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天地争乱の最終決戦

雪は次第に落ち着き、雲の切れ間からは陽射しが滲み出して来た。

 目的の巌窟まではさしたる行程ではなかった。

 切り立った岩山の麓にその入り口があった。

 一行がそこへ辿り着くと、穴蔵から年端もいかない少年が現れた。

「コゲス様に用事ですか?」分厚い獣皮を着た純真そうな少年は、質朴な問いかけをしてきた。

「そうなんですよ。もう雪に足を取られるのなんのって、ホント来るの大変だったんだから」フェルナンがボヤき口調で答える。

「あなたは、お取り次ぎの用心棒かしら?」ケイトが好感を示して尋ねる。

「はい。弟子のコウテツといいます」

「ほほう。その若さで三大神獣の弟子とは酔興だな」ユンケルが褒めそやす。

「僕は魔法も武芸もたしなみません。ただ、人間学の教えを受けているだけで」

「それはまことに感心ですな。地底の覇者はいささか哲学を重んずる識者のようだ」ラッセルは密かな期待を込めて言い、続けた。

「我々は人間と魔物の和平共存を実現すべく旅をする一座です。海と空はすでに説得済み。あとは地底の主のみ。人間の代表として参上したというわけでして」

「分かりました。世界の平和のためにやって来られたのですね。付いてきて下さい」

 洞窟内は殊の外暖かく、寒気は立ちどころに治まった。一行は洞穴に穿たれた坂を下り、地下空間に到着した。

 焚き火が焚かれた広間に、独り座禅を組み瞑想をする小柄な修験者が見えた。

「えっ、あれが覇者?」

「嘘、人間じゃない?」

「コゲス様。お客様です」少年コウテツが恭しく告げる。

「覇者は魔獣と想像していたのは浅薄だったようだ。修行中のところ忝い。我々は地底の魔物たちと和解したく参った。話を聞いて頂けるかな」ラッセルが柔らかい口振りで話し掛けた。

「言わずもがなじゃ。全て見通しておる。ルシードとゼロンは立ち上がった。わしも共鳴せぬ理由はない」

「本当ですか。やりましたね教授。これで大願成就だ」

「それなら早速お願いね。でもこんなおじいちゃんが超オメガだって言うの?」

「確かに今までの二者は巨獣だったからな。神獣が人のなりをしているのは解せん」ユンケルもこの華奢で地味な修験者を軽視する。

 しかし疑惑はすぐに払拭された。

 突如コゲスの小さな五体から、超絶的なオーラが出現したのだ。

 胡座のまま地底の覇者は宙に浮かび、桁違いに神々しい波動を放出し始めた。

「海獣ゼロンに匹敵するパワーだ」気圧されたバルトスが慄然と述懐する。

「やれやれ。見かけに惑わされたのは大魔法使いとして恥じねばならんな」

「どうやらやって来たようじゃな」コゲスは二つの強大な力を察知した。

 

 険しい雪の大地に神なる存在が一同に会した。海の覇者ルシード。空の覇者ゼロン。地底の覇者コゲス。

 まさに歴史は変わろうとしている。人間と魔物の絆はここに完成するのか。三者は雪雲から零れる日に爛々と照射されながら、各々悠然と大空で向かい合った。

「まとまるといいな。三つが睨み合って状況が動かないっていうの、歴史でよくあるし」

「三人とも口説き落としたんだから大丈夫よ」

 ラッセルも助手たちの諫言に頷きながら天空に輝く三大覇者を眺める。

「謂わば、ラングルの魔物の全知が揃うのはこれが最初で最後か」バルトスが鉄仮面の内に心の潮騒を宥めつつ見上げる。

「人間とモンスターが協調し、戦争と環境汚染を即時ストップしなければ世界は潰える。今こそ和解の時だ」ユンケルは何時になく凛々しい風貌で言明する。

「お主らの人間への賛同並びに約束は承知しておる。私も同意だ」コゲスが二者に宣言した。巨体のルシードとゼロンに比して、小粒の体躯はまさに恐竜と鼠ほどの差があるものの、威厳と気迫は全くに引けを取らない。

