ガールズ・トーク
ガネッソから忠告を受けたその日、カナは昼休憩に店の外に出た。
グレアスには、「天気が良いから」と言ったものの、正直なところは今朝のガネッソの言葉が原因だった。
「……どうしよう……」
はぁ~、と店では詰めたままだった息を一気に吐き出す。ため息を吐き出して心地よいと思えたのは、カナの人生初だった。
「どうかしたの?」
不意に声がして、カナはびくりと身体を震わした。
真っ黒な髪を肩に着くか着かないかぐらいで切りそろえ、それをふたつにきつく結っている少女の真っ黒な瞳とぶつかった。
「あぁ……コレットか………」
びっくりした、というのを思いっきり顔に出す。
コレットは、町に住む少女だ。パン屋の直ぐ側に住んでいて、父親は大工で母親はお針子をしている。今年二十六歳になる歳の離れた姉がいるが、彼女がカナに古い服をくれた。
コレットは今年十二歳だが、今町ではカナに歳の近い方の少女のうちの一人だった。それで、よく暇を見つけてはカナの下に遊びに来ていた。
「失礼だよ! ところで、カナ姉はどうかしたの? 悪いことやっちゃったなら、一緒に謝りにいってあげるけど?」
コレットはぽんっと勢いよくカナの座っていた町のベンチの端に座った。
「ち、違う違う! 何にもしてないよ。してないけど……」
ガネッソの「関わるな」という忠告を思い出す。それがとても辛かった。
「してないけど?」
「な、なんでもないよ! 大丈夫! ありがとう、コレット」
無理矢理にだが笑みを浮かべてみる。コレットといると、不思議と明るくなれた。バズもそうだが、とても楽しい。
今まで、同世代の子と普通の付き合いをしたことがなかっただけに、それはカナにとってとても新鮮なことだった。
「そう? 大丈夫、カナ姉?」
不安そうなコレットを見て、どうしようもなく愛おしく思えた。
つい、カナは不安そうにじーっと見てくるコレットの頭を撫でた。こんな妹がいたらよかったかも………。
「さ、お昼から仕事あるし、早くご飯食べないと。コレット、お昼は?」
「あるよ。《ネコノテノヒラ》のクロワッサンとクリームパン!」
ばばーんという効果音(音源:コレット本人)と共に、コレットのポシェットからパンがふたつ出てきた。あまり大きさがないポシェットなのだが、カナが思っている以上に物が入るらしい。
今度じっくり調べてみたい、と思った。
そうして、二人は食事を始めた。
家の習慣からか、食事中コレットはあまり喋らない。お喋りな彼女が静かになると、どういうわけか不安になってしまうのだった。
そして、もぐもぐとクロワッサンをひとつ綺麗に食べきってから、ようやくコレットは口を開いた。
「ねぇ、カナ姉。カナ姉はバズと結婚するの?」
「!」
食べていた芋が喉に詰まるのを感じ、カナは盛大に咽た。
「げほげほげほげほほほ…っ」という変な咽方をしてしまい、コレットに背をさすってもらい、なんとか持ち直す。
カナを殺すのには、十分すぎる威力をもった言葉だった。
「なんで?」
涙目になりながら、カナは何かを誤魔化すように芋を押し込みながら尋ねる。
本当になんで?だ。カナの頭の中には、なんで結婚? なんでバズ? と疑問符がくるくると頭の中で回っているように思えた。
「だって、バズ、カナ姉の事好きじゃん。カナ姉もいい年だから、おばさん達が……」
どうやら、コレットの一人勝手な想像の話ではないようだ。
たぶん、町の奥様方が歳の近い二人(カナは十七歳。バズは十九歳)をくっつけようと画策しているのだろう。バズは町の誰もに好かれる好青年だ。そんな彼が、カナを好いているなら………という話はあってもおかしくはない。
(それより、バズが私を好き?)
初耳だ。そんな話なんて聞いたことない。
バズの住居は、町から少し離れた村だから、毎日会うわけではない。一週間に1、2度会うくらいだが、その際バズはとてもよくしてくれた。
「結婚か……。コレット、好きな人いる?」
「え!」
急にコレットの頬が赤くなった。つまりは、いる、ということだろう。
「誰? 私の知っている人?」
真っ赤になったコレットがひとつ頷く。
「んー、ジャン? それともヒューズかしら?」
カナは少し意地悪な気持ちになりながら、コレットの表情を盗み見ながらコレットと同じ年頃の少年の名前を挙げていった。
「……ティム?」
コレットがびくりと身体を震わした。図星らしい。
薄い茶髪に真っ黒な瞳をした少し大人しい感じのする少年が頭に浮かんだ。町の子にしては物静かな方だが、それでもしっかりしている子だと記憶している。
「ふうん……コレットはティムが好きなのね」
コレットの頬がさらに赤くなり、コレットはかなり体温が上がった目でカナをにらみつけてくる。「言わないでよ」ということか。
「わかっているって。そっか……コレットはティムね」
案外あっているかもしれない。早くも彼らが二十年後どうなっているかが楽しみだった。
「んーあー! そういうカナ姉はどうなの! バズと結婚するの? しないの?」
コレットがあまりに大声で怒鳴り散らすものだから、周辺に声が聞こえてしまったらしい。血相を変えてこちらを見てくる人が数人いた。
「………しないよ。しないし、出来ない」
自分の身の上を隠しているのに、そんなまねは出来ないという思いがあったのは一つだ。本名ではない「カナ」という名前では、教会には認知されない。したがって、カナは世間的に結婚の出来ないのである。
しかし、それ以上引っかかることがあった。
けれど、それをコレットに説明したくなくて、カナは話を切るためにワザと町の中心にある時計を見た。本当は見なくても良い。カナの体内時計は異様に正確で、秒単位までしっかりしているから。
時間は、1:25。
休憩時間を今日は多めにもらっているので、昼は1:30から仕事となっている。帰るには丁度良い頃合いだった。
「じゃあ、コレット、私仕事に戻るわね」
軽くコレットの頭に手を置く。撫でるような仕草はせず、ただ置くだけ。
そうしてから、カナは店の方へと靴先を向けた。
「じゃあ、あたし、送ってく」
「え? 店まで? 直ぐそこだよ」
「それでも!」
「………じゃあ、お願いしようかしら」
そうは言っても、店まで歩いて一分足らず。少し歩くと直ぐに店の綺麗な外観が見えてきた。いつ見ても立派な植物と店構えが素晴らしい。
すると、からんからーん、という店を開けたときにする独特の鐘の音がした。お客さんが着ていたらしい。
「「!」」
―――――-空色の瞳が限界まで見開かれた。
“もう”か“ようやく”なのかわかりませんが、進展の兆しが出てきました。
個人的にはもう少し伸ばしたかったのですが、能力不足のためにここが限界。
次回、第一話の「貴方」登場です!