絡んだ糸をほどいたその先に
今回長いです! それもかなり。
切るところがわからなくて、酷く連綿に綴られています。
とりあえず、どうぞごゆっくり。
扉を開くと、美しい花の香りがした。
懐かしい香りだった。
ノインはそのままカナリアを温室の奥まで連れて行った。花々や草木の間に作られた石畳の間から、カナリアの使っていたベッドと白い大きな本棚、白いテーブル、それと組になっている2脚の椅子が現れる。傍にある給湯室も変わりなかった。
ノインの手を離れて、カナリア踊るように椅子に座った。ノインもそれに続く。
「ひとつ、聞きたいことがあるんです」
落ち着いた目つきは、カナリアの弱弱しさを感じさせないくらいの覚悟が感じ取れた。
ノインも、心を決める。
「一つで良いのか?」
聞くべきことはたくさんあるはずだ。二人とも、隠してきたことは山ほどある。それこそ、三日三晩語ってもその穴が埋められるとは思えないほどに。
しかし、カナリアは縦に首を振って、それを肯定する。
「6年前、貴方は何故私を拾ってくれたのでしょうか? 私は、その時の貴方の気持ちが知りたいんです」
カナリアの目は、とても真摯なものだった。
6年もの間、ずっと思い続けてきた疑問。
どうして?
カナリアは、そのまま言葉を続ける。
「私を手籠にするならわからなくもありません。けど、貴方はそんな風には扱いませんでした。優しく、ある意味残酷に、私に居場所をくれました」
それは何故です?
カナリアは、そう言いたかった。
けれど、その言葉は出なかった。
「―――一緒に居られる人が欲しかった」
カナリアは言葉を失った。
今、何を言ったのだろうか?
カナリアは自分の耳を疑うしかなかった。
「一緒に…居られる、人……?」
「あぁ…出会った頃、父と諍いがあってこっちに越してきていた上に、母を亡くして久しかったんだ。友人もいなかったから、周りに居てくれる人がいなかったんだ」
無表情に近かった顔を少し寂しげにするのを見て、カナリアは驚いた。
ずっと、自分より強い人だと思っていたから、意外だった。
(私は彼を知らない)
6年一緒に居ても、パトリシアほど彼を知っていない。
(あれ? トリシャさんは?)
彼女がノインの傍にいなかったとは思えない。
そんなカナリアの表情を読み取ったのか、ノインが言葉を続ける。
「勿論、使用人たちはいっしょに居てくれた。けど、やはり主人と使用人には壁がある。だから―――」
「だから、私を?」
「あぁ。偶然取締りしていた人買いのところに居た人間で、カナリアだけが身元も帰る場所もなかった。年齢を考えれば、孤児院に入れるべきだったのかもしれない。けれど、それが出来なかった」
そうして、ゆっくりノインは贖罪であるかのようにその時の思いを語りだした。
気付けば、その小さな手を引いて連れて帰ってきてしまった。屋敷に置けば、家令に止められるだろうから。温室は、昔母と一緒にたくさんの時間を共に過ごした部屋だった。そう言って、彼は顔を顰めた。
(どうして、そんな悲しげに語るのですか)
重い十字架が圧し掛かったかのように言葉が、険しく重い。
(貴方は、私のことをどう思っているのですか)
後悔、しているのではないのだろうか?
元々、しっかりしていない地盤から形成された関係だ。それはとある国の塔のように、考えもなく建てたからこそ、愚かにも醜く傾いていくのだろうか。
(私は後悔したくなんてないんです)
貴方と出会った事を。貴方に後悔もさせたくない。
例え、それが誤った神様でも、私はこの運命に感謝しているから。
「ノイン様」
この時、私は初めて彼の名前を呼んだ。
それは、特別な響きに聞こえた。
「私は6年前貴方に出会えたことを神に感謝しています。間違ったあり方だったのかもしれませんが、貴方が私にくれた居場所は大切なものなんです。後悔はして欲しくありません。貴方に謝って欲しくもありません」
声はしっかりしていた。目も、顔つきも、心も。
だから、どうか、届いて。
「別に後悔しているわけじゃない」
言葉は突き放したものだったが、口調もその雰囲気もカナリアを突き放してはいない。
相変わらず、ぶっきらぼうな喋り方。貴族なら、もっと相手を持ち上げるような言葉が出てきそうなものなのだが、彼はしない。
あくまで真正面から、カナリアに向き合ってくれている。
「後悔しているわけじゃないんだ。別に、カナリアが良いなら」
「私が良いなら………なんですか?」
「カナリアが気にしないなら」
「私は気にしないなら………だから、なんですか?」
何を言いたいんだ。
カナリアはノインの言いたいことがわからない。これがグレアスなら、人の心の裏の裏まで読めそうなものだが、カナリアはグレアスではないのだ。年の功の偉大さをひしひしと感じる。
「っ!―――カナリアが良いなら、ここに居てくれ。ずっと」
突然大声を出され、その場が一気に静まる。
ノインは耐えかねたかのように言ったようだった。
彼らしくなく、顔が少し赤い。とは言っても、結局のところでノインはノインで、顔が真っ赤になるまでは赤くならなかった。
「……………………………え………っえぇっ!」
遅い。というか、むしろ鈍い。
ノインはさらに顔が赤くなるのを感じた。
自分で言った言葉を、もう一度飲み込みたくなってしまう。
(しかし、『カナリアが良いなら、ここに居てくれ』ってなんだよ。もう少しまともな言葉があっただろう!それに『ずっと』って!何気にすごいこと言っている。大丈夫か、俺?)
