絶望と悲しみの中に芽生える、憎悪と想い
ちょっとした幕間となります。とある魔法少女の過去の出来事。そして、始まりの物語になります。
元々カクヨムに投稿していたモノになりますので、既読している方は無視して下さい。
表沙汰には決してならず、しかし世界各地で行われている非人道的な実験。
魔物という脅威を打ち払うべくと大義名分を掲げ、万では済まない犠牲の上に積み重なった様々な仮説と、求める答え。
「158番と199番は順調だが、他は駄目そうだな。どうする?」
「規約通りさっさと処分を……いや、あいつに喰わせるか。絶望させるには丁度良いだろう」
マッドサイエンティスト。或いは狂信者と呼ばれる狂った者達が行うのは、究極の魔法少女を作る実験だ。
魔法で治せる事を良い事に行われる、拷問と呼ぶのも生温い、実験の数々。
必要が無くなれば、ボロ雑巾以下の価値となる。
「この薬は効果無しか……おい。202番を魔物と戦わせろ。食われたら158番に倒させろ」
「やだ! しにだぐない! しにだぐないの!」
薬の影響か、呂律も回らない少女を、白衣を着た男は担ぎ、魔物を飼育している檻に放り込む。
鉄の檻に悲鳴が反響するも、それを気にするような人間はここにはいない。
少女が居た証は、僅かな血として地面を濡らすだけだった。
ここは施設と呼ばれる、命が空気よりも軽く扱われ、魔法少女が花と同じく、容易く手折られる場所。
「あんた、まだ生きてるんだ」
「それはお互い様だろう?」
魔法少女収容区域にある一室に、研究員からは158番と199番と呼ばれる、二人の少女の姿があった。
お互いに髪の色は抜け落ち、少女が本来持っていて当たり前の輝かしさは、疾うの昔に消え失せていた。
「158番はまた可哀そうな魔法少女の破棄かい」
「……あんたは壊れた魔法少女の治療?」
199番の言葉にイラっとした158番は、同じく嫌味のように聞き返す。
「ああ。殺してくれと頼む彼女らを、いつも通り完璧に治したよ」
ニヒル……煤けた様に199番は笑い、部屋にあるボロいベッドへと寝っ転がる。
魔法少女ならば、一般人に勝つ事は造作もない。
だが施設には対魔法少女用の武器があり、幼い彼女らでは簡単に制圧されてしまう。
仮に施設の研究者を殺せたとしても、何所とも分からない場所から逃げて生きられる確証もない。
「……私達は一体どうなるのかしらね」
158番はベッドに寝っ転がり、199番を見ながら不安を零す。
彼女達の番号は、この施設で生まれ、魔法少女となった順番である。
番号の数倍の赤子が生まれ、魔法少女になれない者は何も与えられず処分される。
魔法少女となり番号を与えられても、望まれる結果を出せなければ、餌にされたり薬の実験台にされて無残な最期が待っている。
「私には分からないさ。けど、このまま終わらせるつもりは無い。それは158番もだろう?」
「……」
番号を貰った魔法少女達は、大きく分けて二種類に分類される。
生きることを諦め、研究者へ従順になるか、暗い感情を胸に押し込め、復讐の機会を虎視眈々と狙う者だ。
158番は類い稀なる魔法である、次元魔法が使え、様々な薬や実験に耐え抜いて生き残って来た。
命乞いをする魔法少女を殺し、魔法少女を食べた魔物を殺し。
未来を託してくれた魔法少女を殺し……。
湧き上がるのは全てに対する憎悪と、どうしようもない自分への悲歎だけだ。
そんな彼女の下に来たのが、199番だった。
199番は158番とは違い、戦闘能力が全くない代わりに回復魔法が使えた。
その腕前は徐々に強化されていき、今は四肢の骨折なども容易く治すことが出来る。
だがそこに至るまでは158番と同じく、夥しい数の魔法少女やただの少女を手に掛けて来た。
そして、その数と同じくらい治してきた。
「まあこのまま此処に居れば私は遠くない未来、君に殺される事となる。その前には行動をしないとだね」
「――どういう事?」
衝撃的な言葉にベッドから起き上がった158番は、199番を睨みつける。
「おや? 私より長く生きているのに、何も知らないのかい?」
あざ笑うでも、馬鹿にするでもなく、199番はただ不思議そうに158番を見た。
「いいから話してよ。どういう事なの?」
「研究者達が何の研究をしているか、それ位は知っているだろう?」
「魔法少女を作る研究よね。それで?」
「正確には、少し違うんだが……どうせ暇だし、教えて上げよう」
199番は従順なふりをして研究者に近づき、研究の手伝いをしながら、資料を盗み見ていた。
そしてこの悍ましい実験の行く末を、求める結果を知る事となった。
「究極の……魔法少女?」
話を聞かされた158番は、最後に訪れる結果を聞いて狼狽した。
「ああ。仕上がった君に、仕上がった私を喰わせる。今はその前段階って訳さ。まっ、158番にとってはいつもの事だろう?」
この時、199番は研究者達の計画について、一部を158番に教えなかった。
158番と199番が、どうして相部屋にされたか。その――理由を。
「そんな……そんなのを作るために、これだけの命を犠牲にしてるって言うの?」
「究極の魔法少女自体に価値はあるさ。戦うことが出来て、自分で治す事が出来るならば、戦術的価値は計り知れない。魔物なんて脅威が居るのだからな」
魔法少女とは魔法なんて奇跡を使える割に、制約が多い。
