば、人類の運命を真っ逆さまに変えてしまう。私にもお前たちにもこいつを自由に使う権利などないのだ。よく覚えておけ」ラッセルはいつになく深刻な面差しで喝破した。

「でも教授。これはきっと神様が私たちにくださった使命よ。この神聖な水で世界中の人々を救ってあげなきゃ」

「噂を聞いた者たちが我先にと押し掛けて来るぞ。欲望を剥き出しにした人間は人間でなくなる。これは禁断の毒物でもあることを肝に命じなくてはならん」

「そうか。そんなことしたら、世間は大混乱ね」ケイトは美顔を強張らせて困り顔になる。

 そんなわけで、一同は龍玄水を厳正に運用すべきという結論に至り、翌日早速ラッセル御用達の人物のもとへ届けるべく出立した。


 スズラン帝国の主流ザプラ川をのぞむ、緑の大木に包まれた森林を抜けると、まだ晴れた空から初夏の微かな雨滴が素肌に優しく降りかかってきた。

 世の中には戦争と恐慌の気配があった。産業開発競争は苛烈を極め、貧困、失業、乱開発が各国で問題化している。

 偽善の和平協定こそあるものの、人々は混沌とした未来に希望を塞がれていた。

「この世界、どうなっちゃうのかしら。いつまでこうして旅を続けられるんでしょうね」ケイトが湿っぽい枯れ葉の敷かれた道を踏み鳴らしながら思案する。

「そうだなあ。戦争が起きたら考古学どころじゃないもんな」フェルナンが乾燥菓子を嚙みながら言う。

 ラッセルは二人の懐疑に頓着することなく、悠々と隘路を先へ進む。

 一行の貯えた所持金もそのうちに底をつく。何とかしてパトロンを見つけなければ、宝探しの冒険などとても続行できない。

 だが甲斐あって龍玄水が手に入った。これを資金にすれば、しばらくは大丈夫だろう。

 平原が過ぎ、また一段と深い密林に差し掛かった。

「なんだ、この花は!」フェルナンの絶句の原因は突如目前に登場した巨大な花だった。背丈は三メートルを越えていて、人間一人を軽く抱え込んでしまうほどの花弁が咲き誇っているのだ。

「ねえ、あれ!」ケイトが指差す先には巨大な茸が超然と生えていた。それは気球のようにデカく、まるで妖怪のような不気味さで、そこら中に伸びている。

「教授、何か嫌な予感が」

「フェルナン、当たってるわ。きっと何かヤバい事が起きるのよ」

 それでもラッセルは無言のまま、一心に歩を急がせる。

 そんな奇景を行くこと数時間。昼を回り、少し休憩を取ったが、一行は深遠な森の奥にすっかり入り込んでしまった。

「どうだ、これぞ旅の醍醐味というものだ。楽しみなさい」不意にラッセルは場違いな笑いではぐらかす。頑固一徹かと思えば、こうして人を和ます明朗な気質も有している。

「楽しむなんてできませんよ。早くここを抜けないと」フェルナンが変わらず不安げに愚痴る。

「まあいいんじゃない。これも経験だわ」ケイトは老賢人に同調すべきと思ったのか、楽しげな笑みを浮かべた。

 歩みを再開すると、森はさらに度を増して険しくなってきた。

 そしてラッセルが何かの気配を悟り立ち止まる。

 その時、欝蒼とした茂みの中から、空気を焦がすような猛り声が滾っているのを聞いた。

「何かがいる!」フェルナンが肝を冷して立ち竦む。

「逃げましょ!」ケイトは声を縮み上がらせる。

すると現れたのは、一匹のサーベルタイガーだった。

「なんて巨体だ。どうします?」

「私たちを食べちゃうつもりよ」

 慌てふためく二人をよそに、ラッセルは腹を決めたとばかりに仁王立ちしたままだ。

 タイガーは唾液のついた舌を出し、此方を威嚇するようにのしのしと接近してくる。

「久々の人間だぜ。お望み通り食い千切ってやろう」木々を軋ませるような唸り声を出す。

「猛獣相手に逃げ切ることはできまい。話せば何とかなるだろう」ラッセルは敢えて好意的な表情で、相手の怒りを懐柔する試みに出た。

「話すだと。人間どもに話すことなどない。好きなだけ俺たちの住処を荒らし、仲間を殺したのは何処のどいつだ。今更反省の弁を聞くつもりはないぜ」

「まあ聞き給え。我々はそう言う類の人間ではない。これから自然を守り復活させようと考えている種類の人間でな。確かに近年、悪い奴等が蛮行を働いた。それについては心から謝るつもりだ」

