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9(ハイスネス視点含む)

 しばらく歩くとある店の前に立ち止まる。シンプルな茶色い四角のお店で、看板には「豆」と書かれている。


 豆……?


 首を傾げたが、リンドール公爵令息に促され店に入った瞬間に頭が認識する。


「コーヒーの香り……!」

 菜々はコーヒー依存症ではないかと思うほど毎日のようにコーヒーを飲んでいた。しかしここで飲むのはお茶ばかりでコーヒーなど存在もしないのかと思っていた。

「この辺りではカフと呼んでいるが、知っているのか?」

「え、あ、いえ!似た香りを知っているだけで……」

 でもとても魅力的な香りだった。うっとりとした顔でもしていたのだろうか、リンドール公爵令息が楽しそうに笑う。

「ここでは豆の販売しかしてないが、頼んでみよう」

「え!いえそんなお手を煩わせるわけには!」

 しかしライラの言葉に少し微笑むと、彼は店の奥へと行ってしまう。


 店のなかには三種類ほどの豆が大きな瓶に詰め込まれて置かれていた。菜々の知っているコーヒー豆より少し長細い気がするが、よく似ている。


 まさかコーヒーに出会えると思わずなんとなく顔がゆるんでしまうのが自分でもわかる。

 

 甘いお菓子食べるときちょっと紅茶だと物足りなかったのよね。


 そう思いながら眺めていると、奥から足音がした。

「これはこれは!めったにお客様がいらっしゃらないため奥におりましたが、今日はまたずいぶん可愛らしいお客様を連れてこられましたな!」

 奥から現れたのは髭を少し蓄えたおじ様だ。黒いエプロンをつけて、ちょっとバリスタっぽいなどと思ってしまう。


 ライラは姿勢を直して軽く挨拶をした。店主は嬉しそうににこにこしている。

「ではさっそく淹れようかね」


 そう言って大きな瓶の1つから焙煎済みの豆を取り出し、ミルと思われるそれにザッと入れる。

 ハンドルを回すと独特の豆が挽かれる音と、独特の香りが漂う。


 豆を挽き終わると鍋のようなものに水と共に入れて火にかける。


 あれ、コーヒーフィルターとかは?


 鍋の水が温まっていくと店内にいい香りが立ち込める。菜々の好きだったコーヒーの香りだ。

 煮えたったそれをそのまま店主はカップにうつす。どうやって飲むんだろうと思っていたのが顔に出ていたのだろうか。店主が口を開く。


「小さく挽いたカフの豆が沈んだところで、その上澄みを飲むんだよ。沈んだ豆は飲んではいけないよ」

 どうぞとソーサーに乗せられたカップを渡され受け取る。


 そうか、トルココーヒー的な感じかな?そんなに詳しくないけど。


 納得してカップをゆっくりと持ち上げ口に近づける。すると一気にコーヒーのいい香りに気分が上昇する。顔が自然に緩む。

 一口カップに口をつけると、まさにコーヒーだった。少し苦くて濃い気がするが、コーヒーに違いなかった。



***



 目が急に輝き出したな……。


 カフ豆の店に来てから、先程までのライラとは少し様子が違うことに気付いて、ハイスネスはじっと彼女を見ていた。その視線にも彼女は気づいていないのか、それも気にならないほどなのか。


 彼女は店主がカフを入れるのをじっと見つめている。カフ豆を挽くところまでは普通に見つめていたが、鍋にバサッと入れたところで、おどろいたように身体が揺れて、止めたそうに一瞬でも手を上げかけた。しかし、なんとかその行動を思いとどまり、その先の店主の様子を見つめている。