魔力はガソリンのように入れれば回復するわけではなく、自然回復しかせず、使える能力も融通が利かないモノの方が多い。
強化フォームと呼ばれる、不条理を覆す方法もあるが、強化フォームになれるのは極一部の魔法少女だけだ。
そんな解明されていない強化フォームになれる魔法少女を作るよりも、もっと簡単に魔法少女を作る方法がある。
それが、継承と呼ばれる行為だ。
確率は低いが、施設でならば幾らでも試すことが出来る。
弱い魔法少女の継承も、数が増えればそれなりに意味を成す。
「……行動を起こすって言ったけど、どうするつもりなの?」
「どうしたものかね。君と違って、私は戦うなんて事は出来ないからね」
「あんたは!」
揶揄う様に笑う199番に対して、158番は感情を爆発させる。
158番にとって199番は嫌いな相手であると同時に、苦楽を共にしてきた唯一の魔法少女である。
殺したくなんてないし、出来るならばこれからも一緒に過ごしたい。
そうなるように仕向けられているとは知らずに、158番はそう思ってしまっていた。
悲鳴や魔物の鳴き声が響く施設の、何気ない日常の一幕。
その日常は、199番が作戦を決行したことで、終わりを迎える事となる。
1
199番から衝撃的な話を聞いてから半年程経ったとある日、158番は研究者に命令されて魔物と戦っていた。
希有な魔法が使える158番にとって、その魔物は相手ではなかった。
158番が研究者に言われるがまま戦っていると、突如爆発音が響き、異常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
「何が起きた!」
「魔物を管理している地区で爆発が起きたそうです! それと、居住区でも異変が起きているようです!」
研究者達のやり取りを聞いていた158番は、昨日の夜199番に言われた事を思い出していた。
「そうだ158番。明日だけど、支給される食糧や水は口に入れない方が良いよ」
「どういう事?」
「さあね。それじゃあ、お休み」
どうして突然そんな事を言って来たのか不思議に思ったが、珍しい199番の忠告に、158番は従った。
何故199番がそんな事を言ったのかは、直ぐに分かった。
「158番! 直ぐに爆発現場に……くっ、急に眩暈が……直ぐに向かえ」
研究員の数名が頭を押さえ始めたのだ。
間違いなく、199番が何かをしたのだろう。
これがおそらく言っていた作戦なのだろうが、せめて何をするかちゃんと言ってくれればと愚痴りたいが、周りに居る研究員達から不審に思われては199番の邪魔になってしまう。
「分かりました」
感情の乗らない返事をして、158番は走り出した。
施設内は魔物の鳴き声があちこちから聞こえ、阿鼻叫喚と化していた。
襲い掛かってくる魔物を倒しながら進むが、158番は違和感を感じていた。
こんな時のために魔法少女が居る筈なのだが、誰一人として見当たらないのだ。
「酷い有様……けど……」
この惨状を作り出したのは、199番で間違いないのだろう。
「お前は158番か……奥の方で199番が魔物と戦っている。直ぐに向かえ!」
「えっ! 分かりました!」
壁に寄り掛かり、血を流している研究員に呼び止められるが、199番が危ないと聞かされて、急いで魔物地区と呼ばれる施設の奥の方に向かい始めた。
199番は回復魔法が使えるが、それ以外はからっきしなのだ。
急がなければ、死んでしまうかもしれない。
焦りが募る中、見えてきたのは199番の背中だった。
魔物は存在せず、服を赤く染めた199番が振り返った。
「やあ。やっぱり来たようだね」
「作戦ってこれの事だったの? こんな事して一体どうするつもり?」
今は魔物が暴れているが、他の魔法少女や魔物用の武器を使えば沈静化するだろう。
「なに。全て壊すだけさ。安心したまえ。既に私達以外の魔法少女は残っていないし、屑共の有様は見て来ただろう?」
ここに来るまで多くの研究員は負傷しており、中には外傷もなく倒れている者も居た。
どれだけの毒を用いたのか分からないが、魔法少女が居ないならば、魔物の餌となる可能性が高い。
このまま行けば、施設は機能不全に陥るかもしれないが、158番は199番が言った言葉の中で、聞き捨てならないものがあった。
「――私達以外の魔法少女が居ないって、どういう事?」
「全員殺したよ。不穏分子にしかならないし、敵対されても困るからね」
「なんで! なんで! 殺したのよ! 態々殺さなくたって……」
158番は沢山の魔法少女を殺してきたが、殺したくて殺した事は一度も無い。
助けられるならば助けたかったし、それは199番も同じだと思っていた。
なのに199番は馬鹿でも見る様な目で158番を見て、首を振った。
「言っただろう。全てを壊すってね。私はね、嫌いだとか憎いとかじゃなく、壊してしまいたいんだ。この腐りきった世界をね」
「だからって!」
「勿論不可能に近い事なのは分かっている。それでも……だからこそ、こんな腐った世界を終わらせてしまいたいんだ。――しかし、私は臆病でね」
「えっ」
199番が手を振ると、158番の背後にあったビットからレーザーが放たれ、身体を貫いた。
赤い血がジワリと広がり、158番は手に持っていた剣を落としてしまった。
誰が? 何故?