「もう遅い!俺たちは人間を血祭りにするのよ!お前たちが藻掻き苦しむ姿を見るのが何よりの復讐なんだ!」

「問答無用か。随分頭の固い革命派だな。我々は争うべきではない。助け合わねばならん」

「戯言をほざくな。俺は腹が減ってるんだ!」タイガーは見境無く狂気を噴出させてラッセルに飛びかかる。

 ラッセルは間一髪横倒しになって激突をかわす。

 しかし今度はフェルナンに向かって体当たりし、ボールのように弾き飛ばした。

 リュックの中身が散乱し、青年は悶絶して動けなくなる。

「大丈夫、フェルナン!」ケイトが駆け寄る。

「こいつは美味そうな雌ブタだな」タイガーはゆっくりと距離を詰め、獰猛な息を漏らす。

このままパーティーは全滅か。皆がそう思った時。突然、どこからともなく発生した光がタイガーの目をくらました。

「何、この光?」ケイトが泣きっ面で辺りを見回す。

 光源はリュックから転がり出たもののようだ。よく目を凝らすと、それはあの龍の鱗だった。ドラゴンの落としたあの神聖なる身体の欠片が、まばゆく発光しているのだった。

その光の波は赤々とした色彩で、森の空気に激しい振動を巻き起こしている。

「あれは、ドラゴン、ドラゴンだわ!」ケイトが眩しそうに叫ぶ。見ると、光が鮮やかに結集して、見事なドラゴンの勇姿が映し出された。

「ほう。そう言うことか」ラッセルは納得げに言う。

「ド、ドラゴン、がどうした・・・」卒倒していたフェルナンは、気を取り戻しながら頭を振る。

「何だ貴様!」タイガーが動揺を露わに問う。

「拙者は龍の分身。うぬは良からぬ霊気を帯びている。世の平和に亀裂をもたらす悪と見た」

「黙れ、このクソが!食事の邪魔をするなら、てめえも食っちまうぞ!」

 その刹那、ドラゴンが火炎を吐いた。

 烈火はたちまちタイガーを取り巻き、熱地獄の様相で分厚い肉体を焦がした。

「グァー!」炎は瞬く間にタイガーを餌食にし、無惨にも焦げ焦げにした。はじけ散った火の粉は一面の草や木立を轟然と焼き払ってしまった。その炎は並の威力ではなかった。

「やったわ!龍様、さすが!」

「格が違いすぎる」

若者二人は歓喜の喝采を放った。

「よ、よくも・・・、まさかお前、オメガクラスか」タイガーは死の恐怖に苛まれながら尋ねる。

「いかにも。超龍族だ」ドラゴンが敢然と答える。

「オメガ?何だそれ?」フェルナンが訝る。

「聞いたことないわね」ケイトも口を空ける。

「言わば神龍の直系。他の龍族から崇められたカリスマだ。オメガクラスとは、最終魔神の事を意味する。つまり勇者から見て、討伐するのが最も困難な最終レベルの最強モンスターと形容すべき魔物」ラッセルが解説する。

