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学校での授業をつつがなく消化した翔真は今日もバイトに勤しんでいた。
バイト先は百円寿司チェーン店。
翔真はフロアに出て接客を行っている。客が居なくなった席の皿を片付け、テーブルをダスターで拭き取る。
接客をしていると喧騒の隙間から様々な噂話が耳に入ってきた。
防衛軍が警察の異能犯罪検挙率を超えたとか、血を吸う異能者が現れたとか、夜な夜な廃ビルから嗚咽を聞いたとか。
根も葉もない噂の数々。しかしそのどれもが異能に関係していることだった。異能を持たない翔真にとっては興味心が湧き出るようなものではない。
――この世界には持っている人間が大勢いて、でも自分には何もなくて、だからこそ面と向かって接することができなくて...。
思わずため息が出そうになり、慌てて飲み込む。
いかんいかん、このままでは気分が悪くなるだけだ。
ブンブンと頭を振るい気持ちを切り替える。この世界は異能を持たない翔真には生き辛い。
「大丈夫ですか、真藤さん」
しかめ面をしていたからか、客が席を空けるのを一緒に待っていた少女が話しかける。
「ああ、大丈夫。そんな変な顔してた?」
少し茶化したような言い方をする。翔真の見た目、猟犬のような鋭い雰囲気から一転発せられたお茶らけた言い方に少女は軽く笑みを浮かべた。
「いえ。ただ、悩んでるような顔していましたよ。相談、乗りましょうか?」
「ありがとう。でも何もないから。なんかあったらお願いするね」
「はい」
満面の笑顔を浮かべて少女、白井さくらはそれきり真面目な顔で前を向く。
白井の横顔を盗み見る。
白井はバイトの後輩で学校の後輩でもある。肩の上までの黒髪を動きやすいように結んでいて低い身長に大きい目で学校では割と人気がある。
そんな彼女も異能者だ。俺とは、住む世界が違う。
頭の片隅でそんなことを考えているとバイトが終わる時間だ。
「お先でーす」
「お疲れー」
店長と軽い挨拶を交わしいそいそと着替える。
外に出ると夜風が通り過ぎる。バイトで火照った体に風が心地よい。
夜空を見上げるとほんの少し欠けた月。明日はきっと満月だ。
「よし、帰るか」
心なしか弾んだ独り言が夜に消えていった。
◇
鉄筋がむき出しの部屋。四方に壁はなく、外の景色が伺える。
風が激しく吹きすさび、砂埃が舞った。
何らかの要因で工事が続けられなくなったビル。そのビルのあるフロアに五つの影
影としか言い表せないそれらは皆一様に重武装の兵士だった。
短機関銃に拳銃。目元には暗視機能付きの多機能ゴーグルを装着している。
一人の男、リーダー格の彼は無線交信で状況を伝える。
「ポイントに到着。準備完了だ」
「了解。アルファとベータが獲物を追い込んでいる。警戒を怠るな。アウト」
「へいへい」
男は煙草に火をつけると紫煙を肺いっぱいに吸い込んだ。
「スゥー、ハー」
紫煙が空に上り、空気に溶けていく。
「隊長、煙草なんか吸うなよ。当たりだったらどうすんだ?」
「うるせーな、黙ってろ。どーせ今回もはずれだよ」
男は今回の目標に期待をしていない。しかし男の目は獲物を狩るハンターの様に鋭い気配を孕んでいる。
舌なめずりをし、時間を待つ。
研ぎ澄まされた殺気があたりに漂う。濃密な死の匂いが充満する。
タタタタッ
銃声が階下から鳴り響く。
「さぁ、狩りの時間だ」
ぎらついた相貌には血に飢えた笑みが張り付いていた。
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なんだか主人公がバイトばかりしていますがこれから物語が動き始めます(多分)