5. 魔法少女、告白!
「────好きです付き合ってください!」
「ま、まだ佐々木くんもクラスメイトとも数時間しか過ごしてないじゃん? だ、だからさお友達、からなんてどう?」
あのバカ。
待ち合わせの時間よりも相当前に着いて何を言うか練習っぽいことをして、やる気がすごいと思っていたが。
いざ結月と見合って見れば開口一番に告白なんて。
というか結月の言い分はもっともだ、彼女は今朝この学校に来たばかりで佐々木どころか仲良さそうにしていた女子ともまだ満足に会話していないだろうに。
佐々木とは高校に入学してからの付き合いでまだあまり日も経っていないが、そういうところで不器用な人間だということは知っている。
友人の恋路だ、俺がサポートするべきだったのだろう、しかし一般的な高校生男子には厨二病に似た謎のプライドがある。
別に、別に!
結月と佐々木の仲を応援したくないわけではないんだ!
付き合ったのなら付き合ったで佐々木にはおめでとうと言ってやることはできるし、これから頼まれればしっかり中を取り持つようなムーブはできる!
だが、今この瞬間は何もする気になれなかった。
あわよくば失敗し────
「あれ? ハチ? なんだ見てたの?」
気づくと目の前に銀髪の美少女がいた。
「うわ! なんで結月がここに?!」
一応言っとくがここは2人のことを見下ろすことができる旧校舎2階の廊下だぞ!
今まで1階の、それも外にいたのに、次の瞬間には俺の目の前にいた!
「視線を感じてね、見た人の記憶をちょっと弄っとこうかと」
「それってそんな簡単にポンポン使っていいものなのか」
「バレなければいいの」
意外と緩いんだなそこら辺のルールは。
「それにしても入学早々告白なんて、さすが、モテモテだな」
「羨ましいの?」
「いやそんなことない」
「あそ、じゃ、帰るから」
「ん? そういや佐々木は?」
「死期の差し迫った顔してどっか行っちゃって、私が追いかけるのも違うかなと」
「そうなのか、まあ、ああいうのは明日には立ち直ってるから安心しろ」
そうなんだ、と結月は言い残して階段を降りて行った。
なぜかもう少し、話したかったと思ってしまう俺が怖い。
相手はバーサーカー、ヘマすればその場で死ぬ。
「お、俺も帰るか」
え。
「ごきげんよう」
「あ、ごきげんよ────」
え、この声はまさか……?!
映画では背後を取られた人間はすでに銃を向けられているというのが定石だが、俺はそんなこと思い出す余裕も無く人間の出せる最高速度と自慢できる速さで振り返った。
「お、お前がなんでここに?!」
黒髪のサイコ美少女魔法使いがそこにいた!
しかし、杖を構えてはいない。
俺のいる旧校舎2階は文化部の部室があるため人通りが稀にある。
だから結月と同じで、人目を気にしてこんな場所で魔法を使ったりはしないのだろう。
「私は部活に入るためここに来ていたのですが……私はあなたとどこかでお会いしましたか?」
「…………は?」
なんだって?
肩に無いはずのジクジクとした痛みが走る。
「お、お前はこの前俺を殺そうとして……」
結月と同じ女子制服を着て俺の目の前に立つその姿は間違いようもなく北高生だ。
普通の学生らしくリュックを背負って、ローブなんか怪しいものは一切着ていない。
「演劇部に所属している方なのですか?」
「と、とぼけるなよ、魔法だよ魔法! あの夜魔法で俺を殺そうとしたじゃないか!!」
「魔法……」
一瞬、俺の目の前が真っ暗になった気がした。
しかも少し苦しい。
いや違う、この黒髪サイコ美少女に睨まれたんだ。
ほんの一瞬目の色が変わってあの夜のように殺気を感じた。
しかし次の瞬間には元通り、どこにでもいる女子高生に戻った。
睨まれた今の数秒の間に俺は走馬灯を見ていた。
この女、やばすぎる。
俺の全細胞を構成している全原子、その中の全電子、中性子、陽子がこの女はヤバいと告げている。
バーサーカーがミジンコに思えてくるくらい。
「ふふ、魔法ですか面白いですね、その劇にはぜひ招待して欲しいものです、では私はこれで」
「…………」
「そんなに身構えなくてもいいのでは?」
そうはいくか。
口調はまあ置いておいて、とぼける反応はどこにでもいる女子高生のそれだ。
そんな馬鹿な、油断させようとしているのか。
俺が背中を見せた瞬間、あの謎の弾丸を撃ち込まれるに決まっている。
うすら笑いを浮かべていた黒髪美少女だったが、俺があまりにもビクビクしているので愛想を尽かしたようにほんの少しだけムッとした顔になる。
でもそれは先ほどの恐怖を呼び起こすようなものではなく単に女子が冗談でするような顔だ。
「初めて会った人にその態度は失礼ではありませんか?」
そう言う様子は本当に敵意が無さそうだ。
俺は少し落ち着いてみる。
とりあえず深呼吸だ!
「落ち着いていただけたのなら何よりです、意味も分からずずっと怖がられていたらこの私も……失礼、自己紹介がまだでしたね、私は1年3組の綾目礼音と言います」
「お、俺は1年1組の────」
「ハチ、と周りのクラスメイトから呼ばれているようですね」
「俺をやはり知っているのか」
「名前だけですがね、今日転校してきた美少女に付き纏う害虫がいると私のクラスメイトまで盛り上がっていましたので」
害虫?!
俺そんなふうに思われてたの?!
「害虫って……あそうだ、その転校してきた美少女のことは?」
「結月結衣さんでしたか、私も1組の前を通りかかった際にちらりと見かけましたが確かに男子が騒ぐのも頷くことができます」
あんたも結月に負けないけどな。
なんてイケメンなら言えるのだろうが俺は無理だ。
でも、
「それだけか?」
「と言いますと?」
「会ったことはあるのかってことだ」
「ないですね、どこから転校してきたのかも知りませんしあれほどの美人とお知り合いでしたら私も嬉しいのですが」
本当に、本当に知らないみたいだ。
ならこれ以上引き止めるのも申し訳ない。
「そうか、その、引き留めて悪かったな」
「いえ、楽しかったです、お芝居頑張ってくださいね」
「俺は演劇部じゃないんだ」
「知っています、お返しで茶化したんですよ」
それでは、と俺が乱暴に引き留めたのとは真逆に丁寧に別れの対応され気まずくなってしまった。
階段を降りていく後ろ姿を見て、先ほどの自分の考えがどんどん崩れていく。
あの一瞬感じた殺気は何だったのか、俺の気のせいか?
そんなバカな、ほぼ全ての特徴が一致しているんだぞ。
確かに月明かりはあったとはいえあの夜の明るさでは人間の認識力は落ちていただろう。
俺が狙われた理由が分かれば結月への土産話になるかとも思ったが、まさか分からないことがさらに増えるなんて。
とりあえず明日結月に聞いてみよう。