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魔法使いは色恋稼業

一行は僅かばかり横に着陸し、事なきを得た。

 気球は苛烈な爆散音を鳴らして粉々になった。

「やっぱり持つべきは必需品ゴーレム様々だね!」

 大仕事を果たすと、ほどなくゴーレムは空に消えた。

「これからどうするの?旅の足がなくなったのよ。まだアブメドまではかなりあるでしょ?」

 ラッセルが地図とにらめっこし、説諭する。

「北に半日行けば、ラウル鉱山だ。ここなら、町もある」

 そんな顛末で、一行は平野を北上して、再度態勢を立て直すしかなかった。

 目の及ぶ限り、平野には雑多な野草が生え渡り、小鳥の平和な囀りが南風に混じって途切れとぎれに聞こえる。一見、魔物の獰悪な気配は全く感じない。

「なんでこんなに波乱ばかり起きるのかな。僕たちって運がいいのか悪いのかどっちなんだろう」

「トラブルと遊ばなきゃ損よ、フェルナン。これからは世界の終末を見なきゃならないんだもの。どんな波乱があっても不思議じゃないわ」

 まず人間が為すべきは、狂悪化するモンスターとの和睦だ。そのために伝説の神獣を探さなければならない。そして、超オメガこと超危険分子アルヌスをどう懐柔するかだ。

「ラウルに魔法アイテムがあればいいがな。さもなくば魔法使いの力を借りるか」ラッセルは古書を読みながら言う。

「僕たちは冒険者ではあるけど、戦闘者じゃありません。要は傍観者、立会人ですからね。戦いに関しては他力本願でいかないと」

 季節感あふれる景色は変わらなかったが、次第に雲行きが怪しくなり、小雨が降ってきた。

 しかしラッセルが双眼鏡を覗くと、北方の丘の向こうに町の概形が映り込んだ。

 一行はすっかり安堵して、一気に歩調を急がせた。

 鉱山だけあって、町並みは決して清潔というわけではなかった。空気も煤の影響で些か汚れていた。

 だが街人の表情には秘めたる自負の念が見て取れた。

 ラウル鉱山の資源は世界中に輸出され、産業や生活に不可欠なものとして珍重されている。それゆえ、自分たちが世界の屋台骨を支えているという自信と誇りが彼等を雄壮にみせているのだろう。

 三人は宿に荷物を置き、早速旅のアイテム探しに出かけた。

 しかし何処の誰をあたってもアイテムは手に入らなかった。

 唯一の収穫は、街に有名な魔導師が滞在しているという情報を一人の大工から得た事だった。

 一行は彼が居座るという酒場に出向いた。

 その人物は確かめるまでもなくすぐに分かった。白のターバンを巻いた横着そうな口髭が特徴の中年男だった。酒が回っているのか、赤い顔で給仕の若い少女にじゃれ付くように肩を寄せ、何やら口説き文句を垂れている。

「失礼しても構わんかな。そなたが魔法使いですな」ラッセルが微かに決まりの悪さを含んだ声色で尋ねた。

 男は何だいきなり座を白けさせて、と言わんばかりの怪訝な目つきでラッセルを見た。

「いかにも。大魔法使いユンケルだが」

「お主が本物の使い手かどうか、技を見せてはくれまいか」

「何?自己紹介もなく無礼な輩だな」

「すいません。僕たちフリーの冒険家なんです。ある使命を果たすために同伴する魔法使いさんを探している最中なんです」フェルナンが機嫌をとるよう、にこやかに言う。

「使命だと?」

 一行はこれまでの経緯を掻い摘んで聞かせた。

「だから、おじさんが偽物じゃないか知りたいの」ケイトが優しく微笑みかける。

「おお、かわい子ちゃん。おじさんに興味があるのかい。いいよいいよ。私と付き合いなさい。気持ちよく天国にいかせてあげる」ユンケルはデレデレの面容でケイトに抱きつかんとする。

