魔法少女とラストバトル
「そうですね。ひとりの感情などたかが知れています。ですが、約20年もの間、感情が煮詰められていたとしたらどうですか? そして魔法少女になったことで爆発したとしたら?」
「――もしかして恋人!」
ご名答。魔女側からしたら一体いつ現れたか分からないアルカナ。エルメス。
誰も予想することは出来ず、仲間であるアクマすら驚いていた。
「そうです。どうやら死んだ魔法少女。まあ、私の姉なのですが、どうやらエルメスと契約はせず一緒に居たみたいです。そのエルメスが私に巣食い、自殺行為をしないように調整していたのです。煮詰められた感情は、私が魔法少女となったことで自我を持ち……」
第二形態に変身し、ロックヴェルトを見据える。
動揺を隠そうとしているみたいだが、あまりにも荒唐無稽のため理解が追い付いていないのだろう。
「ただ魔法少女を殺せればそれで良い――化け物が産まれたのです」
「なら!」
「あなたの言いたいことは理解していますわ。けれど、魔女とは相容れないのです。魔女は終わらせたいみたいですが、私は続けたいのです」
アクマに黙っていた俺の本音。
本質的には、魔女より酷いものなのかも知れない。
けれど人間なんてそんなものだろう。
まあ、時間稼ぎとしてはこれで大丈夫だろう。
ロックヴェルトが何もしないでくれて良かった。
(アクマ)
『これだけ時間を稼いでくれれば十分だよ。ちょっと無視できない話ではあったけど、解析は終わったよ』
アルカナふたり分の処理能力を持つアクマがいれば、魔女の魔法以外ならば解析が出来る。
それが現実離れしている空間魔法であっても、術者であるロックヴェルトが居れば繋がっている先を知ることも出来る。
ロックヴェルトが本当に命を懸けて俺を止めようと動いたなら。これだけの短時間で解析は出来なかっただろう。
「さて、それではお答えしますわ。私の正体は無残にも姉を殺され、アルカナに取り付かれ、人生を狂わされたちっぽけな一般人……ってところですわね。まあ、少々不運が重なりましたが」
「それだけの憂いを受けながら、何故そっちに居られる! 何故奪おうとしない! 何故何も感じないでいられる! 憎いのだろう? 殺そうとしたのだろう?」
「大人になれば妥協を覚えるものですよ。それに、当事者は憎いですが、それ以外はそれ以外です。さて、時間稼ぎはここまでです」
白魔導師に戻り、ロックヴェルトの魔法をアクマが乗っ取る。
勝手に黒い渦が現れたことにロックヴェルトは驚くが、こんな事を出来る魔法少女はいないのだから、対策など立てられるわけがない。
まあ、ここでロックヴェルトを殺すと魔法が乱れるので、ロックヴェルトの事は他の誰かに任せるとしよう。
「なっ!」
「おそらくもう会う事はないでしょうが、私のことは内密にお願いしますね」
驚きながら追おうとしてくるロックヴェルトを無視して再び黒い渦に入ると、晴天が広がる草原に出た。
そこでは魔女が椅子に座り、優雅に何かを飲んでいた。
(此処は?)
『結界の中……みたいだけど、それ以外は分からないね』
「ようやく来たのね。会うのは二度目だったかしら?」
先手……は止めた方が良いだろう。
俺の勘がそう囁く。
「さっきのを含めたら三度目ですね。胸糞悪いプレゼントをありがとうございます」
「良いのよ。ちょっと苦労したけど、楽しんでくれたのなら良かったわ」
魔女は持っていたカップを消して立ち上がった。
「さてと、私の正体は分かったかしら?」
「あれだけのヒントを貰えたのなら馬鹿でも分かりますよ……楓さん」
「ふふ。正解よ」
魔女がフードを捲ると、見慣れた顔が現れた。
だが、その眼は酷く濁っており、精気を感じない。
吸い込まれる……いや、揺さぶられるような狂気を感じる。
魔女の正体についてだが、アクマからこの世界の楓さんでは、魔女に勝つのは無理だと聞いた辺りから薄々気付いていた。
