魔法少女アロンガンテの布石とタラゴンの策
学マスを始めたのですが、運ゲーは辛いですね。
「何よ……これ」
偶然それを見ていた一般人が発したその一言は、世界中の人々が思ったものだった。
瞬く間に空が塗り替えられ、黄昏時の様な幻想的な色合いに変わる。
その様は、分かる者には直ぐに理解出来るものだった。
「妖精界とのテレポーターが起動しません!」
「魔物探知の衛星と接続が切れました! ですが、モニターには……」
とある魔法局……いや、世界中の魔法局は突如起きた事態に狼狽し、モニターに映る大量の魔物たちを見て絶望していた。
全ての魔法局で赤いランプが点灯し、非常事態を告げた。
これまでの様に予告や前振りもなく、世界を絶望で覆い尽くそうと襲ってきた。
魔物の様子は各地にあるカメラで確認出来ているが、結界により宇宙にある魔物の探知用衛星と接続が切れたため、どれだけ魔物が現れたのか正確に判断する事が出来ない。
また、妖精界と分断されたため、緊急の避難も出来きない。
アロンガンテを始め、数多くの魔法少女は増援に駆けつける事が出来ず、事態を解決しようと動き出したのだが……。
「全シェルターの解放と魔法少女の出撃急げ!」
「迎撃機構の展開を許可する。最低限の防衛戦力以外は外に回せ!」
「シェルターが満員になったら直ぐに閉じて他に回すように通達しろ! 最悪の場合、犠牲は諦めろと強く伝えておけ!」
全ての魔法局で怒声が響き、一分一秒ごとに状況は悪化していく。
最も問題になっているのは、魔法局側の人手不足だ。
魔法少女は勿論、オペレーターを始め様々な職員が足りていない。
汚職を機に問題のある魔法少女や職員を一掃したが、問題があっても能力はある者たちも居た。
今ばかりはそんな者たちでも良いから、手を借りたい状態なのだ。
誰が?なんのために、こんな騒動を起こしたのか?
そんな疑問が湧きもするが、それに答えてくれる人はいない。
始まりの日と同じ様に魔物が世界に現れ、全てを蹂躙する。
だが始まりの日とは違い妖精の助力は望めず、出現している魔物はSS級などが当たり前のようにいる。
建物や地面への配慮など直ぐに諦め、魔物を倒すことだけに注力しなければ、あっという間に殺されてしまう。
『全魔法局と魔法少女に告ぐ!』
突如として、世界中に誰かの声が響き渡った。
『現在破滅主義派により、世界は危機に面している』
全ての魔法局に備え付けられている緊急用の通信機器。
それを使い、世界中に声を届けている。
『地球を結界で隔離され、逃げ出すことは出来ない。避難場所や戦える魔法少女に限りがある』
魔物の襲撃に備えて各地に作られたシェルターだが、流石に全員を収容することは不可能だ。
暴動が起きるのは時間の問題であり、それにより犠牲が出ることになるだろう。
魔法少女の言葉に耳を傾け、指示に従ってくれれば良いが、迫りくる魔物を前にして恐慌に陥るのは仕方のないことだろう。
『けれど、今しばらく耐えてくれれば、必ず事態を好転させると、このタラゴンが保証するわ』
イニーと別れたタラゴンが最初にやった事は、世界中に語りかける事だった。
魔法局東京支部に訪れ、ランカーの権限で指示を出した後に緊急放送を始めた。
世界的に知名度が高く、様々な実績があるタラゴンだからこそ取れる手段。
これが各国の首脳ならば、その国にしか効果がないが、世界中を文字通り飛びまわているタラゴンを知らない者はいない。
またこの放送により、自分から他の魔法少女に存在を教えることで、連絡の手間も省けた。
タラゴンの言葉を聞いた者たちの反応は様々だが、決して悪いものではなかった。
今の所、何が起きているのかを理解しているのはイニーと、イニーと話したタラゴン位だ。
先ずは結界をイニーが解除するまで耐える。
結界が解ければ、今現れている魔物を魔法局や妖精局の結界で隔離できるので、それから攻勢に出ようと考えているのだ。
放送を終えたタラゴンは懐から端末を取り出し、日本のランカーで地球に居る魔法少女を確認する。
(楓とジャンヌ。それとアロンガンテは向こうね……。レンは念のため北関東支部に寝かせといて正解だったわ)
レンはイギリスでの任務が終わった後、定期的に行っている海に生息している魔物の間引きを行った後、北関東支部に安置されていた。
周りへの被害を考えなければ、レン程有能な魔法少女はほとんどいない。
その被害だけが少々気がかりだが、そんなものを気にしている余裕はない。