いやいや、それよりもカナリアだ。カナリアに退かれていないかのほうが重要だ。
そう思って、ノインは慌ててカナリアを見て―――後悔した。
見なければよかった、と思う。しかし、見たい、とも思う。
何しろ、ノイン以上に真っ赤な顔をして恥ずかしそうに俯くカナリアが居たからだ。
(か、可愛い……)
馬鹿が、と頭の片隅ではもう一人の自分が罵倒するのが聴こえるが、可愛いと思うことはもう一人の自分も同じらしい。結局、二重馬鹿だ。
「…そ、それはどういう意味ですか?」
「ど、どういう意味って………」
吊られてどもる。
もう一人の自分は、しっかりしろ!と喧しく怒鳴っていた。
(わかっている! だがな、どうしろって………)
いや、どうもこうもない。わかりきっていたことだ。6年も待った。待たされたし、待たした。このツケが軽いはずが無い。これくらい何とか出来なくてどうするんだ。
「言葉通りだ。俺は、カナリアにここに居て欲しいと思う。ずっと。いつまででも良い。別に、出て行っても構わない、今回みたいに。ここを帰る場所としてくれるなら」
自分の血が、沸騰するのを感じた。
しかし、今度は顔は赤くはならない。
気合と意地となけなしの根性で、どこかへ追いやったのだ。
「―――それは、プロポーズとして受け取っても良いですか?」
「ぷ、プロポーズ!」
気合も意地もなけなしの根性も、どっか行ってしまった。どうやら、恥じらいの方が強かったらしい。情けない。
「えぇ、プロポーズです。だって、現実的な話、私17歳ですから。何もなく、男性のお家にお泊りなんて出来ませんよ?」
6年もお泊りしていたが、まぁ、今は忘れておこう、とカナリアは都合よく笑った。
それに、さっき言った言葉がプロポーズでないなら、ノインが天性のタラシの危険性があるようにも思えたのだ。
うっかり頷いてしまって、タラシの下で一生を終えることになるのは問題だ。
(でも、それでも良いかも知れません………)
けれど、出来ることなら、もっとちゃんとした居場所が欲しかった。彼とずっと一緒に居られる場所。温室に追いやられて毎晩会うような生活など愛人と大差ないから。誰にでも、億尾なく言える居場所を。
「プロポーズか……それも良いな。でも、良いのか? 6年も監禁した相手が夫になるんだぞ?」
「構いませんよ、今更。それに6年も監禁したなら、もう嫁の貰い手がなくなっているとは考えてもらえませんか? あれです!『責任とって、結婚しろ』という巷で流行のアレです!」
どれだ?とノインは首を傾げそうになるが、ふとカナリアに昔あげた本の中にそんな物があった気がする。よくある物語で、恋人の父親のよく言うセリフだ。読んでいて「尤もだ。そんなヤツ、必殺・卓袱台返しでも食らわせてやれ!」などと思ったが、まさか自分が言われるとは思わなかった。というか、その父親ではなく、本人に。
馬鹿馬鹿しいことだが、そんなことを考えて、ノインの肩からは力が抜けた。
「そうだな。責任とるか。しかし、交際期間が短すぎないか?」
ノインのあまりに間抜けな言葉に、カナリアは噴出しそうになった。
しかし、ノイン自身かなり真面目に言っているし、ある意味大切なことでもあるから、馬鹿にも出来ない。
カナリアは、くすっと笑って応えた。
「変なところで、真面目ですね。それじゃあ、とりあえず交換日記からでどうです?」
シリアスな場面なのに、ボケが入るのは作者の責任ではありません。
あの二人の天然具合が原因です(それを人は責任転嫁という、とか)
結局、落ち着いたので良しとしましょう。
ってことで、報告。
いきなりですが、次回最終回です。
ここまで楽しんでくださった方、カナリアの旅(そう、ちょっとした家出旅)は終着地まで無事着きました。
どうか、荷解きまで優しく見届けてください。