なにより、堕ちたからとこれ程まで、大それた事が出来るものは他に居ない。
他の世界になら居るかもしれないが、魔女が見せた魔法を考察すれば、楓さんの可能性が浮上した。
「あなたも顔を見せてくれないかしら?」
……魔女と同じくフードを捲ると、いつの間にか魔女は目の前に移動し、俺の目を覗き込んでいた。
顎に手を添えられ、顔を動かすことは出来ない。
微かに魔法の反応を感じたが、反応出来なかった……。
「憎しみに殺意。嫉妬に嫌悪。私よりも酷いようね。それなのに、世界の在り方を定とするの?」
「世界の事なんてどうでも良いんですよ。あなたが居るから、私は敵に回った。それ以上でも以下でもないですよ」
「なるほどね。私を滅ぼすことが出来たらどうするのかしら?」
「その時になってみなければ分かりませんが、私があなたになるのかも知れませんね」
魔女が存在する限り、戦う相手に困ることはない。
だが、もしも魔女の本体を倒した時に俺がフユネに乗っ取られれば、新たな魔女の出来上がりである。
「そう。変わった子ね。今の状態なら私が簡単に殺せるんだけど……お互い本気の方が楽しいわよね?」
「果たしてそうですかね?」
第二形態へ瞬時になり、剣で魔女の腹を突く。
だが剣は虚空を突き、魔女は少し離れた場所に立って居た。
ふむ。おそらく時間を止めているのだろう。
残滓はあっても発動を見られないのなら、それ位しか可能性が思いつかない。
いわゆるチート能力って奴だろうが、それはお互い様だ。
魔女との戦いは短期決戦以外の選択肢は無い。
この世界の楓さんが星喰いと戦っていると思うが、向こうより早く倒せるのが理想だ。
「危ないわね。まともに戦うのは久々だけど、わくわくするわ。――少しは楽しませて頂戴ね」
魔女は言葉とは裏腹に、ほとんど表情が変わらない。
だが黒いローブが泥の様に魔女に張り付くと、鎧の付いたドレスに変化した。
腰には一本の剣があり、手には杖を持っている。
楓さんの能力を考えると持っている武器や姿に意味はないのだろう。
楓さんを相手にするという事は、全ての魔法少女を相手にするのと同意義だ。
「ナンバー0愚者。ナンバー15悪魔。同時解放」
(いくぞ。お待ちかねの最終決戦だ)
『死なないでね』
『頑張るのです』
『私の魅惑のボディーが……』
白魔導師に戻り、奥の手を使う。ひとりおかしいのが居たが、それもソラの持ち味だろう。
両手に鎌を持ち、玉を展開する。
「灰炎」
辺り一面を炎で薙ぎ払い、魔女に肉薄する。
だが魔女はいつの間にか俺の視界から居なくなっていた。
既にタネは割れているので鎌で周りを薙ぎ払うと、硬質な音が響いた。
「あら、よく防げたわね」
「反応は捉えられましたからね。深淵を喰らう闇」
距離を取り、空中に退避しながら玉から炎と氷の魔法を放ち、爆発を起こす。
『後ろ!』
アクマの声に呼応し、後ろを斬りつける。
そこには当たり前のように魔女が居た。
怪我もなければ、煤すら付いていない。
SS級のほとんどの魔物を殺せる威力があったのたが、当然と言えば当然の結果だ。
「見事なものね。これだけの力を乗っ取られる事なく使えるなんて。でも、足りないわよ」
魔女が杖を振るうと、地面に向かって吹き飛ばされる。
もっと分かりやすい魔法を使ってくれれば対策も立てられるが、そんなことを許す程優しくもないか。
玉から魔女に向かって氷槍を放ち、風の魔法で地面への激突を回避する。
直後、周辺の空間が歪み、四肢の付け根が切断される。
不可視で不可避の魔法。これが本来の空間魔法の使い方なのだろう。
普通なら服と魔力によって防げるが、魔女クラスになればそんなのは関係ないのだろう。
だが……。
「治れ」
焼かれたり吹き飛ばされたならともかく、こうも綺麗に切断してくれたのならば、治すのは容易い。
「竜の宴」
1万度を越える、全てを焼き尽くす竜の姿をした炎。
しかし、魔女を喰らう前に氷の像へと変えられる。
(やはり魔法は分が悪いか?)
