魔法少女たちとボロボロの戦い
結界が張られ、通路と隔離された広場に電気が迸る音と、岩が砕ける様な音が響く。
今アロンガンテと桃童子が居るのは、43個目の広場である。
2人共強化フォームとなっているが、身体中から血を流し、息を荒げていた。
相手となる魔物はSS級であるが、その中でも相性により難易度が激変する魔物だった。
「剛波衝!」
桃童子の攻撃を受け、魔物の外装に僅かに傷が付く。
いや、あの桃童子の攻撃で、傷しか付けられなかった。
魔物の名前はセリオントス。機械と様々な獣が合体した様な姿であり、キメラと呼ばれる事が多い。
個体により性能に差があるが、今回2人が戦っているのは、2人に対して一番相性が悪い個体だった。
ゴリラの様な身体に機械の腕が4つ生え、背中にはスラスターや迎撃用のレーザー砲が装備されている。
腕とレーザーだけなら攻撃の幅も少なくて済むのだが、機械の部分からは機械の触手が生え、セリオントス本体は魔法も使う。
更に物理に対して耐性を持っているため、悪戦苦闘している。
「アロンガンテ!」
強化フォームになっている桃童子でも、セリオントスに致命傷を与えるのは難しい。
桃童子は、自分とアロンガンテに伸ばされる機械触手を弾き、少しでも長く時間を稼ぐ。
「ドラゴニックフレイヤ!」
アロンガンテのレールガンから打ち出された銃弾は雷と炎を纏い、音速を超えてセリオントスへ飛んでいく。
セリオントスは腕を振り上げて払おうとするが、銃弾はセリオントスの腕を突き抜け、爆発を起こす。
4つある腕の内、1つを破壊できたが、セリオントスはキメラなだけあって、自己修復が出来る。
しかし、腕が吹き飛ばされたことにより、セリオントスに隙が出来る。
その隙を見逃したくはないのだが、機械触手と背中から撃たれるレーザーは、セリオントスの意思とは別に動いているため、攻めるのが難しい。
「前に出ますので、合わせて下さい」
「承知!」
アロンガンテはレールガンを外し、ビットを魔力で繋いで、盾を作る。
外装のスラスターの出力を上げ、一気に接近する。
レーザーを盾で受け、機械触手を高周波ブレードで斬り裂く。
全てを防ぐことは出来ないが、致命傷は全て防ぎ、セリオントスの懐へ潜り込む。
「はぁっ!」
修復されつつある腕を根元から切断し、そのままセリオントスの背後に回る。
「極・槍葬殺!」
桃童子は拳を手刀に変え、アロンガンテが切った腕の断面に突き刺す。
セリオントスの4分の1が吹き飛ぶが、塵に変わる事はなく、修復を始めてしまう。
桃童子は追撃しようとするが、セリオントスの背中からレーザーが撃たれ、仕方なく距離を取った。
出来れば大技で倒したいと思っている2人だが、まだ4つの広場を越えなければならない。
(仕方ないですが、少し無茶をしますか。幸いイニーが居ますし、直ぐに治してもらえれば大丈夫でしょう)
アロンガンテが本来得意とするのはロングレンジでの射撃だ。
ビットによる索敵や防御。
高周波ブレードによる近接。
これらはオマケでしかない。
魔法とはほど遠い存在であるレールガン。
武器の特性上チャージが必要だが、その一撃は月を砕ける射程と火力がある。
しかし、常に相手の攻撃が届くような現状では、牽制程度にしか使えない。
ならば、どうやって使えば火力を出せるのか?
