(幕間)魔法少女たちのカラオケは血の香り
1万ポイント記念の感謝回です。本編とは一切関係ありません。
時間軸的には新魔大戦の前となります。
つまり、投稿が間に合わなかったのです!
その日の事は生涯忘れる事は無いだろう。
あれは冬が始まり、魔法少女に変身しなければ、外に出たくない寒い日だった。
――まあ、妖精界にはそこまで気温差は無いので、別に変身してなくても大丈夫だけどな。
「遊びにですか?」
学園でたまにある座学が終わり、帰ろうとしたらスイープに呼び止められた。
たまには一緒に遊ばないかとの誘いだ。
飯位なら構わないが、男の俺が少女に混ざって遊ぶのは、少々難易度が高い。
断ろうと思ったら、マリンが後ろから抱き着いてきた。
黒い長髪が鼻をくすぐり、むず痒くなる。
あの日以降マリンは妙に距離を詰めたり、くっ付いたりしてくる。
肉体的には問題無いが、精神的には結構ダメージがある。
振り払おうにも、俺の筋力では無理だ。
なので、無心でマリンという嵐が去るのを待つしかない。
「ねえ、たまには一緒に行きましょうよ。息抜きも大事でしょ?」
「うむ。わらわも今日は休みじゃから、行くなら付いて行くぞ!」
目の前にスイープ。後ろにマリン。右横にミカちゃんが現れ、包囲を形成していく。
「あっ折角なら私も良いですか?」
銀髪をポニーテールで纏めた、名前が特徴的な魔法少女。
ルーステッド・カリステン・ジ・アリスエル。通称エルが丁度空いてる左横に現れた。
彼女は俺やミカちゃんと同じく寮に住んでいる為、たまに食堂で会ったりしている。
年齢はミカちゃんと同じ12歳だが、身長は一番高い。
5センチでも良いから、分けてほしいものだ。
(どうする?)
『たまには良いんじゃない? これで断っても角が立つし、魔法少女とは言え、毎日毎日討伐ばかりじゃあ、怪しまれるかもしれないしね』
アクマも賛成派か……仕方ないが、今日は諦めるか。
「分かりました。今日は一緒に遊んであげますよ」
俺を囲っている4人は喜び、お互いにハイタッチをする。
そんなに俺と遊べて嬉しいもんかね?
ところでマリンさんや? もうそろそろ離れてくれませんかね?
「それで、何をするんですか?」
「やっぱカラオケっしょ! イニーの歌声を聞いてみたくない?」
――カラオケ……だと?
「せめて……」
「行きましょう!」
「ふむ。カラオケはあまり行った事がないのじゃが、たまには良いじゃろう」
「良いわね。私カラオケ好きなのよ」
ああ、無情かな、断るのは無理そうだ。
『ハルナって歌えるの?』
(歌えないことはないが、この身体で歌った事が無いから分からないな。前はどうだったんだ?)
『うーん。どうだったかな。もう数百年は経っているから分からないや』
――嘘だな。声が微妙に笑っている。
しかし、元の身体では可もなく不可もなくだったが、この身体はどうなんだろうな?
前の様に男性ボーカルを歌う事はできないだろう。
せめて10分で良いから声を確認できる時間が取れれば……。
「それじゃあ、このまま行っちゃおう!」
4人に引きずられ、妖精界にある、レジャー施設に連れて行かれる。
時間を考えれば結構混んで居てもおかしくないが、魔法少女コース的なもので、スムーズに入店する事が出来た。
その代わり料金は割増だが、俺やマリンはそれなりの額を稼いでいるので問題ない。
ミカちゃんも、この前C級の討伐の報酬でそれなりに懐が温かいと、言っていた覚えがある。
スイープとエルは若干苦い顔をしていたが、ちゃんとお金はあるようだ。
「202号室ね。それじゃあ、行くわよ!」
マリンに手を引かれるようにして、部屋に連れ込まれる。
おかしいな……普通なら立場が逆じゃないだろうか?
スイープが手早く全員分の飲み物を頼み、軽食を頼む。
そして、決断の時が訪れようとしていた。
「んじゃ、誰から歌う?」
「ここはわらわからいくのじゃ。大トリはイニーで良いじゃろう?」
ニヤリとミカちゃんは笑い、全員を見渡す。
大トリと言っても、どうせ何曲も歌うんだから、関係なくないか?
