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天空城の陰謀1

 そして追うこと数時間。一行は面前に現れた驚くべき光景に絶句した。

「ええっ!あれが天空の町!」

「信じられない!まさに神話の世界だわ!」

「これぞ奇観。ケイトちゃん。記念に手繋ぎデートしましょう」

 まさに古の大パノラマが凝然と天空に浮かんでいる。小説や漫画だとしても想像に余りある絶景に、一同は生気を抜かれたように立ち尽くすしかなかった。

「あっ!山も城も家も湖もある!」

「人もちゃんと暮らしてるみたいよ!」

 光の柱はプリズムを迸らせながら霧消していく。

 ラッセルは注意深く操縦桿を握り、伝説の浮遊都市ゼルタンへ着陸態勢を整えた。

 やがて飛空艇は拓けた山地の麓に無事舞い降りた。

「いい空気だ。酸素が豊富で紫外線も気にならない」ユンケルが降りざま、煙管に火を点す。

「こんな町があったなんて。一生記憶して、帰ったら皆に自慢するぞ」

「こんな夢の町に超オメガがいるなんて、楽しみ半分怖さ半分だわ」

 山を歩いて西へしばらく邁進すると、古代遺跡のような町並みが見えて来た。

 その北西の岩床地帯に城が聳え立っていた。

「会うべき空の覇者は城か」ラッセルが帽子を押えて地平の終点を眺める。

 町には穏やかそうな人々が闊歩していた。だがどこか陰りがあり覇気に欠ける面貌をしているのが気になった。

 突如来訪した新参者の一行に奇異かつ警戒の目を注ぐ町人もいる。

「見たところ、あまり徳多き為政者の治める土地ではなさそうだな」ユンケルが街の端々に違和感を見てとる。

「空の超オメガは凶暴なヤバい奴かも知れませんね」フェルナンは空旅の疲労に足をよろよろさせる。

「よそ者は歓迎されなさそうね。城に入らせてくれるかしら」ケイトが困惑した挙動であちこちを観察する。

 その時、ユンケルが自分たちを見張る気配に感づいた。

「何者かが早速手荒い出迎えをしてくれるみたいだな」

 一行が立ち止まると、青黒い影が忍者のような早足で周囲を走るのが分かった。

「逃げはしない。用があるなら早く出て来い」ユンケルが様式美荘重な杖を構えてカマをかける。

 すると影が音もなくスッと現れ、正体を見せた。

 紺色の皮革で顔から手足まで全身を防備した剣士だった。フルフェイスの鉄仮面の裡から鋭い視線が刺さるように瞬いている。

「この町の者か?随分物騒な歓待だな」ユンケルが剣士のただならぬ殺気に固く唇を結ぶ。

「なぜここへ来た。侵入者は厳しく閲しなければならん」

「うぬは何某かの使いか?私たちは怪しい者ではない。親玉に交渉事があって遥々参上したまでのことだ」

 しかし剣士は鞘から刀を抜くと、好戦的な所作で中段に構えた。

 そして身体に黒いオーラを湧き立たせると、刀身に向けて凄まじいエネルギーを対流させた。

「何と。その技は」ユンケルは驚き後退りする。

 町人はそのおぞましい気迫にぞろぞろと逃げていく。漆黒の光波が空気を鳴動させ、激しい土煙を撒き散らす。

「紛れもない。それは暗黒霊剣。まだ世に伝来していたとは知らなかった」

「何だよいきなり!すごい砂吹雪じゃないか!」

「もう、目が開けられないわ!」

 帽子で顔をガードしつつ、ラッセルは蓄えた知識を掘り返した。

 暗黒霊剣。数千年の昔より、選ばれし暗黒騎士に受け継がれる恐るべき暗殺剣術。

 時に魔龍を斬り、またある時は魔神を調伏した必殺の魔法剣。その暴虐非道さゆえ、奥義の継承は禁じられ闇に抹殺された。

 しかし時代を経て、眠りしその神力に着目した英雄によって、正義の剣として復活する。

 だがそれもやはり禁忌の剣。再び世に白眼視されると、またも継承は絶え、もはや現存しない伝説の魔剣と語り継がれている。

「これぞ世界平和の鍵となる力だ。味方につけねばなるまい」

 乱れ沸く暗黒の霊気が剣に集まり、暗褐色の波動を放散する。