「あの魔鬼窟の龍。凄まじい肩書きだったんだ」

「あんたたち、いい物拾ったわね」

 超龍の化身は持ち主の危機に際して顕現する、いとも神ったスーパードラゴンなのか。一同はその迫力に魅入ってしまった。

「た、ただではすまさんぞ・・この森は俺たちの支配下にあることを忘れるな・・フフフッ」声を絞ってタイガーがヨタヨタと逃げていった。

「不吉ね。また何かあるのかしら」

 その時、雑草に埋まった大地が、ガサゴソと縦横に揺れはじめた。

「なんだよ、仲間がいるのか?」

 皆が唖然と構えていると、草木を分け現れたのは、あろうことか先程観察した巨大な茸だった。

「きゃあ!うじゃうじゃ来るわ!」

「茸が歩いてる!お化け茸だ!」

二人は咄嗟に動転して抱き合う。

 しかしながら、ラッセルは落ち着き払って超龍を見遣る。オメガパワーの無敵龍は、微動だにせず宙空に聳えたままだ。

 茸のモンスターは一同を圧迫するように包囲した。

「おい、人間。また縄張りを荒らしに来たか。先祖の仇。今日こそ!」

「まあ聞きなさい。人間の悪業に関しては切に謝る。もう戦いは止めようではないか」ラッセルは相手の親玉らしい茸に真摯な眼差しを送る。

「そんな世迷い言には騙されんわ。お前らがはたらいた悪事の数々、胸に刻まれた記憶は片時も忘れないからな」

「そんな悪い所業をはたらいたのか。それは重ね重ね謝る。だが、未来はまだこれから構築できよう」

「うるさい!仇は取る!」茸は決然と宣告する。

すると、超龍が喝を入れんばかりに言い放つ。

「それほどまでに復讐がしたいか。魂を汚して何とする」

 しかし馬耳東風の有り様で、茸の軍団は一斉に攻撃を開始した。

 茸たちは身体から鋭利な棘状の胞子を次々に発射させて、超龍を滅多刺しにしようとした。

 全身を高速回転しながら、毒針のような胞子の雨嵐が繰り出されたのだ。

 だがオメガスーパードラゴンは、名に恥じぬ無敵ぶりを演じた。

 纏った神的な闘気で、放擲された無数の棘を何の苦も無く撥ね退けてしまった。

 そして吐ける限りの炎を噴いて、茸たちを焼け焦げにした。

「おのれ、お前ただの龍じゃないな」親玉が負けを突きつけられて呟く。

「憐れな者たち。確かに人間に非はある。先祖の敵討ちとは実に義侠心に満ちた行為だ。しかし復讐劇には終わりがない。赦すのだ。人間を。無知ゆえ犯した過ちを責めるのはもうよせ。人間もお前たち同様、魂の修行のため現世に来ている。愚かなのだ。未熟なのだ」

