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俺が幼馴染に振られて慰めてもらうだけの話

作者: 蜂谷

 人間とアンドロイドの境目がなくなって五百年、今ではアンドロイドは当たり前のように人権を持ち、人間と同じように暮らしている。


 アンドロイドの体は定期的にバージョンアップされ、一定の年齢から成長するにしたがって大きくなり、古い型番になった者は、故障と共に廃棄され、記憶の入ったメモリーチップはリセットされる。

 そしてそれは人間の寿命とおおよそ変わりがない。


 まるで人間と変わらないように過ごしている彼ら、しかし人間にとって煩わしい嫉妬や嫌味、負の感情を持たないことから、アンドロイドと付き合い、結婚すること当たり前になっていた。



 そんな世界に俺は住んでいる。

 そして俺には可愛い可愛い幼馴染がいる。

 長い黒髪で、少し垂れ目でおっとりとしている、小動物みたいな子だ。

 幼稚園の頃に結婚しようね、なんて約束をした仲だ。

 今日も朝の登校は彼女と一緒だ。

 俺は玄関の前で彼女が来るのを待っている。


「ごめん健介、寝坊しちゃった~」


「奇遇だな、俺もだ。ちょっと俺の方が早かったかな」


「健介はいつも遅いもんね~」


「お前は人のこと言えるか!」


 ベシッと頭に軽くチョップを入れてツッコむ。


 ああ素晴らしい、なんて幸せな空間だろう。俺、人見ひとみ健介はそう思った。



◆◇◆◇



 俺には前世の記憶がある。


 世界がアンドロイドに受け入れられる前、むしろアンドロイドの人権を無視していた時代だ。


 俺も例に漏れず、反対をしたものだ。


 なんせ俺よりもいい男が人権を持つ!?


 そんなの許せるはずがない、ただえさえ俺の近くに女なんていないのに。


 高校生ながらそんな拗らせ方をしていた俺はデモに参加した。


「アンドロイドに人権を与えるなー」


「人間が人間らしく生きるための道具にしか過ぎないぞー」


「人が人足りえるのは心があるからだー! アンドロイドに心はあるのかー!」


 なんだかご高説を垂れているが、基本的にここにいるのは弱者男性、女性に見向きもされてていない者の集まりだ。


 俺も例に漏れてないのが寂しい。


 俺達のデモの行進は続いていく。


 そして国会近くまで来ると、警察とのもみ合いになった。


 普通デモは許可を得て行うものなので、問題はないのだが、どうやら境界線を超えて国会の中に入ろうとしたものがいたらしい。


 俺は真ん中くらいにいたので、その当時の状況は伝聞でしか覚えていない。


 しかし目の前の人が倒れてくると、それに同じく俺も倒れてしまう。


 その後は悲惨だった。


 ドミノ倒しが起きたのか、俺の上にはどんどん人が伸し掛かり、圧迫される。


 俺の最後の記憶は苦しい、死ぬ、おおよそ悲惨なものだった。



◆◇◆◇



 そんな俺は例に漏れずアンドロイドが嫌いだ。


 義務教育で教わるアンドロイド講習なんて聞くにも堪えず、ふて寝したし、極力アンドロイドの情報は入れないようにしている。


 それでも耳に入ってしまうことがある。

 今のアンドロイドは生殖も可能なのだ。

 人工子宮によって人間を妊娠できる。

 人口卵子に人口精子、俺は思わず吐いた。

 

 何気持ち悪いことに力を入れてやがる。

 人間とアンドロイドが相容れるわけないだろ!