「きゃ!何するの!」

「ほれほれ。大人しくしようよ」

 男二人は呆然とそのハラスメントを眺める。

「あの、実績の方はおありなんですか?」フェルナンが疑いの目で訊く。

「何だ、君たち。このユンケル様を見縊るつもりか。驚くなかれ。私は先の龍神事変で世界を代表して魔龍と戦い、見事勝利した英雄だぞ」

「え?龍神事変って二十年前の、あの天災の事ですか?」

「そうそう。私は世界最強パーティーの一員として魔法を変幻乱舞、魔龍を打ちのめした、そう、あの、あの大魔法使いなのだ」ユンケルは驕り高ぶるように高らかに笑った。

「あれは時空を超えた闇からやって来た魔物だったと聞いたが」ラッセルが思い出したように言う。

「その通り。強さはべら棒なものだった。いやはや、苦労したのなんの」ユンケルは、しつこくケイトの身体に触りかかる。

「止めてよ、ジジイ!」

「おっと。いいのかな。私を仲間にしたいんじゃないのか。なら、こちらの条件も呑んでもらわないとねえ」そう言って、また笑い立てる。

「やれやれ。他を当たりますか?」フェルナンが小声でラッセルに囁く。

「いや。類稀な経験を積んだ猛者だ。他に適任はおらん」

 嫌がるケイトはついにユンケルにビンタを食らわせた。

「おー、何という気の強さ。まさにタイプだ。こうなったら私のワイフになってくれ。ハッハッハ」

 その時、まるで隕石が墜ちたかのような爆発的大音声が起こった。

 取り乱したまま外へ出ると、町の西で騒ぎが勃発していた。

 一行が駆けつけ、人集りに耳を傾けると、何でも空からモンスターが墜落したのだという。

 見遣ると、家屋が潰れている中から、一体の爬虫類系の魔物がのしのしと歩み現れた。くすんだ緑の硬い皮膚に包まれ、獰猛そうに荒い呼吸音を鳴らしている。

「この町は頂く。お前たちは消えろ。さもなければ、皆殺しだ」魔物が狂おしい口調で布告した。

「やばい。怒りまくってるし」

「宇宙から飛んで来たのかしら」

「絶好の機会がやって来たな」ラッセルが興味深く一人の男を注視する。

 大魔導師ユンケルだ。

「こいつは放っといたら死人が出るな。仕方ない。我が秘技、お披露目といこうか。よし、ケイトお姉ちゃーん、私の戦いぶりをよく見といてくれ。絶対惚れるからさー」

「馬鹿。そんな事言ってる暇があるなら倒してよ」ケイトは心底困った面持ちで言いやる。

 ユンケルは群衆を制してモンスターと向かい合った。

「貴様、邪魔立てするのか。ならば、死ね!」魔物はいきなり口を開けると、強烈なエネルギー弾を吐いて出した。

 しかしユンケルは体皮に魔法バリアを張って難なく弾きかえしてしまう。魔物の弾は飛沫を上げて空中に飛散した。地面に落ちたその残骸はジュルジュルと気体を蒸発させている。

「何?俺様の強酸を跳ね返すとは」魔物は腰を震わせて後退りする。それでも何とか士気を奮って、上下左右に機敏に飛び回りながら、次々に酸の弾を吐瀉した。しかしバリアはピクリともせず、ことごとく酸を無効化する。

「ではこちらの手の内も見せようかな。ケイトちゃん、見てるんだよー」ユンケルは軽やかに懐から何とも装飾美に凝った杖を出すと、まるで神界の主のような雄厳な声で呪文を唱えた。

