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悪意と悪意と悪意

「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!」

 馬車が村に着いた瞬間荷台から降り木の影で吐瀉物を吐く。

 サスペンションも糞もない馬車の荷台が揺れる揺れる、そんな中本を読んでれば普通に酔う。考えてみれば当然だ。

「おいおい、大丈夫か?」

「え、ええ、問題ありません」

 ダグリューが持ってきた桶に並々と入った水で口の中に残ったものを洗い流す。

 だが、この一時間の間に最低限の文字は読めるようになった。この身体、俺が予想していた以上にハイスペックで助かる。

「それじゃ、ボウズの爺さんの家に向かうから」

「ありがとう」

 ダグリューと別れ俺は村の中を適当に散策する。

 村の規模は記憶通りそこまで広くない。中央に共有の井戸があり囲むように木の家が立てられてる。一際大きな建物が俺の家――もとい村長の家でその隣に立っているのが宗教施設。

 よし、記憶との照合は終えた。それにしても、かなり記憶力が良いな、この身体。学問に励める環境に産まれてればそれなりの人間として成功していただろう。

 だが、この世界には二つの厄介な制約がある。それのせいでやっかみがある。

 周りからの腫れ物に触るような視線に気がつきそそくさと村の外に出る。

 記憶通り、やはりこの身体の人間はこの村では迫害の対象になってしまっているな。

 元の人格はそれに一切気づいていないようだったがな。流石に二十年近くいじめられ、そのあとの十年で死線をくぐり抜けてきた俺は人の敵意や悪意、害意、殺意に過剰なまでに敏感になってしまったな。

