雪上の果たし合い
「地底の覇者の居所だが、古文書を手当たり次第に調べた結果、どうも大陸北方のジズカターン山脈のようじゃな」ハロイドがテーブルに会す一同に告知した。
「それから、いいモノを見つけた。秘密倉庫の隅に隠していたのをウッカリ忘れておった」そう言って机上に丸い宝玉を置いた。
「これは神魂玉じゃ。あらゆる物質を吸収し封じ込める現世最強の魔法アイテムでな。万策尽きた際に使うとよい」
「しばらくぶりの切り札ね。もう品切れって言ってたのに」
「まだまだ他にもあるんじゃないんですか?」
ケイトとフェルナンが追及する。
「はて。ひょっとすると、あったかも知れんな。ハッハッハ」博士は悪戯めいたような、はにかむような笑いを咲かせる。
地底探検の談義を終えた一行は、数日間しっかりと休養に務めた。
「ジズカターンなら行った事がある。記憶にある山岳地帯の小集落までワープしよう」ユンケルが自慢の美装に彩られた杖を構えた。
魔法の燐火が一同を光輪で囲い、一瞬の内に目的地まで転送した。
四面は視界の及ぶ限り雪また雪。膝まですっぽり嵌まり込む豪雪に、唸り渡る猛吹雪が全身を底冷えさせる。
極寒に堪りかねた一行は、急ぎ足で面前に見えた小集落へと赴いた。
すると、親切な村人が宿を提供してくれた。
「こんな人の絶えた土地によくいらっしゃいましたな」優しい主人が笑いかける。
「そうなんですよ。まあ、色々込み入った事情でね。ほっこり暖炉で助かります」フェルナンがすっかり安心して丸太に身体を預ける。
「私こういう家に住んでみたかったの。雪と火の組み合わせが大好き」ケイトが素手に温かな息を吐きかけて満悦する。
奥さんは床に臥せっていて顔色がよくないが、朗らかな歓迎の挨拶をしてくれた。
「家内は障害者でね。手足の自由が効かない病なんだ」
「そうなんです。でもこの人といつも一緒で楽しくしてるんですよ」奥さんは細い声で陽気に笑った。
「私も精神疾患の長患いでして。生涯治療が必要だと忠告されている身なんです。神様が障害を下さったのには理由があるはずだと、家内は恨み言ひとつ言わない。楽しく人生を全うすれば、あの世で幸せが待っていると」主人は寂しそうに、しかし嬉しそうに言った。
「信仰を持つことは大事だ。きっと神は見ている」ユンケルが励ますように頷く。
「何とも勇気づけられる。貴方がたの生き様は実に正しく美しいですな」ラッセルが感服して言う。
こんな小さな寒村で世間に知られることもなく、質素な生活を強いられながらも果敢に生きている。そんな直向きで強くある夫婦に一行は心動かされたのだった。
「つかぬ質問ですが、この付近に地底の覇者を名乗る魔物がいるという噂を聞いたことはありませんかな?」ラッセルは髪を手で梳かしながら尋ねた。
「東の山嶺に棲む幻獣の事ですね。強大な神通力を持つモンスターに警護されている魔王です。この村も彼等の縄張りなんです」主人が恐々と答える。
「心配ないわよ、おじさん。すぐに平和にしたげる」
「ま、すんなり行くといいんだけどね」ケイトとフェルナンがそっと見つめ合う。
「あなたがた、旅の勇者様がたなんですな。まさに神様が遣わしたメシア様だ」
「ご主人。生憎我々はただの学者風情。ご自愛願います」ラッセルが謙遜する。
「強大な神通力か。腕が鳴るな、バルトス」ユンケルの発破に暗黒剣士は無言で目を光らせる。
「皆様、獣肉の野菜スープが煮えましたんで、御賞味下さい」主人は各人の皿に香ばしい湯気の立つ具材を盛り付けた。
「村の猟師が命からがら獲って来たタンパク源です。最近は動物が獰猛になりまして、怪我を負う者が後を絶ちません。人間が生態系を乱し、人と動物との境界がはっきりせんようになっとります」
「そうなのよね。人間が環境を汚染させるから、動物も仕方なく刃向かうのよ」ケイトが息でスープを冷ましながら同調する。
「動物も住む場所や食べ物が限られちゃうから、ガオーってことになる」フェルナンも口中で熱い具を噛みあぐねてモグモグ話す。
「人間も動物も創造主様が創りなさったものです。どちらもこの世に欠くことのできないもの。それぞれに使命という大義がありますでな」
「私も主人の見識に賛同する。このままでは滅ぼし合うばかり。速やかに平和を樹立し、美味い食事とお姉ちゃんを貪りたいものよ」ユンケルが布で髭を拭きながら鼻で笑う。
「村の皆さんが安心して暮らせるように、我々は山の神獣を説得に参ります。しばらくの辛抱ですぞ」ラッセルが額にかいた汗を袖で拭う。
「食欲はどうだ、食べるかい?」主人が隅の寝床で休む妻にスープを飲ませる。
「いいですわね。こんなに賑やかなのは何年ぶりでしょう。大勢は楽しくて何よりだわ」奥さんが爛々とした目で快活に笑う。
「わしらは身体が不自由で外には出られないけど、神様はこうして皆さんを連れて来てくれた。まさに愛をくれたんですな。愛の学びで私たちを慰めて下さる」主人は純粋でありながらしっかりと達見した老爺の面持ちで幸せそうに破顔した。
