7. 魔法少女、再び!
「うおおおおお買え買え買え!」
……なんて叫んでいたら出禁になった挙句警察を呼ばれてしまうので心の中で叫ぶ。
狙い目は缶詰、冷凍食品、乾麺の類。
お弁当系は賞味期限ギリギリを攻めて4日分だけ買い込む。
パンもいいな、学校での間食用に買っていくか。
どれにしよう、メロンパンがいいか、あとメロンパンだな、そうなるとメロンパンだな、あーでもメロンパンも買わないとな、ここまできたらメロンパンだな、最終手段メロンパンだな、いやでもやっぱメロンパンが魅力的なんだよな〜
よし、あとはメロンパンだな!
あれ、在庫が無くなってしまった。
残念だ、まだまだ足りないのに。
いつも通り両手にカゴを持ち、いつも通りの9割メロンパン1割の乾麺やお弁当系の非常食を少し潰れてでも入れる。
よし、まだ入るな。
「あ、あの人カゴにメロンパンしか入ってない……」
「ママー、あの人メロンパンを圧縮してる」
「見ちゃダメよ!」
「メロンパンへの冒涜だ……」
「ヤマナキパンに怒られろ」
「メロンパンって板の形だったっけ」
「そ、そんなわけないだろ、アイツがおかしいんだ」
なんか視線を感じるが、気のせいだろう。
「さて一ヶ月分は揃ったしそろそろ帰るか!」
この量を店員にやらせるのはとても申し訳ないので、いつもセルフレジに並ぶ。
俺の好きな瞬間だ、レジに並んでいる時にセール商品が見えるのでそこで店長の気まぐれ商品追加がないかを虎視眈々と狙い、レジの列から抜けるかどうかの賭けをする。
ここで役に立つのが大家さんから教わった技術で、店長の帽子が赤い時は商品追加が起こりやすい、逆に白だった場合は絶対に何もない。
今日は帽子が赤いし、さらに店長がさっきからセール商品を入れる棚をチラチラと様子を見ている。
これはそろそろ来るだろう、よし来い、俺が列を抜けるかどうか賭けをしようじゃないか。
「来た!」
店長が合図をした。
二人の店員が奥から搬入用のカートにたくさんの菓子パンを乗せてやってくる。
待った……菓子パンだって!?
まさかあの伝説球とまで噂されていた低確率イベントである菓子パンの日が今日来たのか!?
これは好都合だ! まだまだメロンパンが足りないと思っていたところだから!
こうなっては行くしかない、次の次くらいでレジに入れるところだったのを切り上げ、セール商品の並べられていく棚へ急行する。
だが安売りを狙っているのは皆同じで、俺がたどり着くよりも前にこれを読んでいた人だかりができて俺の近づく隙が無くなっていく。
「なんとしてもメロンパンだけは……!」
安売りを狙う色んな人におしくらまんじゅうされ、俺が鉛筆だったら一瞬でダイヤモンドになってしまうんじゃないかと言わんばかりの攻防の中、最前線にたどり着いた俺は詰まれた菓子パンの中によく見たパッケージを発見した。
「あ、あれはまさか!」
見間違うはずがない、これまで幾億個とも思えるほど触ってきたヤマナキパンのメロンパンの淡いエメラルドグリーンのパッケージ。
神様、俺はメロンパンのために生きメロンパンのために死ぬ覚悟ですどうかこのメロンパンは俺の栄養素とさせてくださいお願いします何でもしますから。
見える側だけでもこれしかないメロンパンを一直線に掴もうと手を伸ばす。
しかし神は俺を見放したようだ。
いつぞやの結界を思い出す寸前までになってきた圧縮空間の中、横からやけに見覚えのある綺麗で透き通っているようにも見える健康的な肌の手が伸びてきて……
俺のメロンパンを取ろうと奮闘していた手と重なった。
なんか、見たことのある手だな……
「げ」
「げ?」
手が伸びてきた方を見ると、なんと結月がいた。
「ゆ、結月」
「な、なんでハチがここに……」
しかも私服。
家に帰ったらそのまま眠れる風な、健康的な体がどことは言わないがいろいろ浮き出ている無地の白いTシャツと灰色のスウェットのパンツ。
白銀のような髪がつば付きのよくある帽子の中に隠されているから最初は一瞬誰だか分らなかった……
が、後ろから垂れてきている一つにまとめられたポニーテールが綺麗すぎてすぐに分かってしまった。
想像もしていなかった新鮮な一般的な女の子の姿を見て、俺の胸が絞められるように痛くなる。
この苦しみは何かの魔法なのか。
あの使い魔か?
「あー、メロンパンいらない? 貰うね」
「…………あ、おい」
結月はメロンパン一つを手に取り、慣れたように圧縮空間からするりと抜けて行ってしまった。
俺は残されたパンたちを振り返ることもせず、圧縮される空間から脱出しようと踏ん張った。
結月を追いかけるためかって?
違う違うそんなわけあるか、もうメロンパンがないのならこの空間にはいる意味がないからだ。
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俺が少し急ぎ目でセルフレジでメロンパンを大量にスキャンして会計して店の外に出ると、俺を待つ人はいなかった。
……まあ当然なんだけど。
両手にメロンパンをパンパンに詰めた袋を抱えて俺が乗ってきた自転車のところに行くと、薄暗がりに人が立っていた。
それだけならまあ普通のことなんだが、明らかに俺の置いた自転車に座っているんだ。
うわー、ヤンキーかな。
最初はそう思ったが、どうやらあそこにいるのは一人だけのようだ。
しかも体格的に女。
電話をしているわけでもプロジェクト○のように俺の自転車のサドルを盗もうとしているとかでもない。
「ちゃんと折り畳み自転車らしく折りたたんでおけば良かった」
話しかけて警察沙汰になるような人だったら後味悪いし、あまり近づきたくはないんだけどな。
俺のメロンパンちゃんたちをこれ以上人の目にさらしたくはない。
勇気を出すんだ俺!
「あら、戻ってきましたか」
大して物音は出していなかったはずだが、ソイツが振り返ったのが薄く浮き出る影で分かった。
おい待てこの声。
その女は俺の自転車から降り、こちらへ近づいてくる。
ただなんというか、この前の殺気に近い空気は感じない。
しかし幻肢痛が徐々に肩を叩くレベルを上げてきて俺に危ないんじゃないか? と警鐘を鳴らし始める。
「そんなにたくさん抱えて、よほどメロンパンが好きなんですねハチさんは」
スーパーの明かりで照らされるところまできた女は予想通り、綾目礼音だった。
だが、佐々木の告白の時に見た制服のままの彼女はローブも着ていないし杖も持っていなかった。
「な、何の用だ」
「今日学校で話したことについて、少々ハチさんたちとお話をしてみたいくなりまして」
「俺には無いんだけどな」
焦っているのは自分でも分かっているが、そっけない風に返す。
それを見た綾目はふふ、と可愛らしい声で笑う。
少し怖いが、本当に敵意がないような気がする。
魔女なら、こういう心の操作はお手のものなんだろうか。
ついていって話を聞くだけならいいかと、了承しようとした瞬間。
「話なら私もあるんだけど、一緒に行っていい?」
さっき聞いたばかりの結月の声がしてその方向を見ると、帰ったと思っていた結月が暗闇から歩いて近づいてきていた。
スーパーの光も街灯も当たらないところにいたみたいだ。
しかし綾目は落ち着いた様子で、微笑みながら。
「是非ご一緒に」