大空の大捜索
旅の疲労を癒し、喧々諤々の議論を煮詰め、ラッセルたちは大方の結論を導き出すに至った。
「龍の水は病に苦しむ高齢者、障害者のために使うべく、一部を医療の都マナフランの信頼できる医学者に託した。僅かだが報酬を貰ったのでな。旅の資金にするといい」ハロイドはフェルナンに相当量の貨幣の入った袋を渡した。
「ありがとうございます。これで冒険に楽しみが増えますね」
「で、大博士。いかにして空を捜索するのかな?」ユンケルが煙管を咥えて話の矛先を戻す。
「ふむ。この世界の雲を越えたどこかに、空飛ぶ町が実在するという話は聞いたことがある。それは、ラングルの大空、つまりは大気層を常に移動しながら漂う流浪の大陸であると」
「神話の世界みたいね。信じられないわ」ケイトが怠そうに頬杖をついて言う。
「メースクインの伝記にもそんな記述があった。天空に舞う古代城は神の化身によって支配されているとか」ラッセルが黙念と腕を組んで述懐する。
「教授、空を飛ぶったって、もう気球はありませんよ」
「魔法使いでも大気層までは飛べんぞ」
「そうよ博士。名案はあるのかしら?」
ハロイドは机を叩いてスッと立ち上がった。
「ある。いつかこんな時が来ると思っておった。ドッペンハイネの出番じゃ」
「何だあ、それ?」フェルナンが拍子抜けしてバンザイをする。
「飛空艇じゃよ。今は亡き友の形見として預かって以来、いつか世のため人のために活用したいと考えておったんじゃ」
「飛空艇!博士ったら夢追い人ね!」
「あーあ。またまた今度は危ない空の大活劇か」
「これでかつての英傑気分が益々高まってきた。魔法使いがいるからには、ケイトちゃんたちの身の安全は心配無用」
一同は急ピッチで進展する計画に興奮を抑えきれなかった。
「裏の岩山に安置してある。早速仕様を見せて進ぜよう」
そんなわけで、一行は飛空艇の眠る場所に赴いた。
そこは禿鷹が空を滑空する静観な乾燥地だった。
ハロイドは立ち塞がる岩の扉に仕掛けられたスイッチを押した。すると、大扉がゆっくりと開いた。
洞穴の暗幕に抱かれながら視野に映り上がったのは、対空ミサイルのような型をした華々しい威光を忍ばせる戦艦だった。
「でかい!これに乗るんですか?」
「すごいわ!これなら摩天楼もアリのように見えるんでしょうね」
「古き良き名工の手によって建造された傑作品だからな。思う存分、空の旅ができる」ハロイドが自負たっぷりに確証する。
「これほど精巧な飛空艇が残っていたとは。まさにペガサスを味方につけたも同然。この殊勲多き大魔法使いユンケル、記念すべき人生の一ページとなろう」
一行は逸る心に釣られるまま、空飛ぶ宝船に試乗した。
ラッセルはハロイドから操縦方法を学び、その仕組や性能についての講釈を受けた。
「ワクワクね。私達、御伽噺の主人公よ」
「ドキドキじゃないか。また苛酷な冒険が始まっちゃうんだから。やっぱし編集者でいた方が安泰だったなあ」
それからというもの、全員がその日半日あまりを艇内で雑談しながら過ごした。何とも居心地のいい好奇心をそそる乗り物だった。広く景色を見渡せる展望窓が左右にあり、寛ぎ感抜群の喫茶室も完備されている。
船首と船尾、底部には高性能のプロペラが搭載されていて、かなりの高速走行も可能になっている。
フェルナンとケイトは様々な質問をハロイドにぶつけて、驚いては感心し、訝っては楽しんでいた。
そして翌日、出立の時がやって来た。
「よいなラッセル。無茶をしてはならんぞ」ハロイドがドッペンハイネ号に乗り込んだ四人を見上げつつ説諭する。
「分かっている。操縦士は命を預かる身だ」ラッセルは達観した面差しでエンジンを点火した。
「博士!行って来ます!」フェルナンがプロペラ音に混じって暇の放言をする。
飛空艇は岩地の小石を吹き飛ばしながら高度を上げた。
一定の高さまで浮上すると、やがて安定飛行を維持して進んだ。
「気分爽快だわ。早く天空の町を見てみたい」
「だけど町が空を移動してるなんて想像もつかないな」助手たちは風切る青空の深遠さに心を奪われていた。
「ロマンとは人を成長させるものよ。実にいい景色だ」ユンケルが煙管をしゃぶりながら鼻唄を口ずさむ。
ラッセルはさらに高度を上げ、綿々とした白い雲間を突き抜けた。
「どうやって探すんですか?闇雲に飛び回るしかないのかな」
「魔法使いさんの知識体系をお借りしたいわね」
愛するケイトのラブコールを受けたユンケルが黙っているわけにはいかない。
「あらケイトちゃん。頼みとあらば勿論」
煙管の灰を捨てテーブルに置くと、華麗にローブをはためかせて起立した。窓辺には鳥がこちらに興味を持ちながら飛空している。
「鳥だね。彼らが水先案内をしてくれるだろう」
「鳥ですか?どうして」フェルナンが思わずコーヒーを零して問う。
