魔法少女は闇医者になる
出来れば今年中に完結を目指したかったですが、もう少々掛かりそうです。
今しばらくお付き合いください。
イニーが見送る中、焔は暁の家に向かい、僅かに躊躇いながらもインターホンを押す。
彼女――焔にとって暁は親友と呼べる存在であり、所謂悪友でもあった。
親同士が仲が良かったこともあり、小さい頃から一緒に遊ぶような仲になったのだ。
お互いに気が強く、何度も取っ組み合いの喧嘩をしては親に怒られていたが、そんな2人に転機が訪れる。
学校の帰り道で魔物に出くわしたのだ。
通常なら一般人が魔物に遭遇する事態は起こりえないのだが、悪戯好きの妖精が関与していた。
その妖精はこっぴどく怒られて微罰を与えられたが、当時の2人にはそんなことは関係なかった。
魔物と戦えるのは魔法少女だけであり、幼い2人は逃げることしかできなかった。
しかし妖精のせいで、一定以上逃げようとすると見えない壁が現れ、逃げることが出来なかった。
普通なら泣いて諦める様な状況だが、2人とも気が強かったせいか、なんと魔物に突撃したのだ。
そして、2人同時に魔法少女に覚醒して、難を逃れたのだ。
それから色々と問題はあったが、2人は共に行動し、魔法少女として活動をするようになっていった。
親や先輩の魔法少女にもよく怒られたりもして、少々問題もあったりもしたが、イニーに叩きのめされてからは少しだけ落ち着くようになった。
共に成長し、共に笑い、共に泣く。そんな風に過ごせると思っていたが、魔法少女の世界は常に死と隣り合わせだ。
2人はその意味を痛感することとなった。
運が悪かったと言えばそれまでだろう。
結界内で魔物に奇襲され、主戦力となる先輩魔法少女が気を失ってしまい、2人で魔物と戦うことになったのだ。
いつもなら問題なかったかもしれないが、気を失っている先輩を守りながら戦うのは2人には難しかった。
体勢を崩した焔に魔物が襲い掛かり、もう終わりかと思った所に暁が助けに入ったのだ。
そのおかげで焔は助かったのだが、代わりに暁が腕を食いちぎられてしまった。
その後、なんとか魔物を討伐する事ができ、治療の為に魔法局へ戻ったのだが、更なる悲劇が2人を襲う。
「傷を塞ぐことは出来ますが、腕を再生する余裕が今の魔法局に……私にはありません」
欠損レベルの怪我を治すのはとても困難であり、腕一本治せば丸一日何も出来なくなってしまう。
ジャンヌやイニーがおかしいだけであり、普通の魔法少女ではこの程度だ。
そもそも回復魔法を使える魔法少女は少なく、魔女によって被害が増えている今の状態で、弱い魔法少女に回復魔法を使う余裕はないのだ。
無論2人の先輩も治せないかと掛け合ったが、頭を下げられるだけで終わった。
余裕がないのだ。
誰だって助けられるものなら助けたい。
暁は仕方ないと諦めて、力なく笑うだけだったが、焔はそうもいかない。
なんとか治すことが出来ないかと駆け回ったが、魔法局所属の回復魔法が使える魔法少女は全員フル稼働状態であり、野良の魔法少女には伝手がなくて頼むことすらできなかった。
暁の両親が焔を責めなかったこともあり、却って焔は自分を責め続けた。
そんな時、一通のメールが焔の下に届いた。
イニーの復帰祝いの食事会をするので、良かったら来ないか、と言った内容だ。
焔はイニーの存在を忘れていたわけではないが、頼んだ所でどうせ駄目だろうと思ってしまっていた。
イニーの暗く濁った眼が焔は苦手だったのも、頼めなかった理由の1つかも知れない。
しかし、既に焔は手詰まりとなっており、藁にも縋る思いで、マリンに参加すると返信した。
学園が封鎖になってから久々に会うマリンたちは変わっていなかったが、マリンだけは凄みがマシているように思えた。
お目当てであるイニーは相も変わらず物静かで、大人びている。
直ぐにでもイニーにお願いしたいが、場の空気を壊さないためにグッと我慢して、終わるのを待った。
