魔法少女と前途多難
今更ですが、百万文字って読むの大変ですよね。
イニーによる、訓練とは名ばかりの惨劇。
シミュレーション内で、いくら戦ったところで魔力が増えるようなことは、基本的にない。
今回はスターネイルが強化フォームに至ったので、例外も稀にあるが、基本はただの戦闘訓練だ。
だが、現実と同等の痛みと、死の恐怖の中での戦いはマリンたちを最適化させた。
生きる為の技と、勝つための技。
そのふたつを、イニーは成長させたのだ。
幾多の魔物に囲まれても、スターネイルは動じることなく戦い、一撃で死ぬようなブレスも、マリンはギリギリを見極めて避ける。
無駄の無い戦い。
これまでなら大きく避け、再び隙を窺うのだが、マリンは避けながら飛び込んでいった。
「一ノ太刀・月閃改」
三日月を描きながら龍を斬りつける。
致命傷には程遠いが、確かな一撃だった。
手応えを感じたマリンは龍の放つ魔法を刀で吹き飛ばし、ダメージを与えていく。
時々スターネイルの援護もあり、オーストラリアの時よりもハイペースで戦いは進んだ。
魔物は徐々に傷が増えていき、次第に攻撃が衰えていく。
イニーやブレードなどは、SS級だろうがお構いなく一撃で倒しているが、本来は魔物の魔力を削り、弱らせてから倒すのが定石だ。
そうしなければ、魔物の防御を突破することが出来ないからだ。
傷を負わせ、眷属を倒してやっと倒すことが出来るのが、SS級の厄介なところだ。
眷属を召喚しない魔物も居るが、此方は暴力の押し付け合いとなるので、複数の魔法少女で囲って戦うのが定石となる。
単独で戦うのは、本当に一部の魔法少女だけだ。
「終ノ太刀・天幻」
「プロミネンスショット!」
マリンの両刀から放たれた居合が龍の首に吸い込まれ、スターネイルの波状攻撃が龍の胴体に風穴を開ける。
ほとんど怪我を負うことなく、ふたりでSS級の魔物を倒せてしまった。
ふたりが塵に変わっていく魔物を眺めていると、空からイニーが降って来た。
突如イニーが現れた事により、反射的に襲い掛かりそうになるが、なんとか堪えた。
「良い戦いぶりでしたね」
「……ありがとう」
煮え切らない表情でマリンは礼を言い、刀を収めた。
「それにしても、まさかスターネイルが強化フォームになるなんてね……」
マリンの感心するような言葉に、スターネイルは乾いた笑みを浮かべた。
マリンとイニーが不思議に思っている以上に、スターネイル自身が一番驚いていた。
スターネイルとしては、頭に流れてきた声に従い、言葉を発しただけなのだ。
確かに限界ギリギリの精神で、強い想いを抱ていたが、魔法少女の到達点の1つである、強化フォームになれるなんて思わなかった。
シミュレーションを終えた後も強化フォームになれるかは分からないが、なんて答えれば良いのか、スターネイルには分からなかった。
「おそらく、世界で初めてシミュレーション中に、強化フォームになった魔法少女かもしれませんね」
「それって喜んで良いのかな?」
「はい」
イニーは内心笑いながらも、そんな素振りは見せずに頷いた。
「予定通り強くはなったので、この辺で良いでしょう。ただ、今日一日は休む事をおすすめします」
「……そうね。なんだか身体の奥が軋む様な、感覚があるわ」
「私も、なんだか自分が自分じゃないような違和感が凄い……」
いくら身体は治せても、傷付いた精神や心は簡単に治すことができない。
ふたりの精神は既に限界を超えており、倒れていないのが不思議なレベルだ。
「それでは終了しますね」
イニーが告げると、三人はポッドへと戻った。
1
身体の違和感は無し。ポッド内が血まみれなんて事件も無し。
(アクマ)
『全数値オールグリーン。ただ、それが逆に怖いね』
(何もなければこんなもんだろう? 確かにフユネと契約してからは初めてかもしれないが、そうそう問題なんて起きないだろう?)
『フユネ?』
……そう言えばエルメスとは話したような記憶があるが、アクマには何も話していたんかった気がするな。
いや、エルメスの場合は思考を全て読まれているので、言ったつもりになっていただけか。
(憎悪と話し合いをして、俺が折れない限り手出ししないって契約をしたのと、憎悪と呼ぶのも変だからフユネって名前を付けたことを話してなかったっけ?)