「空の神獣の居所を知った鳥が必ずいるはず。あるいはモンスターかも知れんが」
「え!空にも魔物が!」
「あたりまえだ。魔物の棲家は天地を問わぬ。そら、来たぞ」
その時、前方に飛行物体が出現した。
それは赤い巨鳥で、灰褐色の翼を不気味にはためかせている。飛空艇の真正面まで来ると、醜悪な声色で言った。
「人間の機械。よくもここまで。破壊する!」
魔物は烈帛の息遣いで身体を煌めかせると、白霧のようなガスを吐きつけて来た。
それは飛空艇の両側から全体を覆ったため、視界が閉ざされてしまった。
「すごいミストだ。大丈夫ですか教授?」フェルナンが操縦席に歩み寄る。
「屋根に行く。ドアを開けてくれ」ユンケルが応戦するため、天井の四角いドアに飛び上がる。
ラッセルがボタンを押し開ける。
風の吹き荒れる屋外に出たユンケルは、装飾美麗しい例の杖を構えた。
「生意気な奴め。この程度の中途半端な水蒸気にはヤワな風で十分」そう言って詠唱すると、上空の風が散弾のように列になって敵へと発射された。
風は旋風を巻き上げ、白霧をあっと言う間に晴らしてしまった。
「おのれ、憎き魔法使い。空の塵芥となれ!」魔物は負けじと、ありったけのガスを吐き散らした。
「おうおう。健気な鳥さんだこと。でも無駄だね」ユンケルもさらに風の猛層を作り出して、一挙に浴びせかける。
風がガスを吹き飛ばし、魔物の羽毛を手酷く損耗させた。
「どうだ?まだやるか?」
もはや敵わぬと見た相手は後方に飛び去る。
「さすがユンケル様!」ケイトが褒めそやす。
「ケイトちゃんに言われると天に昇る気分だよ。いい男ぶりだったでしょ」
それから二日間、一行は空を東奔西走した。その間、計十数体のモンスターをユンケルが討ち果たした。念のため、天空の町の事を尋ねてはみたが、何れもシカトするか、また本当に知らないようだった。
「連戦連勝。空に大した奴はいないね。安心安心」
「私たち、高み見物でいい気なものね」
そんな中、ついに情報を知る一体に遭遇した。
そのモンスターは白鳥の身体を艶めかしくうねらせて優雅に飛んでいた。
フェルナンとケイトも屋上へ行き、ユンケルの側に控えた。
「なんと、雌だね」ユンケルは不意に力を抜いた。
「まあ珍しいわ。人間が空を飛んで来るなんて。勇ましいこと」女のモンスターが予期せぬ奇策さで話し掛けてきた。
三人はすっかり揚げ足を取られたように閉口してしまう。
「美しいレディ、あんた人間を恨んでないのかい」ユンケルが好色めいた語調で訊く。
「人間を?いいえ、恨むなんて意味のないことね」
「立派だ。魔物のかがみだねえ。レディみたいなのが増えれば、この世界は安寧だ」
「もう、女性にはからきしだらし無いんだから」ケイトが呆れ顔でボヤく。
「なんだ。正義のモンスターみたいだね。ねえ、天空の町って知ってる?」フェルナンが親しげに問いかける。
「ええ、知ってるわよ。天空の都ゼルタンのことね」
「本当に!やっと見つかった!」
「どうやって行くのかしら?」
「ゼルタンは休むことなく動き続ける魔法の町。探すには合言葉が必要なの」女は愛らしくウインクをして言った。
「うーん、セクシーレディ。是非ともその合言葉を教えてちょうだい」ナンパ口調のユンケルはすっかり恋慕を抱いてしまっている。横でケイトが軽蔑したように苛立たしく腕を組む。
「いいけど。あなたたち、何しに行くの?」
「人間と魔物の争いを防ぐため。要は世界を破滅させないために行かなきゃならなくてね」
「まあ、賢いお髭の伯父様ったら。頼もしい夢をお持ちなのね。そういう事なら教えるわ。合言葉はハーメス。伯父様は魔法使いでしょ。丁度よかった。合言葉を唱えるには魔法の杖が入用なの。その杖を持って念じてみて。ゼルタンの場所まで連れて行ってくれるわ」
「いやはや、何から何までありがとうレディ。なんなら一緒に行かない?」色気丸出しのユンケルの笑いをケイトの不機嫌な咳払いが掻き消す。
「アハハ。ありがとう。嬉しいわ。でもお邪魔はしたくないし。あなたがたには強い信念がおありのようね。幸運を祈るわ。ちなみに、私は人間が大好きよ。周りからは変わり者とか裏切り者とかいわれてるけど。人間は魔物を鬼畜のように思ってるかもしれないけど、こんな平和好きのオバサンモンスターもいるってこと、覚えといてね」女は笑顔と哄笑を置き土産にして雲の中に飛んでいった。
「そうか。魔物も一枚岩ではないのだな。皆の衆、ゼルタンへ参ろうか」ラッセルが一同を見回して頷く。
眼下には美しい雲海が一行を愛でるように広がっている。
ユンケルは空に向かって杖を振り上げ、伝授された合言葉、ハーメスと唱える。
すると、照り輝く太陽光から一陣の光が柱状に発生した。そして探求者を誘うように動き出した。
ラッセルはその光を熟視しながら、飛空艇を走行して行く。