白騎士と呼ばれた魔法少女の戦い
「面倒ね……」
グリントがアメリカに着いた頃、リリウムナイトは破滅主義派であるロザンヌの強襲を受けていた。
リリウムナイトは剣を主体とした魔法少女だが、ロザンヌもリリウムナイトと同じく剣を主体とする魔法少女だった。
剣だけならばそこまで被害が出ないと思われるかもしれないが、剣の一振り毎に魔法や斬撃が飛び交い、踏み込む度にクレーターが出来上がっていた。
リリウムナイトはこれでも地形に配慮して戦っているのだが、ロザンヌ側はお構いなしだ。
避ければいい攻撃を空へと弾いたり、剣も斬り上げや薙ぎ払いなど地面に衝撃がいかないように注意している。
だが、そんな生半可な戦いで勝てる程、ロザンヌは弱くない。
先ずは倒す事を優先しなければならないと切り替え、強化フォームになったものの、互いの実力は拮抗していた。
若干リリウムナイトの方が有利かもしれないが、それは簡単に覆る可能性もある。
「苦い顔をしているね。なら、こんなのはどうかしら!」
隙が大きい代わりに、威力のある魔法があらぬ方向に向かって放たれる。
ロザンヌが魔法を放った方向には都市があり、いくら離れていると言っても、ロザンヌの魔法が届いてしまう。
都市を犠牲にすれば、リリウムナイトの剣はロザンヌに届くだろう。
だがアメリカ所属であり、1位であるリリウムナイトが民間人を見捨てるような真似は出来ない。
魔法を剣で弾き飛ばし、ロザンヌに向かって剣を突き出す。
風が荒れ狂い、地面を捲りながらロザンヌへと向かっていく。
ロザンヌは涼しい顔でリリウムナイトの魔法をはね除け、距離を詰めて剣を振るう。
少しでも戦況がリリウムナイトに傾けば、ロザンヌは容赦なく都市に向けて魔法を放つ。
一撃で倒せる程容易な相手でもなく、リリウムナイトは徐々に焦り始めていた。
そんな時だった。
空からロザンヌに向かって銃弾が飛んできた。
「面倒なのが来ちゃったか……私も、ここらが潮時か」
全て斬り落としたロザンヌだが、誰が来たか直ぐに思い至り、顔を歪める。
1対1ならともかく、ランカーふたりが相手となれば今の状態のロザンヌに勝ち目はない。
だが、既に逃げるような段階ではない。
ロザンヌは小瓶を取り出し、中身を飲み干した。
「こちらグリント。助けは必要か?」
「……癪だけど、助かるわ」
グリントはリリウムナイトの隣に降り立ち、武装を近接戦用に換装する。
「相手の情報は?」
「私と同じような存在よ。ただ……待って。なにか様子が変よ」
薬を飲んだロザンヌに気付き、リリウムナイトは警戒を強めた。
背中に黒い翼が生え、腰に4本の剣が新たに現れた。
「薬か……」
「薬って、例の報告にあった奴?」
「ああ。相手はSS級の魔物を超える化け物になったと考えた方が良いだろう」
ロザンヌの翼が羽ばたいた瞬間、空気が一変した。
『高濃度の魔力を検出。離脱を推奨します』
リンドの内部に無機質な声が響き、グリントは顔を覆いたくなった。
高濃度の魔力。つまり、ロザンヌは周囲を汚染し始めたのだ。
都市から離れているとはいえ、こんな所を汚染されるのは不味い。
魔物の養殖場になった場合、人の住める土地が更に減ってしまう。
今のロザンヌ相手に時間を掛けるのは非常に不味い。
「グリント……」
「短期決戦を推奨するよ。汚染よりはマシだろう?」
「やはりそうなのね」
リリウムナイトは肌に感じる、嫌な魔力に顔を歪め、これまでの頑張りが無意味だった事に気を落とすが、直ぐに気を取り直して剣を構えた。
「準備は良さそうね。それじゃあ――行くわよ」
文字通りロザンヌは飛んでリリウムナイトに接近し、一薙ぎで吹き飛ばした。
グリントは直ぐに空中に退避するが、ロザンヌは急上昇し、グリントの上を取った。
グリントは腰に装備してある大型の剣を抜き放って防御するが、ロザンヌの方が力が強く、地面へと叩きつけられる。
「これだから化け物は嫌いなんだ!」
ブースターを吹かして体勢を整え、上空から落ちてくるロザンヌを避ける。
