14
雲間から耀光が落ちる。
激動の一日を終え体調に不安があった翔真は学校を一日休み、その翌日。
「行ってきます」
身支度を整え家を出る。背後のいってらっしゃいに返事をして自転車にまたがる。
ここから翔真の学校である新神奈川県立第二高校までは二十分ほどで着く。
先の異能大戦は日本全体に崩壊をもたらしている。
今もなお遅々として進まない復興。街中にも爪痕は多く、倒壊した建物が通学路にもいくつか伺える。
春も終わり、夏に向けて暑くなる季節を自転車で軽快に進む。
昨日は体調不良を言い訳に学校を休んだが今日はなんだか、以前にもまして元気があるように思えた。
景色が背後に流れる。車通りの多い道を抜け細い道に入る。
辺りに人はいない、頭が思考に沈む。
昨日は多くの事があり、混乱していた。その多くを占めるのはあの傷の事だった。
抉れた皮膚、骨が露出し血が大量に失われるあの恐怖。
あのとき不思議と恐怖はなかった。眠りゆくなかで何故そう感じたのかが頭の隅に引っかかった。
そして流れ出た血液。
一番の懸念はまさしくこれだ。
意識が覚醒するまで母親が部屋にいた。もし仮に母があれを見ていたら、決して見て見ぬふりなどしないだろう。
あのあとそれとなく聞いてみたが、母は何も知らなかった。
そうなるといったい、あの血液はどこに行ったのか。
考えても考えても、まるっきり翔真にはわからなかった。
◇ ◇ ◇
教室につくとそそくさと席に着く。
翔真はこの世界においてマイノリティだ。周りの皆は異能を使え、自分には使えない。
さすがに高校生ともなれば多少は社会性を学んでる。
いじめなどには今のところなっていないのが翔真にとっては救いだった。
どんなに気が強くても。どんなに高尚な考えを有しているとしても、異能が無ければ誰も意思を聞こうとは思わない。そんな物悲しい世界。
その世界の片隅で授業の準備をしていると。
「よう翔真、おはよう。昨日は大丈夫だったか?」
屈託なく笑う少年。
清潔に切られ、校則違反にならない程度に色を抜いた頭髪。
常人より少し大きな目をくりくりと輝かせる、整った貌。
教室で、いやこの学校において一番の有名人である天童拓哉。
容姿端麗、文武両道。成績よく品行方正で。
異能力もすで高い水準で訓練され、防衛軍入隊の筆頭だ。
そんな人気者の天童が自分に話しかけ、あまつさえ心配するのは彼の性格上当たり前の事だった。
「あ、ああ。大丈夫。もう治ったから」
引きつった笑みに終わった返答を、これっぽっちも気にせずに。
屈託なく笑顔で。
「なら良かった。心配してたんだよ」
颯爽と踵を返し、自席へ座る彼を見て。
げんなりと、周りに聞こえないようにため息をついた。
翔真は天童が嫌いだ。
比較的温厚な翔真は人を嫌うことが少ない。第一印象で判断せず、交流をもって人柄を知ろうとする彼は人の良い所をまず探す。
そんな自分が嫌いになった。
周りの評判は上々なのに。話してみても嫌味なところのない奴なのに。
良いやつだと、心の中で思っても。
あの、うさん臭いと感じる笑顔が嫌いだった。
持つ者と持たざる者、その対比。
いっそ罵られれば好きになってたかもしれないとすら思う。
彼を嫌う自分がどこか、不思議だった。