「ならばここに議決しよう。異存はないか、ゼロン」ルシードが大気を蠕動させるような重厚な声で問う。

「いいだろう。魔物は我々の誓いのもと、人間と同志結合し運命を共にする」ゼロンが破邪顕正の物腰で同調する。

 すると三体の骨肉から凄まじい波動が吹き出し、その極彩色の光波は空一面を艶やかに染め上げたのだった。

 空も風も大地も、三覇者の武威の前にひれ伏したように黙っている。

 それはまさに創造主の聖なる集いと形容すべき威容で、換言すれば仏の壮大な来迎図のようでもあった。

「やったー。これで平和が、やっとこさ実現するぞ」

「そう問屋が卸すかしらねえ。何か忘れてるわよ」

「忘れてる?なんの事だよ、ケイト」

「奴がいるのをお忘れ?」

 ケイトの指摘にまごついたフェルナンだったが、幾許の逡巡の後、愕然と思い出した。

「そうだった、アイツだ!あいつがいる限り平和なんかないんだった!」

 噂をすれば何とやら。その時。満天のオーラで彩られた上空に、一陣の猛烈なイナズマが降臨した。

「でかい霊気が一箇所に固まったんで、何かと思やあ、やっぱりてめえらか。面白えじゃねえか、大運動会なんか開きやがって。今日こそケリをつけてやるぜ」アルヌスがふてぶてしく腰に手を当て豪語した。

「その霊力、人に非ずと見た。何奴だ?」コゲスが忽然と登場したトリックスターの並々ならぬパワーに驚いて言う。

「此奴は異星人。ラングルに危害を与える存在だ」ルシードが敵意を露わに答える。

「また迷い出たか。この世界の秩序を乱す者は容赦せぬ」ゼロンが高圧的に言い放つ。

「おっ、小さい老人がいるじゃねえか。霊気は馬鹿デカいみたいだな。てめえもボスの一味か。なるほど、これで三位一体ときたか。いい肩慣らしになりそうだ」アルヌスが右腕をぐるぐる回して、溢れる好奇心を誇示する。

 そしてこれ見よがしに闘気を発生させた。メラメラとした熱波が体中から沸き出し、その四囲を焼け焦がさんばかりに拡散していく。

「変化球は使わねえ。俺様は何時でもド真ん中勝負よ」言うなり、アルヌスは三覇者の間合いに一気に突進を仕掛けた。

 いきなりの急襲に不意を突かれた三覇者は、その追跡マグナム弾のような速い動きを辛うじていなした。

 しかしすぐにターンをしたアルヌスがまずルシードを標的にして、風刃のスクリュー波を放った。

 剛力極まる烈風が敵の肩口に命中した。これはまずいと本気に転じたルシードは、口から猛然とした水流を吐き出し、その大津波がアルヌスを闘気ごと呑み込んだ。

 しかしトビウオの如くその大河から飛び出した超人は意に介すことなく、今度は下半身を高速回転させ、両脚を剣にして百裂殺法ならぬ蹴撃をゼロンへとお見舞いする。

 華麗な脚剣の舞が相手の腕に炸裂する。

 負けてはならぬと、空の覇者は翼を翳して豪放な雷撃を発動する。

 それを燕のような軽やかさで回避したアルヌスは、またも体を切り返すと、次は頭部に霊気を集めて弾道ミサイルとなり、立て続けにコゲスをターゲッティングし突撃する。

 間一髪体当たりこそ免れた地底の覇者だったが、その圧倒的な風圧に吹っ飛ばされてしまう。

 それでも地底の雄としての意地で懸命にバランスを持ち直すと、何かの呪文を囁やき始めた。

 すると紅蓮のオーラが体皮を取り巻き、無数の四面体のような透明な角張った物質がふわふわと出現した。

 コゲスが一思いに息を吐くと、四面体がレーザー弾よろしく一斉に敵へ砲撃された。

 その奇怪な異次元物質に危険を知覚したアルヌスは、咄嗟に防陣バリアを立てた。

 防壁が間に合わず、四面体の弾丸が数個脚に直撃した。

 アルヌスはその血潮を指につけて舐めて見せる。

「やるな、おめえら。これこそ、闘いの真骨頂ってもんだぜ」

 神域なる戦いは続いた。三覇者の囲み攻撃をアルヌスが巧みにかわしながら必殺撃をお見舞いする。時折、双方がよけた不発弾が地面に落ち、あたかも地形地層が根こそぎ抉られるような、途轍もない雪の爆散を起こす。