 しばし逡巡した後、茸の親玉は仲間に向けて何事か囁やきかけた。

 すると一団は川水が渇くようにサッと木陰に去っていった。

「ふふ。快勝ね。最強の龍様」ケイトが拍手で讃える。

「なんて強い召喚獣だ」フェルナンは気が抜けて思い切り地に尻餅をついた。

「私の役目はここまで。また会おう」超龍は稲光の残像を輝かせて消える。後には鱗だけが落ちていた。

「ありがとう。またお願いね」

「奴がいれば魔物なんて怖くないさ。ねえ教授?」

 ラッセルが神妙な顔で龍の鱗を手にとる。そして鞄から辞書のような本を出して読み始めた。

「やはりな。一度龍を呼ぶと、分身は向こう三十日眠りにつく」

「そんな!」

「じゃあ、これからは丸腰で戦えって言うの!」

 二人の狼狽と失望に対して、ラッセルは気丈に説諭した。

「まあ仕方がない。我々に戦闘は無理だが、説得なら可能だ」

 ひたすらに愚痴る二人を宥め引っ張るようにして、老教授は歩みを再開した。

やがて密林の海を抜けると、前方には限りない岩床地帯が広がっていた。少し先には険しい山脈が泰然と屹立している。

「きつい行程ですね。あんな山を超えるんですか?」

「情けないこと言わないで。男の子でしょ」

 ラッセルは助手たちを尻目に、着々と道を急ぐ。

 散らばる砂岩に足をよろめかせつつ進むと、山道が途切れ、急斜面の崖が行く手を阻んだ。

「ここしかないのかな」フェルナンが不安げに遥か頭上を眺める。

「山に難所は付きものよ。しょうが無いわ」ケイトが叱咤するように言う。

「救護ロープがある。大丈夫だ」ラッセルが先陣を切って登り始めた。

 一行は岩の絶壁を這うようにしてゆっくり昇る。

 途中までは比較的スムーズに上ることができたが、中腹に差し掛かる頃、眼下の遠景を睥睨した若者二人は慄然とした。

「まずい。高すぎですよ」

「いやだ。見ちゃったじゃない」

 地上が極小の模型の如くに映る景色に震え上がる。

「天辺だけを見るんだ!お主たち、生粋の冒険家だろう。矜持を捨てるでない!」ラッセルが一人鼓舞する。

 高所には避けられない強風が吹き荒び、各人の身体を断崖から引き剥がそうとする。

 その時。上空から翼をはためかす音がした。

 見遣ると、一体の大きな鳥獣が餌をついばまんと、三人を捕獲の的にしたらしかった。

「うわ!こんな所じゃ逃げられない!」

「どうしましょ。もう鱗は使えないし」

 鳥獣はまな板の鯉を捌くといった余裕の形相で、奇声を発しながらぐるぐると周囲を飛び回る。その風体はまさに恐竜に羽が生えた、とてもグロテスクな姿態だ。

「人間!忌まわしき人間!死の制裁!」鳥獣は怒り心頭といった様子で、両翼を獰悪にバタつかせる。

「待て。聞いてくれ。我々は悪意のある者ではない」ラッセルが弁明に訴えるが、相手は耳を貸さない。

「人間、大気を汚した。俺たちの青空、返せ!」

鳥獣が猛烈な勢いでフェルナンの背中を鉤爪で掴んだ。

「やめろ!落ちる!」次の瞬間、フェルナンの指が岩場からズルズル引き離された。

「助けてー!」体が岩からふわりと浮く。

「フェルナン!」ケイトが為す術なく叫ぶ。

 しかし。またも奇跡が起きた。フェルナンのリュックが突然に熱くなったのだ。何かが中で明滅していた。

すると、あの魔石がリュックから飛び出し、激しい閃光を放った。

 その弾光は鳥獣の顔に命中した。

「グガー!何だこの光線は!」顔を焼かれ、堪らず退散する。何かあった時のために魔鬼窟で採取した龍の石にも超パワーが秘められていたのだ。

「魔石には龍神の波動が組み込まれているからな」ラッセルが勝利の笑みを漏らす。

 一方、絶対絶命のフェルナン。

「あれ、貴方。浮かんでる」キョトンとするケイト。

「えっ?ほ、本当だ」フェルナンは空笑いして、現実を理解しようとする。魔石が浮力を与えてくれたのだ。

 そんなわけで、一行はまたも窮地をしのぎ、どうにか絶壁をクリアしたのだった。

「そうか。効果発現後、魔石は三日間眠る。そして七十日間で効験は消滅する」書物を読みながらラッセルが説明する。

「龍のアイテムはみんな条件つきか。まあ助かってよかった」

「でもこれで、完全な丸腰ね」

「目的地は間近だ。何とかなるだろう」ラッセルは二人を励ますようにして士気を保つ。

二人は勇んで洞窟の闇を抜け出し地上に帰った。ついでに転がっていた魔石を数個拝借した。必ずや冒険の一助になる事を期待してのことだ。

「この水、どうしますか?マジョリティに売ったら高値がつくはずですよ」

「誰があんな大企業なんぞに売るものか」

「じゃあ自分で起業して売りさばくんですか?」

「そんな面倒くさいことするわけがないだろう」

「なら、どうするんですか?」

「しかるべき人徳のある人間の所へ持っていく。この水はある意味禁忌の代物だ。悪人には絶対渡さん。管理を任せるにうってつけの男がおる。そいつに保管してもらう」

 かくいうラッセルは三年前、とある研究所をリストラされた。職場に最新鋭の知能ロボットが導入され、業務量が極端に少なくなったことが理由だ。閑職に追われ、瞬く間に整理解雇となった。

