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天空城の陰謀2

 そして豪勢な大理石の回廊を歩くと、屋内中央部の大扉まで辿り着いた。

 警備の衛兵二人が一同を訊問し、バルトスが国王ゼロンへの謁見を陳情した。しかしそこへ、問題の男が姿を現した。

「バルトス!貴様、よくものこのこと!」

「久方ぶりだな、フラマラス閣下。陛下は大事ないか?」

「この反逆者め!何の用だ!今すぐ牢にぶちこんでやる!」

「相変わらずの単細胞め。貴様などに用はない。ゼロンに会わせろ」

 フラマラスは不快窮まる面貌で、激しく靴を鳴らして扉の側に立ち塞がる。

「会うことはまかりならん。解っているだろう。逆賊は見つけ次第追放。さもなくば、捕縛の後処刑だ!」

「この者たちは世界を変えるために、ゼロンに会いに来た私の同士だ。そこをどけ!」

「いいのか。此方の手勢は五百。一騎当千の貴様でも突破することはできん」

 ユンケルがローブをかきあげて歩み寄る。

「二人ならどうだ。浮き名を馳せた大魔法使いが助成すれば容易い」

 一気に戦闘の昂揚感が高まるが、すかさずラッセルが仲介を買って出た。

「まあ落ち着きたまえ。我々は魔物と人間の抗争を終結させたいのだ。まずはそちらの考えを聞こう」

「何を言うかと思えば。下らん平和思想を振りかざすつもりか」

「そうだ。話し合いの場が欲しい」

「平和などもっての他。我々ゼルタンは魔物の英知でラングルを支配する大計画の執行中でな。手向かう人間は始末するまでよ」フラマラスは陰険な嘲笑を響かせる。

「なぜ人間を目の敵にするのだ?」

「決まっているだろう。人間どもはどいつもこいつも、この賢者である私を裏切り嘲弄し見くびった。これは神の裁きだ」

「お主がどんな目に遭ったかは知らんが、個人的恨みを人間全体に責任転嫁すると言うのかな?」

「奴らは無知で無能。力も無い。世界を支配するにふさわしいのは、人間ではなく魔物なのだ。彼らが地上を治めれば、万事うまくいく」

「何を言うか、とんだまがい者が。世紀の愚か者め、どうなるか百も承知で魔物に魂を売ったのか」聞き捨てならんとばかり、ユンケルが痛烈に罵倒する。

「私は人間を捨て、魔物に全人生を賭けた。尊大な魔の力で人間を征圧することこそが、ラングルにとっての幸福なのだ」フラマラスが身体を反らして高々と嘲笑う。

「狂ってる。取り返しのつかない事になっちゃうよ」

「この世の終わりだわ。覇者も同じ考えなのかしら」

「いいや、ゼロンは唆されているに過ぎん。元凶の一切はこの偽物神官だ」バルトスが刀を抜く。

「フフッ、死を選ぶとは、何とも無能な家畜らしいな」フラマラスは衛兵に集合の合図を出させた。ほどなく、数百の足音が回廊を駆ける。

「神官殿。そなた、人の心の真を知らんようにお見受けする」ラッセルが相手の目を射抜くように言い放つ。

「何だジジイ、平民の分際で重臣の我輩を侮辱するのか!」

「家畜と言われたが。そなたは人心を理解しようとはせんのか?」

「フッ、そんなものはまつりごとにとって無関係。人民は家畜であればいい。さしずめ意志など不要だな。我々権力は迅速に事を進めねばならん。人心など推し量る暇はないわ」フラマラスは腰に手を置き、卑屈に笑い捨てた。

