危険な脱出中!
本当に久しぶりになってしまいました。楽しみに読んでくれている方(が、もしいらしたならの話ですが)誠に申し訳ありません。
出来るだけ、小まめに更新します。
二人は外へ出ると、直ぐにコレットを探しに向った。
アテがあるわけではなかったが、ここはパトリシアの勘が役立った。
「屋敷なんて、たいてい同じような造りをしているものですわ」
二人が閉じ込められていた場所が、もうだいぶん使われている様子はないものの、それなりの大きさを誇る屋敷だったからだ。
そこは、さすがハインディック伯爵邸のメイドだ。
予想のつく場所を片っ端から当たる。
「ここもっ、違いますわ!」
地下3階にいた(らしい)ふたりの牢屋をふたつ上がり、地下1階。そこより下は全て見たので、たぶんこの階にいるに違いないのだが、見つからない。
もうそろそろゼクルスが牢に戻っていく頃なので、いい加減に見つけたかった。
「この階にいるはずですよね? それとももっと上なんですかね?」
う~ん、とカナリアが小首を傾げる。
二人は極力足音を消しながら、出来る限り早く走る。しかし、足の悪いカナリアはパトリシアよりもずっと遅く、足音もうまく消せないでいる。
この音がゼクルスを呼ばないことを願った。
「上はないわよ! ここ、たぶん町から直ぐの川の上流に建っている屋敷よ。あそこ、正面はぼろぼろで壁に穴まであいているの! そんなところ、使えるはずないわ」
「そうですね……!」
コンッ、という音と共に、カナリアの目が見開かれた。
(転ぶ!)
足元は暗い。どうやら一応気をつけてはいたが、少し大きめの石に引っかかったようだった。
カナリアの体が、石床に乱暴に打ちつけられる。派手な音がした。
「カナリア!」
声を抑えながらも、心配と不安な声がかけられた。
カナリアもそれに頷き、体を起き上がらせた。
「怪我は?」
「膝を擦りむきました」
「走れる?」
「走ります」
答えになっていない返事。しかし、それが決意の表れだった。
まだコレットが見つかっていない。牢から抜け出せたものの、とうてい逃げ出せたとは言えない状態。
カナリアは長きにわたる怠慢を悔やんだ。
まさかこんな時にまでツケを払わされるとは―――
カナリアは、明らかにパトリシアより筋肉のつき具合の悪い自分の足に力を入れた。
「―――いーや、その必要はねぇよ」
カナリアとパトリシアは弾かれたように、今まで走ってきた方向に振り返った。
そこには、薄暗闇でも目立つ巨漢が、少しの笑みと苛立った様子を閃かせていた。
「まっさか、あの状態で出ちまうなんてなー。縄で縛られた状態なのに、後ろ手で魔方陣を描いたのか?」
にやにや笑うゼクルスは見た目以上にずっと賢い男らしい。牢から出た以上、反撃されることもわかっているようで、その手にはしっかりと黄色い魔封石がある。緑のカナリアの魔封石よりは低位だが、それでも十分効果はあるものだ。
(万全の体制、ってところですかね?)
これで、コレットを人質にしていればそれはそれで万全の体制だろうが、同時にコレットさえ助ければ、一瞬で形勢逆転する。しかし、その状況で無い以上、その術はない。
「答えねぇか。まぁ、いいぜ。とにかくお嬢ちゃんさえ捕まえればこっちのもんだからな」
その言葉にパトリシアはむっとしたが、反論できなかった。
一方、カナリアはゼクルスの言葉に耳など貸していなかった。それより、コレットの居場所について、脳を巡らせる。
(コレットがいるとすればゼクルスとは逆方向なんですから、隙さえ見せずに逃げ切れれば………)
とは言っても、相手はそこそこ年老いているとしても、あの巨体を持つ男。鍛えているのは間違いないし、足も十分速いだろう。パトリシアはともかく、カナリアは必ず追いつかれてしまう。
(なら………)
方法は、ひとつ。闘うしかなかった。
「トリシャさん、下がって」
カナリアはパトリシアの前に立ちふさがりながら、声をかける。
しかし、勿論パトリシアも黙ってはいない。
「どうするつもりよ!」
「闘います! 時間稼ぎにもなると思うので、先に行って下さい!」
「あたしだけ一人行っても、格子開けられないのよ! わかっているんですの?」
「わかっています、だから」
カナリアは後ろ手に、《あるもの》を投げた。
それを見て、パトリシアは表情を変えた。
「これは………」
「行って下さい! それでなんとかなるはずですから」
「わかっていますわ! 迎えにくるまで、無事でいるんですわよ」
高飛車な口調で少しさっきよりも丁寧になった言葉を吐き捨て、パトリシアは走って言ってしまった。背を向けているカナリアにははっきりしたパトリシアの後姿は見えないが、その足音はかなり速い。どうやら、先ほどまでカナリアにあわせてくれていたようで、本当はずっと俊足だったらしい。
その足音が離れて行ったのを感じ取り、カナリアは安堵した。
「やっと……まともに闘えます」
「はぁ? そりゃあ、魔力は割とあるみたいだけど、その華奢な体でかい? やめとけって。売り物に傷が入るのは困るんだよ」
「お気になさらず。わたしは怪我などしませんよ。―――貴方は、わたしにその魔封石を触れさせることすら出来ないのですから」
丁寧な口調、しかし、そこに浮かぶ表情は今までのカナリアとは別物だ。儚げな印象は同じものの、そこにどこか今までは微塵も感じられなかった妖艶さが混ざっている。代わりに、カナリア独特の幼さは見事に消えていた。
「さぁ、久しぶりに踊りましょうか」
○
パトリシアは走っていた。
(急がなくてはいけません! カナリアがいつまでもつか)
自分よりもずっと小柄で華奢な体は、少し力を加えれば折れそうなものだ。あんな巨漢相手では、5分ともつまい。
パトリシアはとにかく足を走らせた。
しかし、コレットは見つからなかった。
パトリシアの予想が悉く外れるのだ。地下の牢は全て見尽くしてしまった。その間、何人か捕まっていた人間もいたが、とにかく「後で」で通した。カナリアのくれたものは、たぶん一度しか使えないから。
(上かしら? 一度、ロビーまで行ってみますか)
実は、もう違う場所に移されたのでは?という可能性もなくはなかったが、ゼクルスという人買いの言葉が真実なら、それはない。きっとまだこの屋敷の中にいるはずだ。
(人買いの言葉を信じる、というのもおかしな話ですけど)
しかし、今はそれでも信じたかった。
せっかく、カナリアが作ってくれた時間だから。
(カナリア………ノイン様を苦しめている嫌な子だと思っていたのに。どうしてかしらね? 別にあの子が不愉快じゃないわ)
おかしな感覚に襲われる。恋敵なはずなのに、どこか認めているところがある。あの端整な容姿も、決断力も、鈍いくせに妙に切れる頭も。
(何考えているのです、あたし! 今は、コレット。その事は、後ですわ)
振り払うと、同時にロビーにまで上がる階段を見つけた。
これ幸いと急いで上る―――が。
「!」
突如、口を塞がれる。相手はかなり力強い。パトリシアの力では対抗できないほどの力強さだ。
(人買いは一人じゃなかった?)
思えば、誰も一人だ、とは言っていない。思い起こせば、あの墓地で捕まった時は3人いた。考えれば、馬鹿らしくなるほどの抜けようだ。これでは、カナリアに「にぶい」などとは言ってられない。
抵抗することすら出来ず、パトリシアはただ一人闘うカナリアに心の中で謝ることしか出来なかった。