 そんな超異次元バトルが延々と、雪化粧を背景にした不毛大地の大空で繰り広げられた。

「まずい。一歩間違えば地震や津波で惑星が破壊されかねんな」ユンケルが辛辣に言いやる。

「これ以上エスカレートすれば、ラングルに深刻なダメージが」バルトスも険しい口調で危惧する。

「教授、あれを使うしかないかも」フェルナンが震え声で言う。

「あれか。やむを得なんな。戦闘はもう限界を越えている。止めさせなければ地殻変動が起き、地上に天変地異が生じる。気の毒だが異星の超オメガを封じ込めるしかない」ラッセルが決然と応じる。

「あれって何よ?」ケイトが苛立たしげに訝る。

「神魂玉だよ。全てを吸い込む最終兵器って言ってただろ」

 フェルナンはリュックからそれを出した。もう一度ラッセルに目配せし頷いてから叫んだ。

「いくぞ。神魂玉、お願い!アルヌスを封印して!」

 すると、玉は照り輝いて勢いよく空中に飛び立ち、熱狂覚めぬ戦いの場へと浮上していった。

 超オメガの白熱戦が熾烈を極める。アルヌスも三大覇者も一歩たりとも引かず、勇猛果敢な技で対等に渡り合う。

「こんなチンケなザコ星で、こんなワクワクする格闘ができるとは予想外だったぜ。異次元移動は面倒くさいが、来た価値はあったってもんだ」アルヌスが本心から楽しそうに微笑む。

「かくまで我らの力に匹敵する者がいようとは。お主、異星にては皇帝か、魔王か?」ルシードが崇敬の念さえ込めて言う。

「フッ、巫山戯んな。そんなシケタ肩書きじゃねえ。そうだなあ、まあ強いて言うなら、俺様は最高神よ。天上至上無上の完全無欠のな」またも腰に手を置いて、勝鬨を上げる如く鼻高に笑い飛ばす。