「暗黒霊剣が相手となれば、こちらも手加減はできぬな」ユンケルも相対抗して、灼熱の炎を焚き起こした。

「小癪な魔法使いよ。我が秘剣に挑もうとは恐れ知らずな暗愚者だ」暗黒剣士が目の覚めるような瞬発力で駆け出す。

その踏み込みの速さと鋭さは特筆すべき神業だった。

 刀が逆巻く炎ごと、ユンケルの杖をズバリと切り裂きかからんと振り下ろされる。

 ユンケルは瞬時の読みでかわしたが、刀に纏わりつく霊気の波紋が腕に飛び火した。

「おおっ!危ない危ない」燃え移らんとする黒い霊波を何とか腕を回して鎮火する。

 今の一振りで杖の炎は吹き消されてしまった。

 さらに休まず、暗黒剣士は間合いに侵入する。

 幾合のいなし合いが続き、刀と炎が容赦のない激突を繰り広げる。

「かくなる上は」ユンケルは黙想し、呪文を呟いた。

 すると炎が猛々しい龍の形に変容する。火力が比較にならないほど猛烈に増幅する。

「異界の炎を呼びだしたのか?そこまでできるとは」暗黒剣士はそれでも闘気漲る剣を振りかぶって肉迫を試みる。

 比類なき暗黒の霊気を帯びた刃がこの世のものならぬ火炎龍の頭に襲い掛かる。

 耳朶をつんざくような爆音とともに互いの神力がぶつかり合った。

 けたたましい爆風が街中を暴れ巡り、舞い上がる砂埃で完全に視覚が塞がれる。

「ちょっと、初めからこんな大戦争ってありなの!」

「知らないよ。もう何があっても竦まないぞ!でも怖いなあ」

 ややあり、戦いは終着した気配になった。

 技量を尽くした二つのエネルギーは彼方に弾け散り、後には着の身着のままの両者が睨み合っているばかりだった。

「それまで。もういいだろう」ラッセルが声を尖らせて停戦を促す。

「お前たちは、このゼルタンに何をもたらすのだ?」納得したように暗黒剣士がそっと刀を収める。

「和解だ。魔物と人間の共存共栄こそ、あるべき道」

「それは叶わぬ。この町はかつての理想を失った」

「どういう事かな?」

「今このゼルタンを操るのは悪魔の化身。反抗する者は女子供構わず迫害される。私もその謀反人の一人だ」

「なるほど。あんたは都を追放になり、流離いの戦士として再起を図ろうと虎視眈々、復讐の機会を狙っていると」ユンケルが杖で疲弊した手を叩きほぐす。

「ちょうどいいや。僕たちと仲間になって、交渉に行きませんか?」フェルナンが目を輝かして言う。

「わたしからも願う。そなたの魔剣はこれからの旅に必要だ」ラッセルが懇ろに説き伏せる。

「決意は固いのか?」

「固い。我々全員、一命を賭けての大活劇の最中だ」

 しばらく沈黙すると、暗黒剣士は仮面に潜ませる瞳孔の色を変えた。

「ゼルタンの統治者は空神ゼロン。仕えるブレインは大神官フラマラス。和解締結は難航を極めるぞ」

「承知の上だ。親愛なる暗黒騎士殿」

 ラッセルが手を差し伸べた。その顔に目線を置いたまま騎士が手を握った。

「我が名はバルトス」

「ラッセルだ。魔法使いユンケルに、部下のフェルナン、ケイトだ」

 バルトスは軽く首を傾ける。おそらく仮面の中の顔は微笑んでいるのかも知れない。


「えっ、入れないって?」フェルナンが曇った声を出してバルトスを見遣る。

「フラマラスは用心深く猜疑に満ちた男。決して部外者に謁見などさせまい」

「ならばこちらから忍びこむまでよ」ユンケルが即断して言う。

「私が手引する。城の絵図面は分かっているからな」

「敵の根城に忍びこむなんて地の利が悪いわね。内部はそれこそ迷路さながらなんでしょ」

「それは覚悟の上。のるかそるか、一か八かの勝負だ」ラッセルが迫真の目つきで喝破する。

 一夜を宿で過ごした一行は雨模様の翌朝、城に向かった。

「でも変な話しだな。たかが神官が空の覇者を傀儡にしてるなんて。トップがしっかりしなくちゃいけないのに」

「そうね。よっぽどその官房長官を信頼してるのかしら」

 バルトスが神妙に答えて言う。