「良いじゃん。委員長とエルもそれで良い?」
「良いわよ」
「分かったわ。あっ、採点ありにして、一番点数が低かった人は罰ゲームとかどう?」
ただ歌うだけでいいと思われたカラオケで、エルが爆弾を放り投げる。
このままでは、一度も歌った事のない俺がビリになる確率が高い。
何とかして回避したいが……どうすれば良い?
「オーケー。 罰ゲームの内容はどうする?」
「1周ごとに、5位の人が、1位が指定したセリフをマイクで話すってどうかしら?」
「ふむ。それ位なら問題なさそうじゃな。ふふふ」
「今日はちょっと頑張っちゃおうかしら」
スイープとエルは普通だが、ミカちゃんとマリンが妙にやる気に満ち溢れている。
『因みに、裏技としてアクマちゃんが歌うなんて事も出来るよ。有料だけどね!』
(先ずは自分で歌ってみるとするさ。なに、女性ボーカルの歌も、それなりに歌えるはずだ)
まあ、声の出し方が全く違うので、歌ってみない事にはどうなるか分からない。
「では、一番タケミカヅチ。アリアンマンマーチを歌うのじゃ!」
一発目から中々パンチの効いた曲だな。
結構古いアニメの曲だが、誰もが一度は聴いたことがあるだろう。
だが、結構難しい曲だと思うんだが、点数は大丈夫なのか?
「うむ。スッキリしたのじゃ。点数は……89.9。まずまずじゃな」
満足げな表情で、ミカちゃんは座る。
90点を越えていないとは言え、普通に高得点だろう。
そもそも、今回の機種は90点を越えるのが結構難しいとネットで見た記憶がある。
「次は私ね」
委員長……じゃなくて、マリンがスッと立ち上がりマイクを構える。
選曲は昔一大ブームを巻き起こした同人のゲーム曲を、更にアレンジした曲で、イドエゴラブコールって曲だ。
しかし、この曲の歌詞はとてつもなく重い。
ついでにとても難しく、点数を取るどころか、まともに歌うのすら難しい。
なので、こちらを見ながら歌うのは止めてくれませんかね?
最高のラブコールとか、愛を刻みたいとか怖いんですけど?
「ふう。やっぱりこの曲は疲れるわね」
「えっ、ええそうね」
若干エルが引いているが、マリンはニコニコ顔をである。
「点数は……96.4点。流石委員長じゃん! 次は私ね」
スイープは部屋に置いてあるマイクスタンドにマイクをセットして、軽くストレッチをする。
選曲は――アニマか。
何かのアニメの曲だったと思うのが、歌い始めるとモニターにアニメ映像も流れたので、何なのかを思い出すことが出来た。
一応点数を競ってるはずだが、スイープは歌いながらマイクパフォーマンスをしたり、合いの手をねだったりと、楽しそうに歌う。
そして、とてつもなく上手い。何だが心に響いてくる。
「あーやりきったわ! 点数は……96.5か今のところ1位じゃん」
「0.1点で負けるなんて……まあ、まだ次があるから、1回目は諦めしかないわね」
「次は私ね! パパに歌姫と褒められた実力を見せてあげるわ!」
エルはドヤ顔で立ち上がり、マイクをくるりと回してから構える。
選曲は、うしろのネネコか。うん、とても和むな。
音程もあまり変化がなく、高得点を狙うなら良い選曲だ。
だが、カッコつけてから歌うにしては、何ともアンバランスに感じた。
「ふう。さて、点数は……93.6点か。とりあえずビリは回避できたわね」
「ぐぬぅ。しかし、まだイニーが居るのじゃ! ほれ、早く歌うのじゃ!」
ミカちゃんにマイクを渡され、ゆっくりと立ち上がる。
この緊張感は、初めて会社の面接に行った時の事を思い出すな。
人間ってのは、初めての事には恐怖することが多い。だが、その恐怖を乗り越えた先には、達成感が待っている。
もしも、もしもこの身体がちゃんと歌うことが出来ると言うのならば……。
男の時に歌えなかったこの曲を歌ってみたかった。
「there's a reason? どこかで見たことがある曲名ね」
「昔の映画の曲じゃなかったかしら?」
歌が始まり、最初の一音を外すが、そこから瞬時に声の出し方を変えて、音程を合わせる。
そして理解する。
この身体ののどはかなり調子が良い。
今歌っているこの曲は、音程の関係で、昔は歌えなかった曲だ。
後、聴いてるとサビで泣きそうになったりした。
となりに居る、誰かのためを思って進む、悲しい主人公の歌。
そして、ハッピーエンドは訪れない。
先程とは違い、4人とも静かに俺の歌を聴く。
『(あー。やっぱり、良いなー。昔に、あの頃に戻れたら……)』
かすかに、アクマが何か言っていたように感じたが、今は集中しているため、無視をする。
そして、歌い終えた。
「――御静聴ありがとうございました。点数は……96.4点ですか。ビリはミカちゃんみたいですね」
まさか、男だった時よりも高得点を出せるとは思わなかったな。
この調子ならビリにならなくて済みそうだ。
「ビリはわらわか……。しかし、心に響く良い曲だったのじゃ」
「まさか魔法少女としても一流で、歌も一流なんて……流石ね」
「はっ! そうね。1位はスイープになるけど、何を言わせるの?」
部屋が暗いせいで分かりにくいが、マリンの目が潤んでいる気がするが、気のせいだろうか?
