魔法少女は愚者となる
9月になると仕事が忙しくなってきましたね。
書き終えるのが先か、忙しくて書けなくなるのが先かのチキンレース中です。
アクマはフールから能力を受け取った後、パスが繋がっていることを確認してから、ハルナが偽史郎と呼んでいる男の下に向かった。
(早く! もう、一体どこに居るんだ!)
今は1分1秒が惜しい状態だ。時間が掛かれば掛るほど、ハルナの負担が増え、死ぬ可能性が上がる。
そんな状態での移動時間を、もどかしく感じていた。
(――そこか!)
アクマの視界が開け、椅子に座っている偽史郎が現れる。
偽史郎は椅子に座った状態で、イニーが戦っている様子をモニターで見ていた。
周りには何もなく、暗い空間が広がっている。
「来たようだね……そうか。どうやら、フールは逝ってしまったようだね」
「私に全てを託してね。フールはなぜこんなことをしたの?」
アルカナたちの中で一番お調子者であり、ムードメーカーだったフール。
アクマや、数名のアルカナとは仲は良くなかった。
だが、負けたり誰かが死んだときに、彼のおかげで立ち直れた者も居た。
フールの事が嫌いだったアクマも、フールの有能さは分かっていた。
だが、アクマが逃げ出す前の戦いで、フールと主張の違いで喧嘩をし、そのまま別れた。
その時の喧嘩が未だに尾を引いており、アクマはフールを許すことができないでいた。
「ああ。と、言うよりは全員だろうね。既に数百戦、数百年戦い続けている。そして、1度の勝利すら得られていない。まともな人間なら、どうにかなってしまうだろう」
「……残り4人しか残っていないのね」
システム的な存在として、アルカナ達が存在していたなら、また違った結果になったかもしてない。
だが、幸か不幸か。彼ら彼女らには人間の様に人格が与えられ、人間と一緒に暮らしてきた。
その結果、情が芽生えてしまった。
契約した魔法少女と戦い、敗れ、別れていった。
……耐える事ができなかったのだ。
アクマは少しだけフールの事を思うが、彼はもう居ない。
フールが何を思って、アクマに託したのは分からない。
だが彼のおかげで、アクマはハルナを救うことが出来るかもしれないのだ。
「ここに来たってことは、気が変わったかね? 逃げ出した分際で」
「私は……私はハルナを死なせたくないだけだよ。戦い何て……もう、失うなんて嫌だから……だから、私とのパスを繋ぎ直して!」
偽史郎はアクマの目を見据え、ため息を吐く。
「……次は無いぞ?」
「ハルナが死ぬ時が、私の死ぬ時だよ。もう、私は逃げない!」
それは、アクマの決意であった。
自暴自棄となり、偶然見つけた人間に、魔法少女としての身体を与えた。
最後の時を最も大切だった存在と、過ごそうと考えていた。
適当にハルナで遊び、自分の中に空いた穴を埋めようとしていた。
だが、ハルナは戦う道を選び、アクマの思惑通りにはならなかった。
M・D・Wの時は多少なりとも心が揺れ、結局契約を結び助けてしまった。
軽口を叩いて魔女の事を気にしてない素振りを見せていたが、内心はいつ魔女が現れるかとヒヤヒヤしていた。
それからも、アクマは色々とハルナに影響され、再び戦線に戻る事を決意した。
アルカナの中で、唯一契約者と共にあるアクマが負ければ、もう偽史郎たちに次の手は残っていない。
魔女が原初の世界を見つけ出し、その身諸共滅びるのを指をくわえて見てるしかない。
「そうか。ならば、今一度力を授けよう。どうか、希望の光となる事を願う」
アクマの上下に魔法陣が現れ、光が溢れる。
光が収まると、アクマの左腕の甲に悪魔の紋章が一瞬だけ浮かんだ後に消えた。
「ありがとう」
「なに、やるべきことをやっているだけだ。魔女さえ倒せれば、過程などどうでも良い」
「ふん。魔女が倒せても、あの魔物を倒せないと意味がないじゃないか。それと、ハルナと変な契約をしたみたいだけど、許さないんだからね!」
アクマはそう言い残し、ハルナの所に戻る為、ゲートを出して消えた。
偽史郎はアクマを見送り、再び視線をモニターに戻す。
そこにはマスティディザイアを囲むように4つの魔法陣を出し、魔法を唱えているイニーが映っていた。
「さて、ギリギリ間に合うかどうかと言った所だろうか。奴の目を見て、彼女が壊れなければ良いが……」
イニーが負ければ、偽史郎が取れる手は無くなる。
残っている3人。イブ。エルメス。サン。
既にアルカナたちには、自分の手で戦えるだけの気力は残されていない。
力を取り戻し、フールの力を取り込んだアクマとイニーがどれだけ戦えるかは、偽史郎には分からない。
それでも、マスティディザイアに負ける事は無いだろう。
だが、急に力を手に入れ、マスティディザイアを倒すイニーを見た者はどう思うだろうか?