食事の時はなるべくいつもの様に振る舞ったが、内心では暁の事で頭が一杯だった。
やっと解散の時間になり、焔はマリンの圧に耐えながらイニーを呼び止めた。
学園に居た頃は一番強いという事で暁と一緒によく絡んでいたが、マリンに撃退されるばかりであまり話す事はなかった。
焔はなるべく気丈に振る舞おうとしても、イニーの眼を見ると言葉に詰まってしまう。
だが、暁のために苦手意識を我慢する。
「暁を助けて欲しい」
イニーは首を傾げた後に、焔に何があったのかを聞いた。
焔は何があったのかを最初から話して、イニーの返事を待った。
僅かに間が空き、やはり駄目なのかと落胆した、その時だった。
「あまり良くはないですが、治しましょう。その代わり、内密にお願いします」
色よい返事とは言えないが、イニーは承諾した。
もしも焔がイニーに倒される前の様に迷惑を顧みない魔法少女だったら、イニーも助けるつもりはなかったが、最低限ちゃんと活動をしているので、助けるのもやぶさかではないと考えたのだ。
イニーによって暁の家の前まで来て、今に至る。
『あっ、紅葉ちゃんね。あの子なら部屋に居るから上がってちょうだい』
「分かりました。ありがとうございます」
暁の母親がインターホンに応え、焔――紅葉は家に上がった。
あまり敬語を使わない紅葉だが、暁の親には頭が上がらず、敬語が出てしまう。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。もう遅い時間だけどどうしたの?」
紅葉が家に入ると、暁の母親が出迎えた。
「あいつに少し用があって……直ぐに終わるので、お構いなく」
「そう……何回も言うけど、あまり気にしなくて大丈夫だからね。命があるだけでも儲けものですもの」
「――はい」
その言葉はジワリと焔の心を蝕む。
だが、もう大丈夫なのだ。イニーが治してくれるのだから。
2階に上がり、暁の部屋の扉を叩いてから入る。
叩いた所で返事は返って来ないのだが、癖で叩いてしまうのだ。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「――ちょっとな」
ベットに横たわり、片腕の無い暁を見て、どう切り出したら良いか紅葉は迷う。
「もしかして、今日の食事会の自慢でもしにきたのか? しょうがない奴だな」
いつもと変わらない調子で暁は笑う。
「その件でだけどさ、イニーって回復魔法が使えたろ?」
「……まだ諦めてなかったのか? 別に腕が無くたって死ぬわけじゃあないし、これは俺がミスしたせいだ。気にしなくてもいいって言ってるだろ?」
暁は腕が無くなったことについて、そこまで悲観してなかった。
腕がなくなったのは焔を庇ったせいだが、庇う判断をしたのは暁本人だ。
確かに腕を治せないと言われた時は呆気にとらわれてしまったが、今は特に何も思っていない。
それどころか、罪の意識を感じて看病に来る紅葉が妙にしおらしくて、さっさといつも通りになってくれないかと困っている位だ。
「だけど、このままだと魔法少女として活動できなくなちゃうだろ! それで良いのかよ!」
紅葉が怒鳴るも、暁は頭をかいて視線を逸らす。
暁は黙っていたが、明日支部に行って魔法少女を辞めようと考えていた。
腕一本で戦えるほど強くなく、このまま魔法少女として活動するのは無理があった。
既に親とは話がついており、後は魔法局で手続きをするだけだ。
しかし、この事を紅葉に話せば間違いなく怒るので、どうするかと視線を逸らしてしまった。
そんな反応を見てか、紅葉が怒鳴ろうとすると、丁度暁と紅葉の間に忽然とイニーが現れた。
イニーは右に左に首を動かし、状況を確認した後に暁の方に身体を向ける。
2人は急に現れたイニーに驚き、固まったままだった。