「傲慢な奴め。神を名乗るとは不届きな。いずれ裁きの天罰が下りよう」コゲスが蔑みの眼差しを送る。

「その増上慢な思い上がりも今日まで。我ら三体を相手に勝てるはずもない」ゼロンが猛々しく身体を撓らせて、いよいよとばかりに威厳を顕示する。

「俺様の真の実力を知ってからほざくんだな」アルヌスが渾身のエネルギーを闘気に充満させた。

 神魂玉はアルヌスに迫ると、その姿形を膨らませ大きな水晶球になった。

 そしてその背部に衝突せんとした。

「おっと、何だこいつは」しかし振り返ったアルヌスは、ヒョイっとサーカスの玉乗りの要領で神魂玉の上に立ち上がってしまった。

 しかし玉は激しく明滅し、表面上にあるアルヌスの足を吸い込まんとした。

「よし、今だ、吸い込め!」フェルナンが拳を握って叫ぶ。

「やったわね。私たちの勝ちよ。さんざん生意気な事をした罰だわ」ケイトがさまあみろの表情で笑う。

 玉はさらに眩い光線を発出して、球面からアルヌスを取り込もうとする。

「何をしやがる」しかし、まるでゴミ屑を見るような顔で、且つまだるっこい動作で片足を振り上げた超人は、サッカーボールよろしく球を思い切り蹴り飛ばしたのだった。

 すると蹴り放たれた神魂玉に傷が空いたのか、内面から波動の流波が押し出されるように飛び出し、玉は真っ直ぐな導線上を走って三覇者の間合いに投げ出された。

 そしてそれは一瞬の光景だった。その逆巻く流体が、ルシードを、ゼロンを、さらにはコゲスまでもを取り包むと、球体内部へ吸い込んでしまった。

「げっ!そんな!」

「信じられない、なんてこと!」

 神魂玉は三覇者を体内に収容すると、静かに元の大きさになった。

「覇者たちを封じ込めるとは!当てにならぬ馬鹿アイテムよの」ユンケルが飽きれた物言いで見遣る。

「何と言う遺憾な結末。世界は、これでまた振り出しにもどるのか」ラッセルが唖然と憔悴する。


 神魂玉に閉じ込めたものは二度と外に出すことはできない。それが冷厳なる結論だった。

「博士、何か方法はないんですか?あなたは世界一の研究者でしょ?」

「フェルナン君。できるものはできるが、できぬものはできぬのだよ。神魂玉に吸収されて、脱出できた者は宇宙開びゃく以来、誰もおらんのだ」

「でも、中に入ってるのは神獣覇者なんですよ。こちらから働きかければ、自力で出られますよ」

「だからして、頭が千切れるくらいその方法を考えておるではないか。もう少し時間をくれ」ハロイドはそう言って、さらに古今の蔵書を読み漁るべく書物庫へと駆け去った。

 水晶球の中には、ミニチュアになったルシード、ゼロン、コゲスが人形細工のように、ちょこんと封じ込められている。

「あーあ、かわいそうな超オメガ獣さん。退屈そうね」ケイトが透明の硝子体を指で撫でる。

 それからまる五日、ハロイドは研究部屋に引きこもっていた。

 ラッセルたちは何をするでもなく、とにかく手持ち無沙汰に果報を待つしかなかった。

 肝心の暴れ者アルヌスは、燃え滾る気勢を削がれて消沈していたが、このラングルが気に入ったのか、この世界を植民地にすると宣言する始末で、その前に世界各地の女、美食を訪ね回り贅を尽くし、とにかく遊興物を見つけようとばかり躍起になっている。ライバルもいなくなり、完璧な一人天下状態である。

「見つかったんですね!」冬眠から脱したようにやっとの事で自室から出て来たハロイドに、フェルナンが意気盛んに尋ねる。

「分からん。単なる海中の金貨探しかも知れんが」

「で、どんな手がかりが見つかったのかしら?」ケイトも野菜ジュースのカップに唇をつけたまま問い質す。

「うむ。曖昧な推論じゃが、この神魂玉を創った張本人に会えば、あるいは方法が聞き出せる可能性がなくもない」

「そっか!一番手っ取り早いですよね。でも、一体誰が考案したんですか?」

「資料によると、犬狗という種族らしい」

「ケング。犬狗といえば、数千年前に絶滅した人間でも魔物でもない中間種族。まだ末裔がいるのか」知の倉庫を掘り返したラッセルが驚いた調子で訊く。

「それも分からぬ。だが、神魂玉の魔力を払うには、彼らが秘めていた聖なる力が必要とされる。元々犬狗はその謎の妖力で玉を創ったんじゃ」

 ハロイドはその足跡を要約しながら説明した。

 犬狗族の由来は、天から遣わされた未来の予知者という意味とされ、この世の魔や凶事を警告する使者であると伝えられている。

 人間に忠僕で仁愛に溢れた種族と言われ、これまで何度となく襲ったラングルの危機を度々救った。

 伝染病など病苦が蔓延した時代にあっては、秘伝の治癒術で人々に奇跡の癒しを施し、飢餓が発生すれば奇術を駆使して植物や鉱物を食べ物に変える荒技を見せたり、戦乱時には強権を濫用する為政者の精神に魔術をかけ、その心、ひいては人格を変貌させて乱世を平定したという記録もある。