「30秒稼いで下さい! 攻撃は通しても良いので、被弾を押さえて下さい!」
「――やりきってみせよ!」
桃童子はアロンガンテの意を汲み取った。
捨て身での一撃必殺。
魔法少女は、魔物に負けることが許されない。
手足の一本二本犠牲にしたとしても、勝たなければならない。
先を見据えての損切り。
最低限の犠牲での勝利。
――なんてものを認められるほど、桃童子は大人ではなかった。
言葉とは裏腹に、桃童子はセリオントスに肉薄する。
一撃でも当たれば、桃童子は死んでしまうだろう。
振るわれる4つの腕に、四方から放たれる魔法と機械触手。
己の能力を最大限使い、致命傷だけは回避しながら、拳を振るう。
常人なら気が狂う程の、濃厚な死の気配。
その中で蜘蛛の糸を手繰り寄せ様にして、桃童子は生き永らえる。
(不謹慎じゃが、やはり戦いは良いのう)
数ミリ身体をずらすと、セリオントスの攻撃が桃童子の顔の横を通り過ぎる。
風圧によって血が吹き出るも、桃童子はセリオントスから目を離さない。
少しでも隙を消し、1秒でも多くの時間稼ぐためなら、血が出ることなどは些細な事だった。
今のアロンガンテは無防備な状態とほぼ変わらず、攻撃を避ける事が出来ない。
ビットによる防御は出来るが、セリオントスの攻撃に対しては紙と変わらない。
アロンガンテの準備が整うまで、残り10秒。
アロンガンテから発せられる魔力に釣られ、セリオントスが標的を桃童子からアロンガンテに変える。
残り9秒。
桃童子はその隙を見逃さず、セリオントスの膝を横から殴りつける。
セリオントスは崩れ落ちながらも、機械触手がアロンガンテへと伸び、レーザー砲がアロンガンテに照準を合わせようとする。
残り8秒。
桃童子はセリオントスの背中に飛び乗り、レーザー方の根元を殴って吹き飛ばす。
セリオントスは身体を捻り、桃童子を吹き飛ばそうとするが、桃童子はその勢いを利用して空へと飛び退く。
セリオントスが体を捻ったおかげで、機械触手の軌道が少しずれた。
そのおかげで、アロンガンテはビットを操って機械触手を防ぎ切る。
残り7秒。
空中に居る桃童子へと向って、セリオントスは口を開く。
そこには背中にあるレーザー砲と同じものがあり、銃口が光り輝いていた。
避ける間も与えず放たれたレーザーは真っすぐに桃童子向かっていくが、桃童子はレーザーを殴りつける。
普通ならレーザーによって焼かれてしまうが、レーザーの元になっているのは魔力であり、魔力である以上は魔力で対応ができる。
しかし、相手はSS級と呼ばれる魔物の中でも最上位の存在であり、レーザー一発でも、桃童子の魔力量を優に超える。
素の状態で受ければ消し飛んでしまうが、魔法を使えば、対抗することが出来る。
「点穴爆砕!」
レーザーと拳が僅かな間拮抗し、桃童子は吹き飛ばされる。
残り5秒。
もしも直撃していれば即死だったが、レーザーの魔力と自分の魔力を衝突させる事によって爆発させ、レーザーの射線から逃げたのだ。
無傷とは言えないが、死ぬよりはマシだろう。
だが、セリオントスから距離を取るということは、セイリオントスが自由になるという事だ。
後ほんの少しの時間。
その時間があれば、セイオントスがアロンガンテを殺すのは容易い。
残り3秒。
瞬く間に修復されたレーザー砲が、アロンガンテへと向けられる。
レーザー砲とアロンガンテのチャージが終わるのはほぼ同時になるだろうが、レーザーに威力を殺された場合、セリオントスを倒しきれるか分からない。
だからと言ってチャージが完全に終わる前に撃ってしまっては意味がない。
アロンガンテの頬を、血の混じった汗が伝う……。
その時だった。
アロンガンテの視界に桃童子が装備している、大きな籠手が映った。
籠手はレーザー砲の砲身に当たり、アロンガンテから照準がズレる。
(やってくれますね。一本位は覚悟していましたが、ありがたい限りです)
残り1秒。
アロンガンテはクスリと笑い、レールガンの引き金を引く。
「暁屑虚朧砲」
レールガンから放たれた弾は無数の魔方陣を通り、空間を歪めながらセリオントスに迫る。
セリオントスは回避をする間もなく暁屑虚朧砲に呑まれ、跡形もなく消えてしまった。
「お疲れ様です。それと、ありがとうございました」
「まだ先がある故、互いに無理は悪かろう。これ位、わらわには屁でもないわ」
桃童子は自分で投げた籠手を拾い、軽快に笑う。
戦いからほとんど身を引いているアロンガンテと、死と隣り合わせの戦場で戦い続けている桃童子。
アロンガンテが決めた決意は、桃童子の暴力の前に、儚く散った。
「レールガンの冷却はどれ位必要じゃったかのう?」
「5分程度ですね。イニー次第ですが、休憩は20分くらいにしましょう」
重症ではないが、2人共血を流しており、連戦をするのは厳しい。
しかし、休むほどの時間も余裕もすでに無いのだ。
「思いのほか、動きが悪くなってきましたね」
「うむ。わらわも数度見誤ってしまったのじゃ」
栄養となる食事が取れず、安眠とは程遠い睡眠。
そして連戦に次ぐ連戦。
ランカーとはいえ、既に限界であった。
「結界が解けますので、先ずは通路側をどうにかしましょう」
