4. 魔法少女は人気!
結月結衣。
この女は、あの夜記憶消去の魔法とやらで俺の記憶を消したつもりだったらしい。
しかし実際は俺の記憶は消えていない。
それに気づいて焦った結月は俺を魔法関係なく物理的に記憶喪失の状態にしてやろうと、杖の周りを魔法使いお得意の【何か】で覆って俺を殴らんと襲い掛かってきた。
ホントに怖かった。
死ぬかと思ったし、あれは絶対殺す気だった。
ボロアパートであがる悲鳴と大きな物音。
警察沙汰待ったなしの状況だったがさすがはバーサーカ……じゃなかった魔法使い、そっちの方についてはしっかり小さめの結界を張っていたらしく対策されていた。
そのため近所迷惑にはならなかったが、俺にとってはとてつもなく迷惑だった。
最終的にいろいろあって俺の抹殺計画(即興)を諦めた魔法少女は────
「屈辱的だけど、ダイアモンド球に次ぐターコイズ球の私の魔法が効かなかったのは事実で、私の鍛錬不足と受け止めよう」
「はあ」
良く分からんが、自分に言い聞かせているみたいなのでとりあえず聞いておく。
「何度も言うけど、魔法使いは本来一般人にその存在を知られてはいけないんだよね」
「はあ」
「だから記憶を消せなかったあなたには箝口令を敷く」
「まあそうなりますわな」
箝口令って今の時代にこの歳でわざわざ言うやつ初めて見たぞ。
結月は腰に下げられたポーチから親指の先っぽくらいの大きさのビー玉? を取り出して杖を向けた。
「私はあなたのことを信用できない、だから箝口令を守らせるために使い魔をあなたに憑かせる」
「使い魔!? 急に魔法使いっぽい」
「あなたが他人に私や今夜のことを話せば、話された人間に記憶消去の魔法がかけられる、一応あなたにもね、あとはおまけで苦しくなる」
そう言って結月はオレンジ色に鈍く光り始めたビー玉使い魔を俺に持っているようにと渡した。
「おまけがメインなんですけど、なんか隙あらばまだ殺そうとしてないか?」
「当然でしょ、私たちの存在は絶対に公になってはいけないんだから」
「おいやっぱ殺そうとしてたのか?」
俺の質問を振り払うように立ち上がって玄関に向かう結月。
「じゃ、帰るから、ほんとに誰にも言わないでね、言ったら……」
「言いません言いません! 言いませんからその杖をしまってください!」
「じゃあね、情報ありがとう、でも二度と私たちに関わらないでね」
と言われても俺から関わりたくて関わったわけじゃないしな。
瞬きをした次の瞬間に甘い香りと共に消えていた彼女、その時は名前くらいは聞いておきたかったと後悔していたものだが、今こうして同じクラスに通えているんだと考えると終わり良ければ総て良しという言葉はこの時のためにあったのだと思わざるを得ない。
理科室に置いてある雑巾を干すための洗濯ばさみでわき腹を刺される。
「いて」
「おい、何妄想にふけった顔してんだハチ、まさか結月さんとのあれこれを」
「間違ってはいないが間違ってるぞ、ほらプリント回ってきてんぞ」
結月を見やると別の班で笑顔を振りまきながら良いクラスメイトを演じている。
何も知らなければ、そう、はたから見ればただの美少女生徒なんだ。
素性を知れば真性のバーサーカー。
「お、サンクス、それでなハチ、俺は決めたんだ」
「何を」
「俺は結月さんを彼女としてお付き合いを申し込む!!」
「は?」
やめとけやめとけやめとけやめとけやめとけ悪いことは言わないから。
なんて恋した男子に言うこともできず。
「なあハチ、どうだろうか」
「いいじゃないか、応援してるぞ」
言うと、プリントを回し終えた佐々木は手を祈るポーズに組んで俺を見る。
なるほどね。
「ハチさ、お前結月さんの前だよな? ちょっとイイ感じに呼び出してもらえないか」
「だが断る」
「なんでだ! まさかお前も結月さんを!?」
「断じて違う、断じてだ」
「そうか! ならおねがいしてもいいよな! このお礼は必ずする!」
「残機がいいです」
あのバーサーカーに何か頼んだら俺は多分死ぬ!