奥義。知らんぷり。
話した気がするんだけどなー、と相手に伝えて有耶無耶にする話術。
先方のメールや、口頭で話したことを忘れた時に使うと割となんとかなる事がある。
『……私たちアルカナって、記憶のバックアップを取っているんだけど、この意味分かるよね?』
…………駄目みたいだな。
(話は後にして、一旦待機室に戻ろう。不審に思われるかもしれないからな)
『――覚えておきなよ』
アクマの言葉を無視して待機室に戻ると、案の定ふたりはダウンしていた。
俺もタラゴンさんと始めて戦った時や、新魔大戦の時は酷い有り様だったからな。
シミュレーションとはいえ身体や精神に負荷を掛けすぎると、戻ってきた時のフィードバックで動くのも辛くなるのだ。
なんなら、よくポッドから待機室まで戻ってこれたものだ。
少女がしてはいけない顔で項垂れている。
「先程も言いましたが、今日はゆっくりと休んでください」
「そうするわ。ここまで辛いのは初めてよ」
「こんなに苦しい感覚は、初めてだよー」
シミュレーターに設定されていたリミッターを、無視して戦わせていたからな。
ショックで死ななくて良かったと、今更ながら思うよ。
さてと、自分の訓練としても満足したし、折角拠点にも着たからアロンガンテさんの所に行くか。
下手に一緒に居ると、貞操の危険もあるしな。
「私は野暮用があるので、これで失礼します。それと、私のあれは内緒でお願いします」
「またショッピングに付き合ってくれるなら考えるわ。アヤメ」
「アヤメ?」
無言で待機室を出た。
別に約束しても問題ないのだが、破ることが分かっている約束をするのはあまり誠実ではないだろう。
俺は、居なくなるのだから。
2
今日も今日とて仕事に追われるアロンガンテの所に、受付の妖精からイニーが来訪したと報告が入った。
「そうですか……何か言っていましたか?」
『シミュレーターを使用するために来たみたいです。それと、ちゃんとテレポーターを使うように注意しておいて下さい』
「……分かりました。報告ありがとうございます」
アロンガンテは言葉を濁して、報告を切り上げた。
イニーがやっている転移は違法ではないが、警備の観点から見れば迷惑極まりない行為だ。
だが、転移して拠点を行き来しているのは、イニーだけではない。
ランカーである楓とゼアー。このふたりもテレポーターを使用していないのだ。
しかも質が悪いことに、このふたりはこれまで一度としてテレポーターを使用していない。
もしもイニーに注意する場合、このふたりにも注意しなければならないのだが、この三人に少しでもヘソを曲げられて困るのは、アロンガンテなのだ。
一応規約には転移などで拠点に来る事を咎めるものは無いが、防衛の観点から見ればどう考えてもいけない行為だ。
拠点には位置情報のジャミングと転移などの空間系の魔法を遮断する結界が使われているのだが、この三人には無意味だった。
おそらく正式に注意すれば、ゼアー以外はちゃんとテレポーターを使うようになるだろう。
そんな事を考えながら仕事をしていると、執務室のインターホンが鳴った。
ディスプレイには見慣れた白いフードが映り、名前を聞かなくても誰だか分かった。
「どうぞお入りください」
誰だか分かったのは良いが、何故来たのかが分からない。
これまでは、呼び出し以外では一切顔を出さず、基本的に連絡も無い。
一体何の用なのか見当もつかない。
「失礼します。少し報告と相談が有ったので来ました」
「報告と相談ですか?」
あのイニーが自分に相談を?