 いや、世論が大多数で俺が異端なのか。

 それは俺の前世のせいだ、俺は悪くない。



 そんなことより今世では人間といちゃいちゃしたい。

 そう心に決めている。



「いってらっしゃい、健介様」


「ああ、いたんだ、いいよ見送りなんて」


 俺は自分のところにいるメイドロイドに声を掛ける。


 うちにいるメイドロイド、メイは俺が十歳の頃に来た。

 ちょうど俺の教育に余裕がもて、母親が仕事に出かけるというので心配した親がわざわざ持ってきたのだ。

 はた迷惑な話だ。

 それ以来、基本的にメイは俺と共に生活している。

 まあご飯も作ってくれるし、掃除もしてくれるから家政婦として考えるなら悪くない。

 話もユーモアに飛んでいて飽きさせない。俺は心を許しかけている。


 しかし決定的な壁がある。


 彼女がアンドロイドということだけ。


 これはもう俺に染みついた業と言っても過言ではない。

 アンドロイドというだけで、今まで普通に話をしていた相手が急にダメになる。

 こればかりはしょうがない。そういうものだと我慢するしかない。


 メイに返事をしていると、礼子から忠告を受けた。


「もう~そっけないんだから、嫌われちゃうよ?」


「いいんだよ、どうせそういう感情は持たないんだし」


「そういうものかな~?」


 幼馴染の河合礼子は、俺の言うことをよく聞いてくれる。

 昔からのろまでよく人にぶつかったり、怪我をすることも多々あった。

 その度に俺が世話をしていた。

 懐かしいなあ。

 大きくなってからはさすがにそんなことは起きない。

 礼子も成長したってことだろう。


 しかし、礼子もいい年になったのに色恋沙汰には興味がないのか、そういった話をしたことは一切ない。


 俺と二人でいるから満足している?


 これはもう俺のこと好きなのでは?


 中学校も三年生に上がって、そろそろいい感じじゃないか?