 そういった感情を理解する事が出来なくなってしまったが。

 丘の上に上っていると背後から強い敵意を感じとり振り返り様に投げられた泥の玉を回避する。

 直線的で遅い玉を避けること何て簡単だ。それも、ガキの玉なら尚更だ。

「こっちにあいつがいるぞ、畳み掛けてやろう」

 ……ガキが。こっちの殺意にも気づかないとは、俺を『必要悪』とした影響で自分に悪意を向けられる事がなかったからだろう。

 丘の上に登ってくる卑劣な笑みを浮かべる六人のガキを俺は見下ろし、近くに落ちてた拳大の石を拾う。

 大振りで投擲し、手から石が離れると同時に地面を蹴りかけ降りる。

「がっ!?」

 石がガキの一人に当たり大きくのけ反られせる。そこに向かって俺は跳躍し顔に足の裏を押し付ける。

 数メートル下り、止まったところで血塗れた顔から足を退かし引きずった笑顔で振り返る。

「ヒッ――」

 臆した時点で敗北は確定する。そんな事も知らないとはな。

 息を呑む声が聞こえると同時に俺は駆け出しガキの一人の頭を掴みそのまま地面に叩きつける。

 頭から手を離し斜め下に下がり泥団子を避け、投げつけたガキの手首を掴み後ろに回り込む。

 強引な力をかけ腕と肩を繋ぐ関節を外すとガキは簡単に悲鳴をあげ地面を転がり落ちる。

 さて、残り三人……と言ってももう逃げてるか。流石にやり過ぎだとは思ったが……どうやら色彩等は戻っても元の倫理観は欠落しきってしまったようだな。

「だが、ガキの身体というのは些か力が出しにくい」

 少なくとも、同い年くらいの頃の俺の肉体と比べれば遥かに力の出力が低い。自衛手段としては最低限使いものになる程度だ。

 さっきみたいなガキなら兎も角、大の大人だと少しキツいな。

「……喧嘩は駄目ですよ、クレイさん」

 丘の上に登ってきた聖職者のような格好をした若い女に俺は露骨に嫌悪感を示す。

 女が静かに近づき言ってきた小言を嘲るように返す。

「ハッ――喧嘩を売ってきたのはそっちだろうがシスターレイ」

「……貴方のような『不遇職』は『必要悪』となってくださいませ」

 女の軽蔑に満ちた視線に俺は失望する。

 やはり、こいつはガキどもの味方か。いいや、この世界は俺の敵か。

「知るか、そんなもの。俺はもう縛られない。お前らの身勝手な考えに従うつもりはない」

 聖職者の横を通りすぎながら俺は吐き捨てるように宣言する。

 この世界の事情はある程度理解している。俺のような存在が『必要悪』だと言うことも知っている。

 だが、知った事ではない。

 元の人格はそれを許容していた。自分が傷つけば他の連中が傷つかずに済むと本気で思っていた。

 下らない、そんなものに吐き気がする。

 傷つく事は痛いのではない。辛いのではない。ただ、虚しいだけだ。

 折角転生したんだ、俺はかつての俺が出来なかった自由な生活を送ってやる。何があってもだ。

「クレイ!お前何をやってるんだ!」

「……父さんか」

 森の方を歩いていると村から父親がやってくる。

 どうやら、村の方で俺の話を聞いたのだろう。

 俺と同じ灰色の髪をした中年の男が俺の肩を掴み揺らす。

「お前はただ『必要悪』であれば良い。そうすれば全てが丸く収まる!下手な抵抗をすればお前は……!」

「煩わしい」

 肩に乗る父親の手を払いのけ、俺は父親を睨み付ける。

「俺は俺のために生きる。そっちの足並みに揃えるつもりはない」

「何を……言って……」

「お前らが俺を『必要悪』とする考えを否定する。それだけだ」

『必要悪』が必要とされる時点で間違いだ。こいつらに付き合ってられる訳がない。

 呆然と立ち尽くす父親を見放して森の中に入り、木に登り太い枝に乗って本を読み始める。

 ◇

 夜、俺は父親と喧嘩をして家の倉庫に押し込められた。

 ちっ……口の中が切れてるし身体の至る所が腫れてる。どんだけ強烈に殴ったんだよ。

 痛む身体を引き摺り埃っぽい倉庫内から布団を取り出して横になる。

 埃臭いが、まあ問題ない。最低限の寝泊まりするのなら問題ないな。

 小さな窓から降り注ぐ月明かりを頼りに仕舞われていた絵本を取り出す。

 糞親父と喧嘩する前に基礎的な単語や文法を覚える事が出来た。絵本程度なら簡単に読める。

「それにしても、この世界は何て自由のない世界なんだか」

 右腕を捲り、二の腕に刻まれた赤黒い鎖のような模様を仰ぎ見てため息をつく。

 この世界は職業が七歳の時に決まる。自分が持っている才能や適性がどの職業に向いているのかを勝手に世界が決める。決めるための儀式『宣誓祭』が行われるのが七歳の時だ。

 殆んどの人間は【農民】や【町民】と言った何でもない大多数に位置付けられる事となるが中には【剣士】や【鍛冶師】と言った専門職の才能が見いだされる。

 そして、そういった専門職の才能等が見いだされた場合国がその才能を盛り上げる仕事場に通うことなっている。それが法律で定められているのだ。

 これによって才能がある者は才能に適した職業しか就くことが出来なくなってしまった。

 そして、恵まれた職業があると同時に不遇な職業がある。それこそがあの女――教会の修道女が言っていた『不遇職』だ。

「そして、その不遇職には絶対のルールがある」

 それは、『呪力』と呼ばれるエネルギーを使うことだ。

 記憶の中にある引き出しから使い方を取り出し、練り上げる。すると、俺の右腕に赤黒いオーラのようなものが帯びる。

『呪力』というのは人間の負の感情――すなわち怒りや憎悪などから発生するエネルギー。正の感情から発生するエネルギー、『魔力』と対をなす。

 この『呪力』を自分の意識下で自在に生み出せる職業が『不遇職』の烙印を押される。

「理由は、色々あるらしいが……やはり、これだよな」

 そう言って俺は絵本の表紙を擦る。

 この絵本は実際に起きた事――『不遇職』が引き起こした悲劇と惨劇が綴られ、それを後生に残す事で『不遇職』を悪だとする考えを子供の頃から学ばせる。そうすれば、教会にとって都合の良い人間が生まれる、というわけだ。

 とりあえず、読み始めるか。

 俺は本のページを開き、中を読み始める。

 ◇

 むかしむかし、ある小さな村に一人の若い男がいました。

 男はとても真面目で優しく、普通の人より劣る身体で鍬を振って畑を作り果物を育ててました。

 ある日、男は畑に向かう途中で傷ついた女性が倒れているのを発見しました。

 男は慌てて女性に駆け寄り家に連れていって一生懸命傷を治しました。

 数日後、女性は目を覚まし男は安堵の息を洩らしました。

 女性は行く宛もなかったため男と一緒に過ごす事になりました。

 次第に惹かれあった二人は遂に結婚し間に三人の子供が産まれ、充実した生活を送りました。

 しかし、女性を一方的に惚れていた貴族が女性が結婚した事に気がつき怒り狂いました。

 そして、貴族は部下たちを使って男がいない間に女性と子供達を皆殺しにしてしまいました。

 仕事から戻った男を出迎えたのは血に濡れ冷たくなった愛する人たちだった。

 男は、泣き崩れると同時に怒り狂った。

 両親を失い、村から迫害されていた男に幸せを与え、唐突に奪った世界を憎んだ。

 男は、生まれつき『呪いの力』を持っておりそれを使うことで様々な事が出来た。

 男は、村を、領地を、国に住む全ての生命を代償に呪いをかけた。

 それは、世界を滅ぼすための『呪い』だった。この『呪い』によってこの世界は混乱の渦に巻き込まれる事となった。

 多くの人たちが殺され、多くの国が崩れ、多くの悲劇が生まれた。

 そして、男はただ死に場所を求め歩き続け、多くの人たちに石を投げられ死んだ。

 ――世界を呪った不幸な男の物語

 ◇

「……不愉快な内容だ」

 本当に、不愉快な内容だ。

 読み終えた絵本を投げ捨て歯ぎしりする。

 この物語に出てきた男はただ真面目に幸せに生きたかっただけだ。それを周りが勝手に壊した。その結果、男は世界を呪った。

 悪いのは男ではなく愚かな貴族や憎しみを積もらせた社会そのものだ。それを公然と『不遇職』に対するプロパガンダとして使っている。

『不遇職』は決して悪ではない。周りが身勝手に恐怖し迫害し、蔑んだ結果、悪となってしまう。言ってしまえば、作られた悪と言える存在だ。

「……作られた悪、か」

 前世の俺も似たようなものだ。不幸と人の悪意の積み重ねによって俺は復讐者へと堕ちた。この絵本の男もまた不幸と悪意の積み重ねによって世界を憎む事となった。

 悲劇を生み出すのは常に悲劇、と言う事か。

 俺は布団に横になり、クモの巣が張られた天井を見上げる。

 ……この身体は自分の職業が『不遇職』である事は知っているがその『不遇職』が何か分かっていない。ならば、知る必要があるな。



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