楓やジャンヌなら分かるが、回復魔法の件でお世話になっている自分に出来る事はあるのだろうかと、若干ネガティブな思考になっていた。
「スターネイルなのですが、強化フォームになれました」
「…………本当にですか?」
「はい」
マリンがこの拠点へ所属する際に連れて来た魔法少女。
これまでの経歴は、どこにでも居る普通の魔法少女だった。
マリンと共に、討伐へ出るようになり、成長しているのは知っていたが、強化フォームに至れるような魔法少女ではなかった。
仮になるにしても相応の事件か、数年は必要だろう。
アロンガンテが本当なのかと聞き返してしまう程度には、驚きの報告だった。
イニーは裾から、先ほどの魔物との戦いの際に撮った、マリンとスターネイルが魔物と戦っている写真をアロンガンテに渡した。
「確かにこれはスターネイルですね……しかし、どうやって?」
動かぬ証拠が有る以上信じるほかないのだが、どうしてなれたのかが気になった。
「……ちょっと追い詰めたら勝手になりました」
「ちょっと……ですか?」
濁したような言葉に、アロンガンテは問い詰めるように問いかけた。
「…………詳細は伏せますが、デスマッチを数百回ほどやっていたらなりました」
アロンガンテは怒声を上げそうになるも、ゆっくりと目を閉じて、冷静さを保とうと深呼吸をした。
何故そんな事をしたのもだが、何故耐えられたのかも問題だった。
この耐えられたのは、マリンとスターネイルのことではなく、シミュレーターの方だ。
一定以上使用者の精神に負荷が掛かった場合、シミュレーターは自動で停止する。
一応この拠点のシミュレーターも動作確認の際、どれ位の負荷が掛かると停止するかは捕まっている指定討伐種を使って確認してある。
現実と同じ痛覚設定ならば、3回程死ねば止まるはずなのだ。
それが数百回。
仮に痛覚の設定をマイルドにしていたとしても、そんな回数戦っていれば、ショック死してしまう。
ここでイニーを責めるのは簡単だが、イニーの意思でやったわけではないのだろうと予想はつく。
それだけの訓練を、誰かに言われたからだけで乗り越えることは出来ない。
もうひとつ気になるのは、写真に写っていた魔物だ。
その魔物は、オーストラリアに現れたSS級の魔物の一体だった。
マリンとスターネイルのふたりでは、荷が重いどころの話ではない。
アロンガンテが知るふたりでは勝てる可能性はない。
「確認ですが、本人の意思で行ったのですね?」
「はい。どうしても強くなりたいと言われたので。……スターネイルについては私も驚きです」
そう簡単に強化フォームになれる魔法少女が、増えてたまるかと、言ってしまいたい思いに駆られる。
マリンとスターネイルを除いた場合、強化フォームになれる魔法少女は日本に14人しか居ない。
数年にひとり増えれば良い方なのだが、この短期間でふたりも増えている。
魔法少女になる研究はされているが、強化フォームになる方法は全く研究されていない。
それは合法非合法共にだ。
理由は、強化フォームになった全ての魔法少女に、共通点がないからだ。
強い想いが必要と言われているが、何故強化フォームになれたのかは本人にすら分からない事が多い。
いつの間にかなれた(byブレード)
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そんな例もあるので、そんな事を研究するくらいなら元となる、魔法少女になるための研究をする方が建設的なのだ。
「……日本の戦力としてはありがたい限りですが、ふたりはちゃんと生きていますか?」
「シミュレーターの待機室で倒れていますが、命に別状はありません。今日一日休めば大丈夫だと思います」
本当に大丈夫なら問題ないが、アロンガンテは後でふたりに話を聞いておいた方が良さそうだと、考えた。
強くなりたいのは良いが、無理をしてしまっては元も子もない。
未来ある若者が、未来を待たなくてどうするのだと、アロンガンテは内心溜息を吐いた。
命に別状が無いとしても、それだけの精神的な負荷を掛ければ、性格に何かしらの歪みが出てもおかしくない。
精神を治す事はジャンヌでも出来ず、治せるのは今回の当事者であるイニーだけだ。
本人たちが了承しているとはいえ、せめて事前に声を掛けて欲しかった。
「分かりましたが、そんな自殺の様な訓練は二度としないようにして下さい」
「はい」
もしも、もしもだが、イニーの訓練をこなせば強化フォームになる事か出来るかもしれない。
そんな噂でも立った日には、イニーが表を歩く事が出来なくなるだろう。
有名人の様に囲われる程度なら良いが、押しかけや誘拐。逆上して襲い掛かる者が現れてもおかしくない。
若くして強化フォームになったマリンは魔法少女内でも有名であり、イニーが関与していることは誰もが知っている。
そして今回のスターネイル。
ひとりだけならまだしも、ふたりとなれば邪な考え持った者が動き出してもおかしくない。
相手がランカー並みに強く、タラゴンの妹だとしても、中身はひ弱な少女なのだ。
更に酷いのが、殺しに慣れてしまっていることだ。
善悪の判断が出来るとしても、悪意ある情報の操作をするのが、汚い大人だ。
イニーの利用価値が高くなれば高くなる程、イニーの生きる世界は住み辛くなってしまうのだ。
tips.拠点に居る受付の妖精は、実は妖精女王直属の部下だよ




