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魔物を娶った海賊漁師

それからは順風な道のりだった。三日かけて一行は予定通りアブメドに辿り着いた。

 潮の香りが街中に満ち溢れている水の都は、漁師や商人の活気立つ声で賑わっていた。

 海産物の漁獲高は世界一で、魚介や海藻の匂いが隅々にまで染み広がっている。

 なかでも魚の塩焼は絶品で、着いた早々一同は舌鼓を打った。

「塩の円味と魚のパリパリ感が最高だわ」

「うん。今時こんなキレ感のある魚があったなんて」助手二人はとにかく微笑ましい顔で、無心になって食べる。

「この閉塞した時代にあって、何とも贅沢だね。海の神に感謝だ」ユンケルも串刺しの魚に息をかけてモグモグと咀嚼する。

「それにしても夥しい数の船籍。船乗りも大勢いるようだな」ラッセルが船着き場を眺めやる。

 四人が寛いでいる店は丁度港沿いにあり、海の男達が焼けた肌を日光に晒しながら、談笑したり船の手入れをしたりしている。

 大小の強健そうな船がズラリと岸に停泊し、船乗りたちはいつでも出港ゴーサインだと言わんばかりのきびきびした挙動で佇む。

 腹拵えをした一行は神獣探査に向かうべく、まず船乗りを精選しなければならなかった。

 そして街人に情報、口コミを聞いて回るうち、この港町が直面している重大な問題を知った。

 今アブメドは、沖に縄張りを作り蔓延るモンスターたちと抗戦状態にあるのだった。

 モンスターが領海を侵犯占拠し、人間を目の敵に反乱しているが、戦線は膠着し睨み合いが一年ほど継続していた。

「またとんでもない時期に重なっちゃいましたね。今回も命懸けになりそうだ」フェルナンがぼやき口調で溜息をつく。

「読めた。そのモンスターを操るボスこそ、おたくらがお求めの超オメガ生物ってわけだな」ユンケルがポンと腹を触って言う。

「いち早くボスに会って説得すれば、争いも収まるんだけれど」困り顔のケイトがラッセルを一瞥する。

「いかなる手段を労してでも、神獣に会わねばならんな。我々も魔物合戦に出向くより他に方法はあるまい」

 意見をまとめた一同は、まず船乗りの選定に向かった。

 あらゆる店主、漁師、職人などに聞き込みをした結果、バルザードという男の名前が上がった。

 モンスター討伐隊の主力を担う船長で、船員として働く町の荒くれ者や傾奇者を、一手に従えるカリスマ性を持った実力者だという。

 当人の人品を見定めるため探したところ、バルザードは船着き場に隣接する船乗りの仮眠室で眠っていた。

「あの、すいません。バルザードさん」フェルナンが及び腰で声を掛けた。

「誰だ?今は眠りたい。話なら後にしてくれ」バルザードは突っ撥ねるように言った。

「悪いがな、船長。時間に猶予がないのだ」ユンケルが声を大にする。

 バルザードはサッと身体を横にして、キッと目を開くと、鮫のような鋭い視線を放った。

「旅の団体か。俺に何の用だ?」

「船に乗せて欲しいの。あなたたちの戦っているモンスターの親分に会うために」ケイトは相手の視線に気圧されながらも、呂律を乱さないように言う。

「何を言うかと思や、トウシロを俺の船に乗っけろだと?」

「そうだ。これは世界の命運がかかった一大事でな。私は大魔法使いユンケル。二十年前のとある戦争の英雄だ。いいから船を出せ。モンスターは私が退治する」

 バルザードは起き上がって、ふてぶてしくベッドに座った。

「へえ、随分な自信家じゃねえか。けど、魔法使い一人でどうにかなる戦いじゃねえ。敵は数十体の大群だぜ」

「構わん。倒すわけではない。ボスの居場所に案内させるんだよ。そして人間と魔物の諍いを調停する。世界は平和になるわけさ」

「簡単に言うもんだな。そんな交渉が通じるわけないだろ」

「それしか道はないのだ、バルザード船長」ラッセルが強い声色で帽子を取った。

 バルザードはフサフサしたみだれ髪を隠すようにターバンを被る。

「報酬はモンスターの反乱を鎮火し町を平和ならしめること。金は出せんが、引き受けてはくれぬかな」

「あんたら、トウシロのくせに勇気かあるな。いいぜ。乗るだけならタダでいい。金は嫌いだ。いらねえよ」