 そして助手フェルナンも同様、ロボットの職場専横によりリストラの憂き目を見た雑誌社社員であった。

 親戚である両者はフリーランスに落ちはしたものの、飽くなき夢を求めて世界各地をトレジャーハンティングする凸凹コンビと相成ったのである。

 ドラゴンの棲み家のある山を下り、麓の町マンナルに戻った二人は、もう一人の道連れから祝福を受けた。

「やったわね。大成功じゃない。伝説が真実だったなんてすごいわ」ケイトが明るい顔で労う。赤と白縞のワンピースに茶色いロングヘアは、古風な都会のお嬢様を連想させる。彼女もまたラッセル御付きの助手だ。

「この水は僕たちが極秘で管理しなきゃならない」フェルナンは宿のベッドにグッタリ横になって言う。汗と土だらけの上衣を脱ぎ捨てて悦に浸る。

「よいか。我々は神でも仏でもない。こいつは扱いを一歩間違えれば、人類の運命を真っ逆さまに変えてしまう。私にもお前たちにもこいつを自由に使う権利などないのだ。よく覚えておけ」ラッセルはいつになく深刻な面差しで喝破した。

「でも教授。これはきっと神様が私たちにくださった使命よ。この神聖な水で世界中の人々を救ってあげなきゃ」

「噂を聞いた者たちが我先にと押し掛けて来るぞ。欲望を剥き出しにした人間は人間でなくなる。これは禁断の毒物でもあることを肝に命じなくてはならん」

「そうか。そんなことしたら、世間は大混乱ね」ケイトは美顔を強張らせて困り顔になる。

 そんなわけで、一同は龍玄水を厳正に運用すべきという結論に至り、翌日早速ラッセル御用達の人物のもとへ届けるべく出立した。


 スズラン帝国の主流ザプラ川をのぞむ、緑の大木に包まれた森林を抜けると、まだ晴れた空から初夏の微かな雨滴が素肌に優しく降りかかってきた。

 世の中には戦争と恐慌の気配があった。産業開発競争は苛烈を極め、貧困、失業、乱開発が各国で問題化している。

 偽善の和平協定こそあるものの、人々は混沌とした未来に希望を塞がれていた。

「この世界、どうなっちゃうのかしら。いつまでこうして旅を続けられるんでしょうね」ケイトが湿っぽい枯れ葉の敷かれた道を踏み鳴らしながら思案する。

「そうだなあ。戦争が起きたら考古学どころじゃないもんな」フェルナンが乾燥菓子を嚙みながら言う。

 ラッセルは二人の懐疑に頓着することなく、悠々と隘路を先へ進む。

 一行の貯えた所持金もそのうちに底をつく。何とかしてパトロンを見つけなければ、宝探しの冒険などとても続行できない。

 だが甲斐あって龍玄水が手に入った。これを資金にすれば、しばらくは大丈夫だろう。

 平原が過ぎ、また一段と深い密林に差し掛かった。

「なんだ、この花は!」フェルナンの絶句の原因は突如目前に登場した巨大な花だった。背丈は三メートルを越えていて、人間一人を軽く抱え込んでしまうほどの花弁が咲き誇っているのだ。