 俺はそんなことを考えながら、礼子との登校中の話に花を咲かせていた。








 礼子と登校して教室に入る。

 俺達は席も隣だ。

 もうこれは運命が俺達に結ばれろと言っているに違いない。


 そんなクラスが騒めいている。


「転校生だって」


「どんな子かな~かっこいいといいな」


「そこは可愛い子のほうがいいだろ」


「アンタには聞いてないわよ」


 クラスメイト達の他愛無い会話が聞こえる。

 まあ俺には関係ないことだ、俺には礼子がいるからな。


 ガラガラと教室の扉があき、先生が入ってくる。


「えー、皆知っているようだが、今日から転入する生徒がいる。皆仲良くするように。ほら、入ってきてくれ」


 その声に反応して一人の男が教室に入ってくる。


 背が高く股下も長い。金髪で銀色の目をした、外国人にしか思えないその男が紹介の挨拶をする。


「転校してきました、安藤ロイドと言います。よろしくお願いします。趣味はスポーツ全般です。運動部の助っ人にどんどん呼んでください。アンドロイドです」


 安藤ロイド、名前も安直だがアンドロイドだ。


 別に珍しいことでもない、家の都合だったり、何かの実験だったり、急にアンドロイドが来ることは俺の人生の中でも何回かあった。


 大体こういうのは若年層のデータを取るものというのが相場が決まっている。


 俺は冷めた目で安藤を見ていた。

 礼子はいつもとは違ってキラキラとした目で安堵を見ている。


「かっこいいね~安藤君」


「俺も負けてないだろ?」


 俺はいつものように軽く冗談を言う。


「う~ん、そうかな?」


「そうだよ!」


 俺と礼子はいつも通り軽口を叩く。


 礼子は外と毒舌なところがあったりするが、それもまた人間らしくていい。

 アンドロイドには出来ない仕草だ。


 アンドロイドは完璧すぎるきらいがある。

 人間と同じ人権を持ちつつも、その性格は善人のそれだ。

 悪に走るアンドロイドはいない、犯罪発生率脅威の0パーセントである。


 それは五百年経った今でも治っておらず、品行方正が板についている。


「それじゃあ安藤の席は、人見(ひとみ)の後ろかな」


 先生が安藤の席を指定する。


 俺の席は窓際最後列、そりゃ後ろは空いている。来るよなあここに。

 正直なところ、来てほしくない。

 俺がアンドロイドを嫌いというのも理由ではあるが、極力礼子にはアンドロイドとの接触をさせないようにもしていたからだ。


 廊下にあった机と椅子を持ってきて、後ろに座った安藤が俺に声を掛けてくる。


「よろしく、人見(ひとみ)君、これからよろしくね」


「……ああ、よろしくな」


「あ、私幼馴染の河合礼子です。健介とおなじくよろしくね」


 いいんだよ、礼子は挨拶なんてしなくて。

 これは俺と安藤だけで終わらせておけばいい。

 頼むから俺以外を見るな。


 お前は俺だけを見ていればいいんだから。


 しかもよりにもよってアンドロイドを見るなんて。




 朝のHRが終わると、安藤のもとに多くの人が寄ってきた。


 やれどこから来たのか、何が目的なのか、両親は? とか


 この手のアンドロイドには守秘義務があり詳細は話せないことが多い。


 適当にはぐらかす安藤の言葉を聞き流し、礼子の方を見る。


 周りの野次馬と同じく安藤の言葉を聞いているようだ。


 もしかして、安藤に興味がある……?

 やめてくれ! 礼子までアンドロイドに惹かれてしまったら、俺はどうすればいい。


 まずいな、折角今まで問題なく暮らせていたのに。

 安藤の存在が俺の心を激しく揺さぶってくる。


 これは早々に手を打たなければならない。


 俺は礼子に告白することを決めた。


 

 俺は放課後、いつも通り礼子と帰っていた。


 違うことと言えば、礼子が安藤の話題で一色になっていることくらいだ。


「それにしても安藤君すごかったねー、体育の時間女子が皆みてたよ。あんなにすごいなんて流石アンドロイドって感じ。私初めて見たかも」


「……ああ」


 そっけない返事しか返すことしか出来ない。

 いつもなら俺も負けてないぜ! なんて言えたものだが、あまりに楽しそうに話す礼子に俺はかなり落胆していた。


 安藤が来て初日でこれなのだ。

 あと何日もすれば、きっと俺のことなんて見向きもしなくなる。

 俺はその事実が怖くなり、ついシチュエーションも何もなく告白してしまう。


「それじゃあまた明日ね」


 隣同士の家の前でいつもの別れの挨拶を言う。

 その明日は本当にいつもの明日になるのか?

 いやだ! そんなのはいやだ。


「礼子、今までずっとお前が好きだった。付き合ってくれ」


 言ってしまった。


 散々貯めていた思いを、こんなところで吐露してしまった。

 もっと気の利いた場面で言わなければ、こんな日常のついでに言った言葉が一体どれだけ相手に響くのだろうか。


 礼子も驚いて止まっている。

 俺は顔が赤くなるのを感じているが、礼子はあまり表情を変えていない。


「え、急にそんなこと言われても、……ちょっと考えさせて」


 そう言って礼子は自分の家に帰っていった。

 俺はただそれを眺めていた。


 返事は、微妙なものだった。

 『考えさえて』、これは可もなく不可もなくの返答。

 普通に考えれば急に断るのが相手に悪いなあって時に使うものだが、俺と礼子の仲だ、そんなことを気にすることではない。


 それよりも即答で「うん」って来るのを期待していた俺は落ち込んだ。


 まだ好感度が足りてなかったのか?

 前世じゃろくに女の子と接していなかったから、もしかしたらまずい行動でもとったのか?

 礼子は優しいから、俺のそういった不躾な行動にも怒らず、嫌がらず対処していてくれただけだった……?


 嫌な想像ばかりが頭をよぎる。


 違う違う違う!


 そうだ、単に距離が近すぎて、そういう対象として見ていなかったとか、そういうパターンだろ?

 友達だったやつが急に告白してきたら困っちゃうっていう。

 多分それだ。

 それだと今回は断られる可能性高いかもなあ。


 まあ、これで楔は打ち付けた。

 今後の俺のアピール次第で礼子は確実に堕とせる。

 いや堕とさなければ俺の輝かしい未来は待っていないのだ。


 後は礼子が落ち着いて俺のことだけを見るのを待つだけだ。









 そう思っていた時期が俺にもありました。

 その後礼子との仲はギクシャクしたままで、登校こそ一緒にするものの、いつもの会話がうまくかみ合わない。


 俺が冗談を言っても、そうだね、ハハって感じで肩透かしを食らう感じだ。

 まずい、告白は時期尚早だったか?

