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金糸雀 ~カナリア~  作者: 蒼崎琴子
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グレアスの過去とガネッソの忠告

グレアスの過去、とサブタイトルにありますが、それほど詳しいものじゃありません。語り手、ガネッソですしね。機会と需要があれば、書きたいとは思っています。

ただ今は、カナの方をどうにかしないと……。


「グレアスはな……俺の幼馴染みたいなもんだ」


そう言って、ガネッソはゆっくり話し始めた。

「とは言っても、実際は違うんだ。もう十年も付き合っているが、正直あいつのことはあんまり知らねぇ。十年前、あいつはふらりとやって来て、ここに住みついた。―――ちょうど、お前みたいな感じだ」

コーヒーを一杯啜っていたカナは、首をかしげた。

(私と一緒………)

そして、「十年前」という言葉に内心小さく驚いた。

もっと長く、それこそ小さな頃からここに住んでいると思っていただけに意外だったのだ。一ヶ月間、町の住人と彼の様子を見ていたが、少し雰囲気は違うと思ったものの十分馴染めているように思ったのだが。

それは、まだ馴染めていないカナから見た目線では、の話だろうか?


「あいつもお前と一緒で着た時ぼろぼろだった。靴も片方だけ、荷物は何も無い。三日間何も食べてなかったらしくてな………着いてすぐにうちのパンをほとんど食いやがった」

その時の情景が、グレアスの普段の落ち着いた様子からはあまりにかけ離れたものだったために、カナには想像もつかなかった。

そんなカナの表情を見て取ったのか、ガネッソは続ける。

「いや、本当だぜ。何しろ、あのいつもの様子を崩さず、えらい落ち着いた感じでぱくぱく平らげやがった。あの日の大赤字は、今思い出しても恐ろしい」

たぶん、ガネッソが拾ってきたのだろう。その震える姿を見れば、大赤字でオリヴィアにかなり絞られたに違いなかった。

先程の二人の様子を見たばかりのカナには、妙な確信があった。


「どうして、そんなぼろぼろに?」

「さぁな、わからねぇ。あいつも話さねぇし、俺も聞かない。ただ、前酔った勢いで“人を探している”って言ってたがな」


誰を探している、とまでは聞いていないらしい。

間を取るために、ガネッソがコーヒーを啜るのを、マグカップを両手に包んだままカナは見つめる。

それと同時に、グレアスがあれ程博識な理由もわかった気がする。あれは、田舎の老紳士が知るにはあまりに広く深い知識だ。たぶん、都の学者とも並びうるだけのかなり難解なものもあったはずだ。

カナの記憶するグレアスの言葉の端々に、彼の垢抜けた雰囲気の理由を垣間見るものがあったのは事実だ。

思えば、この町でカナの出自を―――カナが貴族であることを見抜けたのは彼だけではないか。そんな事、実際に貴族を見て、貴族と付き合ってみないと出来るはずのない事だ。

彼は、何者なのだろうか?


「よくはわからねぇけど、とにかくグレアスには何かあるんだろうな。あいつは、へとへとに疲れてやがる。歳も外見より五つは若いはずだ」

「……勘、ですか?」

「そうだ。俺の勘はそう言ってやがる。とにかくあいつは俺にとって、幼馴染くらい大切なもんだ」


きっぱりと言い切って、どんっと空になったマグカップをテーブルの上に叩きつける。

その姿は、格好良かったが、正直、話していたことの内容がイマイチつかめない。

グレアスが十年前にやってきた、カナと同じ“余所者”であることはわかった。彼が人を探していたことを。そして、今探している気配はないことから、たぶんもう見つかったか諦めたか、したことも。

けれど、それで彼と何に関わることになるのだろうか?


「親父さん、それで何に嫌でも関わることになるのですか?」

「ん? あぁ! 言い忘れてたか! あいつは、貴族なんだ。公言はしていないが、町のヤツは皆知ってる。たぶん、ドッシュらも、な」


カナの目が見開かれ、空色の瞳がいつも以上に露になる。

(貴族!)

道理でカナを見抜けたはずだ。貴族が貴族を見抜くなど、左程難しいことでもない。カナは見抜けなかったが、それは彼女が貴族社会で左程付き合いがないからだ。けれど、彼の雰囲気には、どこか懐かしいものがあった。

それで、ある程度合点がいった。

世の中、貴族と犯罪者程面倒事を持ち込むものはいない。


「あいつの細かい爵位とかは知らんがなー……凡人には、難しすぎてよくわからんからな。かなり偉いらしい。そのせいで、来るんだよ」

「何が、ですか?」

「貴族だよ。類は友を呼ぶ、ってのか、この十年でいくつか偉そうな貴族が来たな。最初のうちだけだったが。ただ、今でも時たま来るんだ。名前なんてったかなーあれ……」


「―――ハインディック伯爵?」


「そう、それだ! ドッシュとバズのヤツが、小麦納品してるところ……って、なんで知ってる?」

ガネッソの顔は、不思議と不審があった。

カナが、この辺りの地理やら文化やらに疎いことは、ガネッソも知っていて、だからグレアスに教えてもらっていた事も知っているからだ。

「初日に、この辺りの地主でバズたちの村の領主だって、教えてもらいました」

全て事実だ。あの後、町の人たちの言葉を小耳に挟んだところで言うと、「切れ者」とか「いい奴」とか「若者」とかぐらいが精々で、全然どんな人かもわからなかったが。


「あぁ……何度か見かけたことはあるが、悪いヤツじゃあなかったがな。他所には、搾取ばっかりで災害なんかが起こってもなんにもしねぇヤツもいるが、所詮は貴族だ。グレアスみたいに普通に生きられねぇ、そんな連中だよ。カナも関わるな」


貴族を善しとするのは、精々都市部の人間だけだ。都や大きな街の娘達は、貴族の子息との出会いを夢見、商人や権力者は関わりを求める。けれど、田舎の方では、ガネッソの言うように搾取ばかりの働かないグウタラ者だ。

身分制度は、時に大きな壁を作る。

カナは、自分と町との間に急に分厚く大きな隔たりを感じた。


「カナ、一言言っておく。関わるな! もし、ハインディック伯爵が店に着たら、お前は最低限の仕事だけしておけ。グレアスのことだから配慮してくれるだろうが、あいつらはとんでもないヤツだ。お前は、顔が良い。目を付けられる可能性は高い」


そうして、ガネッソは繰り返す。


「関わるな」


その言葉は、カナを守るためのものであったが、カナの心に深く突き刺さった。

グレアスに言われた通り、今もカナは自分が貴族出身の魔女であることを隠している。

その事が、どうしようもなく後ろめたかった。


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