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番外編4(ミリク/ライラ/ティナーリア)

番外編なのに真面目な話になりました。すみません。

時系列としては、婚約が公になってから割とすぐの話です。

「あ」

「あ」

 ふと学園の廊下を歩いているときに2人は目があった。お互いに知っているものの、特に今までこれと言って話をしたこともなかった。ただ、最近あった大きな変化のことについて、お互い聞いてみたかったことも確かだ。


 2人と言うのは、ミリク=ノルガンと、ミリクの姉であるライラの友人、ティナーリア=ポートランドだ。


 姉さんの友人だ。


 ライラの弟ね。


 お互いそれぐらいの認識しかなかった。一言二言挨拶程度に言葉を交わしたぐらいで、元々関わりは薄い。しかし、今日はただすれ違うだけで終われなかった。

 

「あの、姉さんのことなんですけど」

「ねぇ、ライラのことなんだけど」

 言葉が被ったことに驚き、内容が全く同じことにも驚き、目を見開く。そして、どちらともなく笑った。

 

「突然ごめんなさいね」

「いや、僕の方こそすみません」

 2人は少し廊下の端へ移動すると、落ち着いて話し始めた。

「ライラ、急にリンドール様と婚約したじゃない?あれって、別に無理やりとかじゃないのよね?いつからそんな仲になってたのかわからなくて、ちょっと心配になったんだけど」

「僕も正確にはわからないんだけど、どうも姉さんはリンドール様と2人で出掛けたりしてたみたいで……」

「そうなの?全然知らなかったわ。じゃあ、ライラも嫌がってるわけじゃないのね」

「……たぶん」


 その回答にティナーリアは、少し首を傾げた。

「あぁ、そう言えば、貴方、ライラのことが大好きなのよね」

 直球な物言いに、ミリクは押し黙る。そんなことを言ってくるのは、ヒストぐらいだ。

「別に責めてないわ。ライラが弟のお陰で安心して学園に来れたって、いつだったか言ってたもの」

 そう言ってティナーリアは笑った。

「ライラって、素直なんだけど、相手に心配させないように隠すことがあるじゃない?」

 それはミリクも同意だった。いつも家族にできるだけ心配させないようにしているところがある。何でも言って欲しいし、そうしたら力になるのにと思うことがある。

「でも、その感じだとライラは嫌がってないのね」

「その感じ?」

「貴方が、たぶんって濁したじゃない。もし、ライラが少しでも嫌がってたら、貴方そんなふうに言わないでしょう?」

 確かに図星だった。ミリクから見てもライラは嫌がってなどいない。最初に打診があった日は、さすがに不安そうだったが、ハイスネスと話し終わったあとは、穏やかな表情だったし、嬉しそうだった。認めたくはないけれど。

 

「安心したわ。ありがとう。それなら、しっかり祝ってあげなきゃね」

 ティナーリアは自分が聞きたいことだけ聴くとさっさと、その場を離れて行った。1人残されたミリクはなんとも言えない気持ちになった。


 ミリクは、ティナーリアの残した言葉が心に突き刺さったような気分になっていた。

(おめでとうって、言えてない……)


 正直、自分の気持ちとしてはおめでとうなんて言いたくないし、元婚約者の時だって言ってない。でも、嬉しそうな顔をしているライラを見ている。


 一緒に喜べないなんて、心が狭すぎるし、理解者にもなれない。

(ポートランド嬢みたいに、なれない)

