7
暗黒の中に煙が立ち込める。月明かりが淡く周囲を照らしていた。
「ゲホッゲホッ」
「何が…。いったいどうなった…?」
衝撃で頭がぼんやりとしていた。
違和感を感じた翔真は体をまさぐると腰のあたりを切っていた。
「いっつつつ」
血が滴る。
周囲はうかがい知れない。煙の中必死に周囲を確認する。
煙が晴れてくると少し離れたところに女が倒れている。気を失っている。
「――っ!おい、大丈夫か?」
近寄り抱き起こす。
戦闘の跡は凄まじく、至る所に裂傷があり左半身は焼けていた。
女は気絶している、その顔は少しあどけなさを感じさせた。
額を少し切ったのか、一筋の血が流れ落ちていた。
「おい、起きろよ大丈夫か?」
「ん…んん……」
ややあって女が目を開ける。瞳は血のような紅。瞳孔は縦長で爬虫類の様だった。
「大丈夫か?」
「あ、ああ…。大事ない」
ぶっきらぼうにそう言い放つと起き上がろうとするが、力が入らないのか身を震わせるだけとなった。
「無理するな」
「そうも言ってられん。あやつが来るぞ」
「でもあんた、もう戦えないだろう?」
「まだやれるわッ」
言って立ち上がろうとするが、やはり力が入らない。
「あんたら、なんで戦ってるんだ?」
根本的な疑問を口にする。翔真は今日起きたことがこれっぽっちも理解できていなかった。
そもそもからして何故二人は戦っていたのか。一方は防衛軍だ、ということはこの女は犯罪者なのか。脳内は疑問符で一杯だった。
「フン、知らぬわ。奴らが急に襲ってきたんじゃ」
「えっ?知らないって…。マジか?自分が襲われている理由が分かんないのか?」
「そう言っておろう。儂は慎ましく血を吸っていただけじゃ」
「それが理由なんじゃないのか?」
「フン。殺しなんぞしとらんぞ。儂は慈悲深いからのぅ」
あっけからんという女。その神経の図太さに翔真は感心していた。
他にも気になることはたくさんあった。吸血鬼なのか、何故超常の存在が日本にいるのか。
そして何故――防衛軍に狙われているのか。
「再生しない…?血が足りないのか…」
ぼそりと呟いた一言に翔真はビクッと反応した。先ほど衝撃的な吸血を体験したばかりだ。
衝撃的ではあるが背に腹は代えられない。翔真は意を決する。
「…俺の血を吸うか?」
「…」
女は押し黙る。今まであったコミカルな気配は消え失せていた。
どこか憂いを帯びた貌。その豹変ぶりに翔真はドキリと心臓が脈打つのを感じた。
「…血、吸えよ。回復するんだろう?」
正直、これ以上の吸血は遠慮したかった。先ほどの吸血で貧血気味の脳みそはグラグラと揺れてるようで頭痛もしている。
気怠さが全身を苛み、今すぐにでも眠ってしまいたかった。
瞬転――女の顔に哀愁がよぎる。
「――ッ?」
何故。
何故、そのような顔をするのか。
彼女が何者なのか、どんな過去を歩み何をなしたのか。
翔真にはわからない。何一つわからない。
しかし――。
翔真は腹の奥にある種の――情念が湧いたのを感じた。
口を開こうとしたその瞬間、蛇炎の声が響く。
「よう、くたばり損なったな特異点」
ニヤリと人を食ったような言い方。鼻につく不快感が翔真の表情を歪める。
「…」
「おいおい、なんとか言えよっ」
「黙れタコ野郎ッ!」
「あん?」
「貴様、防衛軍だろ?何故彼女を殺す?」
翔真には何もわからない。しかし、彼女が死んでもいい程の悪人には見えなかった。
「ハッハッハ!それを知ってなんとする、少年?」
「質問に答えろッ!こいつはっ、死ななければならない程の悪人なのか?」
「答えはイエスだ少年。そいつはな吸血鬼なんだよ【夜の帝王】だ。防衛軍の、いや人類の敵だ。そいつは生きてるだけで血を吸い人を殺す」
「こいつは人殺しなどしていないと言っていたぞッ!」
「それでもさ、これも人類のためさ」
「ふざけるな…」
翔真は女を庇うように立つと両手を広げる。
蛇炎を睨みつける。
――理不尽への怒り。
「だったら俺を殺してから殺せ」
不敵にニヤリと笑みを浮かべ、翔真はそう言った。