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「さ、最初は、ウラノスへ向かいましょうか。ご案内します」
最初に来たのはライラのお気に入りのキャンディの店だ。宝石や宝玉のように輝く色とりどりのキャンディは見た目でも楽しめる上に、味もとても上品で美味しい。
「ここはキャンディ専門店です。なんと言ってもオススメはこちらです」
お店の看板商品でもあるキャンディを指差す。
ショーケースの中には、様々な空を閉じ込めたようなまん丸のキャンディが並んでいる。
真っ青な空、夕暮れの空、朝焼けの空、濃紺の星空、色んな空をイメージしたキャンディなのだ。
「……これはすごいな」
リンドール公爵令息は初めて見たのか、驚いたようにその空色のキャンディを見つめていた。
「そうですよね。私もとてもお気に入りです」
その様子にライラの気分も上昇する。
このキャンディはいくら眺めていても飽きない、それほどに美しく綺麗なものなのだ。
「これは妹にも買って行こう」
「妹さんがいらっしゃるんですね」
「あぁ、歳が離れていてまだ学園にも入学していないが。これなら喜ぶだろう」
そう言って王太子殿下の分と妹の分を購入していた。
「まだまだお店をたくさんご紹介するつもりですが、大丈夫ですか?」
「あぁ。その方が助かる。今日買わずともまた次の土産も考えなくて済むからな」
その後も事前に考えていたお店を数店紹介する。行ったことのないお店ばかりだったようで、リンドール公爵令息は物珍しそうに眺めたり、気に入ったものを購入したりを繰り返していた。
元々のライラはそこまでお菓子に興味がなかったようだが、菜々の記憶を取り戻してからは、日々美味しいお菓子を求めてお店を回っていた。それでも満足できないと自分で作ったりもしていた。
「よければ少し休憩しないか?」
そう言うと公爵令息は、入ったお店の1つの、ショーケース横に広がるテーブル席を指す。中には先客がちらほら見える。
「でも」
「歩きっぱなしだっただろう?行こう」
ライラの言葉を遮るように歩き出す。1人帰るわけにも行かず、彼について席に座る。
ちらちらとこちらを見て何か囁き合う周りの姿が気になる。
「あ、あの……!」
「気にするな。言わせておけばいい」
リンドール公爵令息は、何でもないようにそう言うとさっさと店の人を呼んで注文してしまう。
「ノルガン嬢はどうする?」
「え、あ、えっと……」
頭の中はぐるぐると彼の言葉がまわっていたが、なんとかお気に入りのお茶とケーキを頼む。
リンドール公爵令息は嫌な噂が立つ可能性もわかってての行動なのだと確信する。なぜそんなリスクを負わなければならないのか、ライラにはわからない。
心ない言葉をかけられることや、後ろ指差されることが多い今は、非常にありがたくもあり、申し訳なくもなる。
「リンドール様は、なぜ」
ライラが恐る恐る視線を上げて彼を見ると、困ったような顔をされる。
「何故と言われても困るが、別にノルガン嬢は悪くないし、俺も悪いことをしてるわけじゃないから、気にならない?」
疑問系で締めくくられ思わず少し笑ってしまう。
「リンドール様に迷惑がかかるのではないかと心配で」
「俺に迷惑がかかることはない」
はっきりそう言った彼のその後の微笑にライラは心臓が飛び跳ねた気がした。
やめてほしい、心臓に悪い顔だ……!
あまり最近家族や邸の者以外から優しくされないこともあり、余計によく捉えてしまっているのかもしれないと思いながらも、顔が熱くなるのを止められない。
そんなことをしている間に頼んだものが運ばれてきた。ケーキとお茶を美味しく頂いて、いざお店を出ようとしたとき、外から誰かが入ってきた。
目の前に現れたのはマリテール伯爵令嬢だ。相手も驚いたような顔をした。そして、ライラの横にいる人物を見てさらに驚いたような顔をしていた。
しかし、すぐに判断したのかにこりと笑みを作り、リンドール公爵令息に向き直る。
「ご機嫌よう、リンドール様。まさかお会いするとは思わず、大変嬉しいです。もしよろしければ、どこか別のお店でも構いませんのでご一緒しませんか?」
ライラのことはいないものとして、接することにしたようだった。その反応にライラは先に出た方が良さそうだと思い、リンドール公爵令息に少しお辞儀をして出て行こうとした。
「ライラ嬢」
先に出ようとしたところで、手を引かれる。何か訴えてくるような視線を向けられたため思わず立ち止まる。
ライラが止まったことを確認すると、彼はマリテール伯爵令嬢に向き直る。
「申し訳ないが、まだ予定があるのでこれで」
丁寧にしかしはっきりと断るとマリテール伯爵令嬢の厳しい視線がライラに向けられる。
するとその視線を遮るようにリンドール公爵令息はライラとマリテール伯爵令嬢の間に立ち、そのままライラを連れて店を出た。
少し歩くと立ち止まる。
「いくらなんでもひどくないか?」
「え?」
少し怒ったような声に驚く。
「俺はライラ嬢と出掛けているのに、途中で置いていこうなんて」
彼の言葉に首を傾げる。
「でも、マリテール伯爵令嬢のお誘いですし、私は邪魔かと」
リンドール公爵令息は少し頭を掻くとため息をついた。
「それはどういう気遣いだ?今はライラ嬢と出掛けているのに。それに、正直彼女は苦手だ。頼むから置いてくのはやめてくれ」
心底困ったように言う彼に笑ってしまう。
「リンドール様も苦手なものがありましたか」
「ライラ嬢はないのか?」
「たくさんあります。でも、リンドール様は、なんでもそつなくこなされそうですし」
なんとなく見た目から推測してみる。あまり苦手なものがありそうには見えないし、たとえ苦手だったとしても顔には出さなそうだ。
「たしかになるべく顔には出ないようにしてはいる、かもしれない」
公爵家に生まれた彼には必要なことだろう。おそらくライラよりずっとそういう教育を受けているに違いない。
「最後に行きたい場所があるんだが、いいか?」
「え、あ、はい」
唐突にそう振られて慌ててうなずく。これまではずっとライラの案内でお店を見ていた。
どこに行くんだろう?
リンドール公爵令息について行くとだんだんとお店の数が少なくなる。あまりライラの馴染みのない場所になって行くため不安になる。
少しついて行く速度を早めると、気づいたように彼の歩調がゆっくりになる。
「すまない。早かったか」
「あ、いえ、その、あまり来たことの無い場所になって来たので……」
不安になった、などとは言えず尻すぼみになってしまう。
「ああ、たしかにこの辺りはあまり女性が好みそうな店がないか。気が利かなくてすまない」
そう言ってリンドール公爵令息は右手をライラに差し出した。
意味は理解しているし、知ってるわ。これはエスコートする際の出し方よね。
しかし、前世の記憶が優先されているライラには気恥ずかしい気持ちが勝ってしまう。だが、彼の手を拒むことも当然できない。
なんせ女性のエスコートなど、貴族の令息にしてみたら当たり前のことだ。
わかってる。わかってるけど!
俯き加減で遠慮がちにライラはリンドール公爵令息の手に弱々しく自分の手を重ねた。
不安気なライラの気持ちをわかっているかのように、リンドール公爵令息の手は優しいものだった。