「ねえ、あれ!」ケイトが指差す先には巨大な茸が超然と生えていた。それは気球のようにデカく、まるで妖怪のような不気味さで、そこら中に伸びている。

「教授、何か嫌な予感が」

「フェルナン、当たってるわ。きっと何かヤバい事が起きるのよ」

 それでもラッセルは無言のまま、一心に歩を急がせる。

 そんな奇景を行くこと数時間。昼を回り、少し休憩を取ったが、一行は深遠な森の奥にすっかり入り込んでしまった。

「どうだ、これぞ旅の醍醐味というものだ。楽しみなさい」不意にラッセルは場違いな笑いではぐらかす。頑固一徹かと思えば、こうして人を和ます明朗な気質も有している。

「楽しむなんてできませんよ。早くここを抜けないと」フェルナンが変わらず不安げに愚痴る。

「まあいいんじゃない。これも経験だわ」ケイトは老賢人に同調すべきと思ったのか、楽しげな笑みを浮かべた。

 歩みを再開すると、森はさらに度を増して険しくなってきた。

 そしてラッセルが何かの気配を悟り立ち止まる。

 その時、欝蒼とした茂みの中から、空気を焦がすような猛り声が滾っているのを聞いた。

「何かがいる!」フェルナンが肝を冷して立ち竦む。

「逃げましょ!」ケイトは声を縮み上がらせる。

すると現れたのは、一匹のサーベルタイガーだった。

「なんて巨体だ。どうします?」

「私たちを食べちゃうつもりよ」

 慌てふためく二人をよそに、ラッセルは腹を決めたとばかりに仁王立ちしたままだ。

 タイガーは唾液のついた舌を出し、此方を威嚇するようにのしのしと接近してくる。

「久々の人間だぜ。お望み通り食い千切ってやろう」木々を軋ませるような唸り声を出す。

「猛獣相手に逃げ切ることはできまい。話せば何とかなるだろう」ラッセルは敢えて好意的な表情で、相手の怒りを懐柔する試みに出た。

「話すだと。人間どもに話すことなどない。好きなだけ俺たちの住処を荒らし、仲間を殺したのは何処のどいつだ。今更反省の弁を聞くつもりはないぜ」

「まあ聞き給え。我々はそう言う類の人間ではない。これから自然を守り復活させようと考えている種類の人間でな。確かに近年、悪い奴等が蛮行を働いた。それについては心から謝るつもりだ」

「もう遅い!俺たちは人間を血祭りにするのよ!お前たちが藻掻き苦しむ姿を見るのが何よりの復讐なんだ!」

「問答無用か。随分頭の固い革命派だな。我々は争うべきではない。助け合わねばならん」

「戯言をほざくな。俺は腹が減ってるんだ!」タイガーは見境無く狂気を噴出させてラッセルに飛びかかる。

 ラッセルは間一髪横倒しになって激突をかわす。

 しかし今度はフェルナンに向かって体当たりし、ボールのように弾き飛ばした。

 リュックの中身が散乱し、青年は悶絶して動けなくなる。

「大丈夫、フェルナン!」ケイトが駆け寄る。

「こいつは美味そうな雌ブタだな」タイガーはゆっくりと距離を詰め、獰猛な息を漏らす。

このままパーティーは全滅か。皆がそう思った時。突然、どこからともなく発生した光がタイガーの目をくらました。

「何、この光?」ケイトが泣きっ面で辺りを見回す。

 光源はリュックから転がり出たもののようだ。よく目を凝らすと、それはあの龍の鱗だった。ドラゴンの落としたあの神聖なる身体の欠片が、まばゆく発光しているのだった。

その光の波は赤々とした色彩で、森の空気に激しい振動を巻き起こしている。

「あれは、ドラゴン、ドラゴンだわ!」ケイトが眩しそうに叫ぶ。見ると、光が鮮やかに結集して、見事なドラゴンの勇姿が映し出された。

「ほう。そう言うことか」ラッセルは納得げに言う。

「ド、ドラゴン、がどうした・・・」卒倒していたフェルナンは、気を取り戻しながら頭を振る。

「何だ貴様!」タイガーが動揺を露わに問う。

「拙者は龍の分身。うぬは良からぬ霊気を帯びている。世の平和に亀裂をもたらす悪と見た」

「黙れ、このクソが!食事の邪魔をするなら、てめえも食っちまうぞ!」

 その刹那、ドラゴンが火炎を吐いた。

 烈火はたちまちタイガーを取り巻き、熱地獄の様相で分厚い肉体を焦がした。

「グァー!」炎は瞬く間にタイガーを餌食にし、無惨にも焦げ焦げにした。はじけ散った火の粉は一面の草や木立を轟然と焼き払ってしまった。その炎は並の威力ではなかった。

「やったわ!龍様、さすが!」

「格が違いすぎる」

若者二人は歓喜の喝采を放った。

「よ、よくも・・・、まさかお前、オメガクラスか」タイガーは死の恐怖に苛まれながら尋ねる。

「いかにも。超龍族だ」ドラゴンが敢然と答える。

「オメガ?何だそれ?」フェルナンが訝る。

「聞いたことないわね」ケイトも口を空ける。

「言わば神龍の直系。他の龍族から崇められたカリスマだ。オメガクラスとは、最終魔神の事を意味する。つまり勇者から見て、討伐するのが最も困難な最終レベルの最強モンスターと形容すべき魔物」ラッセルが解説する。