ライフを1UPさせてくれ。
「ザンキ? ザンギ〇フか? 格ゲーが欲しいのか?」
言っておくが佐々木はバカだ。
「いらない、何でもないから任せとけ、いつか飯奢れよ」
「あ、ああ」
「ということがありましてー、あの結月さんには放課後帰る前に、ちょっとでいいんですが、旧校舎裏でお待ちいただきたいんですね」
「放課後? 分かった」
突然振り返って話したものの、今回の結月はなぜだかやけにフランクだ。
とりあえず防衛反応が出て俺は咄嗟に身構える。
「うっ…………!」
「何してんの?」
何もしてこない……?
まあ、こんなに人のいる教室内で自分が魔法使いだとバラすようなヘマはしないか。
「こんなところでするほど馬鹿じゃないからね? それにしても話ってなんだろ」
「才色兼備で今までやってきたなら、分かるんじゃないのか」
「まー大体はね……佐々木君かぁ、ハチはどう思う?」
「お前まで俺をハチと呼ぶのか」
才色兼備は冗談だったんだが、否定しないし。
「呼びやすいからね、佐々木君とは長いの?」
「佐々木はここに入学してからの付き合いだ……」
「そうなんだ……ん、どうしたの?」
「いや、話してみたら意外と普通の女子だなと思って」
あの時は怖くて全ての動作が俺を狩るための下準備に見えたが、こうして制服を着ているただの女子生徒として相対すると、一つ一つの仕草がどこにでもいる人間なんだとちょっぴり思う。
垂れてきた白銀の横髪を耳にかけるとか。
肩にかかる髪が彼女の呼吸で自然にはらはらと分裂したり、絹のように纏まったり。
先生にバレない程度だが自分の新雪のような肌の特性を完全に理解した誇張しすぎないメイク。
ニキビや乾燥の一切見当たらないことから保湿関係を頑張っているのだろう、一流の職人があつらえた新品の水晶のような顔肌。
園芸師が朝、水をやって水滴が輝く咲いたばかりのスミレの花の色に似ている目は一日中見ていても飽きることはない。
体型だって、変態と思われたくないのでそこまで言及はしないが、この年でどれだけの努力をしたのかと女子なら全員聞いてしまうんじゃないか?
それほど整えられたモデル超えの体型。
少し折られたスカートから覗く足すら毎日毎秒欠かさず手入れしているのであろうことがうかがえる。
まとめて簡単に言えば綺麗なんだ。
女子高生として見ることができれば。
「は? 意外とってどういうこと?」
「ハッ……!」
終わった……!
「ユイちゃーん!」
突然廊下からファンがアイドルを呼ぶような黄色い声がした。
「おー! みんな!」
結月はそれに丁寧に笑顔で手を振ってから席を立つ。
席を立って離れる瞬間、名前は知らないものの安心感のある甘すぎない爽やかな花の匂いがして心がくすぐられる。
俺の他にも通り過ぎた道にある席の住人たちは全員どんな会話をしていても振り返ってしまっている。
なんというか、ある種の魔女なんじゃないだろうか。
「助かった……!」
「おうおうハチ、どうだったよ、ちゃんと呼び出してくれたんだろうな」
「もちろん、期待してくれ」
廊下へ向かう結月を見ている佐々木だが、その目は側から見ると危ない人のものだ。
「ああ、結月ちゃんの足首、見えるかハチ」
「……見えるけど」
ついついつられて見てしまう。
ち、違うぞ、佐々木が言うから見てるんだぞ!
決して足フェチとかそういうんじゃないぞ!
「あの、モデルみたいに完璧な比率になってる太ももとふくらはぎから伸びているとは考えられないほどキュッと締まった足首にアキレス腱、いいよなあ……」
確かに俺もそう思うけど、
「口に出していうともう危ない奴だぞ、周りに聞こえてたらどうすんだ」
「はあ……全てに見惚れちゃうぜ……」
「モノは言いようだな」
なんだか結月がかわいそうなので、俺も旧校舎裏の近くまでバレないようについて行くことにした。