 龍族とともに、永年に渡りラングルの叡智となり救世主となり、はたまた破天荒な歴史の生き証人となって来たのだった。


 大量の書籍が格納されたハロイド庵こそ、知恵の探求者にとって恰好の遊び場である。

「バルトスさんも考古学に興味があるんですか?」資料庫の珍書奇書を探しながらフェルナンが言う。

「君のような専門家ではないがな。生物の過去には少し関心がある」暗黒剣士が選んでいたのは宇宙考古生物学通俗史という総論書だ。

「僕は大学を卒業してから編集者の仕事をやってたんですけど、不況だのコストカットだの、所謂リストラに遭いましてね。失望しながらも、自分の原点や長所をまっさらの状態から分析し直したんです。それで結局、もう開き直って好きな事だけやろうと思って考古学冒険者になったんですよ」

「失敗を経験しなければ自信は持てないものだ」

「ええ。教授という巨匠に出会って運が開けました。もう自信満々で。って、まだまだないんですけど」照れながら頭を掻いて見せる。

「人生の私淑を見つけるのもいいが、大事を成すには直接の師を持つことが欠かせない」

「はい。学問、哲学はもとより、私生活でも何においても大先生です」

 ケイトはユンケルにエスコートされて、屋上の展望台に出ていた。

「あー、またひと冒険始まるねえ。ケイトちゃんと遊園地デートできるのはいつかなあ?」

「したくないんですけど。同年代の彼女を探したらどうかしら」

「ハッハ。そんな冷たいところが男心をジリジリと燃え立たせるんだな。ならば、せめて今日だけでも恋をしよう」ユンケルはリーチを目一杯に広げてケイトを抱き寄せる。

 無礼なと、肘打ちを返すケイト。

「セクハラ助平!思慮分別こそ、魔法使いの心得じゃなくて!」

「おおっ、痛いとこを突くねえ。魔法使いだって人間さ。快楽だって肥やしになるのよ」

 しばしケイトの無視が続いた。

「ケイトちゃん、子供は欲しいの?」

「何よいきなり」

「いや。聞いてみたかったんだ。旅なんかしてると恋する暇もないんじゃない?」

「ご心配なく。私、貴方と違って恋には無頓着なの」

「ホホホッ。それは強がりだ。ホントは男と寝たくてムズムズしてるんじゃない?」

 ケイトはただただ憮然とシカトする。

「おいらは諦めないからね、年の差結婚。旅が済んだら、いや、旅の途中でも」

 言い終わらぬうちに、ケイトはむくれ顔で歩み去る。

 研究所脇にある紫の花々が咲く庭に、小さなリス科の小動物が戯れている。

「ラッセル。わしたちは好奇心のなすがまま、此処まで突っ走ってきたが。人生で一度くらい世帯を持ちたいとは思わんかったか?」ハロイドが庭地の木柵に寄り掛かって言う。

「まあな。この年まで一人でどうにかやってきた。家庭を築くなど、もはや後の祭りだが」

「妻子がいたら、語らう家族がいたなら、また別の風景が見えたかも知れん」

「それを言えばキリがない。自分とは反対の裏道を歩く人間は、事のほか羨ましく思えてしまうものだからな」

 一匹の黄色い蝶がふわりとハロイドの伸びきった白髪に止まった。爽やかな空気に加え、太陽が映す日だまりが緑の芝生を暖めている。

「お前もつくづく悪運に付き纏われる学者じゃな。どこまでも艱難辛苦に直面する姿がわしの霊眼には見える」

「そうか。それは芳しからぬ霊視結果だな。しかし、とうに腹は括っているからな」ラッセルは意地と寂莫の混ざった笑いを浮かべる。

「大した男だ。世界救済旅団のリーダーとは、神も最高の使命を与えたものよ」

「これからもあんたは一生このカタコンベに隠れ住むのか?」

「そうじゃ。わしにも自分の使命がある。発明で人類の健康と幸福に奉仕することがわしの御役目だ」

 蝶がふんわりハロイドの頭を離れ、ラッセルの帽子の庇に舞い降りた。

 風の音が二人の前を過ぎる。そして周囲の枝葉を騒がしく駆け巡る。

 新たな冒険の風雲急が告げられようとしていた。

 行く手にあるのは冥府魔道か、あるいは極楽往生か。

 一行は期待と不安を胸に旅の幕開けを待つばかりだった。

 

 


第二章はこれでお終いです。御精読、ありがとうございました。

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