「権力機構は人心を把握してまつりごとに精励しなければならないはずだ。それを無視するのは、ただの我儘であり面倒くさがりというもの。腹心としては失格としか言えぬ」

「言わせておけば、くどくどと。えーい、この狼藉者どもに縄をかけるのだ!」

 命令を受けた衛兵たちが、ぞろぞろと鼠のように集まり一行を包囲する。

「怪我をするぞ。私の魔力はオメガ級に匹敵する。城は灰となるやも知れぬが、後悔するなよ」ユンケルが光のオーラを全身に発現させた。

「それは私も同じ。かつて時の権力者も恐れ慄いた魔剣の真価を見せてやろう」バルトスも刀身に霊気の波動を湧き上がらせる。

 城内がガタガタと地揺れを起こし、辺りの石柱が二人の気迫あるエネルギーによって鳴り軋む。

 その時。あたかも天から届くような神々しい声が回廊に降ってきた。

「よせ。首尾は分かった。人間よ、いまこそ決断の時。空の魔獣は私が説得しよう」敵陣営は騒然となり、配下たちは動揺をきたした。

「な、何を!ゼロン、どういう魂胆か!」フラマラスが血相を崩して叫ぶ。

 扉が開き、鋼鉄のような頑健な体皮に覆われた神獣が、超然と歩きながら出てきた。その背丈は高い天井すれすれまでに及ぶ圧巻の風体だ。

「海の覇者ルシードが動き出したのは知っている。お前たちの働きかけなのだな」

「いかにも。我々は人間の代表として、お主たち魔物の人間に対する誤解を取り除く旅を敢行しているところでな」ラッセルが畏怖しつつも安堵の息を漏らして言う。

「怖じ気づいたかゼロン!人間に代わり魔物を、世界を統べるのではなかったのか!」

「フラマラスよ。もういいのだ。確かにこの私も人間は憎い。神聖な我々の空を自ら発生せしめた化学汚染ガス、酸の雨により汚した。私はお前の世界を革新しようという信念に引き込まれ、お前を重用したのだ。魔物の生きる権利を人間から取り戻す。その理想の下、お前たちは行動してくれた。空の覇者として感謝している。しかし、人間も変わりつつあるようだ。今こうして正義の意志を持った下界からの使者がやって来た。我々は求めに応じねばなるまい」ゼロンは厳かに喉を鳴らして煌々と目を光らせた。

「あ、あんたは騙されている!に、人間はこの世界を滅亡させる気だぞ!まんまと口車に乗せられるとは愚直なアホめ!」そう言うなり、フラマラスは大慌てで退散して行く。

「これでインチキ道化師は消えた。さあ、ゼロン殿。このゼルタンも今一度建て直しと相成るべし」ユンケルが綽々と進言する。

「魔物が暴れないようにお願いします」フェルナンが頭を下げた。

「人間と手を繋げるようにお願いします」ケイトも連呼して請願した。

「これが我々人間側の要望だ。私からも切に願う」確言したラッセルは、恭しく帽子を脱ぎ一礼する。

「人間の真意は承った。空に住まう魔獣たちに言伝しよう」ゼロンは不意に豪壮な音を響かせた。すると両腕から巨大な翼が現れた。

 そして床を蹴って飛び立つと、衛兵が天井を開いた。

 ゼロンは折から吹き込む風に乗って上空に舞い上がる。

「何年かぶりにゼロンの真の正体が拝める」バルトスが冷静な鉄仮面越しに息巻く。

「それは一見の価値あり。超オメガのやっこさんの偉大な御姿を拝見しようかな」ユンケルが強風に片目を閉ざして仰ぎ見る。

 天空に熱り立つゼロンの体躯から、大気を破裂させるような凄まじい銀色の波動が放たれる。

 空の青が鮮やかな銀に染まり、吹き惑う風は神威に散らされて空間は真空状態に変質する。

「海もすごかったけど、空は空でやっぱりすごいな。ねえ、ケイト?」

「きっとまた来るわ。あとは惑星の無事を祈るだけ」

「ケイトちゃんの言う通りよ。またあの霊気が向かって来てるぞ」ユンケルが真剣な調子で固唾を飲む。

「前回同様、大袈裟な戦いにならねばいいが」ラッセルは懸念を胸に銀白の空を見上げる。

 その噂の主は周囲の銀箔を剥がさんばかりの、豊満な金色の波動に身を包ませて登場した。

 まずはふてぶてしい所作でクシャミをした。

「起きがけに邪魔苦しい風だ。鼻が詰まるぜ。フッ、また超オメガか。この星に寄生してる連中も、矢鱈に雑魚ばかりじゃないようだな」アルヌスは人差し指で鼻を擦りながら好奇の目を剥く。