イニーは変身していない暁を見るのは初めてだが、流石にベッドで横になっている少女が暁だと分かった。
「どうも久しぶりですね。腕はないですが、元気そうでなによりです」
「……まあな。来てもらって悪いが、腕は治さなくていいぜ。対価を払うだけの余裕はないからな」
通常の治療と違い、魔法での治療はお金が掛かる。
欠損などはジャンヌのボランティア以外で治そうものなら、一般人では払えない額が必要だ。
特に今は金が有っても、治せる魔法少女がいない状態だ。
下手にイニーが誰かを治した情報が広がれば、新たな火種になる可能性だってある。
暁はそこまで考えているわけではないが、そこまで使える金がないのは事実だ。
「金なら俺がどうにかする。だから頼む」
イニーは何とも言えない状態に、内心で首を傾げ、アクマに相談する。
別に金など初めから取る気はなかったが、アクマから最近の回復魔法の情勢を聞いて納得した。
一応焔が軽く話していたが、イニーは治してほしいということ以外は右から左に聞き流していたのだ。
「頼まれた身ですので治すのは構わないのですが……どうします?」
イニーは2人見る。
互いに意見が食い違い、下手に強行したら文句を言われるのは目に見えていたので、一応確認を取る。
「頼む」「大丈夫だ」
意地の張り合いだが、イニーにとってはただただ面倒臭いだけだった。
イニーはため息を吐いて、2人の痴話喧嘩を見守る。
2人の痴話喧嘩――言い合いは学園に居た頃も多々あり、最終的に誰かが諫めるか、シミュレーションで倒れるまで戦って倒れるまで続く。
「とりあえず静かになさい。お代については無しで構いませんが、それでは2人の気が済まなさそうなので、貸しという形にしておきましょう。後で私の頼みを聞いてくれればそれで結構です。暁も、腕がないよりは有った方が良いでしょう?」
紅葉は得意げになり、暁は不貞腐れたように舌打ちをする。
「頼みって、まともなものか?」
「ええ。無理難題を頼むつもりはないですよ。焔もそれでいいですか?」
「構わないよ。腕が治るってんなら、なんでもしてやるよ」
イニーは「決まりですね」と言い、杖を取り出して回復魔法を唱えた。
瞬く間に暁の腕は再生され、暁は感触を確かめるように腕を動かす。
その様子を見た紅葉はイニーに礼を言った。
「一応ですが、私の事は他言無用でお願いします。それと、大変申し訳ないのですが、土足で上がってしまったので、掃除をお願いします」
イニーはペコリと頭を下げると、そのまま姿が薄れて消えてしまった。
腕を完全に諦めていた暁にとってはあまりにも虫のいい話であった。
話を持ってきたのが紅葉であったせいで少々拗れたが、腕が元に戻るなら、誰だってその方が良いに決まっている。
「……その、なんだ。ありがとよ」
イニーがやることをやって逃げたせいで、2人の間に何とも言えない空気が流れる。
「気にするな。イニーに借りが出来ちゃったけど、それ位なら、お互いに払えるだろう?」
「ふっ、そうだな」
クスリと互いに笑い、先ほどの剣呑な雰囲気が嘘だったかのような、落ち着いた雰囲気となる。
「両親には上手く説明してくれよ。イニーを敵には回したくないからな」
「テメーが押し付けたんだから、説明は手伝えよ」
少しして2人の騒ぎを聞きつけた親が部屋に入ってくると、部屋の中ほどにある泥の汚れを見た後に、娘の腕が元に戻っている頃に驚愕した。
それからてんやわんやとお騒ぎとなったが、2人ともイニーの事を話すことはなかった。
だが、2人がイニーと学友だという事知っている者は多く、その伝手で治してもらったのではないかと、少しだけ噂になる。
欠損を治せて、尚且つ自由の身でいる魔法少女はイニー位しかいないのだ。
だが、噂は噂でしかなく、そんな噂も直ぐに吹き飛ぶこととなる。
魔女の作戦が開始される日は、直ぐそこまで迫っているのだ。
tips.魔法の乱用は世界秩序を乱すので注意しましょう