1
――異能があれば職に困らない。
誰かがそんなことを言っていた。そのことが妙に耳に残っていた翔真は何となくしかめ面を浮かべながらバイトを終え、帰路についた。
日本人らしい黒髪茶色の瞳。中肉中背のどこにでもいる高校生だが目つきは鋭く、猟犬のような、どこか近寄りづらい雰囲気を纏っていた。
突如として世界に【異能】を扱えるものたちが現れた。当然持たざる者達からすれば恐怖の対象でしかなかった彼らは迫害され、非道な扱いを受けた。
異能を持つもの、持たざる者の溝は次第に深く、深くなっていき、異能大戦が勃発。
異能者は強大な力で、非異能者はその数で、互いに憎み、殺しあった。
強大すぎるその力は地面を抉り、空を割り、地図を変えていく。
最初は拮抗していた戦線も徐々に非異能者達の数に押されていった。
争いは長い間続いたがある日を境に終戦することになる。
――異能急発現。
突然非異能者たちが異能を発現していった。それは世界人口の九割程に増えていく。
これを機に【異能者】達はあらゆるところから社会に台頭しやがて、それが当たり前になっていった。
これは遡ること数十年の歴史――。最近の話だった。
かつての争いは表面上は収まっていった。
時刻は21時に迫ろうとしている。バイト終わりの火照った体に夜風が気持ちいい。
「腹減ったな、さっさと帰ろう」
原付に鍵を差し込む。イグニッションキーをSTARTの位置に回しこみ、セルをスタート。
ブオンと軽快な音を鳴らしエンジンが付く。半帽を被りアクセルを仰ぐ。
にしたって、なんで俺に異能が発現しないんだ。
異能を発現しているのはこの地球の人口の約九割――。
「はぁ」
思わずため息がこぼれる。
翔真は少数派の一割に属していた。
高校二年生の翔真のクラス、三十二人中異能を発現していないのは翔真のみ。
高校生ともなれば多少は大人になっている。さすがにいじめられている訳ではない。だが、クラスメートのあの気を使った表情。何とも言えない空気感が翔真にはしんどかった。
「はぁあ」
本日最大のため息をつき、翔真は自宅へと続く道を原付に乗って駆け抜けていった。
春らしからぬ生暖かい風が吹き抜けた。
◇
明くる日、眠い目をこすり無事登校することにどうにか成功した翔真は、自分の机に突っ伏していた。
始業十分前、教室内の喧騒が次々と流れ込んでくる。
「昨日のニュース見た?」
「見た見た!すごいよね防衛軍!」
「また防衛軍が異能犯罪者を捕まえたってな」
「やっぱり就職するなら防衛軍だよなー」
そう、異能社会の現代においてその力は正しい方向に使われるだけとは限らない。
――異能犯罪。
突如得た強大な力、増長する者は後を絶たなかった。異能を使い力ずくで事を起こす者や、証拠を希薄にし逃走を図るもの。そういった者たちを【異能犯罪者】と言う。
そして、異能犯罪を専門に取り締まる公的機関【異能防衛軍】。
異能者を中心に組織された防衛軍はあらゆる異能を行使し、異能犯罪を取り締まる。時には派手な戦闘になることも多く、それを見た若者たちは夢見るものも少なくない。
「防衛軍ねえ」
思わず独り言が漏れてしまった。まあ俺には関係ない。
教室中が防衛軍の話題に浮かれている間、翔真は机に肘をつき、窓の外を眺める。
青い空、白い雲、草木の緑が穏やかに風に揺れている。
「退屈な人生だな。」
昏い声は誰に聞かれることもなく、教室に霧散した。