「あの魔鬼窟の龍。凄まじい肩書きだったんだ」

「あんたたち、いい物拾ったわね」

 超龍の化身は持ち主の危機に際して顕現する、いとも神ったスーパードラゴンなのか。一同はその迫力に魅入ってしまった。

「た、ただではすまさんぞ・・この森は俺たちの支配下にあることを忘れるな・・フフフッ」声を絞ってタイガーがヨタヨタと逃げていった。

「不吉ね。また何かあるのかしら」

 その時、雑草に埋まった大地が、ガサゴソと縦横に揺れはじめた。

「なんだよ、仲間がいるのか?」

 皆が唖然と構えていると、草木を分け現れたのは、あろうことか先程観察した巨大な茸だった。

「きゃあ!うじゃうじゃ来るわ!」

「茸が歩いてる!お化け茸だ!」

二人は咄嗟に動転して抱き合う。

 しかしながら、ラッセルは落ち着き払って超龍を見遣る。オメガパワーの無敵龍は、微動だにせず宙空に聳えたままだ。

 茸のモンスターは一同を圧迫するように包囲した。

「おい、人間。また縄張りを荒らしに来たか。先祖の仇。今日こそ!」

「まあ聞きなさい。人間の悪業に関しては切に謝る。もう戦いは止めようではないか」ラッセルは相手の親玉らしい茸に真摯な眼差しを送る。

「そんな世迷い言には騙されんわ。お前らがはたらいた悪事の数々、胸に刻まれた記憶は片時も忘れないからな」

「そんな悪い所業をはたらいたのか。それは重ね重ね謝る。だが、未来はまだこれから構築できよう」

「うるさい!仇は取る!」茸は決然と宣告する。

すると、超龍が喝を入れんばかりに言い放つ。

「それほどまでに復讐がしたいか。魂を汚して何とする」

 しかし馬耳東風の有り様で、茸の軍団は一斉に攻撃を開始した。

 茸たちは身体から鋭利な棘状の胞子を次々に発射させて、超龍を滅多刺しにしようとした。

 全身を高速回転しながら、毒針のような胞子の雨嵐が繰り出されたのだ。

 だがオメガスーパードラゴンは、名に恥じぬ無敵ぶりを演じた。

 纏った神的な闘気で、放擲された無数の棘を何の苦も無く撥ね退けてしまった。

 そして吐ける限りの炎を噴いて、茸たちを焼け焦げにした。

「おのれ、お前ただの龍じゃないな」親玉が負けを突きつけられて呟く。

「憐れな者たち。確かに人間に非はある。先祖の敵討ちとは実に義侠心に満ちた行為だ。しかし復讐劇には終わりがない。赦すのだ。人間を。無知ゆえ犯した過ちを責めるのはもうよせ。人間もお前たち同様、魂の修行のため現世に来ている。愚かなのだ。未熟なのだ」