「戦う力が無いと言ったが、あれは嘘だよ。研究員の目を誤魔化すのには苦労したよ」
「どう……して?」
致命傷ではないが、魔法少女の状態でも放っておけば命に関わるだろう。
穴のあいたお腹を押さえながら、158番はただ199番に理由を問いかけた。
仲間だと思っていたのは、自分だけなのだろうか? どうしてこんな事をしたのか?
様々な感情がぐちゃぐちゃになりながら、ゆっくりと158番は倒れた。
「運が良ければ助かるだろう。そして生き残ったならば、君の思う未来を探したまえ。君には、その権利と義務がある」
158番を見下ろす199番の目は、相も変わらず冷たいままだ。
今ならば、まだ199番を止めることが出来るかもしれない。
しかし158番は何もすることが出来ず、倒れたまま動けなかった。
「ああ、最後に一つ伝え忘れた事があった」
158番が来た方に歩き出した199番は、途中で足を止めた。
「気に入るか分からないが、君の名前を考えていたんだ。良かったら貰ってくれないか?」
「奇遇……ね。私も考えていたのよ。いつかの……未来のために」
奇しくも、158番と199番は同じ考えを持っていた。
魔法少女には、本人を象徴する名前が不可欠なのだ。
なのに番号呼びなんて味気ない。
199番は口角を上げ、158番は脂汗を流しながらも笑って見せた。
「君の名は……」
「あんたの名は……」
互いに名前を付けあった後、199番は去り、158番は気を失ってしまった。
2
それからどれ位の時間が経ったか分からないが、158番は目を覚ました。
158番に開けられた身体の穴は塞がり、起き上がると黒いローブを纏った何かが居た。
「目が覚めたのね。結構大変な事になっていたみたいだけど、よく生き残れたわね」
「……此処に居たのは全員死んだの?」
「私が来た時には、全身死んでいたわ。研究員も魔物も。魔法少女も赤ん坊も。全員ね」
「そう……」
158番は199番が有言実行した事に、絶望した。
そして生き残ってしまった事に、怒りが沸いてきた。
「ふーん。中々濃いわね。憎い相手でもいるのかしら?」
「――居るわ。いえ、今はまだ分からないわ」
199番とは違うが、158番も世界が憎い。
過程は違うとしても、158番も世界など無くなってしまえば良いと思っている。
199番がこれまで話していたことを思い出しながら、158番は自分がやりたい事を再確認した。
「そう。なら、うちに来る? 世界を滅ぼすための組織なんだけど、貴女の様に憎しみに染まった子は歓迎するわよ」
「――付いてくわ。此処に居ても、私には何も出来ないもの……」
まさかの誘いに、158番は動揺しながらも直ぐに返事を返した。相手がどこの誰か分からないが、158番にとっては都合が良い。
「良い返事ね。名前とかあるかしら? ここって基本番号呼びだし、無いなら付けてあげるわよ」
「いいえ。あるわ」
黒いフードはまさかの返事に笑みを浮かべ、ジッと158番を見つめた。
なんて名前なのか、その口から聞くために。
「ロックヴェルト。魔法少女ロックヴェルトよ。魔法少女ジャンヌが付けた、これが――私の名前よ」
これはこの世界で本当にあった、施設での一幕。
幾多の魔法少女を喰らった、魔法少女ロックヴェルトと魔法少女ジャンヌの始まりの物語。
そして道を違えたジャンヌを殺そうとする、ロックヴェルトの復讐の始まりでもあり、表には決して出すことの出来ない、ジャンヌの隠された過去。
魔女はただ笑うのだった。