「完璧超人!また来ちゃったよ」

「いつ見てもマイペースね」

 ゼロンはその研ぎ澄まされた霊気を感知すると、警戒感を露わにして言った。

「その崇高な霊気。お主、何処よりやって来た?」

「教える必要があんのか?俺はてめえと格闘がしたいだけだ」

「あ奴は?」バルトスが慄然と質問する。

「異次元から馳せ参じたうつけ者だ。実力は超オメガクラスの怪人」ユンケルが眉根を狭めて説明する。

「それじゃ、スカッと暴れさせてもらうぜ」通告したアルヌスは電光のような速さでゼロンに突進した。

 しかし、ゼロンも巨体からは考えられないような敏捷力で素早くかわす。

 アルヌスは追跡ロケットの如きしつこさで、何度も光速体当たりを仕掛ける。

 ルシードの時の力比べとは違い、今回は目眩くまでの壮大なスピード合戦が繰り広げられている。

 業風のように目を幻惑する無類の早業は、完全に神の領域に達している。

「いい加減、これって現実なのかな」

「もう人間なんて無視だものね。祈るしかないわ」

 ラッセルたちは丸く収まることだけを願って戦況を見守る。

 無尽蔵な波動の念力で空間が捻じれるように撓むのが分かる。

 天空に浮かぶ城の上空で、熾烈な超オメガバトルが際限なく続く。

 そんな最中、執念深さの権化となったフラマラスが射撃台に闖入する。

「人型の怪物野郎か。火に入る間抜けな夏の虫め。このとっておき核ミサイルで、馬鹿ゼロン共々空の屑にしてやる」絶笑を吐くフラマラスは両者組み合った絶妙の瞬間を見計らい砲撃した。

 ゼロンとアルヌスが迫るミサイルに目を転じたが、もはや激突は免れなかった。

 超大な爆烈風が両者を呑み込んだ。火の粉と共にもくもくと火山灰のような排煙が一面に敷き広がっていく。

「そんな!二人はどうなったの!」

「大丈夫よ。あの人たちは原爆だって何のそのだもの」

 空中から溢れる灰燼が降ってきて城にどんどん被さる。

「ハッハ!これでゼルタンはこのフラマラス様のもの」

 しかし、焼け石に水とはまさにぴったりの喩えだった。

 風に流れた煙の中から、無傷のピンピンした超オメガの図体が憮然と現れたのだ。

「ま、まさか!なぜだ、核ミサイルだぞ!おっ!」仰天した拍子にフラマラスは高台から足を滑らせて、哀れにも崖下に滑落してしまった。

「フラマラス。ついに墓を掘ったか」バルトスが虚しい断末魔を聞きながら呟く。

「因果応報とは言ったものだが。何とも悲惨な男よ」ユンケルが哀惜の念を手向ける。

「あのおっさん、死んだのかな?」

「生きてるかもよ。ユンケルさん!」

 悪敵の事ながら、一同は事故現場に急いだ。

「へえ、今のは面白かったな。人間てやつはなかなか粋な飛び道具を持ってるじゃねえか。あー、しらけちまったぜ。おいてめえ、命拾いしたな。決着は後日にしてやる。そん時はバリバリの鶏唐揚げにしてやるから楽しみにしとけ」またも気まぐれが差したアルヌスは、眩しい発光体となって彼方に帰り去った。