 しばし逡巡した後、茸の親玉は仲間に向けて何事か囁やきかけた。

 すると一団は川水が渇くようにサッと木陰に去っていった。

「ふふ。快勝ね。最強の龍様」ケイトが拍手で讃える。

「なんて強い召喚獣だ」フェルナンは気が抜けて思い切り地に尻餅をついた。

「私の役目はここまで。また会おう」超龍は稲光の残像を輝かせて消える。後には鱗だけが落ちていた。

「ありがとう。またお願いね」

「奴がいれば魔物なんて怖くないさ。ねえ教授?」

 ラッセルが神妙な顔で龍の鱗を手にとる。そして鞄から辞書のような本を出して読み始めた。

「やはりな。一度龍を呼ぶと、分身は向こう三十日眠りにつく」

「そんな!」

「じゃあ、これからは丸腰で戦えって言うの!」

 二人の狼狽と失望に対して、ラッセルは気丈に説諭した。

「まあ仕方がない。我々に戦闘は無理だが、説得なら可能だ」

 ひたすらに愚痴る二人を宥め引っ張るようにして、老教授は歩みを再開した。

やがて密林の海を抜けると、前方には限りない岩床地帯が広がっていた。少し先には険しい山脈が泰然と屹立している。

「きつい行程ですね。あんな山を超えるんですか?」

「情けないこと言わないで。男の子でしょ」

 ラッセルは助手たちを尻目に、着々と道を急ぐ。

 散らばる砂岩に足をよろめかせつつ進むと、山道が途切れ、急斜面の崖が行く手を阻んだ。

「ここしかないのかな」フェルナンが不安げに遥か頭上を眺める。

「山に難所は付きものよ。しょうが無いわ」ケイトが叱咤するように言う。

「救護ロープがある。大丈夫だ」ラッセルが先陣を切って登り始めた。

 一行は岩の絶壁を這うようにしてゆっくり昇る。

 途中までは比較的スムーズに上ることができたが、中腹に差し掛かる頃、眼下の遠景を睥睨した若者二人は慄然とした。

「まずい。高すぎですよ」

「いやだ。見ちゃったじゃない」

 地上が極小の模型の如くに映る景色に震え上がる。

「天辺だけを見るんだ!お主たち、生粋の冒険家だろう。矜持を捨てるでない!」ラッセルが一人鼓舞する。

 高所には避けられない強風が吹き荒び、各人の身体を断崖から引き剥がそうとする。

 その時。上空から翼をはためかす音がした。

 見遣ると、一体の大きな鳥獣が餌をついばまんと、三人を捕獲の的にしたらしかった。

「うわ!こんな所じゃ逃げられない!」

「どうしましょ。もう鱗は使えないし」

 鳥獣はまな板の鯉を捌くといった余裕の形相で、奇声を発しながらぐるぐると周囲を飛び回る。その風体はまさに恐竜に羽が生えた、とてもグロテスクな姿態だ。

「人間!忌まわしき人間!死の制裁!」鳥獣は怒り心頭といった様子で、両翼を獰悪にバタつかせる。

「待て。聞いてくれ。我々は悪意のある者ではない」ラッセルが弁明に訴えるが、相手は耳を貸さない。

「人間、大気を汚した。俺たちの青空、返せ!」

鳥獣が猛烈な勢いでフェルナンの背中を鉤爪で掴んだ。

「やめろ!落ちる!」次の瞬間、フェルナンの指が岩場からズルズル引き離された。

「助けてー!」体が岩からふわりと浮く。

「フェルナン!」ケイトが為す術なく叫ぶ。

 しかし。またも奇跡が起きた。フェルナンのリュックが突然に熱くなったのだ。何かが中で明滅していた。

すると、あの魔石がリュックから飛び出し、激しい閃光を放った。

 その弾光は鳥獣の顔に命中した。

「グガー!何だこの光線は!」顔を焼かれ、堪らず退散する。何かあった時のために魔鬼窟で採取した龍の石にも超パワーが秘められていたのだ。

「魔石には龍神の波動が組み込まれているからな」ラッセルが勝利の笑みを漏らす。

 一方、絶対絶命のフェルナン。

「あれ、貴方。浮かんでる」キョトンとするケイト。

「えっ?ほ、本当だ」フェルナンは空笑いして、現実を理解しようとする。魔石が浮力を与えてくれたのだ。

 そんなわけで、一行はまたも窮地をしのぎ、どうにか絶壁をクリアしたのだった。

「そうか。効果発現後、魔石は三日間眠る。そして七十日間で効験は消滅する」書物を読みながらラッセルが説明する。

「龍のアイテムはみんな条件つきか。まあ助かってよかった」

「でもこれで、完全な丸腰ね」

「目的地は間近だ。何とかなるだろう」ラッセルは二人を励ますようにして士気を保つ。




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