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 それから半月もすると婚約は正式に受理され、一気に学園でも大きな話題となった。

 ライラへの非難や妬みはやはりかなり大きかった。ただ、相手が相手なだけに簡単に表立ってライラへ何かを言ってくる人物もほとんどいなかった。あのマリテール伯爵令嬢すら、少し睨みつけてくるぐらいで、何も言ってこなかった。ライラから、ハイスネスの耳へ入ったら……と考える学生が多かったからだろう。

 ただ1人を除いては。



 ティナと共に廊下を移動している時に、その人物は現れた。

「ねぇ、あなた」

 怒りを滲ませた声が廊下に響いた。それはあの黒い髪に黒い瞳の異世界人だ。今回はかなり周りに他の学生がいる状態だが、そんなことも気にしないようだ。

 一見外見は日本人のように見えて親しみやすいのだが、あの紫色に光る目を見てからはとてもそうは思えない。

「なんで勝手に違う人と婚約してるの?返すって言ったでしょ?」

 ライラは彼女を視界に入れると、自分の身体が恐怖を感じていることに気がつく。無意識に左腕を庇う。制服の下には、まだ火傷の痕がうっすら残っている。

「もう関係ないと言いました」

 話をしても通じないことは前回の件で理解している。ライラはできるだけ距離を取り、離れることを考える。しかも今回は横にティナがいる。ティナにもあの時の一件は話しており、彼女も異世界人を前に警戒をしていた。


「せっかく楽しめると思って来たのに、あなたのせいで台無し。あなたなんか他の人と少し違うのよね……。まぁいいや、全部どうでも良くなっちゃったから」

 ひとり大きくため息をつく。


 溜息をつきたいのはこっちだ。

 そんなことは言葉にしないが、ライラはティナと共にできるだけ彼女から距離を取る。

「でも、私の言うこと聞いてくれない人って気に食わないのよね。特に"洗脳"が通じない場合はなおさら」

 そう言って、彼女は勢いよく右手を振り上げると、その手から赤紫色に光る刃のような物が走り、廊下の壁を切り裂く。ドォンと大きな音がして壁の一部が壊れた。


 あ、完全なファンタジーな世界の出身だ。


 妙に頭は冷静だった。この世界はライラが知る限りでは魔法などの要素は存在しない。この異世界人の異質さをその場にいた学生たちが感じる。

 そして、誰もが悲鳴を上げて走り去るが、ライラだけは動けない。

「ティナ、たぶん私だけが狙われてるから、人を呼んできて」

 異世界人の目は完全にライラを捉えていた。ティナには目もくれていない。ティナは少しだけ頷くと、ライラから離れ走った。

 ティナが走って行ったところを見てホッとする。巻き込んでしまったら後悔しかない。


 いつのまにか異世界人の少女の目が、紫色の光を帯びている。この魔法のような力を使うと目の色が変わるのかもしれない。

「ちょっと外したみたいね」

 冷たい笑みを浮かべた様子はわざとなのかもしれない。おそらくライラが恐怖を味わうことを望んでいるのだろう。

 正直直接狙われた場合に避けられる気がしない。


 やっぱり前世で何か悪いことした?そんなにダメなことあった?!普通に細々と生活してたでしょ?!

 

 見えない誰かにそんなことを訴えたところで状況は変わらない。

 目の前の少女は、再度右手を振り下ろす。その手の動きと合わせたように、先程と同じ赤紫色の光の刃が少し離れた壁を破壊する。


 なんか突然世界変わった感じする……。


 恐怖を飛び越えてそんな感想しか浮かばない。ただ、脳内のどこかで命の危険を察して警鐘が鳴る。

「この世界って、魔法がないのよね。私1人しか使えないなんて、最強じゃない?このままの世界を楽しもうとしてたけど、全部壊しちゃってもいいんじゃない?」


 いいわけない!


 そう思っても何もできない。ただ、相手から目を離さないことだけで、精一杯だった。

 ゆっくりと目の前で異世界人の彼女が手を振り上げたのが見えた。こっちに光の刃が飛んでくると感じ慌てて防御の態勢を取るが、別の方向から来た何かに、押され身体が飛んだ。

 

 ただ地面に直接打ちつけられることもなく、痛くはない。気がつけば温かい腕に包まれていた。

「大丈夫か?」

 不安げなハイスネスの顔が見えた。

「ハイネ様」

 彼の顔を見ると一気に安心感が来てしまい、慌てて気持ちを引き締める。相手が消えたわけではない。そしてよく見るとライラのすぐ後ろにあったはずの壁が抉れていた。攻撃を避けてなければ今頃あれに当たっていたのは……。


「あー、あなたね、私の邪魔をした公爵子息は。何故かあなたも効かなかったのよね。どれだけ精神状態が強いのかしら。まぁ、まとめてやってあげるから安心して」

 すっと手を上げた様子を見て、ハイスネスはライラを庇うように抱く。その瞬間、赤紫色に光刃がハイスネスの左腕を掠めた。制服が切れ中の素肌が露出し、そこからは鮮血が飛ぶ。ライラの視界にも赤い液体が流れるのが見え悲鳴を上げる。