それだけが、偽史郎は心配だった。
1
アクマが消えてから約4分半経過し、何とか準備は出来た。
1回だけヘマをしてしまったが、それ以外は順調と言った所だろう。
左腕がまた斬り落とされたが、流石に再生する余裕がなく、止血するだけで精いっぱいだった。
だが、その左腕を触媒にすることにより、最も欲しかった時間を稼ぐに成功した。
マスティディザイアの四方と上下に魔法陣を展開し、そこから鎖が出て、マスティディザイアを拘束している。
持って1分だろうが、それだけあれば十分だ。
詠唱も既に半分以上終えている。
後はアクマが間に合うかどうかだが……。
「終わりなき旋律は世界に満ちる。悲しみを忘れた悪魔は反転する。憐れに踊る天使は許しを請う。抜けた羽は剣となり、咎人の前に突き刺さる。矛盾の邂逅は神を歪め、審判が下される」
鎖に繋がれた状態のマスティディザイアを中心に、円形の魔法陣が5枚展開される。
「秩序の無い世界に救済を」
円形の魔法陣が変形し、無数の黒い魔法陣を作り出す。
そして、光が降り注いだ。
ふと、ガラスが割れる様な甲高い音が鳴り響いた。
俺の魔法が消え失せ、世界が黒く染まっていく。
恐ろしい咆哮と共に悍ましい気配が漂い、何が起きたのかを否応にも感じさせた。
遂に顔の拘束具が外れ、マスティデザイアが本気になったのだ。
ああ、戦いとは甘美なものだな。恐ろしく、身体が竦む様な咆哮と気配なのに、胸が高鳴ってしかたない。
右腕と左腕は黒く禍々しくなり、4枚の翼が6枚に増えている。
鎧の様なものも纏っており、さながら悪魔の騎士と言った所か。
顔は見ない方が良いだろう。目が合えばどうなるか分からない。
それに、身体の節々に違和感を感じるようになり、魔力が妙に纏まらない。
これが、アクマがデバフと言っていたものかな。
『戻ったよ! ああ、もう頭の拘束具も……って、左腕はどうしたのさ!』
(ヘマして斬られたんだよ。回復する余裕すらないからこの有り様さ)
ついでに、ヘマした原因は黒い翼を消したからだ。
魔力を節約するために消したら、回避が間に合わなかったのだ。
今回だけで2回も腕を落とされるとは思わなかった。
(それで、俺はどうすれば良い?)
『後20秒だけ待って。フールと合わせて2人分の能力があるから、ハルナ用に合わせるのにもう少し掛かるの』
20秒か……既にまともに魔法を使う魔力は残っていない。
今展開している”フリューゲル”も持って1分。急な動きをすれば更に縮まるだろう。
先ずは逃げ……。
――マスティディザイアから距離を取ろうとすると、瞬く間に距離を詰められる。
何とか逃げようとするも、まともに反応することが出来ない。
(チッ! 間に合わないか)
『クソ! ハルナ!』
「うっ……かは」
マスティディザイアの左腕の剣が、俺の腹に深々と突き刺さり、口から血が溢れる。
何とか魔法を唱えようとするも、身体の力が抜けていく。
そして、視界にマスティディザイアの顔が映る。
赤く光る眼。そして、その顔は俺をいたぶるのが楽しいのか、笑っていた。
何かが脳に入り込むような感じがすると、古い記憶が呼び起こされる。
ああ…………そう………………か。
とても、とても懐かしい。
忘れたくて封印していた俺の記憶。
本当の姉である魔法少女が、違う魔法少女に殺された、あの日の思い出。
憎しみが、怒りがふつふつと湧いてくる。
魔物に弄ばれる人々。有り余る力を振るう魔法少女たち。
欲に塗れた大人や、他人を顧みない妖精。
そして、様変わりし、壊れていく世界。
呪いましょう。怨みましょう。数多の絶望の声を上げて。
狂いましょう。踊りましょう。世界の嘆きを届けるために。
俺の意識が私に染まっていく……。
『良し、出来た! ハルナ! しっかりして! お願い! 私を1人にしないで……』
ああ、アクマの声が聞こえるわ。
あなたは今も変わらず、寂しがりやなのね……。
(アクマ。早く力を寄こしなさい。まだ……終わるわけにはいかないわ)
マスティディザイアの大砲が私の顔に照準を合わせる。
『ナンバーゼロ・愚者解放って唱えて!』
砲身がゆっくりと輝いていき、後数秒もしない内に砲弾が撃たれそうだ……。
勿体ぶって溜めているのを見ると、あの時の姉の顔を思い出すわね……。
とても……とても優しそうな顔をしていた……。
――違う。これは俺でも、私でもない…………混ざっている?