グリントが居た場所には大きなクレーターが出来上がり、グリントを援護するようにリリウムナイトがロザンヌに突撃する。
「なりふり構ってられないか……リンド。リミッター解除。タイマーは10分だ」
『了解しました。全機能解除。第一級武装の使用を認可します』
リンドの装甲に亀裂が入り、蒸気を発しながら姿を変えた。
全長が10メートル程となり、所々から切れた管の様なものが伸びている。
『解除完了。搭乗者とのリンク……成功。タイマーを開始します』
「悪く思うなよ」
グリントはリンドの機体よりも大きなライフルを取り出し、ロザンヌへと照準を合わせる。
リンドの武装の中でも、結界外で撃ってもギリギリ問題ないと太鼓判を押されたものだ。
それでも地上に向けて撃っていい物ではないが、魔力に汚染されるよりはマシだろう。
ライフルの銃口から火が噴き出し、大口径に見合う銃弾が放たれる。
ロザンヌはその銃弾を見ようともせずロザンヌと斬り結び、翼を大きく広げた。
グリントは嫌な予感を感じ、更に3回引き金を引いた。
銃弾はロザンヌの手前で壁に拒まれるようにして止まり、地面へと落ちていった。
1発でSS級を殺せる威力のある銃弾を、ロザンヌは見ることもなく防いでしまったのだ。
『解析……実弾系の武器は効果が低いと判断。プラズマ系並びに近接兵器の使用を提言します』
「プラズマソードとレーザーショットガンに換装。ULTIMATE WEAPONの使用を準備」
『システムエラー。使用を許可されていません。本当によろしいですか?』
「ああ」
リンドの持っていたライフルが消え、両腕にプラズマソードが装備された。
魔力由来であるため防ぐことは可能だが、通常のプラズマと同じく高温の為、触れるだけで溶けてしまう。
ロザンヌはグリントの接近に気付き、翼を器用に使いプラズマソードを受ける。
翼は燃えることも溶けることもなく拮抗し、ロザンヌはグリントに向かってリリウムナイトを蹴り飛ばす。
グリントはリリウムナイトを避けながら片腕のプラズマソードをレーザーショットガンに持ち替え、引き金を引いた。
ロザンヌは空へと飛んでレーザーショットガンを避け、黒い魔力を剣に纏わせて斬撃を飛ばす。
周囲を汚染しながら進む斬撃にレーザーショットガンを撃ち込むが、殆ど威力を殺すことが出来ずに弾切れとなり、グリントはレーザーショットガンを投げ捨てて斬撃を回避した。
グリントが残りの時間を確認しようとすると、空に向かって光の柱が伸びていった。
「待っていたわよ。あなたが地上から離れるのを」
ランカーの攻撃は強力である代わりに、大きな爪痕を残してしまう。
既にグリントの魔法で地面が溶けてしまっている部分がかなりあるが、これでも加減している。
だが、今からリリウムナイトが放とうとしている魔法は、地面に向かって振り下ろせば修復不可能に近い傷跡を地球に残す事となる。
運が悪ければ地殻変動を引き起こしたり、場所によっては火山の噴火すら起こり得る魔法。
リリウムナイトは膨れ上がる光を全て剣に集め、腰だめに構える。
振り下ろしは駄目だが。斬り上げならば問題ない。
「エクス……カリバー!」
光の奔流がロザンヌへと放たれた。
ロザンヌは自分の失策に舌打ちをするが、避ける事は出来そうにない。
「ナハトエンデ」
片翼を魔力に変換し、黒い魔力を剣に纏わせる。
迫り来る光へと振り下ろし、後ろに押されながらもなんとか耐える。
ロザンヌにとってリリウムナイトは、越えなければならない壁であった。
同じ剣を使う魔法少女であり、伝説の名を持つ剣を持つ者として。
妬みや嫉妬は殆どない。ロザンヌが破滅主義派閥に加わった理由とは別であり、リリウムナイトはロザンヌの事など知らない。
あくまでも一方的な感情だ。
「負けるわけには――いかないのよ!」
リリウムナイトのエクスカリバーを喰い破り四散させた。
次は此方が仕掛ける番。
ロザンヌは薄れ始めた理性で勝つための方法を考える。
大局的に見れば、この戦い意味は無い。
ただ一個人の魔法少女の意地。