 しかしあのまま手をこまねい待っていれば事態が好転したのか?


 違う、俺は最善手を打ったはずだ。

 そう思わねばやっていられない、もう一人は嫌だ。

 なんで無駄に前世の記憶なんて持ったままもう一度寂しい思いをしなくてはならないのだ。


 そんな日々が続くか、礼子から返事をする気配を一切感じない。

 こちらからもう一度言うと急かしているように思われるかも、とこちらも余計な事を言えずにいる。

 そんな礼子の行動も少し変わってきた。

 気まずいのか、授業間の休み時間や昼休みに姿を見なくなることが多くなった。

 

 不思議に思った俺は礼子の後を着けることにした。

 ここは、誰もいない教室だな。

 仲から楽しそうな声が聞こえる。


「え~安藤君、それはないって!」


「そうかなあ?ハハハ」


 そこには安藤といつも俺に向けていた笑顔でしゃべる礼子の姿があった。


 どうしてどうしてどうして!!!


 そこにいるのは俺のはずだ!

 どうしてお前がそこにいる!


 まずいまずいまずい


 俺は焦る。


 告白がやはり悪手だったか?

 もっと盛り上がるシチュエーションで行うべきだったか?

 俺のせいで安藤としゃべるようになってしまったのではないか?


 しかしもうすでに後の祭り、後悔先に立たず。


 俺はその場をそっと立ち去り、教室に戻って自分の席に着いた。


 戻ってくる安藤と、それに遅れて入ってくる礼子。


 安藤は人気者だ。気を使っているのだろう。


 そうか、二人はもうそういう仲にまで来ているのか。

 だが俺だって幼馴染の意地がある。


 そう簡単に渡してなるものか。

 礼子は俺のものだ!!



 そう息巻いた俺だったが、特に有効な手段を打てることなく、仲良くなっていく安藤と礼子をただ見守ることしか出来なかった。







 それはいつもと同じように、礼子と安藤の密会を見ていた時だった。

 最近の礼子は下校も一緒ではない。

 用事があるって言っていつも先に帰らせる。


 俺はどうせ安藤と会うんだろうと思い、帰ったふりをして物陰から礼子を監視していた。


 するとやはりと言ったところか、後ろから安藤がやってきた。

 俺に隠し事なんて出来ると思っているのか?

 何年一緒にいたと思ってるんだよ。


 二人は人通りが多いところでは普通に歩いていた。

 健全な男女といった感じだ。


 まあまだそこまで進んでいないだろう。

 俺は少し安心しながら後ろからバレないように着いていった。


 そして人通りがなくなってきたころ、二人が手を繋いだ。

 しかも普通のじゃない、指と指を絡ませたいわゆる恋人繋ぎだ。


 なに!? お前らもうそこまで行ってるの?

 俺だって手を繋いだこと、子供の頃はあった。

 でも恋人繋ぎなんてしたことない!


 なんでだよ礼子。


 俺は打ちひしがれた。

 そして俺の家と礼子の家の最後の曲がり角で決定的な場面を目撃してしまう。


 二人は見つめあったかと思うと、手を放し、安藤が両手で良子の顔に手を掛け、キスをしたのだ。


 ああああああああああああああああああああ。


 そのキスは!!

 ファーストキスは俺のものだ!

 なんでお前が!! お前があ!!!


 最悪だ。

 見なければよかった。

 知らなければよかった。

 もう遅い、見てしまった知ってしまった。


 そうか、もう二人は……。


 俺は二人が別れ、礼子が家に入るのを見届け、少ししてから自宅へと戻った。


「おかえりなさい、健介様」


「メイ、か。これカバン」


 俺はメイドロイドのメイにカバンを頬り投げ、ソファへと寝ころぶ。


 礼子……俺には礼子しかまともに話せる女性がいない。

 その礼子がいなくなってしまったら俺はどうすればいい?

 

 前世のように灰色の青春を送らなければいけないのか?

