魔法少女達と戦いの終わりに
※お知らせ:7月14日の投稿で最後となります。最終日は2話投稿しますので注意してください。
楓と星喰いの戦いは楓が思っていた以上に、苦戦を強いられていた。
外殻の時は互いに出力の高い魔法の押し付け合いだったので、多少時間が掛かったが眷属諸共葬る事が出来た。
問題はその後の、内殻との戦いだった。
数百メートルある甲虫の様な殻が剥がれ落ち、中から現れたのはアクマが内殻と呼んだ存在だった。
その場からほとんど動く事の出来ない外殻と違い、内殻は動く事ができ、自らの手で楓を殺そうと動き出す。
そして充満していた魔力が濃くなり、楓側は放出系統の魔法が使えなくなってしまった。
ブレードの能力やリリウムナイトの能力を巧みに切り替え、内殻と戦うが、楓の方が不利だった。
それでも徐々に内殻を押し返し、互角の戦いまでもっていく事が出来た。
問題は、結界の中に充満している魔力だ。
時間が経つにつれて楓は自分が不調になっているのを感じ始めた。
(あまり時間は掛けられませんが……流石に手強いですね)
楓側は接近戦だけを強いられているが、星喰い側は様々な魔法を併用してくる。
楓の長所は様々な魔法や能力を使い分け、同時に使う事にあるのだがそれを封じられているので、どうしても火力が落ちしてしまう。
勝てるには勝てるだろうが、この後の事を考えるとどうしても焦りが生まれてしまう。
そんな時だった。
汚染魔力により感じていた不快感が消え去り、上空に人影が見えたのだ。
今楓が居るのは妖精女王が張った特別な結界の中だ。
楓すら簡単には侵入できず、ブレードですら面倒だと諦めたほどだ。
そんな結界に侵入できる人物は……ふたりの内、どちらかだろう。
その人物は瞬時に楓の前に現れると、星喰いを真っ二つにしてしまった。
背中には所々黒く染まった白い翼が生え、肌のあちこちがボロボロと崩れ落ちては修復している。
見覚えは無いが、今にも息絶えてしまいそうな魔法少女……。
「楓さん。魔女の方は終わりました。なので、後の事はお願いします」
「イニー……なの? ――待って!」
声を聞き、誰だか察したが、その魔法少女……イニーは身体を修復している星喰いを剣で貫いた後、姿を消してしまった。
星喰いの死によって撒き散らされる魔力は四散してしまい、呆然としている楓だけが残された。
『……終わったの?』
「はい。イニーが……やってくれました」
『そうなのね。他の結界で魔物が次々と消えているわ。余裕があるなら、地球の方を見てきた方が良いかもね』
「そうですね……報告も……しておいた方が良さそうですし」
楓の眼には、イニーが星喰いと共に死んだように見えた。
どんな手を使ったとしても、星喰いの魔力をどうにかして生き残れるはずはないのだ。
残された者として、この事を関係者。特にタラゴンには報告しなければならない。
戦いは終わり、イニーが死んだ事を。
1
魔女と星喰いが死んだ事により、妖精界と地球に押し寄せていた魔物は、自然発生していたものを残して消えて行った。
何故この様な事態になったかを知っている者は少ない。
だが、一部のモノは誰が犯人なのかを知っている。
「おや? もうしまいかい」
「やっと……ですか」
ブレードは戦おうとしていた魔物が消えてしまい、溜息を吐く。
そのブレードに連れまわされていたマリンは足から力が抜け、倒れこんでしまった。
「しかし、この短時間で随分と戦えるようになったね。タケミカヅチの方も良い線いってたが、若い世代も捨てたもんじゃないな」
「まだブレードさんも、若いと思うのですが?」
ブレードは今年で24歳になるが、若いかどうかは人次第だろう。
ただ、魔法少女としては残された時間は多くない。
そんな調子で休んでいると、マリンの身体に悪寒が走った。
何か、起きてはいけない事が起きた。
今直ぐに動かなければ後悔する。
そんな気がした。
