10. 魔法少女のありがたみを知る!
スーパーに自転車を取りに行く時にはバカとか、なんで忘れてくるの、とか色々話した……というか一方的に言われる形で会話っぽいものはしていた気がするんだが。
おかしいな、俺の家に帰っている今は何も話していない。
自転車のチェーンの音が無限に聞こえるだけ。
気まずい。
いつもの冗談のように話しかけようとするも、出てくる言葉は薄っぺらいものでしかなく、まるで蓋があるかのように喉でつっかえてしまう。
結月は結月で後ろから俺の歩く速度に合わせていて、絶対に俺の横に来ない速さでついて来ている。
時々、ゴソゴソと衣擦れの音がした後ぽちっとスイッチのような音がしているのでスマホを見ているんだろうなと思う。
公園から俺の家までそこまで離れていないはずなのに、時間が無限に感じられる。
怖がっているのか? 俺は。
話したら殴られるとか思っている。
いや待て、怖がっているだって?
……そうか。
仮に怖がっているんだとして、よくよく考えればそれは失礼なんじゃないだろうか。
綾目を怖がるのは殺されかけたからまあ仕方がないとして、結月はあの時俺を命の危機から助け出してくれたんだ。
そんな大のつく恩人を、記憶を消すことができずに焦っているところを目の当たりにしたくらいで怖がるなんて、どうかしていんだ。
間違っていたのは俺だったんだ。
そう思うと、胸と喉のつっかえが半分くらい消えた気がした。
「まさか本当にクラス1、いや学校1の美女さんと同棲できるなんて思わなかった」
冗談のつもりのセリフは、スッと出てくるようになった。
「うわ、なに急に……あと同棲じゃなくて礼音さんが手を回してくれた隣の部屋を借りてそこにいるだけだから」
うわって言われた。
自称鋼鉄のメンタルの俺でも少し傷つく。
だが、結月は声色的にそこまで嫌がっている風ではないみたいでそれ以上は何も嫌そうな態度とか、ため息をつくなんてことはしなかった。
というかスマホを触っていたっぽいのがまさか綾目と連絡をとっていたとは。
いつ連絡先交換したんだろう。
しかもボロアパートとはいえ、どうやってこの短時間で部屋を借りたんだ?
「そろそろ着くぞ」
「なんかここら辺見たことある」
「知ってるのか?」
「うん、知り合いの家が近いしハチを助けた時も通った気がするから」
遠くから……まあどこからかは知らないが、転校してきた結月にもここら辺の知り合いがいるのか。
まあ転校初日に別クラスの女子と仲良いくらいだから、当然か。
「……ありがとうな」
「え、何急に気持ち悪い」
「気持ち悪いて……なんというか、俺お前に助けてもらってからちゃんとお礼言ってなかった気がしてさ」
「そう? 別にいいんだけど」
最初は冗談だと思って聞いていたのか恩を着せないためなのか口調は軽やかだったが、俺が真剣に話しているのが伝わったようで段々と真面目な空気になってきた。
「しかも、命の恩人のお前のことが怖かったんだよな」
「あー、殴りかかったから? てかやっぱ怖がってたんだ」
俺は結月を責めていないのが伝わる程度に小さく頷く。
「失礼な話だよな、ごめん」
「ううん……話してくれてありがとう、たしかにやり過ぎた自覚はあってさ、嫌われてるのかなーと思って少し凹んでたんだよね」
「そうだったのか、全然気がつかなかった」
「おい……ま私もちょっとハチの扱いが雑にしちゃってたけど」
「な、なあ」
「ん?」
自転車を支えたまま歩く足を止める。
首一つ動かせばいい。
簡単だ。
振り返って、改めて結月と対面する。
「あの時、助けてくれてありがとう」
少し戸惑ったような雰囲気の結月。
だが俺の言葉を聞いて、白銀のポニーテールが映える最高に女子っぽいポーズで、そして透き通る雪のような肌を存分に使った可愛らしい微笑みで言った。
「どういたしまして」
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とりあえず、一度結月も俺の家に来た。
「改めて見るとボロいね」
「言うな言うな、皆思ってるだろうけど住ませてもらってるんだから……てか、どうやって隣の部屋借りたんだ?」
まず、空いてたっけ?
「礼音さん、というか私たちが魔法使いだってこと忘れてもらっちゃ困るよハチさーん」
仁王立ちに腰に手を当て、もう片方の手は人差し指と親指で90度を作って顎に当てる決めポーズでふふふと少し怪しい笑みを浮かべる結月。
意外とノリはいいんだよな。
色んな人とすぐに仲良くなることができるわけだ。
「そうか、魔法使いならなんとでもなるんだったな」
「なんでもじゃないけどね」
記憶消去だの操作だのというチートが現実で使うことができるのは俺にとってはなんでもできるの部類に入っているんだよね結月さーん。
「あ、でも引越しは手伝って欲しい、たくさんのものを一つ一つ丁寧に運ぶような魔法はないから」
「おっけ、荷物はいつ届くんだ?」
「明日は金曜日で学校だからもちろん明後日だね」
「そうだよな、それまで何もない部屋で暮らすのか?」
「うん、一日だけだしそのほとんど学校にいるじゃん」
「でもな、暮らしで一番大事な要素である睡眠を硬い床で過ごすなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「なんか親みたいだね……でもそこまで言うんだったら、えー、私結月、泊めてもらっちゃおうかな」
そうだな、それなら……
「おっけ……なわけあるか?!」
「ないの?」
「ないだろ! 高校生男女が同じ屋根の下で一晩過ごして何もないわけないだろ!」
「別に何かを起こそうなんて気はないでしょ? 私にはもちろんないし」
「そ、そりゃそうだけど……」
まあ、さすがに出会ったばかりの人間を襲うような野獣ではないし、そもそもの話、俺たちは一つ屋根の下で何かを起こしてしまうような仲でもない。
が、何か俺の中の色々な夢とかプライドとかが崩れていっている気がする。
「決まり! 一日だけよろしく〜」
そう言ってぴょんと跳ねる姿はなんだか嬉しそうに見えた。
嫌われているかもと思っていたらしいし、学校での行動を見るに多くの友人を作る過程で俺とも仲良くしようとしてくれているのだろうか。
なんにせよ気を遣ってくれているっぽいな。