「うむ。相性故仕方ないのじゃが、わらわたちでは犠牲無しに捌くのは厳しいからのう」
2人から見たイニーの戦いは、純後衛職だ。
物量には物量で挑み、高火力には高火力で挑む。
前衛が居てこそ輝くのだが、1人でも戦う事ができる。
桃童子の武器は本人の四肢だけであり、防衛には不向きである。
アロンガンテはレールガンがあるので遠距離の攻撃もできるが、武器の特性上連発が出来ない。
ビットによる攻撃も出来るが、それでも手数が足りない。
イニーの場合は、魔力の消費を気にしなければ、様々な魔法を同時に展開する事ができる。
しかも4つの属性が使えるため、魔法自体に抵抗を持っていなければ、ほとんど優位戦える。
デメリットとして、本人が紙装甲だが、即死でなければ、自分で治す事ができる。
結界の中から通路を見る事は出来ないが、今も押し寄せる魔物を相手に1人で戦っているのは確実だった。
イニーの見た目と言動は冷たいが、人を助ける優しさを持っている。
そう、2人は思っているのだ。
戦闘だけではなく、寝床や水の用意。
見張りすら買って出ている。
更に馬鹿な事をした男を、何も言わず治療しているのだ。
結界が解けると、要人たちが駆け込むようにして広場に入ってくる。
多少土で汚れているが、全員無傷である。
通路では黒い翼を背中に生やしたイニーが、文字通り様々な魔法で魔物を倒していた。
白いローブは僅かながら血で染まり、後ろ姿からは気迫の様なものを感じる。
一匹たりとも魔物を逃さず、一定以上奥に魔物を行かせないようにして戦う姿は、歴戦の魔法少女と言っても過言ではない。
「イニー!」
「魔炎ノ宴」
黒と青の炎が通路で踊り、全ての魔物を焼き尽くす。
その間にイニーは広場へと入り、休憩となる。
「お疲れ様です。通路の方も強くなってきているようですね」
「運悪く反射持ちがいたので、一発貰ってしまいました。様子は見られませんでしたが、そちらも苦戦してたようですね」
「はい。物理に耐性があったので、少々時間がかかってしまいました。休憩は20分で大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
3人の中で一番魔力量が多いのはイニーであり、それなりに魔法を使ったが、それでも2割程度である。
しかも時間経過での魔力回復は、今の状態でも普通の魔法少女より数倍の速さだ。
魔力の面だけで見れば、アロンガンテたちよりも、イニーの方が有利なのだ。
「一先ず怪我を治してしまいますね」
「頼むのじゃ」
イニーの回復魔法により、アロンガンテたちの怪我と汚れが消える。
しかし、若干桃童子の顔色が悪い。
大きな怪我はしなかったが、これまでの戦いで血を流しすぎてしまっているのだ。
本人は強がって気にしない振りをしているが、顔色を誤魔化すことは出来ない。
血や土で汚れているならともかく、イニーの魔法で綺麗になったことで、一目瞭然だ。
だからと言って、これ以上休憩時間を延ばすことも出来ない。
「助かりました。休みが終わり次第出発しましょう」
アロンガンテは入ってきた側の通路の近くに座り、桃童子は反対側の通路の近くに座る。
2人共疲れているはずだというのに、その足取りはしっかりとしている。
イニーは少し考える素振りをしてから、桃童子に近づく。
「口を開けて下さい」
「うむ? こうかのう?」
普通なら桃童子も断るのだが、これまでの疲れと、一緒に戦った仲間だからか、気を許してしまった。
イニーは袖口に手を入れ、黒い物体を取り出して桃童子の口に突っ込んだ。
桃童子は噎せそうになるも、舌に感じた甘味に驚き、目を開く。
「口を開かないで下さい。それで少しはマシになると思いますが、無理は禁物です」
「……助かる」
イニーが桃童子に食べさせたのは、残り僅かなレーションだった。
それも、高カロリーのチョコレート羊羮である。
出来れば自分で食べたかったイニーだが、桃童子の様子を見て、食べさせることにした。
いくら魔法少女の身体が丈夫だとは言え、限界は必ず訪れる。
それはランカーとはいえ、例外ではない。
特に接近戦が主体の桃童子は、イニーやアロンガンテより消耗が激しい。
(ミカは良い友を持ったようじゃのう)
桃童子は口をもごもごと動かし、妹であり弟子であるミカのことを思う。
泣き虫で気が弱く、自分に懐いていた妹分。
そんな彼女を成長させたイニー。
そんな未来ある魔法少女たちの事を思うと、桃童子の頬は自然と綻んだ。
だが、それも束の間であり、直ぐに真面目な顔となる。
(50か……この感じじゃと、本当に詰みとなるかもしれんのう)
残り7個あると予想している広場だが、広場を超える度に魔物は強くなっていっている。
最後の広場には、これまでで一番強い魔物が配置されるのだろう。
イニーを温存しているとはいえ、その魔物に勝てるとは限らない。
なんなら、そこまでたどり着けるかすら定かではない。
せめて守るべき者がいなければ、余裕が生まれるが、魔法少女として一般人を切り捨てることはできない。
桃童子はチョコレート羊羹を飲み込み、立ち上がる。
何を選び、何を捨てるのか。
決断の時は、直ぐそこまで迫っていた。
tips.アロンガンテのレールガンは威力だけなら魔法少女の中でも上位だよ