「おい、どうした?」
マリンはブレードの声を無視して走り出した。
どこに向かえば良いのかは分からない。
けれど、居ても立っても居られなかった。
彼女の向かう先は……。
2
「……終わった……のね」
スターネイルは左腕を抑えながら、壁により掛った。
シェルターを守るため、単身SS級の魔物達と戦っていたスターネイルは、正に満身創痍だった。
タラゴンやブレードに比べれば、倒した数はそう多くない。
だが、守った人の数だけならば、スターネイルも並べる程だった。
「……あれ?」
スターネイルは何か大事な事を忘れてしまった感覚に陥った。
今の自分を形成するために必要だった、罪の記憶。
それが、スターネイルの中から無くなった。
「なみ……だ?」
理由も分からず流れる涙に、スターネイルは困惑した。
戦いに勝ち、生き残った筈なのに悲しくてしかたがない。
地面に座ったスターネイルは、何かを思い出そうと必死だった。
思い出さなければ、独りになってしまう。そんな気がしていた。
3
黒い渦から出た先。そこは妖精界にある墓地の一角。
俺の姉だった存在が眠る場所だ。
代償を捧げた結果、姉に弟は居なかった事になっている。
歴史の修正がどうなるかは分からないが、人の記憶にはそうなっているはずだ。
『……お疲れ様』
(馬鹿言え。これからが始まりだろう?)
姉の墓に寄っかかり、目を閉じる。
変身を解かなければもう少し持つが、解いた瞬間に死ぬだろう。
1年にも満たない、長いようで短い魔女との戦い。
あれだけ大口を叩いていたのに、結果はこの様だ。
勝つには勝ったが、俺ももう直ぐ死ぬ。
偽史郎が何を考えているか知らないが、俺の戦いはこれで終わりなのだろう。
身体も魂も、助かる事は無い。
だが、少し位強がっても良いだろう。
(色々とあったが、初めて勝ってやったぞ)
『うん……うん』
『私はこのまま史郎と死ぬです。でも、アクマは次に行くのです。今回勝てたのならば、次もあるのです』
『やだ! 私は……私はただ一緒に生きたかっただけなんだ! 戦いなんて……もう……嫌なんだよ……』
淡々と語るエルメスと違い、アクマは泣いているのだろう。
ソラの身体をこうしてしまったのは悪いと思うが、俺の為にも、アクマの為にも魔女とは戦わなければならなかった。
(済まなかったな。こんな終わり方になってしまって。お前の身体なのに、何度もボロボロにしてしまった)
『気にしてないわ。どうせ死んだ人間だもの。短い間だったけど、それなりに楽しめたわ』
(そうかい。そいつは良かった)
段々と意識が遠のき始めた。
楽しい戦いの日々だったな……。
そろそろ、眠るとするか。
「イニー!」
…………この声はマリンか。よく間に合ったものだ。時間的余裕はほとんど無かったというのに。
だが、間に合ったからと言って何か変わるわけでもない。
もう……終わるのだから。
「私の事は忘れなさい。それが、あなたたちのた……」
何かが頬に触れた瞬間に、俺の全てが崩れ去った。
一勝何敗だか分からないが、俺も……アクマも勝ったのだ。
――初めて、勝てたのだ。
4
「そんな……どうして……」
心が命ずるまま墓地に来たマリンは、墓石に寄っかかっているイニーを見つけた。
見た目はイニーと全く違うが、それがイニーだとマリンには理解できた。
しかし……。
「私の事は忘れなさい。それが、あなたたちのた……」
マリンがイニーに触れようとした瞬間、イニーは灰となって消えてしまった。
まだこれからがあると…………平和な日常が来ると思っていた。
けれどマリンが一番一緒に居て欲しかった人は……マリンの目の前で消えてしまった。
死に目に間に合った……そんな事よりも、生きていて欲しかった。
マリンは両目から溢れる涙を抑える事が出来ず、両膝をついて叫んだ。
その叫びは、墓地に悲しく響くだけだった。
誰も……此処には居ないのだ。
5