この後、起こしに行こうとタラゴンは決めた。
(後はブレードとグリントか……)
ブレードとグリントはどちらもオフラインとなっているため、地球に居ない事が分かる。
結界で隔離されている以上、簡単には妖精界と地球を行き来することは出来ないが……。
ブレードに関しては空間を斬って繋げる事が出来るので、魔女の結界すら通ることが出来るだろう。
グリントについては武装の1つにとっておきがあるので、状況次第ではどうにかなる可能性がある。
ブレードと違い多少デメリットがあるが、戦力としては問題ないので、どちらにも早く来てほしいのがタラゴンの本音だ。
「さてと、どこかしら?」
テレポーターで北関東支部に来たタラゴンは、レンが安置されている場所を探す。
レンについては誰にも知らされておらず、知っているはずのアロンガンテとは連絡が取れない。
あまり悠長に探している時間はないが、場所が分からない以上どうしようもない。
赤いランプが点灯し、様々な人が走り回っている。
中にはタラゴンに気づいた者もいるが、さっさと行けとあしらっていた。
「居たわね」
倉庫となっている部屋の奥。まるで神殿の奥地に安置されている女神像のように、レンの氷像が存在感を露わにしていた。
「起きなさい。仕事の時間よ」
タラゴンはレンが入っている氷塊を数度叩いて声をかける。
氷塊からは僅かながらため息のようなものが漏れ、上部から徐々に溶け始めた。
「折角の休暇なのに、酷いものね」
「後でいくらでも休ませてあげるから、今は働きなさい。状況は理解しているわね?」
「ええ。あなたの演説はしっかりと聞こえてたもの。どう動けば良いのかしら?」
レンは眠たげな様子で武器である杖を取り出し、面倒ではあるけど仕事をこなす意思を示す。
レンが氷塊から出ずに待っていたのは、入れ違いになるのを防ぐためとか、誰かを待っていたとかそんな理由は一切ない。
単純に働かなくても良いなら、働きたくないだけだ。
だがタラゴンに見付かった以上は仕方ないと諦め、やるべき事をやろうと、嫌々ながらもやる気を見せている。
そんなことは、そこそこ付き合いが長いタラゴンにはお見通しだが、何を言っても無駄なのは分かりきっているので、呆れて溜息を吐くだけだった。
「海を全部凍らせられないかしら?」
「出来ない事もないけど、本当に良いのかしら?」
タラゴンがレンに頼んだ事は、普通なら無理だと断るようなものだ。
魔物が現れる前よりも更に陸地は減り、地球の80%近くが海となっている。
そんな海を凍らすなど、どう考えても不可能と思えるが、レンは不可能ではないと答えた。
それが出来るからこそのランキング2位。その性格さえどうにかなっていれば、1位の可能性もあった最厄の魔法少女。
何故タラゴンがそんな事を頼んだかだが、海から現れる魔物が脅威だからだ。
陸空海。その全てから魔物が現れているが、海の魔物は特殊な能力を持った魔物が多く存在し、普通の魔法少女では相手をするのは荷が重い。
海を潰せればそれだけ防衛が楽になるのだ。
だが、それだけ大規模の魔法を使うとなると、レンもただでは済まない。
「海を放置するよりはマシでしょう。それに、被害を気にして負けるより良いでしょう?」
「そう。ならやってしまうわね。それなりの時間動けなくなるから、その間は休むわよ」
「ひとりに魔法少女数千人分の働きをさせるんだから、それ位気にしないわ。――頼んだわよ」
レンは薄く笑った後、コツコツと足音を立てながら倉庫を出て行った。
何も気負うことなく、結果だけを出し続ける魔法少女。
アロンガンテが用意しておいた布石は、魔女の作戦に小さくない瑕疵を与える事となる。
(次は……)
自ら防衛に当たるか、他に作戦を考えるか迷っていると、端末が鳴った。
タラゴンは画面を見ると、少し口角を上げた。
「もしもし?」
『やあ。大変な事になったな。アロンガンテから書類を預かってきたから渡したいのだが、どこで落ち合う?』
「私の家にしましょう。魔法局はどこも煩いから」
『了解。直ぐに行く』
通話の相手は、待ちかねていたブレードだった。
戦力としては上位も上位であり、タラゴンとブレードが居れば、防衛戦力としては十分だ。
後は地球に残っている魔法少女たちと協力すれば、”魔物”は問題ないだろう。
タラゴンは通話を切り、直ぐにテレポーター室に向かった。
魔女が動き始めた以上、犠牲無しで結末を迎える事は出来ないだろう。
だが、その犠牲を少しでも減らせるなら……。