「ナンバーゼロ…………愚者…… 解放」
最後の気力を振り絞り、アクマの言った通りの言葉を口に出す。
ギリギリ右手にぶら下っていた杖が輝き、私を魔法陣が囲む。
魔法陣にマスティディザイアの砲弾は弾かれ、同時にマスティディザイアを吹き飛ばす。
腹に刺さっていた剣が抜け、少しだけ血が飛び散った。
魔力が急速に回復し、左腕や傷が治っていき、意識が回復する。
白いローブは青く染まり、マントに変わる。
消し飛んでいたフードは、二股に分かれた帽子となり、黄色と青の2色に分かれる。
服装も様変わりし、愚者と言うよりは道化と言った所だろ。
偽の魔法少女にはお似合いの姿かもな。
そして、木製だった杖が形を変え、2つの水晶の様な球に変わる。
両肩の辺りに片方ずつ浮き、淡く光を放っている。
これが俺の愚者としての力か……なるほど、素晴らしいものだな。
――そうか、愚者は俺の可能性と、アクマの意思に賭けたのか……全く、アルカナとは愚かであり、悲しいものだな。
自我を与えられたばかりに、情など持ってしまって……。
『今のハルナだと持って2分だよ。それ以上は身体が持たないからね』
(それだけあれば十分だ)
2つの玉を前方に出し、マスティディザイアが撃ち出すレーザーを弾く。
それからも無数に撃たれる砲弾は、全て意味を成さない。
白魔導師の時なら防ぐこともできず、即死するような攻撃が、今は御覧のありさまだ。
この玉だけで全て防ぐことが出来る。
「選定しよう」
球が眩い光を放ち、2つの魔法陣が現れる。
「我は愚者。愚かに踊り、笑う者。望むは果て。見出すは可能性」
大砲による攻撃が効かないと判断したのか、マスティディザイアは剣を振りかぶって突進してくる。
しかし、玉から出た2つの魔法陣がマスティディザイアを挟み、拘束する。
あれほど苦戦していたと言うのに、儚いものだ……だが、これでも魔女には到底及ばないのだろう。
「夢見た愚者は涙した」
片方の魔法陣から羽が、もう片方から花びらが噴き出し、マスティディザイアを覆い隠す。
苦しいのか、マスティデザイアは咆哮を上げ、もがき苦しむ。
『オマエハナンノタメニタタカウ?』
咆哮が頭の中に響いてくる。
それはマスティディザイアの声だったのか、あるいは幻聴なのかは分からない。
何の為に……ね。
「そんなものは無いさ。俺にはね。戦えればそれで良い」
魔法陣が消え、羽と花が晴れると、そこには何も残っていなかった。
黒く染まっていた景色が晴れ、愚者から白魔導師に戻る。
そして、シミュレーションから現実に戻る。
俺のポッドの中には夥しい量の血が溜まっていた。
おそらく、シミュレーション中に起きたダメージがフィードバックしていたのだろう。
全く、魔女は面倒くさい事をしてくれる。
愚者の能力を解いたせいか、あれ程満ちていた魔力がほとんど無くなり、通常時の1割程度しか残っていない。
そこまでもフィードバックしなくてもいいと思うが、これではまともな回復も出来ない。
身体はまともに動かないし、視界も霞む。
何とかポッドの外に出ると、機材の整備などをしていた妖精は全員殺されており、誰も居ない。
まだ他の魔法少女たちは目覚めていないようだな。
『ハルナ。辛いのは分かるけど、一旦逃げるよ』
まあ、そうなるよな。
元々この新魔大戦が終わったら居なくなる気だったが、そんな悠長なことも言ってられない。
俺とマスティディザイアの戦いは世界中の人々に見られていた。
新人が覚醒とは違う力を使い、SS級の魔物を倒したのだ。
唯でさえ疎まれている俺だ。上の連中が何を言ってくるか分かったものではない。
最悪、魔女の仲間と糾弾される可能性もある。
一旦身を隠し、状況がどうなるか見極めた方が良いだろう。
(アクマ……頼んだ)
場所は俺とアクマが初めて会った公園で良いだろう。
あそこなら誰も来ないし、ベンチがある。
多少寒いが、休むには丁度良い。
「癒しよ」
なけなしの魔力を使って、怪我を治す。
流石に血に染まったローブを綺麗にする余裕は無いが、仕方ない。
俺の姿が転移によって消え始める。
そんな時、爆音が鳴り響き、シミュレーター室の扉が吹き飛んだ。
景色が変わる瞬間に、泣きそうなタラゴンさんの顔が、見えた気がした。
tips.アルカナと契約した魔法少女は、覚醒とは違うフォームになれるよ