「虫の息だ。回復魔法は効かぬ。助かるまい」ユンケルが片手で黙祷する。

「悪代官もこうなると可哀想だわね」ケイトも悼んで合掌する。

「そうだ。あれなら。ねえ教授?」フェルナンが妙案を思いついてラッセルに確認する。

「あらゆる病を治し、命を救う神秘に賭けるか」


 ユンケルの魔法で一行はハロイドのもとに戻って来た。

「口を開けて、入るかな?」フェルナンがフラマラスの喉へ強引に流し込み嚥下させる。

「間に合えばいいけど」ケイトがナースのような仕草で口周りの水滴を拭き取る。

 他でもない。最後の手段として用いたのはドラゴンの命水こと、玄龍水だった。

 数秒後、噎せ返る咳を起こしてフラマラスが目を覚ました。

「こ、ここは?」

「気づいたか、悪運の強い奴め」ユンケルは死の淵から生還した者に対してであるにもかかわらず、不機嫌な口調で言い捨てた。

「助かったのか。いや、助けたのか、私を」フラマラスは混迷した面持ちで問う。

「目が覚めたところで、心の目も覚ましてくれるとありがたいがな」ラッセルが微笑する。

「どうだ、さすがに改心したか?本来なら終身刑が妥当なところだぞ」バルトスが依然冷やかに言い渡す。

「でもよかったわ。真人間になったみたいで」

「ほんとだ。あんた、顔が変わったよ」死人が出ず安心した助手二人がケラケラと笑い立てる。

「あんたたち、介抱してくれたのか?」

 フラマラスは悪人の様相がすっかり抜け落ち、穏やかな面相になっている。

「神官よ。人間を許してやってくれ。我々も魔物の事はさっぱり洗い流す」ラッセルが柔和な声色で言う。

「人間は変わるのか?魔物と平和に暮らせるか?」

「できるとも。覇者が立ち上がったからには大丈夫だ。世界は平和になる」

 フラマラスはキョトンとしたまま、しばらく全員を見回していた。

「私は間違っていた。人間に虐げられ裏切られたのも自らの愚かさゆえだったのだ。人間は悪く弱い存在だと思っていた。だがそれは人間のほんの半面にしか過ぎなかった。もう半面は善良で勇ましい。あなたがたが証明してくれた。こんな悪の手先である馬鹿者の私を救ってくれた」フラマラスは偲び泣きながら感謝の意を述べる。

「なに、分かってくれればいいんだ」ラッセルが軽やかに笑う。

「これでフラマラスさんは僕たちの仲間ですね」

「これからは平和のために自慢の権謀術数を振るってね」

 フラマラスは若者二人の優しさと温かさに深く感動した。

「人間に嫌われる魔物が不憫でならなかった。人間さえ家畜化できれば全て解決すると勘違いしていたのだ。この世が魔物の世界になれば、どんなに環境がよくなるかと」

「一理あるのは事実だ。しかし、お主は魔物が不憫だったのではなく、自分が不憫だったのではないかな」

「自分が?」

「そうだ。魔物が可哀想だと思う自分の事が可哀想だったのであろう」

 フラマラスは魂を抜かれたように悄然と虚空を見た。そして、自然と心に燈籠が灯った。

「なるほど。そうだったのか。私は自分が可愛かった。自身の問題だったのだ」

「さすが教授!今まで師事してきてよかったあ」フェルナンが名言に感嘆する。

「やっぱり年の功ね。教授ったら、これからも尊敬するわ」ケイトも同調にあやかる。

「己を生かすも殺すも己自身か」バルトスが納得の面差しで言う。

「人間の代表者は実に徳が高く洞察に長けている」ユンケルが髭を抓んで得心に浸る。

「フラマラス閣下。ゼルタンの事はやはりお主に任せるのが一番だ」

「老人。それは本気か」

「うむ。もう民衆をないがしろにすることはあるまい。賢政を頼むぞ」ラッセルは横たわる執政神官の手をしっかりと握った。



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