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 次の日、朝からノルガン伯爵家は大混乱に陥っていた。


「ライラ!」

 珍しく父がノックもせずに、ひどく慌てた様子で、ライラの寝室に入ってきた。今日は学園が休みなこともあり、ライラはまだ眠っていた。

「寝ている場合ではないぞ!」

 そう言って叩き起こされる。いつも物静かで冷静な父が非常に珍しいことになっていて不思議に思う。

「どうしました?」

 寝ぼけ眼で起き上がった。思わず欠伸をすると父親に声を上げられる。

「欠伸なんかしてる場合ではない!お前いつのまにリンドール公爵の令息と恋仲になったんだ?!」

 言っている意味が全くわからず、ライラは首を傾げた。

「とくに恋仲になった覚えはありませんが」

「ならどうして突然求婚されるんだ!」

「はぃい??!」


 朝からノルガン家に届いたのはリンドール公爵家からの、嫡男であるハイスネスとライラの正式な婚約の打診だったのだ。


「恋仲でもなければ、何故」

「ま、間違えたのでは?」

「私も何度も見返したが、お前の名前が書かれていた。先般の婚約破棄の件をご存知だろうに……」

 わからないと父が呟くが、残念ながらライラもわからなかった。ハイスネスの顔を思い出すが、昨日最後に言っていた「大変なこと」がもしかして、これなのだろうか?


 着替えて部屋を出ると、父も兄も大慌てで書類の確認と返信の準備に追われており、弟は何故か静かに怒っていた。

「姉さん、知ってたの?」

「知らないよ!知ってたら驚かないよ」

「姉さんは、リンドール様でもいいの?」

 ライラの中では、ハイスネスはかなり印象がいい。寝ていたことも黙っててくれている上に、変な人に追いかけられた時も助けてくれている。なんなら、コーヒーも教えてくれた良い人だ。そして、昨日も助けられた。

「でも良いのって言うか、そうね、むしろ私には勿体ないと思うし、ハイネ様にはもっと良い女性が合うと思うわ」

「ハイネ様……?」

「あ、それは昨日そう呼んでって言われて!」

 慌てるがミリクがショックを受けたような表情をする。

「姉さんやっぱりリンドール様と」

「違うってば!」

 ライラは無意識に昨日の火傷した箇所に触れる。まだチクリとした痛みが走る。

「ハイスネス様に私は釣り合わない。話をしなきゃ」

「午後に来るみたいだよ」

「そうなの?」

「だから執事や侍女たちまで慌ただしく動いてるだろ?」

 たしかに父や兄だけでなく、屋敷ではたらくみんなの動きが忙しない。

「来るの?」

「来るらしいよ」

「どうしよう!」

「知らないよ!」

 そんな生産性のないやり取りをミリクとしている間に、あっという間に午後は訪れた。

 


 すぐにライラはハイスネスとしっかり話すため場所を準備した。誰も中に入れず、2人だけで話す部屋を確保する。ミリクがダメだと喚いていたが、なんとか黙ってもらった。


 ライラはハイスネスを目の前にし、直球勝負に出た。回りくどいことをしている時間はない。

「あの、どうして私なんかとの婚約を打診されたんでしょうか」

「一目惚れなんだ」

 あまりの予想外すぎる言葉にライラは固まった。

「からかってます?」

「いや、至ってまじめに言っている」

 そう返されてライラは一気に全身が熱くなり、顔が真っ赤になる。

「そんなに、会ったことも話したことも、無いと思いますが」

「図書館で見ていたんだ」


 その言葉にライラがスッと表情を戻し、ハイスネスの方を向く。

「それは、私じゃないかも」

 呟くように言ったライラの言葉を、ハイスネスは逃さなかった。

「私じゃないってどういう意味?」

 聞き返されて自分が口に出したことにハッとする。

「い、え、なんでもないです」

 ハイスネスは上着のポケットから一枚のメモのようなものを取り出した。そして、ライラに向ける。

「それは、これと関係あるのか?」

 

 ハイスネスから向けられたメモには、ライラの字で沢山の文字が書かれていた。しかし、それは、この国の文字ではなく、日本語だった。


「それは!」

 ライラが取り返そうと手を伸ばすが、ハイスネスはスッと腕を引いてしまい、取ることができない。

「ライラ嬢の横顔を綺麗だと思って見ていたときに、図書館で拾った。疲れてそのまま眠ってしまったことがあったことを覚えてるか?」

 ハイスネスの言葉に思い当たる時があり、俯く。貴族令嬢らしくないところを見られてばかりだと思った。

 