「うーん。とりまミカっちと言えばあれかな?」
スイープはミカちゃんの耳に顔を近づけ、こそこそと話す。
ミカちゃんは嫌な顔をしながらマイクを持ち、マリンの方を見る。
「こほん。妹を私に下さい! ……のじゃ」
「駄目です。イニーは私のものです」
なーに馬鹿なこと言わせてるんですかね?
無表情のマリンと、恥ずかしそうにしているミカちゃんの漫才を見て、スイープとエルが笑う。
それと、俺は誰のものでもないからな?
1回目の罰ゲームが終わり、俺以外には完全にスイッチが入ったようだ。
再び一周して、1位は俺で、ビリはマリンとなった。
ミカちゃんが卑怯な手を使い、歌っているマリンを笑わせた結果、点数が下がってしまったのだ。
罰ゲームだが、何を言ってもらうかな。
「そうですね……」
マリンに耳打ちをする。
……もぞもぞと動かないでもらえますか?
「それってポーズも必要なの? うぅ……分かったわ。エル、ちょっとそこに立って」
エルはマリンに言われ、首を傾げながら壁を背にして立つ。そして、マリンがエルの前に立った。
マリンは右腕を上げ、エルの肩当たりの壁に叩きつける。
エルが小さく悲鳴を上げた。
「私と付き合いなさい」
「はっ、はい!」
ほのかに頬を赤く染め、エルは返事をした。
「これは一体なんじゃ?」
「壁ドンと呼ばれるものです。一度生で見たかったんです」
マリンがやると、中々迫力があるな。
「こっ、これは罰ゲームだから、気にしないでね」
「……うん」
若干変な空気がマリンとエルの間に漂うが、直ぐに次に移る。
1周するたびに、徐々に内容が過激なものになったり、ネタに走ったりしながらも、カラオケを楽しむ。
ミカちゃんの、のじゃロリババアのマネは中々に良かったな。
エルのママでちゅよーは結構様になっていた。まあ、やられてるスイープは無表情だったがな。
運が良い事に一度もビリを取ることなく、とうとう最後の周に入る。
(声を出すってのは、何やかんや良いものだな)
『そうだね(でも、それだとつまらないな……よし)』
最後の周はミカちゃんが恋月歌を歌い、97.5点。悲しい恋の歌だが、中々様になっていた。
マリンはオシオンのアレンジを歌い、98.1点。とあるアニメのエンディング曲だが、アップテンポのアレンジになっている。
低音と高音の差が結構あるのだが、とてつもなく上手かった。
スイープは夜を越えてと言う、アニメの映画版で流れた曲を熱唱した。点数は96.9点とこれまた高得点となっている。
エルは崖の上のピピを歌い、97.0点。エルはとある系列の歌ばかりを歌っていたので、どういう趣味なのかがよく分かった。
さて、最後は何を歌うかな……そうだな、あれを歌ってみるか。
曲名はリテア。昔やっていた、魔法少女のアニメのOPだ。
少々俺のイメージと違うかもしれないが、折角なので、歌ってみる事にした。
だが、ある意味、今の魔法少女と重なる部分がある曲だ。
曲が始まり、歌い出す。
信じるだけで、叶えられる。また会いましょう、約束だから。
そんな歌詞が出てくる曲だ。
特にミスをする事なく、Aメロとサビが終わり、Bメロに入って行く。
『(よし今だ!)』
最後のサビに入る所で、妙に鼻がムズムズとしてきた。
「へくちゅ!」
大きなくしゃみが出て、結構の量の音程を外してしまう。
最後の最後でくしゃみが出るとは……運が悪いな。何か、アクマの声が一瞬聞こえた気がしたが、気のせいだろうか?