終わり行く世界への爪跡。
『ULTIMATE WEAPON使用準備完了。接続を開始します』
相手がリリウムナイトひとりにならば、残せる筈だった。
この場にはもうひとり居るのだ。
『接続完了。警告。当武装は地球での使用を妖精女王により制限されています』
リンドの背中に大型のジェネレーターが装備され、全長15メートルを超える多薬室砲が姿を現した。
ジェネレーターから伸びた管がリンドと多薬室砲に繋がり、青い光を辺りに巻き散らす。
「汚染が広がるよりはマシだろうさ。まあ、外したらどっちもどっちかもしれないがね」
砲身を持ち上げ、ロザンヌへと照準を合わせる。
グリントの奥の手であるULTIMATE WEAPONは3種類あり、その中でも単独の殺傷能力なら星喰いの外殻を一撃で壊す程の威力がある。
相応の魔力を消費するだけでなく、リンドにも多大なるダメージを与える。
その名は、対魔物用決戦兵器。通称ロンギヌス。
アロンガンテは月を貫く事が出来るが、グリントは月を破壊することが出来る。
最大出力ならばと頭に付くが、それに準ずる威力がある。
エクスカリバーにより高高度に打ち上げられ、今ならば被害が最小に抑えられる。
『ロックオン完了。冷却システムダウン。機体ダメージ20パーセント突破。発射準備完了』
様々な情報がディスプレイに映し出される中、グリントはロザンヌを見つめる。
光の奔流が消え、グリントから目を離している今が最大の好機。
結界に覆われているため、外したらどうなるか分からない。
当たったとしても、間違いなく結界まで届くだろう。
「外しはしない」
グリントが引き金を引くと薬室から光が溢れる。
弾が砲身から放たれ、あまりの音に世界の音が搔き消される。
ロザンヌが気づいた時には弾頭は目のままで迫り、強化された目でさえ捉えるのがギリギリだった。
身体を動かすのは間に合わず、時間の流れがゆっくりになっていく。
迫り来る死に対して取れる手段が何もない。
剣に全ての魔力を送り込み真正面から撃ち落とそうとするも、瞬く間に吹き飛ばされてしまう。
いくら強くなったとしても、瞬間的に使える魔力は限られている。
ロンギヌスには魔法少女ひとり分の魔力を、ジェネレーターで更に圧縮したものが使われている。
防ごうとして防げる魔法ではないのだ。
ロザンヌは肉片すら残さず消し飛び、ロンギヌスは地球を覆う結界に当たって砕け散った。
リンドは軋む音を立てながら元の姿へと戻り、ロンギヌスが姿を消す。
『反応消失。汚染率18パーセント。機体再生まで30秒掛かります』
「戦闘動画は保存しておいてくれ」
『了解しました』
グリントはハッチを開けて辺りの惨状を見渡す。
焼けただれ、穴の開いた大地。
魔力汚染により変異を始めている個所もあり、人の手だけでは修復が出来ない状態だ。
「お疲れ様助かったけど…………これどうするの?」
リリウムナイトは開いたハッチへと飛び移り、親指で後ろを指す。
「完全に汚染されるよりはマシだろう?」
「仕方ないのは分かるけど…………ねえ?」
全てが終わった後、整地をするのは基本的にアメリカの魔法少女だ。
その事を思うと小言のひとつも言いたくなる。
「それより、結構怪我が酷いみたいだね。ジャンヌを本部に送っといたから一度戻ったらどうだい?」
「そうね。一度戻らせてもらうわ。グリントはどうするの?」
「SS級は魔力的に厳しいが、雑魚の殲滅なら問題ないので各地を回ろうとと思う」
「分かったわ。すまないけど、頼んだわね」
リリウムナイトは空を跳びながらグリントが来た方に去っていった。
グリントは一度伸びをしてからハッチを閉じ、リンドの確認を始める。
「あの短時間で魔力パック2個の消費か……強いのは任せるとして、援護を主体にするのが良さそうだな」
リンドを起動し、再び空へと舞い上がる。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
tips.ブレードが最強の兵士なら、グリントは最強の兵器だよ