「いい心掛けだな。全く私に似ている。ねえ、ケイトちゃん?」ユンケルが髭を擦りながら相槌を送る。

「どうだか。あなたほど、助平じゃなけゃいいけど」

 話は纏まり、一行は翌朝バルザードの船に乗り込んだ。

「気持ちいいな。これが海か。船に乗るのは久しぶりだ」

「これから戦いに行くのよ、フェルナン」

 アブメドの船乗りたちは、大船団を擁してモンスターを掃討すべく海原に出発した。

「あんたらの目論見どうり、確かに親玉を説得するのが一番手っ取り早いな。俺たちもこれ以上犠牲は出したくねえ。上手く行けばいいがな」バルザードは冷徹な眼差しを水平線に注ぐ。背筋の伸びた逞しいその立ち姿は、敵の戦線に突入する勇ましい将軍を思わせる。

「俺は漁師歴四十年。この海域は遊び場みたいなもんさ。ここじゃ負け知らず。誰にも俺たちの縄張りは譲らねえ」

「頼もしいな。バルザードさんの船にしてよかった」フェルナンがおべんちゃら気味に囃す。

 魔物の出没する海域まではまだ距離があった。

「出会いは宿命だ。あんたらと知りあったのも神の導き。ついでだ。俺の馴れ初めをきかせてやろう」バルザードは前後屈をして潮の混じる爽快な空気を吸うと、ドサリと荷箱の上に座り語り出した。

「若い時は金の亡者だった。大物を仕留めては売値を最大限釣り上げ、豪商に破格で売り捌く。あの頃、俺には心がなかった。あるのは野心と欲望。ま、海を支配する冷血な海賊を目指してた訳だ」バルザードはターバンを外して、癖のある髪を潮風になびかせた。

「そんなある日だった。聞いて驚くなよ。俺はモンスターと恋仲になっちまったんだ」

「モンスターと?破天荒ですね、船長も」フェルナンが愛想よく笑いかける。

「ロマンチックだわ。聞かせて聞かせて」ケイトが目を煌めかせて身体を傾ける。

「そいつは人魚姫さ。下半身が丸々魚鱗で、慣れるまでには時間がかかった。ライバル漁船の奴等が生け捕りにして、殺そうとしてたところを、俺が大枚はたいて助け出してやったんだ。天女みたいに優しくて上品な奴だった。自分は掟を破って、仲間内の秘密を他のモンスターどもに漏らしてしまい、村八分にされたんだと」バルザードは切ない思い出を回顧しながら、酒のボトルを煽った。

「それからは天国のような日が続いたさ。陸にいても海に出ても、常に一緒だ。これもまた宿命だったんだろうな。人間もモンスターも変わりはなかった。いつか、お互いが垣根を取っ払って助け合う時代が来る。すっかりそう信じるようになった」空になったボトルを口惜しげに仕舞う。

「それで、仲間の魔物が抜け忍探しに来たのか?」ユンケルが先読みして問う。此方はリラックスしきった表情で煙管をくゆらせる。

「フッ。さすが魔法使いは察しがいいな。俺は女房にしようと決めたんだが、追手が来た。船員をフルに動員して何度も追っ払った。だがある時モンスターの奴等、船のモーターを破壊しやがった。海のど真ん中で船は沈没したが、人魚が俺を背中に乗せてくれたんで、何とか溺死は回避した。しかし、溺れ死んだ部下もいた。人魚は仲間を憎んだ。もはや俺たちは家族だったからな」

「へー。それで、めでたく夫婦になったんじゃないんですか?」フェルナンが訊く。

「若僧は察しが悪いから困るぜ。それなら、いまここに女房がいるはずだろうが」そう言ってバルザードは悲しい目をした。

「死んだよ。自分が人間と暮らせばこの先も俺たちに不幸が起きる。だがもう故郷には帰れない。人間と生きることもできない。朝、まだ太陽が昇らない夜明け前。毒を飲んで逝った。清々しそうに波打ちに浮かんでやがった。それから俺は変わった。女房の分も人間を大切にして生きる決心をしたんだ。どうだ、今の俺は?海の男にしちゃ優しいだろ?」両目から涙が流れる。

 フェルナンとケイトももらい泣きする。

「人間と魔物。共生する日は近い」ユンケルがかつて人魚の戯れた遥かな海洋を見つめ、沁みじみと言った。

 ラッセルは改めて神獣を説き伏せ、平和を成し遂げる必要性を痛感した。


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