そして曲が終わり、点数が表示されるまで少しの間が空く。
「これは、分からなくなってきたのじゃ……」
「初めてイニーが負ける可能性もあるわね」
「点数は――96.5点!」
「しっゃ! 勝った!」
そうか……負けたか。いや、一度くらいは負けた方が、付き合いとしては正解なのかもな。
しかし、何で急にくしゃみが出たんだ?
「1位は先輩ですか。何を話せば良いですか?」
最後の1位はマリンであり、点数が出た時にガッツポーズをしていた。ついでに、他の3人もかなりテンションが上がっていた。
「そうね~。ちょっと待ってね」
マリンは俺以外の3人を呼び、何やら話し始めた。
話しがついたのか、紙とペンを取り出して、何かを書きだした。
紙を渡されると、色々とセリフが書いてあった。
「――この中から選べと?」
「1回しか負けなかったし、折角だからみんなで考える事にしたの。後はイニーが選んでくれれば良いわ」
選べと言われても、まともなのがないのですが……。
『上から4番目が良いな~』
(良いな~じゃねぇよ。嫌だよ)
紙から目を外し、チラリとマリン達を見る。
期待の籠った眼が精神にダメージを与えてくる。
いっその事、出来る限り感情を込めて読んでやるか?
マイクの電源を入れて、口元に持ってくる。
「――私の事を、愛してくれますか?」
俺の出せる全力で、それらしい声を出す。
――一瞬の静寂の後、4人が鼻血を出しながら倒れたり、膝を着いたりする。
「これは、中々凄いわね……録音しておけば良かったわ…………ガク」
「辛いのじゃ。胸が辛いのじゃ」
「ちょ、マジムリ死ぬ」
「何かに目覚めそう……」
何だか凄い絵面だが、大丈夫か?
『あまり自覚してないけど、ハルナって眼以外は美人なんだからね?』
(せやかて、一応同性だろ? よく分からんな……)
「癒しを」
流石に鼻血を垂れ流したままではいけないので、治しておく。
「ねえイニー。もう一回、もう一回だけお願いできない?」
「嫌です。それに、これで終わりにする約束でしょう? さあ、帰らないと明日に響きますよ」
マリンや他の3人の雰囲気が少々不穏になってきたので、早く部屋から出る様に発破をかける。
ついでに、鼻血で汚れた床も綺麗にしておく。
基本的に魔法の使用は禁止されてるが、これ位は良いだろう。
面白かったが、最後の最後で血の雨が降るとは思わなかったな……。
しかし帰る途中で急にマリンが鼻血を再び出したり、妙にエルが距離を詰めてきたりと、心も身体も全く休まらない、放課後のカラオケだった。
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『(念のために録音しといて良かったけど、これは中々に破壊力があるね。タイミングを見て掲示板に投下しようかな?)』
(何か言ったか?)
『何も。それより、よくまともに歌えたね。昔はかなりの音痴だったんだよ』
(なら、素材は良かったけど、本人が駄目なパターンだったんだろうな。俺としてもちゃんと歌えて良かったよ)
これで低い得点ばかり取って罰ゲームを何度も受けていたら、もしかしたら部屋は血の海に沈んでいたかもしれない。
詠唱も歌みたいなものだし、練習の代わりになっていたのだろうか?
『ただ、声が良いとエルメスが騒ぎそうだから、もしも会うことがあったら、エルメスの前では歌わないでね』
(よく分からないが、了解)
残り4人のアルカナか……。
とりあえず、今日は疲れたから帰って寝よう。
tips.スイープは焼きそばパンが大好きだよ