一同は心身の自由を失いながらも、決してイジケた井の中の蛙になることなく、小さな住み家から大海を想像して前向きに生きる夫婦の人生模様に感動したのだった。
凍えるような冬将軍が立ちはだかる中、東にあるという地底覇者の下に参ずべく、一行は降りしきる雪と格闘しながら深々とした雪原を掻き分けて行軍した。
足を大雪に吸い付かれながら数時間歩いた時。
吹雪の中を二つの光る物体が一同を標的に飛翔して来るのが見えた。
「あれがそうか。ただならぬ殺気だ」ユンケルが眉間を尖らせて迫り来る物体を睨み据える。
「ボスを警護してるって言ってた奴らだ。こんな足場の悪い僻地でモンスターの来襲か。二人とも、大丈夫でしょうね」フェルナンが不安げにユンケルとバルトスを見遣る。
すると物体は降り落ちる雪の間から正体を現した。
一体は屈強な強竜に跨がったドラゴンライダーで、豪鬼な仮面に超大な剣を雄壮に構えている。
もう一体は白粉化粧で表情をぼかし、霊験豊富そうな杖と厳粛な僧服を纏った魔術師だった。
「迷い人よ。引き返すなら今が最後だ。巌窟に入ることは許さん」ドラゴンライダーが高々と言い放った。
「引き返すわけにはいかん。我々は地底の宿主と面会するまで引き下がらんぞ」ラッセルが降りしきる雪礫に目を細めて力強く言い返す。
「ならば、裁きを下すまで」ドラゴンライダーは竜を駆って戦闘態勢をとる。
「私がやろう」バルトスが刀を抜き前へ進み出る。
「バルトスさん。怪我しないように頼みますよ」
「そうよ。この寒さじゃ、刀傷は命にかかわるわ」
「大丈夫だ、任せてくれ」
両雄は舞い散る降雪をもろともせず向かい合った。
「随分と自信がありそうだな。だがその生半可に身に着けた技のせいで寿命を縮める結果になったわ」ドラゴンライダーはそう通告すると、剣から凄まじいまでの爆発的な炎を発生させた。その広大な火球は雪原一帯を太陽フレアのように赤々と燃えながら膨れ上がった。
「その炎は。まさか、お前」バルトスは気圧されたように凝然と目を見張る。
「そうよ。冥界から召喚した炎だ。貴様には到底真似できぬ荒技だろう」敵は蔑むように笑い飛ばす。
「これは暗黒炎剣。冥界の炎を呼ぶことのできる技は他にない」
「よく知っていたな。偉大な冥界竜の火炎で死ねるのだ。光栄に思え」
対抗すべくバルトスも霊気を刀身に注ぎ集めた。こちらも敵を圧倒する風圧と閃光を放散せしめる。
「何!貴様、暗黒霊剣の使い手か!」
「同類、相憐れむか。奇遇なる宿命かも知れん」バルトスが仮面の下で微笑する。
「まさか、貴様」敵は何かを察したように怖気づく。
「気づいたようだな。俺達はこうなるシナリオの下、出会うべくして出会った」
ドラゴンライダーは苦虫を潰してバルトスを射殺す。
「魔剣士ドルフ。昔日の面影はしっかり残っているぞ」
「や、やはりバルトス!」
双方睨み合い、しばらく氷ったように立ち尽くす。
「あの時、魔境に走ったお前を見逃したのは間違いだったようだな。今では一端の殺し屋か?」
「ほざくな。俺は真の力が欲しかっただけだ。師匠の薫陶をほしいままにしていた甘えん坊には理解できんだろうがな」
「秘技を授かった魔剣士が道を踏み外したからには、このまま野放しにはできん」
「貴様の剣ごときで、俺の野望を打ち砕くことはできんぞ!」ドルフは全身を撓らせて、矛先から燃え放たれる烈火を浴びせかけた。
それをバルトスが影法師のように玄妙な反射神経でかわすと、相手の頭上に横っ飛びする。そしてすかさず霊気溢れる刀を振り上げ、膨満した黒炎の球を水平に切断してしまった。
剣から分断された火球の上半分が、激しい蒸気となって虚空に溶けてなくなる。
しかしドルフは怯むことなく、さらなる巨大な炎を湧出させて斬り込む。
バルトスも暗黒の霊波を滾らせ、真っ向から勝負を挑む。
全霊でぶつかり合った互いの刃が重なり、熾烈な鍔迫り合いが起こる。
「バルトス!柔弱な善人の貴様に奥義を極めることはできん!この俺の執念の炎で焼滅するがいい!」
「不浄な魂となった悪の魔剣に、私を葬る力はない。滅び去るのはお前自身だ」バルトスは魂の奥底に眠れる聖なるエネルギーを一心に呼び醒ました。
すると刀身に莫大な量の、神なる紫紺の霊気が発現した。
「お、おのれ!偽善を被った正義など、俺は信じないぞ!」ドルフは力無くジリジリと押し込まれ後退していく。
そしてバルトスは全精力を尽して、夥しい波動によって生み出された霊気の弾丸を撃った。
巨岩の霊気が容赦無くドルフをドラゴンもろとも包含し、まるでゴムボールのように遥か遠方へと吹き飛ばした。
「げ、すごいなバルトスさん。あいつ、見えなくなっちゃった」
「しょうがないわ、罰が当たったのよ。生きてれば勿怪の幸いね」
かつて修行時代を共にした同門の因縁試合は、正しき道を行く者に軍配が上がったのだった。
「惚れ惚れする勝ちっぷりだったな、バルトス」ユンケルが微笑ましい賛辞を送り、次は自分だとばかりに悠然と派手な杖で肩を叩く。