『どちらも変わらないよ。向こうはなんでも出来るんだからね』
そりゃそうか。
時間的余裕はあるとはいえ、状況はあまりよくないな。
「森羅の凪」
鎌を振るい、空を埋め尽くすように魔法を放つ。
悪魔の能力を込めて斬り付けるも、ひらりと躱されてしまう。
「誇っても良いわよ。私と同じステージに来られたのは、あなたただひとりよ」
「同じでは意味がないんですけどね」
此方は鎌での二刀流で手数は多い筈なのに、掠りもしない。
完全に遊ばれてしまっている。
楽しいと言う感情と焼けつくような焦燥感。
思わず声を上げて笑いたくなるが、それは勝ってからだろう。
「あなたに正義があったのなら、きっとここまで来られなかったのでしょうね。堕ちていたからこそ、悪意にも不条理にも、臆することも嘆くことなく、立っていられる」
「私自身は堕ちていませんけどね。まあ、おかしいのは認めますが」
『ハルナ……』
身体が壊れないギリギリまで魔法で強化した一撃。
空間を斬り裂き、避けたとしても周りの空間を吸い込んで粉々にする。
……筈なのに、魔女にレジストされてしまう。
魔法が魔力を用いている以上、 魔法で対抗することは可能だが、だからと今の所全て防がれている。
使える魔法や能力は勿論、魔力量も普通とは桁外れか……。
まあ、こちらも似たようなことをやっているので、人の事は言えないがな。
何か突破口を見つけなければ……。
「私も結構本気なのだけれど、よく耐えるものね。けど、もうそろそろお開きとしましょう」
周りに無数の剣が浮かび、俺を刺そうと向かってくる。
浮いている分は全て防げたが、魔女の剣が身体を貫いた。
この程度の怪我なら問題ない。それどころか魔女が一瞬でも動きを止めてくれるのならば、チャンスも生まれる。
「コードハック」
『そんな馬鹿な!』
反撃をしようとする前に剣が引き抜かれ、アルカナの同時開放が勝手に解除される。
魔力の供給も止まり、繋がりを剝がされるような感覚が襲う。
――これは非常に不味い。
魔女の手にアルカナのサンが居るのは知っているが、こんな芸当が出来るなんて流石に思わなかった。
白魔導師の状態で魔女に勝つのは不可能だ。そして、ただの第二形態でも力が足りない。
第二形態で殺した経験はフユネの糧となる。一応契約を結んでいるとはいえ、数百の魔法少女を殺して成長したフユネが暴走しないとも限らない。
だが、今はこれに縋るしかない。
「起きなさい」
『これはちょっと想定外ですね』
エルメスの声を最後に、心が染まっていく。
純粋な憎しみと殺意が込み上げ、抗いようのない破壊衝動が身体を駆け巡る。
私が俺だと認識出来ているのが、唯一の救いだろう。
だが、幼くなった身体では先程と同じような強化は出来ない。
そんな状態でも限界を超えられるのが、この姿の長所なのかもしれない。
「血生臭いわね。けど、それだけの狂気がいつまで続くかしら?」
一振り毎に骨が砕け、腕から血が滴る。
いくら高速で修復しても、インパクトの瞬間だけは身体の耐久を上回ってしまう。
――届かない。
アクマの見立て以上に、魔女は強い。
桃童子さんの時とは違い、一撃入れた程度では意味がない。
魔女も回復魔法が使えて当然なのだから。
今の俺にこれ以上の手札はない。
何も通じることはなく、全てにおいて上を行かれる。
分体とはいえ、数百数千年の経験は本物か……。
徐々に目減りする魔力。
自傷しても掠りすらしない攻撃。
適応の能力を持ってしても適わない。
「もうそろそろ限界そうね。その力は確かに私に匹敵しうるものだわ。けど、後百年は足りないわね」
魔法少女となって一年も満たない俺は、どうしても魔法に身を任せるしかない。
魔女の言う通り、経験が足りていない。
それは死闘の度に思い知っている。
足りない……本当にこれで終わりなのか?
『人が魔法少女に敵わないように、魔法少女は魔女に敵わない。道理なのかも知れないわね』
そんな道理など関係ない。勝てないならばなんて事は考えない。
僅かでもいい。次の一手に繋がる何かがあれば……。
「落ちたわね。ならば終わりよ」
限界を超えて酷使した身体の出力は低下し、巨大化した魔女の剣が深々と身体に突き刺さる。
第二形態から白魔導師へと勝手に戻り、地面へと激突する。
純粋な力量差。悪くはない戦いだった。
魔力も雀の涙程しか残っておらず、回復魔法を使っても治すのは無理だろう。
空に太陽の様に輝く魔法が見える。
焼いて終わり。十字架に繋がれてはいないが、魔法少女や魔女は火炙りが妥当か。
眩しいなぁ。――そう言えば、公園で死ぬ時も似たような事を一瞬だけ思った気がしたな。
「さよならイニーフリューリング。良い余興だったわ」
迫りくる太陽。
ぴくりとも動かない身体。
内側から必死に声を掛けるアクマ。
これで終わりか…………。
『つまらぬ幕引きじゃのう。わらわを倒したと言うのならば、限界程度超えて見せよ』
幻聴……いや、吸収した桃童子さんの断片か。
限界……既に超えているというのに、酷い人だ。
ぽっかりと空いた身体に、僅かな温かさが宿る。
これだけの戦いをしたのだ。
もう十分だと思うのだが、死への旅路にはまだ行けないらしい。
何がトリガーになったか分からないが、もう少しだけ頑張る事が出来そうだ。
「春に歌え”椿”」
光の花弁が俺を包み込んだ。
tips.死して尚。人は、魔法少女は戦い続けるのじゃ