 ある瞬間に何か納得したかのように、頷いたのが不思議だった。


 そして店主からカフ入りのカップを受け取ると、大事そうに受け取った。ゆっくりとそれを持ち上げると、その香りに表情が幸せそうなものに変わる。

 少し頬を上気させる様子から、喜んでいるのがわかる。


 まさかそんなに喜ぶとは思わなかった。どちらかというと苦くて女性が喜ぶ代物ではない。

 陛下の土産と自分用に買うつもりだったのだ。


 その苦い飲み物を飲んでいるはずのライラ嬢はとても幸せそうな顔をしている。


「そんなに美味しいかい?」

 店主が不思議そうに尋ねるとライラ嬢はすぐに頷く。

「はい!とても!まさか飲めるとは思わなくて。あの、私も買うことはできますか?」

「ああ、勿論だよ。どれぐらいいるんだい?」

「この3つの瓶の違いはなんですか?」

「豆の種類が違うんだ。あとは煎っているんだが、その時間がちょっと違う」

「じゃあ三種類とも少しずつ買わせてください」


 にこにこそう言うライラ嬢に、店主も嬉しそうに頷く。

「今日のお礼に俺に買わせてくれないか」

 そんな提案をするとライラ嬢はびっくりしたような顔を向けてくる。

「今回は私が黙っていて頂くかわりにご案内したのであって!」

「いや、十分すぎるほど教えてもらったからな、これぐらいはさせて欲しい」

 少し強引に言い、彼女が頷く前に店主に支払いをしてしまう。ライラ嬢はひどく申し訳なさそうな顔をするので、店主から受け取った豆を掲げてみる。

「喜んではもらえないか?」

 少し意地悪にそう言うと、彼女は驚いた顔をしたが、ふるふると首を横に振ってからふんわりと笑った。

「とても、嬉しいです」

 そう言った彼女の言葉にハイスネスも自然に笑みが溢れた。



***



「お土産だ」

 そう言って歳の離れた妹にお菓子の入った綺麗な空色の紙袋を渡す。すると妹のクレンシア、クレアはひどく変わったものを見るように兄のハイスネスと袋を見比べた。

「どうした」

「絶対お兄様のセンスじゃありませんわ。どなたの入れ知恵です?」

 冷静に分析するクレアに呆れる。

「入れ知恵って」

「だってそうでしょう?お兄様からのお土産ってあんまりいい思い出ないもの」

 たしかに過去のお土産を思い出すと妹にあげるのに相応しいお土産だったかと言われると怪しい。正直あまり自分のセンスがいいとは言えない。

「いるのか?いらないのか?」

 受け取らない妹に痺れを切らすと、クレアは慌てたように受け取る。

「勿論お兄様のお土産なら喜んで頂きます!」

 そう。なんだかんだクレアは文句は言いながらも必ず喜んでくれる。だからまた買って行きたいと思うのだ。

「開けてもよろしいです?」

 軽く頷くとクレアはワクワクしたような顔で紙袋から縦長の小さな箱を取り出す。

 取り出した箱もまた綺麗な空色で、白く細いリボンがかけられていた。金色の刺繍文字は店の名前かもしれない。


 シュルリとリボンをほどき、クレアはゆっくりと箱の蓋を開けた。なかから現れたのは透明な瓶に詰め込まれた様々な色の空色の飴玉だ。瓶の首にはこれまたリボンがかけられており可愛らしい。


 一瞬でクレアの顔がきらきらと満面の笑みに変わるのがわかった。


 これはすごいなぁ。


 瓶を持ち上げて横から下からのぞいている瞳は完全に飴玉に魅了されていた。

「お兄様、綺麗ね!一体どこで買ってきたの!これ飴なの?食べられるの?でもなんだかもったいないわ!」

 早口にそう言うクレアに笑ってしまう。

「なんですの?」

 ちょっとムッとして恥ずかしそうにする妹に首を横にふる。

「いや、喜ぶ姿が見られてよかったよ。感謝しないとな」

「誰に感謝するんですの?こんな可愛らしくて綺麗なキャンディをお兄様に教えるなんて、絶対女性ですわよね?今日は一体どなたとお出かけだったんです?たしかにいつもより少し身支度に時間がかかってた気がしますし。もしかして、ついにお兄様にもいい人ができたのですか?それなら早く紹介してくださいな!」

 捲し立てるようにそう言う妹に苦笑いする。

「いや、そう言うわけじゃ」

「あぁ、もしかしてまだいい人になってないお兄様の片思いなのですね。わかりました、どうぞ邸へご招待くださいな!わたくしが協力してさしあげます!」

 自信満々にそう言うクレアにハイスネスは困ったように笑うほかない。そんな表情をするとクレアはむっと眉を寄せてビシッと兄の顔を指差す。

「いいですかお兄様!いくら公爵家とはいえ、悠長にしていてはなりません!そんなことをしている間に良い女性というのは横からわけのわからない殿方に掻っ攫われるのです!これは常識です!」

 妹の常識に疑問を感じるしかなかったが、そんなふうに力強く言い切られてしまうと若干不安になる。

「でも、邸に呼ぶ理由などないな」

「あら、やっぱり気になる女性がいらっしゃるのですね!お母様宴ですわーー!!まぁそれはあとでやるとして、いいのです理由などどうでも!とにかく一緒にいる理由を作るのです!間をあけてはいけません!一週間以内に次の約束を入れるのです!わたくしとの約束ですよお兄様。もしそれができなかったら、お兄様を心底見損ないます」

 何故か胡乱な表情をしてくるクレアに悲しくなる。この妹の性格は母親のものによく似ている。ハイスネスとはかけ離れた性格だ。

「いいですわねお兄様!」

「善処する」

 そう答えた兄にクレアは非常に不満そうに地団駄を踏んだ。


 しかし、意外にもすぐに機会がやってきた。ハイスネスが動かずとも彼女の方から話しかけてきたのだ。

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