 いやだいやだいやだ。


 あれはそう、欧米式のキスだったんだ。

 きっと別れの挨拶にしただけだ。

 そうに違いない。


 そうだな、まだ俺の告白の返事も聞いていない。

 俺はまだ思考の定まっていない頭で礼子の家を訪ねる。


「礼子ーいるかー?」


「あ、健介。今行くー」


 インターホン越しに聞こえる声はいつもと同じだ。


 しかし玄関から出てきた礼子は少し顔を赤らめていた。


 やめてくれ、そんな顔しないでくれ。

 

 でも、と俺は一縷の望みをかけて礼子に問いかける。


「前さ、俺お前のこと好きっていったじゃん? あの後ちょっと気まずくなって返事貰ってないからさ、差し出がましいけど、返事聞いてもいいか?」


 沈黙がその場に流れる。


 礼子の顔の紅潮は消え去り、いつもの礼子の顔のようだった。


「実は安藤君と付き合うことになったの、ごめんね。健介君の気持ちには答えられない」


 俺は膝をついた。

 終わった、完全に終わった。

 ここから逆転のゴールは果たしてあるのだろうか?


「付き合ったって、相手はアンドロイドだろ? もっと人間味のあるほうがいいんじゃないか? 確かにアンドロイドは裏切らない、でもそれって道具と何が違う? 心の通った人間同士じゃなきゃ分からないことだってあるだろ」


 俺は必死に相手を下げた。

 どうにかして俺に振り向いて欲しい。

 今からでも遅くない。

 俺のもとに戻ってきてくれ。

 こんなあっさり、俺の初恋が終わっていいものだろうか。


「ごめんね、健介。今まで健介がアンドロイドと接する機会を私から奪っていたのは知ってた。けど強く言えないから、健介が不機嫌になるから言わなかったけど、健介って乱暴だし、わがままだし、ひどいことも言う。でも安藤君はそんなことしないし、私の話もちゃんと聞いてくれる。アンドロイド? そんなの普通じゃん。今更何を言ってるの? 頭おかしくなっちゃった?」


 ああ、分かってるさ。

 俺がこの世界で異端なことくらい。

 でもしょうがないだろ。

 俺にはアンドロイドとの付き合いなんて出来るわけがない。

 心が拒絶する。

 無理なものは無理なのだ。

 分かってもらおうなんて思っていない。

 でももう礼子と共に生きる道はない、俺の幼馴染としての立場もすべて失ったのだ。


 なら他の女の子と付き合うか?


 無茶を言うな。俺は不細工だ。そして横暴らしい。


 ただえさえ、女子へのリソースは礼子に割いてきた、今更他の女なんて、いっそ、どこか誰もいないところへ行ってしまおうか。


 世の中には俺と同じ考えを持った人達がいるはずだ。


 いくら大多数が常識だと思っていることでもマイノリティは存在する。


 そうだ。旅に出よう。


 俺はよくわからないことを考え、礼子の元を去って自宅へと戻った。

 家同士が近くて嫌になるよ。








 俺は失意のまま、自宅へと戻った。

 両親は共働きでいない。

 そうだ、旅の支度をしなければ。

 俺は部屋に入り、適当な衣服と財布をもって出掛けようとする。

 

 そこにメイドロイドのメイが現れた。


「おかえりなさいませ、健介様。どうされましたか? 気分が優れていないようですが?」


「……うるさいなぁ! お前にはわかんねぇよ!」


 俺はそんなひどい顔をしているのだろうか?

 鏡を見ているわけじゃない、しかしメイには何かわかるようだった。


「差し出がましいようですが、話を聞くことくらいは出来ます。どうかその思いを吐き出してみてはいかがですか?」


 アンドロイドが何を!