「それを返してください」

「構わないが、説明してくれないのか?」

 ハイスネスは意外とあっさりライラにメモを返してくれる。受け取ったライラは、日本語がびっしり書かれたそれを見て、当時の状況を思い出す。


 あの時は、前世の記憶が蘇ったばかりだった。川原菜々の記憶が色濃く残るのに、一緒にライラの記憶があるのが不思議であり、気持ち悪かった。姿が変わっていることも、仕事ではなく学園に行くことも何もかもが違和感の塊で。


 だから、ライラの記憶を書き出した。この国のこと、この国の習慣、貴族としての知識、幼い頃に読んだ本、あらゆることを紙に書き出して、それが本当に正しい記憶なのかを確かめ始めた。

 

 家ではやりづらかったため、小さな紙にたくさん書き出して学園の図書館で調べた。全部調べるのに数日かかった覚えがある。


 一つ調べて正しいことを確認するうちに、それを一つずつ受け入れていく自分がいた。


『やっぱり、私はここで生きているんだ』


 そう思った。川原菜々の記憶が強すぎてライラであることをなかなか受け入れられなかったが、自分の中にある記憶が、それを正しいと言っている。


 

 ライラは、ふとハイスネスを見た。


 前世の記憶があることを言ったら、婚約の話は無かったことになるのではないだろうか?そんな奇妙なことを言い出す人と結婚しようなどと思わないに違いない。


「ハイネ様。私、家族にも言えない秘密があるんです」

「そのメモと関係がある?」

「これ、読めました?」

「いや、全く」

「ですよね」

 読めたら逆にこの世界の人、全員日本人の生まれ変わり説を唱えるのもありかと思ったが、違うらしい。

  

「私、……前世の記憶があるんです。前世では川原菜々と言う名前で、32歳で死んでしまいました。2ヶ月ほど前、その記憶を突然思い出しました。このメモの文字は、その前世で使っていた文字です。記憶を思い出してから、ライラの記憶の方が信じがたくて、覚えていることを書き出して、正しいかどうかを本で確かめていました」

 自分から喋っておきながら、何か言われるのが怖くて早口で言い切ってしまう。

「2ヶ月ぐらい前に意識を失って倒れたと言うのが関係あるのか?」

「え、あ、はい。その時に思い出しました」

 その話はハイスネスにしたことはない。むしろ、ライラ自身がその時の記憶が曖昧になっており、何が起きたかいまいち覚えていない。気づいた時には邸のベッドの上だった。

「コーヒーというのは?」

 ハイスネスはちゃんとあのカフ豆の店でのライラが言った言葉を覚えていたらしい。

「カフ豆によく似たものを、前世ではコーヒーと呼んでいました」

「なるほど」

 納得したらしいハイスネスはそれ以上何も言わなかった。なので、ライラは自分から口を開く。

 

「なので、婚約はなかったことに」

「何故?」

 被り気味に「何故?」と問われ言葉に詰まる。

「いえ、だって、気持ち悪くないですか?というか、信じるんですか?変ですよね?」

「別に気持ち悪くもないし、変だとも思わない。信じた方が、納得できる」

 ライラをまっすぐに見るハイスネスがそう言った。

「いや、でも」

「ライラ嬢は、俺が婚約者では不満か?」

「違います!そうじゃなくて!ハイネ様にはもっとふさわしい女性が」

「俺がライラ嬢との婚約を望んでいるのに?」

 じっと視線を向けられてどうしていいかわからなくなる。自分が間違っているという気分にさせられて困ってしまう。

 