「ゼロンはフラマラスに酷く憐憫の情を寄せている。ラングルの未来をいかに開拓するか。そのためなら登用する人間は選ばぬつもりだ」

「ところで、あんたはこの浮遊城の生まれなのかね」ユンケルが朴訥に尋ねる。

「いや、自分はよそ者だ。フラマラスも元は地上の民だ」

「なんで、この町に来たんですか?」フェルナンが最後尾をよたよた歩きながら問い質す。

「君たちと同じような理由だ。昔は武道を極める修行の旅を続けていた。見聞したかっただけだ。伝説の天空城にはどんな武芸が伝わっているのか。我ながら単純な動機だったがな」

 先頭を行くバルトスは東にある朝日を眺めながら、心なしか歩調を早めた。

 町から遠ざかること数時間。景色は岩塊だらけになり、やがて城の全映が近づいて来た。

 しかし城の目前で道はなくなり、絶壁が立ちはだかった。

「げっ、どうやって侵入するんですか?」フェルナンが外堀に広がる谷底を見て竦み上がる。

「私が向こうに渡って隠しスイッチを押す。待っていてもらおうか」バルトスは肩にたすき掛けした布袋から何かを出すと、徐ろに宙へと投げた。

 するとそれは大きな番傘のようなアイテムに変化した。

「何なの、それ!」ケイトが驚き眼で魅入る。

「不死鳥のパラソルだ。これがあれば、空中のどんな攻撃も避けられる」

「攻撃?すると、何かカラクリが作動するというわけかな」ユンケルがパラソルを凝視して推論する。

「そうだ。この城は外敵を遮断するために、あらゆる機械仕掛けが用意されている。では行くぞ」言うなり、バルトスは傘に飛びついた。

 パラソルはクルクルと回転しながら、まるで携帯飛行機のように航行し始めた。

 その時、右側に建っていた監視台の如き塔から、ニョキニョキと鉄棒が現れたのだった。

 その先端には残忍なまでに鋭い巨大なノコギリのようなものが搭載されている。

 そしてそれがプロペラよろしく空中の獲物を斬り刻まんばかりに回りだした。

「そんな!あんな化け物手裏剣よけられないよ!」

「大変だわ!バルトスさん、早く逃げて!」

 プロペラが猛然とバルトスめがけ襲い掛かる。しかし次の刹那。一同はそのパラソルの華麗さに舌を巻いた。

 番傘のようなそれは、プロペラが接近するや、苦も無くヒュルリと軽快に斜めへ高速回転して、追撃を逃れてしまった。それはまさに、空を羽ばたくツバメのような敏捷さだ。

 セキュリティである仕掛けプロペラは間を入れず、しきりに空気を切り裂きながら回り、バルトスを八つ裂きにしようと稼働する。

 だが不死鳥のパラソルは、プロペラの刃がどんな角度から迫っても、いかに強い遠心力であっても、あたかも人間の手から逃れる蝶のように悠々と回避してしまう。

 傘が四方八方かまわず自在に蠢くその光景は、危険な遊びを愉快に楽しむ、喩えればジェットコースターのような爽快さを演出していた。

「実に見事な魔法道具だ。滑稽滑稽」ユンケルが髭を擦って観覧する。

「私もやってみたいわ!」

「ごめんだね。怖すぎるよ」

 ラッセルも興奮顔で、艶やかに展開される大道芸に息を呑んでいた。

「いかに腕の立つ剣士にも魔法アイテムは必須ということか」

 面白いように重力加速回転する最強パラソルに運ばれたバルトスは、無事に反対岸へ渡った。

 そして城壁の隠しボタンを押すと仕掛けは止まり、鈍い雑音が木霊して、ラッセルたちの対岸に通路となる橋が走るように伸びた。

「待って下さいよ。あ、歩けない・・・」フェルナンが橋桁に跪いて這いずりながら最後尾を行く。

「しっかりしなさいよ。今までだって危機を乗り越えて来たじゃない。ほら、早く」ケイトが飽きれた表情で鼓吹する。

 橋は真っ直ぐ城に向かって繋がっているが、真下は底が見えないぐらいの深い奈落の闇で満たされている。

 渡り終えた一行は、バルトスの先導で城の裏にある秘密の抜け道を通って城内に侵入した。

 


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