多少の犠牲はやむを得ないだろう。
魔法少女は偽善家ではないのだから。
1
タラゴンの放送が終わった頃、一部の魔法少女は状況を理解し、動き出した。
「成程ね……行くわよスターネイル」
「タイミングが良いのか悪いのか……」
アロンガンテへ会いに行こうとしていた、マリンとスターネイルはギリギリテレポートが間に合わず、地球に残されてしまった。
マリンとスターネイルは現在妖精局所属になっているため、日本の魔法局からの連絡はこない。
その為、どこでどの様に戦えば良いか分からない。
なので、先ずは昔世話になっていた北関東支部に行くことにした。
簡易テレポーターで魔法局にテレポートしたマリンたちは、若干の懐かしさを感じる間もなく、職員に声を掛けられた。
「魔法少女の方ですね。状況は把握していますか?」
「はい。先程の放送は聞いていましたので」
「それは良かったです。局長はオペレーター室に居ますので、そちらに向かって下さい。あっ、すみません、その前に所属と名前をお願いします」
「妖精局所属のマリンとスターネイルよ。それでは失礼します」
職員が驚いて声を上げるが、既にマリンたちは早足でオペレーター室に向かっていた。
「そう言えば、天城さんってミグーリアに行ったって知ってる?」
「聞いてるわ。あっという間に副局長まで駆け上がったんでしょう?」
マリンとスターネイルにとって天城は最後の失敗以外は良い上司であった。
その最後が大問題であったが、今となっては破滅主義派が全て悪かったのだと割り切っている。
本人を前にすれば腹パンをする可能性はあるが、居なければ問題ない。
正式にランカーになれば国外に行くことも増えるが、それはまだ先のことだ。
「失礼します。妖精局所属のマリンとスターネイルです」
「あなた方は! ……失礼。よく来てくださいました。緊急時のため省略しますが、現在一般人のシェルターへの避難を行っています。日本に残っている魔法少女を総動員していますが、手が足りていないのが現状です。先ずは避難への助力をお願いします」
天城の代わりに着任していた初老の男性はマリンたちの登場に喜びながらも、直ぐに本題に入った。
結界が展開されてから約20分。
避難が開始されたのはそれから10分後。
下級を始めイレギュラーまで幅広い魔物が、瞬く間に増え始めている。
避難誘導する傍ら魔物の討伐も行っているが、魔物が増える速度の方が早いのだ。
なので、避難を最優先とし、人命以外は基本的に諦めることにした。
「分かりました」
「ありがとうございます。場所はこちらから指示しますので、端末の番号をお願いします。それと、出来れば個別で動いていただく事は可能でしょうか?」
マリンが先日ランカー待遇になった事は日本の魔法局には周知されているため、局長として個人で動いてもらいたい。
スターネイルについては話している間にランキングを確認したため、マリンと共に行動をしてもらうより個別で動いた方が、救える命が増えると考えた。
マリンとスターネイルは一度顔を合わしてからお互いに頷いた。
「問題ないです」
「ありがとうございます。マリンさんは伊勢崎第三シェルターに。スターネイルさんは大洗第一シェルターにお願いします。以降はオペレーターからの指示に従って下さい」
「了解しました」
「了解です」
最後に局長が一礼し、マリンたちはテレポーター室に向かった。
「もしかしたら、これが最後になるかも知れないんだね」
通路を歩いてる途中、スターネイルは寂しげな表情をした。
「馬鹿言わないの。折角強化フォームにもなれたんだから、なんとかなるわ。イニーも頑張っているんだろうしね」
「……そうだね」
強化フォームは魔法少女なら誰でも憧れるものだが、 一部を除き初めて強化フォームになる時は、良くも悪くも感動的なものだ。
それがシミュレーション。悪く言えば訓練中に何故かなれてしまったのだ。
確かにこれまでの戦いを含めて一番つらい戦いではあった。
しかしだ。スターネイルも強化フォームには憧れがあり、なるからには相応の舞台でなりたかった。
世界の危機ではあるが、この事だけは生涯ずっと引きずることだろう。
「それじゃあ此処でお別れね。お互い頑張りましょう」
「うん。無理しちゃだめだよ」
あっという間にテレポーター室に着き、別れの時間となる。
生きて再び会えるか。死んで一生の別れとなるか。
それを知る者は、誰もいない。
tips.レンの活躍はこれで終わりだよ