「私、ハイネ様に何も返せません」

「見返りを求める婚約ではないけど、俺がライラ嬢に何か与えることができるならそれでいい」

「ハイネ様は私と無関係な間柄であってもたくさん助けてくださってるのに」

「一目惚れしていれば、当然の行動だと思うし、素知らぬ振りして、気を引きたいと思って行動してるんだから、俺の方がよっぽど質が悪い」

 あまり悪そうに思っていない顔でそう言ったハイスネスが少し笑う。

 ライラにしてみればそのハイスネスによってかなり救われているところがあるため、文句もない。

「正直、あの婚約破棄は俺にとっては僥倖だった」


 この国では婚約は国王の承認が必要なため、その意味が重い。普通は婚約破棄など自分勝手にできるものでは無い。本来なら。


 だがそれが許されたのは、異世界人の保護や希望が大きい。異世界人が過去に様々な影響を与えて来たことから、国は異世界人を手厚く保護することにしている。

 

「本当ならもう少し時間を空けてから申し込みたかったが、無関係なままでは何もできないことが身に染みてわかった。だから、家の力を使うことにした」

 伯爵家のライラが、公爵家のハイスネスの要求を断るなどありえない。ハイスネス自身が引かない限りは。

「絶対後悔しますよ。私全然貴族令嬢らしくないですし」

 ライラの言葉に、ハイスネスが少し笑う。

「知ってる。でも、しない後悔ならあるかもしれないが、する後悔はない」

 あまりにもはっきりと言われてしまい、ライラは何も返せなくなった。

「ライラ嬢が、どうしても嫌だと言うなら、退く。傷つけるようなことはしたくない」

「私は」


 どう答えて良いか迷った。ただただ、自分には不釣り合いだと思えた。ハイスネスと過ごした時間はまだ少なく、きっと彼もライラのことをよくわかってないに違いない。

 しかし、どうしても嫌かと問われるとそんなことはない。どちらかと言うと好ましい人だと思う。どうせ政略結婚が日常茶飯事の貴族の結婚であれば、ハイスネスとの婚約は、ライラにとっては破格のものだ。

「嫌じゃない、です」

 それを聞くと今までわりと淡々と話していたハイスネスの表情が和らぐ。

「ありがとう」

 何故かお礼を言われて疑問符が飛ぶ。嬉しそうに笑うハイスネスは、ライラの心も温かくした。


 けど、相変わらず心臓にくる顔だ……。



***



 ノルガン家からの帰り道にハイスネスは王城へ寄った。ライラとの婚約のための手順を優先させたため、昨日のことをまだ王太子に報告できていなかった。


「あの異世界人は、能力持ちかもしれない」

「あ、やっぱり?」

 王太子はあまり驚くこともなくその言葉を受け入れる。

「なんか怪しい気はしてたんだよね。あの侯爵家の子息の様子もおかしいし、私に色目を使ってくるし、どうなってるんだとは思ってたんだ」

「ライラ嬢が、腕に火傷を負った」

「え、まさかその異世界人の能力で?」

「おそらく。腕を掴んでいたようにしか見えなかったが」

 聞いたことを咀嚼するように考えに耽っていた様子の王太子だったが、ふと気づいたようにハイスネスを見る。

「ライラ嬢呼びになったんだな」

「明日ぐらいには陛下に婚約願いが提出されるはずだ」

「へー。展開早くない?令嬢はついてけてるの?」

 ハイスネスは決して頷けなかった。自分が強引に進めている自覚がある。

「まぁ、せっかくの機会を逃してたらただのバカだしな。ってか、異世界人いなかったら、普通に幼馴染の侯爵令息と何事もなく結婚してたよね」

「そうだろうな」


 ここに来て異世界人が能力持ちであることがわかると、侯爵令息が操られていたと言う説が出てくる。異世界人の能力が認められ、侯爵令息が正気を取り戻した時に、どういう行動に出るかわからない。それこそ異世界人に操られていた為の発言で、婚約破棄は不当だとして、異議を申し立てることもあり得る。


 本当は今日ライラと話をしたときに、元婚約者をどう思っているのか聞きたかったのだが、そこまでの勇気が出なかった。婚約を了承されたことだけで、満足してしまった自分がいたのだ。


「令嬢が元婚約者のこと好きだったらどうするんだ?確か幼馴染だったよな」

「ライラ嬢が望むなら」

「嘘つくな。一つもそんな顔してないし、それが許せるんだったらこんな性急に行動しないだろ!」

 図星だった。これらは隙を与えない為の行動であり、元の鞘に戻るなんてことはできないようにするための妨害だ。

「ノルガン嬢には最初から逃げ場なしだな」

 王太子の言葉に目を逸らした。


 わかっててやっている自覚はあった。

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