 ミリクはひとつ大きくため息をついた。



***



 邸に帰ると玄関まで甘い香りが漂ってきた。またライラがお菓子を焼いているのかと思い、匂いに釣られて歩いていく。

 すると予想通りそこにはライラがいた。お菓子作りをしているときは、にこにこしているか、少し苛立たしげか、どっちかだが、今日は前者のようだ。

「姉さんまた作ってるの?」

「おかえりなさい、ミリク」

 ライラに笑顔で迎えられて少しテンションが上がる。しかし、すぐにはたと気づく。


 もしかしたら、この焼き菓子たちはまたリンドール様のために作ってるのかも……。


 上がった気分は一気に下がり表情に出る。そんなミリクの様子に気づいたのか、ライラが手を止めて近づいてきた。

「大丈夫?最近少し様子がおかしいみたいだけど。何かいやなことでもあった?」

 心配そうに聞いてくるライラに、「姉さんの婚約が正式に決まったせいで、気分が沈んでる」とは言えない。

「いや、そんなことないよ」

 なんとか笑顔を作ってみせるが、あまり信じた様子はない。

「……、もし、何かあったなら、必ず教えてね」

 目の前には、真剣な表情のライラがいた。本気で心配されているとわかる。

「私が婚約破棄されたとき、お兄様やミリクがいて、本当によかったなって思ったの。だから、絶対に何かあったら、教えて、私も力になりたいの」

 その言葉に、ミリクはじんわり固くなった心が溶けていくような気がした。


 一度首を振ってから、ミリクはライラに笑顔を返した。さっきのような作り物ではなく、自然と嬉しさに笑みが溢れる。

「本当に大丈夫だよ。ねぇ、これまたリンドール様に?」

 既に焼き終わっているパウンドケーキのようなものを見て指差す。ミリクの笑顔に安心したらしく、ライラは質問の方に答える。


「これは、ミリクと食べようと思って、オレンジを甘く煮たものを加えて焼いてみたの。オレンジ好きでしょ?」

 その言葉だけですぐにミリクの気分は急上昇だ。自分のために作ってもらえたなんて嬉しくないはずがない。

「うん、好き」

「なんだか元気がなさそうに見えてたから、甘いものでもと思って。一緒に食べる?」

 ライラのその言葉にミリクは大きく頷いた。

「あ、紅茶にしてね」

「はいはい」

 笑って答えたライラは、ティーポットとカップを準備し始めた。

 


 パウンドケーキを一口食べるとオレンジの爽やかな香りと酸味が広がり、甘酸っぱく、とても美味しかった。

「姉さん」

「うん?」

 ライラも自分が作ったものを満足そうに眺めてから一口口に入れた。


「婚約、おめでとう」


 ミリクの言葉に、ライラは驚きに目を見開いた。それから、表情を崩して本当に嬉しそうにライラは笑う。

「ありがとう、ミリク。祝ってもらえないかなと思ってたの」

 少し目を伏せて言ったライラに、申し訳ない気分になった。たしかに正式に婚約が受理されたことを父から報告されたとき、ミリクだけが祝いの言葉を言わなかったのだ。


 今だって手放しで祝えるかと言うと、そんなことはないが、それでも言わなきゃいけないと思った。

「ミリクは、心配してくれてるのよね。婚約破棄されたばっかりなのにすぐに婚約したりして」

「姉さんには、幸せになってもらいたい」



 ミリクはライラが好きだった。周りからは大人しくてつまらないと言われても、ミリクは穏やかな姉が好きだった。

 

 昔からミリクは誰にでも物怖じせず、物事についてはっきり言い、正しさを追求するタイプだった。それが表情にもはっきり出る。それが問題になることが、たまにあった。そう言う時は、決まって姉の部屋に逃げ込んだ。

 兄には「感情を表に出すと負けるぞ」と言われ、父には「もう少し上手く立ち回りなさい」と言われることが多かったが、ライラだけは違った。


「それがミリクの良いところよ」

 必ずそう言ってくれた。貴族として感情を表に出したりすることが良くないことは理解している。上手くできないのが苦しくて、なんで自分はできないんだと心の中で責めることもあった。

 ただ、ライラだけがミリクを肯定してくれたのだ。それだけで救われる気持ちだった。それが正しいか正しくないかは、関係なかった。


 年齢が上がるにつれてなかなか一緒にいる機会や、話す機会がなくなっても、ミリクにとってライラは大切な姉だった。

 婚約破棄の件は、到底許せなかった。でも、少し会話が減っていたライラとよく話す機会ができた件でもあった。今こそ自分は小さい頃から助けてもらったことを返さなくてはと思ったのだ。



「私とリンドール様じゃ、釣り合わないわよね」

 ずーんと暗くなったライラに慌ててミリクは首をぶんぶん横に振る。

「そうじゃないよ!逆だから!むしろ本当にリンドール様が姉さんを幸せにできるのか疑ってるの!」


 唐突に現れた(ミリク的には)男に姉を取られたのだ。どんな人間かもまだよくわからず、ミリクとしては納得できない。でも、姉が幸せそうにしているのは理解している。


「私、とても幸運だって思ってるの。家族にも、友人にも恵まれて。だから、私も努力したい。幸せになるために」

 それは暗にリンドール様に幸せにしてもらうんじゃなくて、自分でも幸せになるように掴み取りに行く行動をしたいという意味なんだろう。


「リンドール様と一緒にいたらそれができそうなの?」

「頑張りたいなって思うの」

 笑って言ったライラに、ミリクは折れた。折れるしかなかった。幸せそうに笑うライラには勝てない。


「……、でも結婚するまでは、ちゃんと節度を持ったお付き合いだよ」

 どこのお年寄りの台詞だよと思うような言葉を言うミリクは、完全に負け惜しみにしかならなかった。そんな言葉にライラがおかしそうに笑う。

「ハイネ様にそんな心配いらないわ」

「姉さんわかってなさすぎだから!リンドール様も男だよ!?」

「そうだけど」

「絶対ダメだからね!」

「はいはい」

 最早半分も話を聞いていない様子のライラにミリクは声を上げずにはいられない。

「もー!全然わかってないから心配なの!!」

 ムキになって怒っているミリクを見て、またライラは楽しそうに笑った。


 絶対わかってないぃいい!!!


 そう思いながらも、目の前で笑顔を見せてくれるライラに嬉しくなってしまうミリクだった。

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