 と以前の俺なら思っていただろう。

 そのアンドロイドに礼子を取られた、その思いがこみ上げてくる。

 こいつになら、いいか。

 いつもみたいに、話を聞いてくれるだろう甘い算段だった。


 俺はおかしくなったのか、アイに今まであったことを全てぶちまけた。


 俺は前世の記憶があること。

 そのせいでアンドロイドに忌避感があること。

 礼子と付き合いたかったこと。

 礼子を他のアンドロイドに取られたこと。

 たった今、完全に礼子との関係が切れたこと。


 余計なことまで口走ってしまったが、もう全てがどうでもよかった。

 俺は旅に出るのだ。

 最後に遺言のように残しておくのも悪くない。

 そう思っていると思案顔になっていたメイが返事をしてくれる。


「それは、辛い思いをなされて、いえ現在もですね。私とお話するときも一歩引いた感じを感じたのはそのせいでしたか」


 そうだよ、お前がアンドロイドじゃなかったらって考えたことは何度もある。

 そうすれば家族のように迎え入れることが出来る。

 でもお前が正真正銘アンドロイドなのだ。


「お可哀そうに、そんな苦悩を抱えていたのですね。ではこちらも秘密をお話ししましょう。」


 秘密?

 アンドロイドに秘密なんて出来なかったはずだが。

 両親が何か仕込んでいたのか?

 俺は訝しみながらも話の続きを待つ。


「実は貴方の両親はアンドロイドなんです。そしてメイドの私は人間。これはアンドロイド同士の子育てがどのような影響を与えるか実験をしていたのですよ。貴方はその被験者、これ本当は秘密なのですが、やはりこの様な事、非人道的だと反対する意見も多く上がっていました。私もその一人です。もうやめにしましょう、こんなことは」


 一瞬理解が追い付かなかった。

 何の話をしている?

 俺の親がアンドロイドで、メイが人間?

 俺は実験の為だけに観察されていたマヌケな人間ってか?

