エピローグ
予告したとおり、最終話です。
二人のその後を、どうぞ。
呼ばれたような気がしてカナリアが目を覚ますと、重厚な低いチェロの音がした。
彼の声によく似た繊細なのにぶっきらぼうで、優しい音。
曲目は、『小夜啼鳥』。
子守唄として好まれている二人の思い出の曲だ。
「なんです、嫌味ですか?」
この6年で随分意地悪になってしまった夫に向って、カナリアは温室のベッドに体を預けたままむすっとした顔で睨む。
なんだって、「ナイチンゲール」なんだ。「カナリア」じゃいけないのだろうか。
伯爵夫人となり、カナリアは社交界に出る機会がたびたびあった。その間にも色々あったが、それはまた別のこととして、彼女を口説こうとする青年も一人や二人ではなかった―――勿論、断った―――が、彼ほど意地悪な口説き方をするものはいなかった。
「カナリアなんて、曲ないだろう?」
「では、作って下さい」
「我儘だなぁ……6年前のお前は嘘か? 幻か?」
「勿論、嘘でも幻でもありません。純粋に歳を取ったからです。女は強くなくてはいけませんからね」
今年になって、ノインは27歳、カナリアは23歳になった。社会から見ればまだまだ子供だが、あの頃よりはずっと大人になっている。ずっと強くなったはずだ。
もう、子供ではない。
「それに、この子もいますから」
くすっ、と笑って、カナリアは自分の横に眠る小さな子を撫ぜた。
まだ白い布に包まれたまま、すやすやと眠る赤子。ほんの少し前に生まれた二人の愛しい子供。まだ目も開かないが、薄い髪はどういうわけかノイン譲りの黒にも、カナリア譲りの金にも見える不思議な髪色をしていた。ちなみに、女の子だ。
「『ナイチンゲール』」
「はい? さらなる嫌味ですか?」
「違う違う。決めてなかっただろう、名前。だから、『ナイチンゲール』」
「『カナリア』に続いて、『ナイチンゲール』………本当に鳥が好きですねぇ。次は、『チキン』にでもしますか?」
カナリアの皮肉の裏にある言葉を掴んで、ノインは赤くなった。それに吊られて、カナリアも赤くなる。
6年で、カナリアは皮肉屋に、ノインは嫌味屋になってしまった。
けれど、それは二人ともが少し素直にするのが照れくさいからで、結局のところ二人とも6年前から―――いや、出会った12年前から何の変わりもないからだ。
強くはなったし、優しく出来る様にもなった。
けれど、結局相手のことが好きで、でもうまく言えなくて。
6年前のあれは、本当に神様がくれたチャンスだったのだろう。煮え切らない二人に神様が、耐え切れずに投げ寄越したチャンスだったかもしれない。
「ところで、トリシャたちの子はいつ生まれるんだ?」
「何言っているんですか、もう生まれましたよ。この子―――いえ、『ナイチンゲール』よりも3ヶ月年上の男の子です」
「男ぉぉおお!」
「何馬鹿な声だしているんですが、そうですよ、男の子です。何か問題あるんですか?」
「当然だろ! あのバズの子だぞ! 絶対ナイチンゲールに纏わりついて離れないに決まっている! うわぁ、不安だぁ! ―――カナリア、この子も監禁しても良いか?」
「何馬鹿なこと言っているんです! 恋愛は当人の自由ですよ! 当然、ナイチンゲールには好きな人を好きになる自由はあるんです。勿論、私にも」
「も、もしかして、お前、バズと!!!? 浮気か!不倫か! なんてことだ!」
「本当に何言っているんですか! そんな暇あったら、私の気を惹く努力を怠らないで下さいよ」
そう言うと、焦ったようにノインはチェロに向きあって、曲を奏で始めた。
聞いたことのない曲。
明るくて、跳ねて、どこか危なげで、優しく繊細で上品な音色。
「………本当は6年前に出来上がっていたんだ。出会った時から、ずっと考えていて」
よろよろとすまなさそうに応えた夫に、カナリアはベッドから身を乗り出してそのまま抱きついた。
「……カナリア!」と彼が声をあげるが、お構いなしに抱きついたままでいる。
「浮気も不倫も、それこそ嘘か幻です。愛していますよ―――ノイン」
○
鳥籠の鍵はもうずっと開かれている。
「カナリア」に、鳥籠はいらない。
けれど、そこに留まって、唄い囀り続けてしまうのは、きっと貴方がいるからだろう。
優しい居場所は、心地よくて、手放すことなど考えられない。
二人は今も、不器用な恋をしている。
カナリアとノインの子供、「ナイチンゲール」。
人間に使う名前じゃありませんね(笑)
何しろ、かの有名なナイチンゲールも名前ではなく、名字ですから。
もし、彼女が育った話しでも書ければまたそれは良いかも知れません。
ではここまで読んで下さったことを感謝して。
また、皆様と出会えることを願って。