 すると突然空が黒くなり、あちこちから集まった雲がすっぽりと陽光を隠した。

 その刹那。一迅の雷光がレーザーガンの如き速さで舞い降りてきたのだった。

 その電撃は超然たる破壊力で魔物の五体に命中した。

「グガー!」一瞬で敵は事切れた。

「やったわ。経歴は嘘じゃなかったのね」ケイトが渋々手を叩く。

「決まりですね。新しい旅の友」フェルナンも万歳で讃える。

「これで安心して海路に乗り出せるというもの」ラッセルはユンケルの完璧なまでの勝ちっぷりを眺めながら、これからの困難な冒険に光を見出だしていた。

 大型の貨物輸送車がしきりに町を発ち、遠方の国々へ天然資源を運び出す。炭鉱の最大産出地であるラウルは世界のダイナモであり、心臓である。

 「各国がこの鉱山資源を狙って、ラウルを武力で征服しようと企んでいてな。民は夜も眠れず不安な毎日を過ごしているわけだ」ユンケルが煙管を吹かしながら言う。

「小さな独立都市だものね。大資本の力で圧力をかけられたら、対抗のしようがないわ」

「その通りなのよ、ケイトちゃん。おいら、この町の大衆が不憫でならないのよ」

 ケイトの一貫した頑なで冷淡な態度に、さすがのエロ事師も少しばかり自重したのか、身体を触るような真似はしなくなった。

「でも独立を保って欲しいな。とても健康的で勤勉な人たちですし」フェルナンは果物を頬張りながら椅子に凭れ掛かる。

「ユンケル殿、契約の事なんだが」ラッセルが改まった面差しで椅子から立ち上がった。

「あいにく、持ち合せがないんだが。後払いでも構わんかな」

「心配には及ばん。金はいらんよ。あんたがたの使命感、心意気に惚れてしまった。その超オメガ生物とやらも観賞してみたい。それより何より、恋するケイトちゃんと旅連れになれるんだ。決まりキンタマけつの助だ」ユンケルは上背を揺らしてむせび笑いをする。