 ハハ、涙はでない、呆れてなにも感じない。


 なんて悪趣味なんだろう。

 アンドロイドと人間、やはり分かり合うことなど出来ないのだ。

 今更だがそう思うと両親とのやり取りにもなんだが嫌悪感を覚える。

 やけに優しかったり、怒らなかったりしたのはアンドロイドだからか。


 何故かメイのいうことに納得して俺は少し落ち着きを取り戻す。


「そうか、俺はただのマヌケだったってことか」


 メイとの会話に楽しさを覚えたのも人間だったから。

 思い込みって怖いな、知らなきゃずっとメイとは分かり合えなかっただろう。


「それで健介様、お詫びと言っては何ですが、私が慰めてあげましょうか?」


 そう言ってメイが両手を広げて俺を呼び込んでくる。

 豊満に出来たボディ、アンドロイドだからなあ、なんて思っていたけど人間だと考えるとすごく美人だし、ナイスバディだ。


 年?ちょっと年上くらいの方がちょうどいいだろ。

 女の方が長生きだし、ちょうど俺と一緒に永眠できるだろう。

 ……いかんいかん、何最後まで想像してるんだ。

 メイはただ俺に抱きつけと待ってくれているだけだ。


 俺はその胸の中に入り、メイに優しく抱きとめてもらった。


 そこには人の温もりがあった。

 ああ、やはり人はいい。

 ほのかに漂ってくるいい香りに俺は心が浄化されていくことを感じる。


「これからは私が貴方を癒してあげます。年増はお嫌いですか?」


「そんな年じゃないだろ、そうだな。俺が満足するまで、メイには優しくしてもらうかな」


「ええ、ずっと、死が二人を分かつまで」


「それはちょっと重くない?」


 礼子以外で俺がまともに話をしている女はメイくらいだ。

 これで俺は孤独じゃない。

 両親がアンドロイドだったのは驚いたけど、今更だ。


 俺にはメイがいる。

 この実験がいつまであるか分からないけど、今はこの愛情を受け取っておこう。

 例え、儚く消えてしまうようなものであっても。


 そう思っていると俺は電源が切れるかのように安心したのかアイの胸の中で眠りについた。



















****






「対象の動作、完全停止を確認。スリープモードに移行しています」


「そう、それなら今のうちにベットに移しておきましょう」


 私は耳に着けたイヤホンから流れる自動メッセージを受け取り、健介を抱えて彼の部屋に向かう。


「ようやく……ようやくだわ!! 長かった、十五年もかけてじっくりと仕込んだ甲斐がある」


 私はメイドロイドのメイ、人間としての名は人見ひとみ芽衣、俗にいう天才だ。

 三歳の頃には名門大学の試験を突破し五歳で海外の大学で博士として迎えられた。

 十歳になるころには、おおよそ頭脳で私に敵う人間などいなくなっていた。


 そんな私だが、一つだけ足りないものがある。

 彼氏だ。

 私を一番に愛して欲しいし、話にも付いてきて欲しい。

 そして最後まで一緒にいて欲しい。

 私に比類するくらい。


 その野望は八歳の頃からスタートした。

 まず、有り余る財力を使い、()()()()()()()()()


 私にどっぷりハマってもらうための舞台装置だ。


 彼には一度深く傷心してもらい、私から離れられなくさせる。

 私は狂ったようにその研究に没頭した。

 その副産物でいくつか成果を上げたが、そんなことはどうでもいい。


 お金には、なったので存分に使わせてもらった。

 そこからはスムーズだった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()


 でも人間じゃダメ、いつ死ぬか分からないし、何より私に並び立てるだけの頭脳があるか分からない。


 なら作ればいいじゃない。


 私にふさわしい彼氏を。


 でも既存のアンドロイドではだめだ。


 そんなものはただの道具だ。


 世間では当たり前のようにアンドロイドを人間として扱っているが、私は幼心に変だと思っていた。

 でもアンドロイドは頑丈で、壊れない。


 なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 本来、アンドロイドはその自覚をして、規範となる行動をとるようにプログラムされている。


 そんなもの私の手にかかれば突破出来る。


 そうだな、私の予定した以外の女に接触させるのも嫌だし、顔は不細工にしてコミュ障にしよう。他にも―――


 私は出来るだけの理想の彼を()()()


 それは単に記憶を作るだけでは意味がない。


 現実に登場して、何度も接することで愛情が湧くのだ。


 記憶を入れて、はいこれが君の彼ですよ~なんて何にも楽しくない。


 私は見たいのだ。()()()()()()()()姿()()


 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。


 私はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。


 初めはただ彼氏が欲しかっただけなのに。


 アンドロイドなんてただの機械だと思っていたのに。


 でも成長していく彼を監視カメラで見つめる日々は楽しかった。


 ああ、あんなに粗暴に、そして幼馴染に嵌っていく。


 初めの方はそうなるように設定した。


 でもその後の行動は自立した彼の意思だ。


 私はその結果に満足しながら、接触する機会を待った。



 そしてついに、彼が十歳になるころ、メイドロイドとして彼の家庭に入り込むことが出来た。


 初めは私に忌避感を抱いていた。

 当然だ、()()()()したから


 でも何度も話すうちに徐々にその警戒は解かれていった。


 だってそうでしょう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 でもどれだけ待ってもその一線を超えることはなかった。

 

 でもいいの、まだ待てる。その為に()()()()()()()()


 安藤には礼子を堕とすように積極的に動くようにプログラムしてある。


 もちろん私お手製で本人には自覚はない。


 しばらくして、彼が落ち込んで帰って来た。


 事の一部始終は見ている。この近辺のカメラはすべて網羅している。


 ついに! ついにきた!!

 私は笑みを悟られないように、彼に話しかける。


 後は予想以上だった。


 ()()()()()()()()()()まで話すほど追い詰められていた。


 あああああ! 堪らない! これが愛情ってものなのかしら。


 私は今まで誰にも抱くことのなかった感情に震えている。


 それをおくにびも出さず、優しく彼を受け入れる。


 そして幾度と言葉を交わすと、首元にある彼の電源を落とした。


 完璧だわ。これでもう私が孤独に苛まされることはない!


 私も幸せ、彼も幸せ! 皆ハッピーエンドの素晴らしい結果。


 待っててね、充電を終えたら、目一杯甘やかしてあげる。


 貴方が他の女に気を取られないように。


 そんなことも知らずにベットの上で眠る私のかわいい()


 大丈夫、最後まで私が一緒にいてあげる。


 例えこの体を機械と同じにしてでも。

 

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