世界を救う聖なる水
烈火のような瓦礫の刃が空間を飛び回り、激しい炸裂音を響かせる。
左右の床面はごっそり抉れて真っ暗闇で、奈落の底に真っ逆さまという有様だ。
荒れた岩床は底揺れをやめず、人間を紙細工のように弄ぶ。
「教授、本当に此処なんでしょうか!」
「間違いない!どこかにあるはずだ!」
吹き荒れる石の尖った破片が床や壁にあたり、会話の声も妨げられてしまう。目に見えない異空間からの不可思議な波動の如き旋風が、絶え間無く吹き続けている。
「どんな病をも一瞬で治す水なんてあるんですか!」
「ある!偉大なる考古学者メースクインの遺した手記に厳然と列記されている!」
すると足元の岩盤がひび割れ、二人を乗せたまま果てし無い地の底へと沈下を始めた。
「わあー、落ちるー!」
「狼狽えるな!この足場は我々を案内するつもりかも知れん!」
「そんなこと言ったって!案内って、どこへですか!」
岩のエレベーターはどんどん降下し、暫くすると地の裂け目の間にできた壁穴の前で止まった。
「ここに何かがあるぞ!」
「もうっ、とんでもないトラップだなあ!」
その穴に潜り込んだ先にあったお宝に二人は驚愕した。
「教授、これは!」
「紛れもない古代の遺品だ!」
一番手前には光沢麗しい剣が岩に突き刺さっていた。
「この剣は、伝説の名剣ラグナロク!」
「えっ、これが!本物なんですか!」
「間違いない!」
そしてその右隣りには、見るからに豪勢で優美に煌めく盾が安置されている。
「これは源氏の盾だ!」
さらにその周りには、輝き艶やかな鋼鉄の鎧、鮮やかな黄金色の弓、聖獣の牙のような円形鎖鎌。他にも、マント、兜、竪琴、杖、など曰く有りげな太古の装備品がぎっしり集められていた。
「ミスリルアーマーに、アルテミスの弓、円月輪。他にもあらゆる古代の名具がある!」
「教授、大発見ですね!どうやって持ち帰ります!」
その時、揺れが一段と激しくなり、入口が落石で塞がりかかった。
まずいとばかりに、二人は岩のエレベーターに舞い戻る。
果てし無い暴音は続き、やがてどのくらい経った時だったか。
瓦礫の爆風と地鳴りがようやく収まった。
「仕掛けはここまでみたいですね」
「待て。何か聞こえるぞ」
すると岩のエレベーターが上昇を開始した。
地表に再浮上すると、洞窟奥の勾配のてっぺんに異様な姿のモンスターが仁王立ちしているのが視界に飛び込んできた。
思わず二人は目を疑った。それは他でもない、想像上の神獣ドラゴンだった。
青紫の鱗肌に、肉を完膚無きまでに切り裂きそうな鋭い爪、剛鉄を思わせる分厚い長くうねらせた身体、獲物を一瞬で咀嚼してしまいそうな強靭で尖った牙。一瞥するだけで、地上のどんな猛獣も震え上がって動けなくなるだろう。
「あれが守護神でしょうか?」
「そんなところだろう。だが臆すなよ。魔物の良心に語りかけるのだ」
「語りかける?」
「そうだ。世の中、どんな悪魔でも天使の心はある。覚えておけ」
しかし二人はドラゴンの強烈な眼光に睨まれて、あたかも石像のように固まってしまった。
その時。魔獣が神々しい声を放った。
「秘薬を盗みに来た蛮族。その邪な心、とくと後悔するがいい!」そう布告すると、とぐろを巻いた頑強な身体を撓らせて炎を吐いた。
暗がりが炎熱で爛れるように赤々と燃え上がった。
「待て!わしらは敵ではない!」
「教授、無理ですよ。我々が善良な民であるという証拠なんて立証できません」
ドラゴンは怒りの態で聞き入れない。
「お前たちは我らの生きる大地を汚した。澄んだ大空を暗雲に変え、水を泥水に塗れさせ、森を荒地に追い込んだ。全ては人間のカルマ。責任をとってもらうぞ」