「ハイネ様!!」

 ハイスネスは痛みで顔を顰めた。そのままグッとライラを抱く腕に力を入れ、彼女に顔を寄せ小さな声で話す。銀色の髪がライラにかかる。

「ライラ嬢、ハンカチか何かあるか?」

「え、あ、はい」

 ライラは慌てて制服の上着のポケットからハンカチを取り出し、ハイスネスに手渡そうとするが、それは受け取らない。

「今からオレがあの異世界人にあるものを投げるけど、できるだけその影響を受けないように自分の口と鼻を塞いで」

 ハイスネスの言葉にこくこくとライラは頷いた。


「少しズレたわ。もう少し上ね」

 彼女が首を狙っているのがわかりゾッとする。ライラは庇われていることが不安になった。

「ハイネ様……」

 ライラの怯えた声にハイスネスが大丈夫だと言うように少しだけ笑う。


 そしてその後すぐハイスネスは怪我をしていない右手から何かを異世界人の少女に向かって投げつけた。ライラは慌ててハンカチを口元にやる。

 彼女はハイスネスの投げつけた向かって来たものに対して、さっと手を振り下ろし光の刃で真っ二つにした。すると、真っ二つになった中から白い粉のようなものが一瞬で広がる。

「何よこれ?!」

 焦ったような声と共に、突然彼女の後ろから複数の足音が聞こえた。よく見るとそれはこの国の騎士たちの姿で、一気に彼女を捕らえにかかる。白い粉の影響で、動きが鈍くなった少女を捕らえるなど、騎士たちにすれば造作もなかった。


「あれは?」

「痺れ薬が入ってる」

 まともに薬がかかった少女は、先程までの勢いも虚しく捕らえられる。

「離しなさいよ!!」

 喚く少女の前に、ゆっくり近づいてくる1人の人物がいた。その姿に、騎士たちは膝をつく。金色の髪に青い瞳の中性的な顔立ちの青年は、この国の王太子だった。

「君からは保護対象の資格を剥奪する。この者に、封止の手枷を」

 王太子の声に騎士の1人が、白っぽい色の石のような素材でできた拘束具を少女の手首にはめた。

 

「ふん、こんなもの!」

 瞬時に目に紫の光が宿り、手から赤紫色の光が出そうになったところで、白い手枷が色づいた光を吸い込んだ。

「え?何?!どうして?!」

 思ったように魔法が発動しなかったことに、少女が混乱する。その様子に、王太子が黒い笑みを浮かべる。

「馬鹿にしてもらっちゃ困るなぁ。過去には君と同じような力を使う異世界人が居たんだ。まぁもっとも彼は良い人だったようで、危険な力を使う異世界人への対策具を用意してくれてたんだよね」

 王太子の言葉に驚愕の表情を見せる少女は「うそ」と小さく呟いた。

「その手枷が外れない限りは君は能力を使えない。まぁ、二度とその腕が自由になることはないだろうね」

 それだけ言うと王太子は騎士たちに向かって「連れて行け」と冷たい声で言った。呆然とした少女は、ただ騎士たちの成すがままに連れて行かれた。


 異世界人についてはかなり手厚い保護の決まりがあるが、異世界人が公に犯罪を犯した場合の対応はその分厳しくなっている。ある程度何でも許される分、何かあった場合の処置は、表向きには出てこないが、厳格に決まっているらしい。


 くるりと王太子がライラたちの方を見る。

「いやー、ごめんね。もうちょっと安全かなと思ってたんだけど。思ってたより異世界人の力強かったねぇ」

 さっきの表情とは打って変わって明るい笑顔になんとなく戸惑ってしまう。

「ちょっとまた後で話聞くかも。まずは怪我を治してくれ」

 それだけ言うと王太子はやることはやったとばかりに来た道を戻って行き、取り残されたのは、ライラとハイスネスだけだった。


 思考が止まってしまっていたが、ライラはハッとする。

「ハイネ様!怪我の治療を!」

 顔を上げてそう言うとすぐ真上にハイスネスの顔があり、挙動不審になる。離れなければと思い、ハイスネスの腕から逃れようと身を動かすが、腕から抜けられない。

「あの、ハイネ様?」

「……もう少しだけ」

 そう言われて少しハイスネスが抱く力が強くなる。腕の中に閉じ込められたままのライラは、その腕の中で身体が熱くなっていくのを感じる。


 む、無理……!


「ハ、ハイネ様!怪我の治療を!」

 ライラが真っ赤になりながら離れようと腕に力を入れると、案外とあっさり離してくれた。

「医務室へ行きましょう!」

 顔が火照っているのがわかり、まともにハイスネスを見ることができなかった。


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