8. 魔法少女、話をする!
俺と結月は、特に振り返らず口を開くこともなく歩く綾目に着いて行った。
10分くらいだろうか、同じ場所をループするでもなく辿り着いた場所は何の変哲もない公園。
住宅街の中ではあるが人の気はなく、ほぼ全ての家屋の窓は木々に覆われているため第三者からの視界は遮られている。
「ここでいいでしょう、何かお飲みになりますか?」
「大丈夫、ありがとう」
「そうですか、残念、私が誰かに奢るのは珍しいんですよ」
綾目が結月さんはどうしますか? と言った風に首を傾げるが、結月は首を横に振る。
俺たちは真っ暗な公園の中唯一光る街灯の下のベンチに座った。
「まだ夏も遠いですから、冷えますね」
「じゃあ、メロンパン食うか」
「それは……その板状の物体がメロンパンなんですか……?」
「ハチ、メロンパンに家族を殺されたのか知らないけど、それはもう虐殺だからね? メロンパンに対する考えうる限り最悪の」
結月はいつもそんな風に俺を見るから分かるが、綾目にもなんか同情する目で見られてしまった。
やめろ! そんな目で見るな!
俺が何をしたっていうんだ。
「いらないのならあげないぞ」
「いらないいらない」
「き、気持ちだけ頂いておきます」
俺は渋々とメロンパンをポリ袋の中に優しく、赤子をあやすように戻す。
「ご、ごほん」
「あ、悪い、それで話って?」
「ハチさんの前に、実はまず結月さんにお聞きしたいことがあります、なぜ魔法の存在が一般人のハチさんに知られているのに、その人間に対して記憶消去の魔法を使わなかったのでしょう? ターコイズの球を持つあなたでしたら、これが誓いに反することだと知っているはずですよね?」
「あー、そのことなんだけどね、ハチに何か魔法使ってみれば分かるよ」
と、誓いを破ったことを責められているっぽいが、特になんの焦りを見せることもなく、今まで我慢していたのだろうか、帽子を取ってそう言った。
白銀の髪が街灯を反射してダイアモンドダストのように一瞬煌めく。
「そうですか、分かりました」
立ち上がった綾目が暗闇に手を伸ばすと、その先にどこからともなく白く輝く杖が現れた。
「おい、おい」
……あの時見た杖と違う気がする、があの時も街灯があるとはいえ暗闇だったし見間違いかもしれない。
少なくとも、俺が見たの少女はこの黒髪の綾目だったことは確信できる。
「安心してください、私は安易に人の命を奪うようなマネはしませんよ」
「そ、そりゃ良かった」
俺の前に来た。
杖を軽く俺に向けて振り、子供を眠りにつかせるような優しい声で柔らかに唱える。
「オペアールエー」
杖の先に毎度お馴染み【何か】が集まって俺に降りかかる。
この黒髪の見た目で魔法を撃たれるのは少しトラウマだ。
しかし、なにもおこらなかった!
「今のは何の魔法なんだ?」
「……相手のことを意のままに操る魔法だったのですが」
「体験したことないから分からないけど、操られているという感覚はないな」
「あり得ないなんてあり得ない、とは本当に言い得て妙ですね」
「なにそれ、ハ○レン?」
ぽふ、と横に座る結月が俺を帽子で軽くはたく。
「バカ、魔法使いになる時に教わる教訓の一つだから」
「私の魔法を跳ね返している訳ではないようですね、ハチさんが鍵の可能性はあるのでしょうか」
鍵、また出てきた。
「考えたけど、こんなに簡単に見つかるようなものなら私たちはこんなに苦労してないかなって」
「確かにそうですね、メロンパンを虐殺するような人に鍵が務まるとは思えません」
メロンパンを虐殺?!
どこだ、そいつはどこにいるんだ。
それより。
「鍵って何なんだ?」
「結月さん話してあげてないのですか」
「だって、記憶があるからとはいえ一般人だし、私たちの問題に首を突っ込ませるのもどうなのかなって思ったんだよね」
「魔法が効かないという魔術的な特性を持っている以上、ハチさんを一般人だとは思うのは悪手です、これからは私たちサイドの人間として扱うべきですよ」
「俺は一応一般人のつもりでやってきたんだけどな」
「残念ですが、ハチさんは一般社会の中でも、そして私たちの世界の中でも一般的ではないのでもう戻れませんよ」
「そんなぁ」
「それで鍵というのはですね、私たち魔法使いが所有している天使の箱を開けることができると言われているものです」
「天使の箱ね、さぞかし凄いものが入っているんだろうな」
「凄いの一言で片付けていいものではなかったですよ」
「なかった? てことは他にも天使の箱があって、既にそっちは開けたとか?」
「惜しいですね、私たちが過去に開くことに成功したのは天使の箱と対になる存在の悪魔の箱です、その中身は……まあまた今度お話しします」
「ちょっと待ってめっちゃ気になる」
天使の箱とか悪魔の箱とか!
急に厨二病みたいなこと言い始めたけど!
既に魔法をこの身をもって見せられている俺としては、そんな思春期の中学2年生が書いて机の隙間の隠しておこうとするような非現実的な日常も信じざるを得ないのである。
とてもその中身が気になるところだが、魔法少女の2人は首を小さく横に振る。
「あまり、いいものではありません」
「あれは、ずっと隠しておくべき」
それ以上は聞かない方がいい気がして、沈黙の空気がその場を支配する前に俺は口を開いた。
「あー、俺が鍵って言われてるってことはその悪魔の箱を開けた鍵っていうのが一般的な人だったってことか」
杖をまたどこかに仕舞った綾目は「正解です」と言わんばかりの微笑みでベンチに座りながら頷く。
「安心していいよ、ハチは一般的じゃないから」
「おい」
ツッコんで、綾目の様子が変なことに気が付いた。
なんで俺たちを見て微笑んでいるんだ。
なんというか怖いぞ。
「なるほど」
綾目はうんうんと一人で勝手に頷き始めた。
本当にどうしたのだろうか、赤べこになる魔法でも撃たれたのか?
「どうした?」
「いえ、なんでもありませんよ……」