昨今の環境問題のことか。この惑星ラングルでは、人間の出す化学汚染物質が大気や土地を不浄なものへと変え続けている。
ドラゴンの生息地にも確かにその影響が出始めているのだろう。
「すまぬ。それは謝る。だが人間皆が悪いわけではない」
「言い訳は無用だ!」ドラゴンがさらに憤激し、炎の渦を吐き散らす。
二人は四方八方逃げ回るしかなかった。
「どうします!焼かれてしまいますよ!」
「聞いてくれ、人類には使命がある!ドラゴンとも共存し、助け合わねばならんのだ!」
しかし敵は容赦無く襲いかかり、辺は灼熱地獄のように真っ赤に染まる。
「よいか、我々は勇者ではない!戦士でも魔法使いでもないんだ!戦う力はない!」
「強欲なネズミであろう。我が泉の水を強奪せんがためにやって来たならず者め」ドラゴンは怨念を滲ませて捲し立てる。
「そうではない。水は病む者を癒やすために必要なのだ。高齢者や障害者はじめ、世界中の病に苦しむ者たちを救うために、どうしても持ち帰らねばならん」
それでも龍の逆鱗はおさまらず、炎が二人を呑み込まんばかりに襲いかかる。
新米学者フェルナンは地面に倒れて死を覚悟する。
一方のベテラン教授ラッセルは怯まず立ち尽くす。
すると炎が渦を巻いてラッセルの四囲を覆い、あたかも竜巻のように燃え盛り、その五体を焼き尽くそうとした。
「そんな、教授!」
火炎は一気に勢いを強め、やがて爆発した。
フェルナンの悲鳴が無情に木霊す。
白煙に包まれた一帯は静寂に覆われたが、やがて霧が晴れるように視界が戻ると、そこにはラッセルの変わらぬ威厳ある姿が映った。
「教授!」
「このドラゴンは賢い。道理を弁えておる」そう言ってラッセルは笑みを浮かべる。
洞窟内はすっかり静まり、時折炎の燻ぶる音だけが微かに聞こえる。
すると、勾配の頂きに君臨するドラゴンが大きく息を吐いて話し始めた。
「人間か。かつて古代戦争で、我々はお前たちと手を結び世界を絶望から立ち直らせた。あれから幾千年の時が流れた。再び人間を信じる時代が来たのかも知れん」
「分かってくれたか」ラッセルが帽子を取って滴る汗を拭く。
「いいだろう。病み傷つく者のために使うがいい。すべてはこの世に消えかけた勇気と善の復興のためだ」
「ありがとう」フェルナンは澄んだ語調で感謝を伝えた。ドラゴンは憮然としたまま目を輝かせる。
「しかし、人間は道を誤った。お前たちは自然を排除し、傲慢な物質的価値を押し通した。このままでは、世界はかつてない荒廃に陥り、枯渇し、滅亡するであろう。希望はお前たちのような善と徳を持った僅かな人間の存在だ」
「分かっている。人間の罪深さはな。だが、まだ遅くはないはず。人間と龍族が手を合わせれば、世界は必ず復興する」ラッセルがドラゴンを注視して言う。
「龍玄水は龍神の魔力によって産み出された聖水。いかなる病をも癒すであろう。この魔鬼窟は龍神のエネルギーによってできている。壁、天井、床の石面のすべては魔石から生成され、一つ一つが魔力を含有しているのだ」
「そうなんだ。ここは正真正銘、龍ワールドってことか」フェルナンが感激を露わにする。
こうして二人は龍玄水を入手することができたのだった。
「人間よ。神の恩寵があらんことを祈ろう。さらばだ」そう言うと、ドラゴンは身体をくねらせて、闇の奥深くへと消えていった。
「見ろ、あれを」
「え、何ですか?」
ドラゴンが鎮座していた真下に、何か光る物が落ちていたのだ。
拾い上げてみると、それは眩く光る鱗のような物の一部だった。
「教授、これにはとんでもない魔力が宿っているんじゃ?」
「おそらくな。いい研究材料が見つかったぞ」