「冗談じゃないわよ。私の気持ちを一切思いやってないじゃない」

「まあまあ。いいじゃん、ケイト。この人が来てくれれば、寝食の安全は保証つきだ。ね、教授?」

 ラッセルは席に腰を戻し、無言の同意を表すべくコーヒーを喉に流した。

 そんなこんなで、一同はラウルの独立自尊を願いつつ、東のアブメドへと向かった。


 三日間の道程で海湾都市アブメドに着く公算だった。

 二日目までは何もなく、低木林の広がる壮健な大地を満喫しながら東進した。

「あー、安心だ安心だ。ユンケルさんがいれば、どんな恐ろしいモンスターも瞬殺ですからね」フェルナンが惜しみなく賞賛する。

「うんうん。安心したまえ。私に倒せない敵はいない」

「嘘だわ。超オメガにはかなわない。強さのレベルがまるで違うもの」

「あらケイトちゃん、厳しいのね。超オメガか。まあ何とかなるんじゃない」

 実力者プラス楽観主義者。とにもかくにも、三人は最良のボディーガードを雇ったことに満悦の至りではあった。

 そして、平坦な道に珍しく獣道が現れた時だった。

「皆の衆。私の側に来なさい」ユンケルが異変を感じ取り、装飾豊かな例の杖を出した。

「何が出現したって楽勝ですよね」フェルナンがからかい半分に笑い捨てる。

「まあ当たり前だが。賢者は謙虚に戦うもの。なかなか強い霊気だ。かなりのモンスターだな」

 すると、暗闇に包まれた木の枝から、何かが傘のように飛んで来た。

 見ると、それはミイラのような風貌をした巨大なコウモリだった。

 不整合な顔が骸骨化しており、紫がかった肢体は枯れ木と見紛うばかりに細く醜い。

「よし、スピードには気をつけるべしと」そう自問自答すると、ユンケルは早速杖を掲げた。

「生きてここを通過したければ、着ているもの、食料、金目のものを全て出しな」コウモリが奇形に窄まった口を動かして追い剥ぎを迫ってきた。

「ほほう。マナーを知らぬ奴め。我々はただの通りすがりだ。そんな馬鹿げた要求は頂けんな」ユンケルが真っ向から拒否する。

「ならば力ずくでやらせてもらおうか」

 コウモリは軽々とジャンプすると、樹木の枝にぶら下がり、枝から枝へと疾風のように掴み渡りながら、勢いを孕ませて突撃してきた。

 ユンケルは落ち着いてその動きを見極めながら、コウモリの連続攻撃をかわす。

 するとコウモリが宙を滑空し、その重力加速で思い切り爪を立てて降下した。

 一方、ユンケルは敵をギリギリまで引き込んで、至近距離から霧の光波を杖から放った。

 コウモリはまともに霧を浴びて、地に転がった。

「やれやれ。敵じゃないみたいだな」

「ほんとスケベだけど、ほんと強いのね」

 ユンケルはなおも手を緩めず、霧の粒を連打する。

 コウモリは為す術なく、枝の影に避難した。

「どうする?我々を通す気になったかな」ユンケルが余裕の笑いを浮かべて牽制する。

 しかし次の瞬間。コウモリが妙な軌道で飛びたったかと思うと、何とケイトに飛びついたのだった。

「いかん、しまった!」ユンケルが駆け寄ろうとしたが、コウモリはケイトを掻っ攫って空中に上がった。

「人間に負けたとあっては、蝙蝠一門の面汚しだ。絶対負けねえ。いいか、魔法を使うな。使えば、この女の首を掻っ切るぞ」

「卑屈な真似を。そんな事をすれば、さらなる面汚しになるぞ」

「是非もない。人間抹殺こそ一門の悲願。死ね!」コウモリがケイトを抱えたまま突っ込んで来る。白い首には残忍な爪が突き立てられているため、如何せん反撃はできない。

 ユンケルはコウモリの体当りを受け転倒する。 そして容赦なく素早いコウモリの空撃が続き、爪こそどうにか避けるものの、手足の打撃殴打を何度も食らっては倒れた。

「駄目だ。魔法を封じられたら、いくら英雄おじさんでも」フェルナンは冷や汗をかいて悲歎する。

「ユンケルさん。降参して!」コウモリの脇でケイトが悲痛に叫ぶ。

「ケイトちゃん。油断した私が悪かった。怖い思いをさせてごめんね。でもスリル満点だったでしょ」ユンケルが腑抜けたように快活に笑った。

「え?笑いなの?」ケイトが何が起きたのかという不思議な目できょとんとする。

「負けを悟って気がおかしくなったか」コウモリが苛立たしげに言う。

「魔法は目に見えるものだけじゃないのだ」ユンケルは依然と笑みを湛えている。

「目に見えるだと?」

「そうなのよ。あんたの背中、肩にべっとりとね」

 その時。虹色の波動のようなものがコウモリの身体に炙り出しのように出現した。それは熱を帯びたエネルギーの塊だった。

「何だこれは!」

「だから言ったじゃない。魔法よ。目に見えないバージョンのね」ユンケルはさらに確信の笑みを見せる。波動は炎熱になり、コウモリの体表に燃え広がる。

「どういうことだ!」

「私は大魔法使いユンケルだってこと。ただお前さんにやられっ放しになっていたわけじゃないのよ。攻撃を受けるたびに微量の透明な魔法元素を放出して、お前さんの身体にくっつけてたのさ」

 紅蓮の炎に焦がされたコウモリは、猟銃で射られたかのように弱々しく墜落した。

「そんな事ができるなんて」フェルナンは空いた口が塞がらない状態で立ち尽くす。

「ユンケルさん!」ケイトがユンケルに抱きつく。

「ああもう、夢じゃないのね!愛しのケイトちゃん!」ユンケルは絶頂の幸福に酔いしれる。

「ユンケル。我々は恐ろしい使い手に出会ったものだ」ラッセルは感無量この上ない驚きと喜びに心を温めた。


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