つぎはぎ人形のような仲直り
踊り手、もとい闘い手が代わり、どれほど壮絶な闘いがくりひろげられるかと思いきや、二人の闘いは3分ともたなかった。
本当に一瞬で、勝負が決してしまったのだ。
そして、気付けば彼がゼクルスを床に転がしていた。
カナリアが唖然としている中、彼はゼクルスを手早く牢の格子を手錠に変えて捕らえると、こちらへゆっくりと寄って来た。
「……大丈夫か」
カナリアは答えなかった。ただ「はい」と返事するだけでいいのに、その瞬間、頭の中から言葉という言葉が消え去る。
結局、こくりとひとつ縦に頷くしか出来なかった。
すると、彼は「そうか」とだけ言い、直ぐに自分に背を向けてしまう。それが、少しカナリアを寂しくさせた。
「先に上に行っておいてくれ。トリシャたちが待っている。俺はこいつを連れて行くか……―――え!」
彼にしては、偉く間抜けな声がした。
けれど、カナリアは気にしない。
よく分かっていない様子の彼をカナリアは無理矢理引っ張り、自分の方へと寄せてきたのだ。そして、無言のまま引っ張らなかった方の袖をたくし上げた。
「カナリア!」
彼の声が、牢に響く。しかし、ロビーまでは聞こえないであろう声だった。
カナリアはその声さえ無視した。自分の名を呼ぶ冷たくも優しい声も。
たくし上げた袖の下には、カナリアの中指程にまでなる大きな切り傷があって、袖を赤く塗らしていた。
見られたことで観念したのか、彼は何も言わなかった。
カナリアは、給仕服の胸のリボンを外すと、グレアスに心の中で謝りながら彼の腕の止血をした。
「カナリア」
不意に彼が口を開く。
それに、カナリアは意を決したように口を開いた。
「―――貴方の言うことなど聞きません」
一言言うと、思った以上に心が軽くなった。何か重しが一つ二つと取れたようだった。
だから、そのまま言葉を続ける。
「貴方の言うことなど聞きません。名前も教えてくれないのに勝手に連れ帰るし、何も教えてくださらないし、勝手に名前をつけるし。無茶苦茶です………」
カナリアはむすーっとこれでもかというくらい膨れてみせた。そのせいか、止血する手にも力が入り、彼が顔を顰めるのがわかった。
「第一、《カナリア》って女性につける名前じゃないでしょう? 鳥の種類です。私は愛玩動物ではありません。愚かで我儘で怒りもする人間なんです!」
全て言ってからハッとする。
(やってしまいました………)
言いたいことはそれではなかった。
ちゃんと謝りたかった。謝って、仲直りして、そして改めて今までとは違う関係の上で付き合いたかった。新たな居場所が欲しかったのだ。
しかし、わからなかったのだ。「何」を謝れば良いのか。
止血の終った彼の腕を睨むのを止め、何も言ってこない彼の顔を恐る恐る見た―――
「え………」
間の抜けた声がする。たぶんこれまでの剣幕が嘘だったように、自分は幼い表情をしていたのだと思う。それくらい彼の表情は驚くものだった。
「何て顔しているんですか」
カナリアは彼を睨む。
何しろ、放心にも近いくらいぼぉーっとしているのだ。何がなんだか理解出来ない顔、という表現がよく似合う。
真面目な話をしていただけに、カナリアの機嫌の悪さは最高潮だ。
「あ! いや、話せるんだと思って……」
「はい?」
カナリアは小首を捻った。何を言っているんだ。
彼らしくない煮え切らない言葉の末がそれか?納得がいかない。
すると、カナリアの表情を見切った彼は、ごほんとあからさまにおかしい空咳をしてから答える。
「カ……いや、お前今まで喋ったことがなかったから、てっきり声が出ないものだと思っていた」
言われて見るとそうかもしれない。初めて会ったときは、無茶苦茶な状況に陥っていて喋れる心情ではなかった。それからは、もうほとんど意地になっていて喋らなかった、と思う。
どうやら、6年間彼の前では一切喋らなかったらしい。
これでは、自分の気持ちなど伝えられるはずもない。
なんだかこれ以上なく、自分が馬鹿らしく感じられた。
すると、今までのため続けてきたものが、くすくすという笑い声とともに恐ろしいほど漏れ出してきた。
勿論、何がなんだか理解出来ない彼は、そのままこちらをぽかんと見つめていた。
