3. 魔法少女、学校に通う!
眠い眠い子守歌のような現代文の授業が終わった休み時間。
次の時間は移動教室で、続々とクラスメイト達が移動していく。
それなのに銀髪の美少女は俺の後ろの席で両手で顔を覆って机に向かっている。
何かとんでもないミスをしたみたいに。
大きくため息を漏らす。
「ほんっとに分からない」
「何が?」
「とぼけないでよ、もー最悪」
「俺に記憶消去の魔法が効かず、さらに転校してきた先のクラスに俺がいて席も前後ってことか?」
「分かってんなら少しくらい申し訳なさそうにしてよ」
ははは、残念だったな俺は嬉しいんだよ!
……なんてこの人の目の前で言ったらたちまち即死魔法か何かの類で攻撃されそうだ。
うすら笑いの裏で冷や汗が流れる。
実はこの銀髪美少女、名前を聞いてみれば結月結衣という不思議な魔法使いとは打って変わって何とも変わり種のない可愛らしい名前だった。
しかも、夜の月に照らされて銀色に光っていると思っていた銀髪は日中見ても見たことないくらい綺麗な銀色だったし。
服装だってこの北高の女子制服を他の生徒と同じように来ているし、杖やローブの代わりにただの爽やかなブルーのリュックを持参している。
なんというか結月結衣は普通の女子高生だった。
────それを知ったのは今からは今日、そして俺が黒髪過激魔法使いに襲われた日から一週間、肩のもうないはずの痛みに悩まされる夢も段々と薄れてきた頃だ。
微妙な時期に転校生が来るというので、隠し味程度の期待を胸に学校に着くとクラスがざわついていた。
主に男が。
「ハチ!? 聞いたか?」
ハチ、というのは俺のあだ名だ。
「佐々木? なんだそんな血相を変えて」
ホームルームなのに皆まだざわついているし、隣の佐々木が話しかけてきた。
「転校生のことだよ! めちゃくちゃに可愛いらしいぞ! やばい我が青い春が来るんだ!」
「マジか可愛いのか!」
それは聞き捨てならない!
「話した人はもれなく惚れてしまう声と対応力で」
「おお!」
「どこから転校してきたか分からないけど、そこでも超人気で!」
「おおおおおお!」
「髪がめちゃくちゃ綺麗な銀髪で!」
「おおおおおおおお! ……お?」
……なんだと?
「おい今なん────」
「それでなそれでな!」
興奮する佐々木の後方、がらりと教室の前ドアが開く。
「少し胸は足らないもののモデルみたいな体つきで観るものすべてを魅了するらしい!!」
「まさかな……」
先生に続いてコツコツと、上履きを履いているはずなのに聞こえてくるピカピカに磨かれたであろう革靴の音。
「職員室で見かけたヤツの話じゃ一億年に一人生まれるかどうかっていうレベルの美少女!」
「…………」
一億年に一人、ね。
一本一本手間暇かけてケアされているのであろうさらさらとした髪をなびかせて入ってきた美少女は、案の定あの時の魔法少女。
入ってくるなり手前の席で手を振る2~3人のウェイ系クラスメイトに向けて既に知り合いだったかのように笑顔で振り返す。
柔らかな、見たもの全員が一瞬で惚れてしまいそうな(というか男子は多分全員惚れてる顔してる)笑顔でクラスメイトを見回し──
「あ」
目が合った。
「う」
「う? どうしたの結月ちゃん? 体調悪いの?」
先生、彼女は体調悪いわけではないと思いますよ。
「い、いや、なんでもないです」
「そう? なら自己紹介しちゃおっか!」
「はい……」
まじか、と驚きと落胆の目で俺を見られたような気がしたものの、一瞬ですぐにクラスメイト用の笑顔に戻っていた。
さすがだ、俺なら初めて暗い部屋一人でシャ〇ニングを見た時レベルに叫んでいた。
「初めまして、私は結月結衣といいます、前の学校ではユイって呼ばれてました! よろしく!」
男子女子問わず発射される力強く盛大な拍手が起こる。
俺も拍手くらいはしとくか!
ただ、とてつもなく嫌な予感がする。
「席は……あ、ハチ君の後ろ空いてるからあそこね!」
「「は?」」
俺と銀髪美少女結月がハモり、それと同時にクラスの男子の目線が一斉に俺に向いた。
目線というか殺意に近いそれは俺を容赦なく貫いていく。
おい佐々木、お前は味方だよな?
「ハチ、お前見損なったぞ」
「俺は何もしてないだろ」
このクラスでの数少ない友人はまさかの敵だった。
周りのクラスメイトも俺に攻撃をしてくる。
「ハチ君、君ってなかなかやるね」
「俺は何もしてないんだよ」
学年一、二を争う学力で実は俺と幼馴染のイケメン青年田中。
冷静でイケメンでいつでも女子に人気なお前まで敵に回るとは!
「この前の1000円返していただけませんか」
「お前は誰なんだ」
こいつは……!
いや誰だ。
この田中に負けず劣らず爽やかな紳士系のイケメンは誰だ。
熱い目線で(一方的な)戦いを繰り広げる俺たちの間を颯爽と結月が歩いて通る。
あ!
今また一瞬だけ俺を見て苦虫をかみつぶしたような顔をしたのを忘れないぞ。
それで後ろの席に座って、リュックの中身をいくつか机にしまったり筆箱を置いたりしていたりとしていただけなのに、その間にもしっかり俺の背中には視線が刺さっていた。
てなわけで、こないだの銀髪美少女魔法使いは俺と同じクラスでこれから約三年間勉学にいそしむのであった……
「誰に説明してんの? それより次移動教室でしょ? 早く行ったら?」
「お前もな」
「お願いだから早く私の視界から消えて」
チリっと、俺の頬が焼ける感覚がした。
「はい直ちに」