イニーと楓の尽力により、世界を脅かす脅威は居なくなった。
魔物が居なくなることは無いが、魔女が行動していた約半年間に比べれば微々たるものだろう。
そして、その半年間の間活躍をした魔法少女。イニーフリューリング。
流星の様に現れ、流れ星の様に散ったひとりの少女。
非合法な存在で造られた魔法少女と世間では認知されており、いつ死んだのかを正確に知っている者はほとんど居ない。
一年間……常に戦い続けた彼女の記録は、公式サイトに残るのみだ。
彼女に助けられた人たちはせめてお参りでもと思うが、彼女の墓が作られることはない。
いつの日か彼女の死も忘れられ、世界は再び争いあう日を迎えるのだろう。
だが、今だけは……今だけは、きっと平和と呼べる状態なのかもしれない。
5
ひとしきり泣いたマリンは腫れた目元を拭い、立ち上がった。
イニーの死を看取った者として、やるべき事を成すために。
世界が突如消えた魔物に困惑している中、マリンはある魔法少女を探した。
「居た」
あちこち捜し回り、目的の人物を東京魔法局の一角で見つけた。
マリンが探していた人物……タラゴンは真剣な顔で楓と話していた。
割り込むのは悪いと思いながらも、居ても立って居られなかったマリンは近づいて行った。
「すみません」
「うん? あんたはマリンだったわね。どうしたの?」
「イニーの事でお話が……」
「っ!」
マリンの言葉にタラゴンよりも楓が反応した。
楓の脳裏にもしかして生きていたのかと、淡い期待が過ったのだ。
そんな楓とは違い、タラゴンは落ち着いたものだった。
こうなる事は、家でイニーと別れた時に気づいていた。
あの約束が嘘だと、分かっていたのだ。
「話って?」
「妖精界にある墓地で……私の目の前で……イニーは死にま……した」
マリンは再び込み上げてくる涙を我慢しながら言い切った。
これだけは、イニーの保護者であるタラゴンにちゃんと伝えたかったから。
「そう……何か言ってたかしら?」
楓は落胆の色を隠すように顔を逸らし、タラゴンは、やっぱりと思いながらも平然を装う。
「――私の事を、忘れろと」
タラゴンの足下が、大きな音を立てて陥没した。
溢れ出た怒気を瞬時に納め、一度深呼吸をする。
「あの馬鹿は……。教えてくれてありがとうね。あんたは少し休んでなさい。そんな顔じゃあ周りが心配するだけだからね」
「……はい」
「タラゴンさん……」
タラゴンの内心を思い、楓は顔を少し曇らせた。
魔女と星喰いとの戦い。
どちらかが犠牲にならなければ、勝つことが出来ない戦いだった。
自分が犠牲になれば……。
そんなことを楓はタラゴンに言ったのだが、タラゴンにはどちらも代えが利かない存在だと論された。
戦いは終わり平和が訪れた筈なのに、イニーの死がもたらした暗い影は広がる一方だった。
イニーの存在は、本人が思うよりも大きいものだった。
6
「あははは! やりおったわ! 本当にやり遂げてしもうた!」
地球上でありながら、地球のどこでもない場所。
そこで何者かが笑っていた。
「しかし、最後のあれは私たちにすら届き得る一撃であったが、それを加味しても正に奇跡と呼べる偉業であった」
笑い疲れ、寛ぎながら何者かは思案する。
「約束は……契約は守られた。ならば、私もただ見送るのは忍びない……な」
何者かは一枚の紙を取り出し、スラスラと書いた後にどこかへと送った。
意味があるかもしれないし、無いかもしれない。
けれど、契約の対価を払わなければ気が済まなかった。
「払った代償も、意味があったのならば返してやるかのう」
何者か……地球に宿る神。或いは世界の意思と呼ばれる存在は、思いもしなかった結果に、少し位ならルールを曲げても良いだろうと考える。
その結果自分に罰が下るとしても、死ぬ程ではない。
「ありがとう。イニーフリューリング」
神はただ、感謝した。
tips.お疲れ。そして、ありがとう