随分時間が経ってから、カナリアはようやく笑うのを止めた。
「………どうやら私はかなり大回りしていたようです」
そう言ってから、ゆっくりと給仕服の裾を掴んで上品な挨拶をする。
彼の方は、やはり理解出来ないという顔をしている。
「私の名前は、カナリア。6年前人買いから救ってくださった事、6年間居場所を下さった事、そしてこの度また助けてくださった事、心から御礼申し上げます」
その顔には、朗らかな笑みが浮かんでいる。とても明るい優しげな笑みが。それは今まで何かを抑え続けてきたカナリアにしては、とても晴れ渡った笑みだった。
「というよりごめんなさい! 何も言わずに出てきてしまって」
長い髪の毛が床にぺったり着くくらいまで、カナリアは深く頭を下げた。さっき格好つけたのなんて、どこかにぽーい!だ。人買いに2度も捕まり、6年間も知らない人間の下で軟禁生活(?)を送っていた自分にまともな矜持なんて持っていると思わない。
ちょっと頭の回転がおかしくなっているような気もしたが、気にしない、気にしない。
すると、深く下げた頭に大きな手のひらが置かれた。手のぬくもりが優しい。
「こっちも悪かった。自分より幼く、怯えた子供をどう扱っていいのかわからなかったんだ。―――しかし、名前も言っていなかったか?」
「はい」
カナリアは大きく首を縦に振った。
何しろ、カナリア自身の自己紹介だってさっきだ。というか、肝心なことは何一つ言っていない。
「ノイン・K・アークレインド=ハインディック。位は伯爵。歳は、21」
思った以上に若かった。ということは、6年前、カナリアを救った時はまだ15だったのだ。今の自分よりも年下……扱いに困り、自分の屋敷の奥にある温室にカナリアをかくまったとしてもおかしくはない。
それは、どこか拾い物をしてしまった子供が親に怒られるのを怖れて、家で最も人の近寄りにくいところに隠すようなものに思えて、カナリアは少しおかしくなった。
「そういえば、本当の名前は?」
「……カナリア」
「それは、俺が6年前に勝手につけた名前だ」
「それでもカナリアです! 他の名前は要らないんです!」
ちょっと無理矢理だった気がするが、それでも押し通して、名乗る。
彼―――ノインは、「そうか。まぁ、いいんだが……」と少し困った様子で答えた。
不思議と静まり返った時間が流れる。
けれど、それを裂く声が響いた。
「ちょっと! 遅いと思いましたら、何をなさっているんですか? お二人さん」
パトリシアの少し含みのある冷やかし声。
(どうやらうまくいったようですわね)
パトリシアはカナリアにぱちん、とウインクした。
(トリシャさん! ありがとう)
カナリア的には、上手くいったのかイマイチよくわからないところだが、まぁとりあえず自己紹介は出来たので良しとしておこう。慌てた様子で寄って来るバズを見れば、パトリシアが時間を稼いでくれたことは一目瞭然だ。感謝せずにはいられない。
結局、バズがカナリアとノインを引き離し、ぱたぱたと騒いで仕方なかった上、コレットは疲れて眠ってしまい、このまま放し続けることなど到底出来ない状況となってしまった。ノイン自身、どこかの役所にこのことを連絡しなくてはならなくなってしまって、忙しそうだ。
「とりあえず、《ギルハル・イラ・エステロ》に戻りましょうね~」
バズをカナリアから引き離しながら明るく響かせるパトリシアの間延びした声によって、この事件は幕を閉じることとなった。
少し違和感のある仲直りでしたが、作者的にはこれでいいと思っています。
物語的にはどうと思われるかもしれませんが、実際、仲直りってこんなものじゃないですかね?仲直りした後も、少し尾を引いて。一緒に時を過ごす中で「あぁ、そんなこともあった」と思い出話にされる。
だから、「つぎはぎ」という言葉もつかって、違和感のある仲直りにしています。
正直、カナリアぶっ飛びすぎですからね。今までの大人しさはどうした!
ただ、文章的に違和感のある場合は確実作者である私の力不足です。その辺りは、目こぼし下さい。
次回からは、少しずつそのつぎはぎを直していこうと思います。
ではでは、またお会いできることを祈って。