夜明けまでの
三題噺もどき―ひゃくろくじゅうに。
お題:夜明け・舞踏会・浅はか
―ここからずっと遠い国の。
―さらにはずれにある小さな村。
―山を越えないと行けないその村に。
1つの噂があった。
「この村の奥にある大きな森。あそこには魔物が住んでいる。迷い込んだら最後、食べられてしまうから。けして近づいてはいけない。特に、真夜中に行くことは許されない。
「なんでも毎夜毎夜。人々が寝静まったころ。森の奥にある、広場で。そこにたくさんの魔物が集まって、宴をしている。
「その宴は、その日に彼らが捕まえた人間を、皆で集まって食うためなんだそうだ。
「もしその宴に見つかりでもしたら、無数の魔物に襲われるだろう。
「だから
「決して
「あの森へは
「入ってはいけない」
:
「―っくしゅん!」
夜風に震える体を、ぎゅうと抱きしめ、歩いていく。
夏とは言っても、それなりに体が冷えてしまっている。特にこの時間は。―誰もいない、真夜中では。
つい耐え切れずに漏れたくしゃみが、静まり返った村に響く。
「――」
外にいることがばれるとまずい―と、とっさに息をのみ、周囲を見渡す。
…よかった。とくにはバレていない。人影は一つもない。
この村の大人たちは、やけに寝つきがいいのだ。そいう薬でも飲んでいるんじゃないかと思うくらいに。ある程度の物音じゃぁ、いびきは途切れない。心地よさげな寝息が漏れている。
でも、大人たちは日中動き回っているから、それの疲れとかもあったりするのだろうか。―残念ながら、私にはわからない。一日遊んでも、学校へ行っても、教会に行っても、眠れない日が何日もある。目を閉じても、羊を数えても眠れない夜がある。
それは、不思議と目が冴えてしまっている時だったりするし。
―森の奥から、狼の遠吠えが聞こえてきたときだったりする。
「――」
今日はその両方だった。
目が覚めてしまって、寝るに寝れなくて。父も母もぐっすりと眠ってしまっていて。どうにかして寝なくてはと、思っていたところに、
ウォ――――――――――ン
と、一声。
狼の声が聞こえた。
それを聞いた私は、しめたと思って。一枚だけ布を着て、こうしてこっそりと家を出てきた。
「……」
家を出てから、少々時間がかかってしまったけど…。まだいるだろうか。時間が分からないから…今はどれくらいの時間なんだろう。
「……」
そろそろと。そそくさと。村の道を進んでいく。
その先には、大きな森。
うっそうとしていて、今にも暗闇から何かが飛び出してきそうな。不気味な森。
―けれど、その奥にある、煌びやかで美しいものを、私は知っている。
「―ぉーぃ…」
声を抑えながら、森に向かって声を掛ける。周りに聞こえないように。
こんなの虫にさえ聞こえないんじゃないかと思う程の、小さな小さな声で。
だけど、返事は―返ってくる。
「―待ってたぜ」
奥の暗闇から。
その子は、ぬるりと現れる。
暗闇に浮かびあがるのは、白く美しい短髪の少年。その上に大きな、狼の耳。腰のあたりには、大きな尾が1つ。見た目は、私と同じぐらいに見えるのに、何倍も何十倍も長生きしているらしい。ほんとかな?
「―なんか、失礼なこと考えてるな?」
「そんなことないわ?」
「そー?」
「そーだよー」
「…ならいいけど」
まだ訝しむ少年―狼男の手を取り。まぁまぁと宥めながら。
「早くいこ」
「んー」
ぶっきらぼうにこたえる少年。それでも手は振り払わないあたり。
「そういえば、今日ね―」
なんていう、適当な会話をしながら、二人並んで歩く。
さらに森の奥へと。
時々、草が当たって痛いけれど、それはもう、慣れっこだった。
「へぇ……、お、ついたぜ」
「お!ようやく来たなー!!」
森を抜けた先。
そこに広がるのは、キラキラと輝く、舞踏会のような。
華やかで、美しい。
「来たよー!」
「つれてきたぞー」
くるりと踊りながら声を掛けてきたのは、この舞踏会の中心にいる。真黒な女の人。
真っ黒なのは、服とマントとブーツだけで。その髪は、月の明かりに照らされて、金色に輝いている。その瞳は、赤く輝く。にやりと笑ったその口の端に、特徴的な牙がのぞく―1人の吸血鬼。
「あらぁ、今日も来たのねぇ…おとーさんと、おかーさんに怒られるわよぉ?」
そう言ってきたのは、吸血鬼と踊っていた一人の女の人。
ふわりとしたドレスに、ふわりとした髪。おっとりとした話し方とは裏腹に、はっきりとした目鼻立ちをしている。その細部は、うっすらと透け、奥の景色が見えている―1人の幽霊。
「全く…そのうちばれても知らぬからな…」
これだから、浅はかな子供は…そうぶつぶつ言いながら、私にものかくしの魔法をかけてくれているのは、1人の男の人。
全体的に細くって。紺色の執事服みたいなのを着ている。その腰には、特徴的なとんがり帽子を下げている―1人の魔法使い。(とんがり帽はダサいから、嫌なんだって)
「いつもありがとう、魔法使いさん」
「やめとけ。そいつに礼なんて言っても意味ねーから」
「そーだぞ、少女。そいつは、そーゆー趣味だ」
「そーそー。それよりこっち来て踊ろうぜ」
「それよか、このお菓子うまいぞ!」
ほかにもたくさん。
かぼちゃの幽霊に、狼の女の人。猫さんみたいな人も居る。包帯でぐるぐる巻きの人も。
「さぁさ。夜明けまでの舞踏会を。
心行くまで、お楽しみあれ!」