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しばしの骨休め

「博士はいいですね。好きなことばっかやってて」

「君だって若いのじゃから、夢を追いかけねばのう」

「危ないことばかりやってるわりに、全然報酬がないし。くたびれ儲けですよ」

 三人はハロイドの研究基地で議論を戦わせていた。今後の旅の概要について、あれこれと作戦会議を練っていたのだ。

「どうやったらラングルを滅びの魔の手から救えるかだわ」

「蛇の道は何とやら。モンスターの心を改心させるのはモンスターじゃ」

「どのモンスターに頼めばいいのかしら」

「大御所じゃな。この世界のどこかに実在するとされる超オメガモンスターに折衝し、平和協定樹立の談判を乞うしかあるまい」

「だけど、超オメガが人間との話し合いに応じるかな」

「大御所ならば、ただの狂乱モンスターとは違う。義も情もあるはず」

 ハロイドは横長の机に地図を敷いて眺める。

「問題はその大御所がどこにおるかじゃ」

「メースクインの伝記では、西の海の果に神界より生まれた神獣が棲息するとあった」ラッセルが徐ろに口を開いた。

「それじゃ。あらゆるモンスターを手懐ける超オメガモンスターのことじゃろう」

 ということで、旅路が定まった。西の海。地図上の最も西はアブメドという海湾都市だ。まずここで船をチャーターして西海域を徹底的に探索する。

「そうだ。アイテムを貰って行きますよ」フェルナンがハロイドに所望する。

「悪いがアイテムはもうない。また世界を渡り歩いて掻き集めなくてはならん」

「そんな。もうゴーレムしかありませんよ」

「旅先で手に入れるしかあるまい。さもなくば、魔法使いを雇うんじゃな」

 仕方なく一同は傷薬と毒消程度を頂戴して、遥々アブメドまで気球の冒険に出陣することとなった。

「それと、その何処ぞにトンズラした超オメガのポン助じゃが。霊視をしたところ、この惑星浮沈のカギを握るお尋ね者だということは確かのようじゃ。まあ、用心するに越したことはない」

「もし、超オメガのモンスターが見つかったら、あの鼻高男も呑気にはしてられないわね」ケイトが懲らしめてやりたい思いでほくそ笑む。

「またひと騒動ありそうだな。どっちが勝っても、危険な賭けになっちゃうかも」

 もし新たな超オメガが表舞台に現れたなら、アルヌスは間違いなく飛んで来るだろう。自分の生命を脅かすライバルにどう立ち向かうか。世界の状況はまた新たな局面を迎える。

 一同は待ち受ける試練に備えるべく、数日間の休息にいそしんだ。

 

 晴れた紺碧の澄みきった空に、探求心をくすぐる爽快な風の薫り。

 気球は冒険家三人を乗せて快調に飛空した。

 視界の真下には山地や平地が交互に浮かび上がり、木々や草花による流麗なグラデーションが展開している。

「あー、春爛漫だな。世界はまたとない危機なのに自然はどこまでも穏やかで平和なもんだ」

「そうね。人間やモンスターを無視してるんだか包容してるんだか。自然は偉大だわ」

「ところで教授。ハロイドさんはあの水を少しは売ったんですかね?そろそろ僕たちにも金のなる木が必要ですし」

「そう言えば聞きそびれたな。売ったかも知れんが、高い報酬は受け取らん男だ。今後も厳重に管理するだろう」ラッセルは丸椅子に背中を預けて、乾燥飴を舐めながら気楽に答えた。

「ボランティアも悪くないと思うけど、賢く利鞘を稼ぐことも考えないと食べていけなくなるわよ」

「ケイトの意見に賛同。教授、これ以上食わねど高楊枝は限界です。まともに対価労働しましょう」

「分かっている。だがフェルナンよ。我々は儲けるために旅をするのではない。この世の真理を紐解くために苦役に屈せず冒険を続けておるのだ。貧困を恐れてはならん」

「で、でも文無しじゃ旅はできませんよ。僕はもっと、こう、豊かにゆとりを持って旅を楽しみたいんです」フェルナンは両手をオーバーに動かして本心を吐き出す。

「何を言うか。もう十分楽しんでいるではないか」

 ラッセルは助手の不平を聞き入れることはなく、太平楽な笑いではぐらかした。

 やがて話題は旅の目当て、海の神獣へと移った。

「超オメガの野獣か。人間の話なんてまともに理解してくれますかね?」

「高度な知力と徳性を有した神の野獣だ。こちらが胸襟を開けば、必ずディールには応じるはずだ」

「だけど教授。私たちがその魔物と提携したら、アルヌスはどっちに付くと思います?」ケイトが世界の混沌化を危惧して反問する。

「さあな。まずは超オメガの力を借りて世界中の魔物たちの行動を統御しなくては始まらん。後の事は後になれば明らかになるだろう」

「分からないことだらけな上にややこしいことだらけ。僕たちどうなっちゃうんだろう」フェルナンは帽子を取って髪の毛を掻き回した。

 三人の懸念や心配とは裏腹に、天候に恵まれた気球は快調に大空を羽ばたく。

 誰もが何事もなくこのままアブメドまで到着するものと楽観していた。

「ねえ、音がするわ。飛行機かしら」

「え?飛行機なんて稀有だね。世界に数機しかないんだよ」

 しかしそれは航空エンジン音などではなかった。何か特大の団扇を仰々しく煽るような猛然とした音霊だった。

 すぐに正体は判明した。音は翼が烈しく撓ることで生じる羽音だったのだ。

「げっ、何だあれ!」

「嘘!空飛ぶ恐竜だわ!」

 現れたのは気球をゆうに上回る巨躯の鳥だった。

 黒く粗い体毛が日に乱反射し、オーラのように強い照光を纏っている。特に目を惹くのは、ざんばらの髪をした狂暴な風貌と極度に頑健そうな両翼だ。

「こんなところでモンスターに遭遇するなんて。攻撃アイテムは何も無いのに」フェルナンは怯えきってしゃがみ込む。

「お願い!私たちはあなたサイドの人間なの!だから襲わないで!」ケイトが必死に迫り来る魔獣に語り放つ。

「卑怯な人間。ついに空までも奪おうというのか。どこまでも貪欲なハイエナめ」巨鳥が恨み節たっぷりに言った。

「誤解だ。空を汚そうなどとは思っていない。我々はお主たちと和解するために奔走しているだけだ」ラッセルが相手の憤激を鎮めるべく、誠意を指し示した。

「信じるに値せぬは。人間の謀はずる賢く残虐だ。お前たちは空の制空権を牛耳ろうとしている。空は俺たちのものだ。人間には渡さん!」

 怒り冷めやらぬ巨鳥は、分厚い嘴で気球の帆を突つき破ってしまった。

「わあー!なんてことを!」

「いやー!墜落するわ!」

 気球は破れた風船の要領で瞬く間に落下していく。萎み縮んだ帆はクシャクシャになり、船体は地上へと急加速する。一巻の終りか。しかし、運命は直向き果敢な三人を見捨てはしなかった。

「そうだ。僕たちにはゴーレムがいる!」希望の光を見出したように、フェルナンがマントを取り出し唱える。

「ゴーレム、助けて!」

 光の束が発生し、剛健な岩のような身体が現れた。

「主よ、私の背中に」ゴーレムの声は勇猛で凛々しい。三人は軸棒を失った気球の箱から間一髪ゴーレムの堅牢な背中に飛び乗った。

 


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