転生
落ちる、落ちる、落ちる――
意識が覚醒した俺が感じているのは身体が落ちていく重い感覚だけ。辺りは手先すら見えない暗闇だけしかなく、どこにいるのかすら見えない。
どういうことだ……?俺は確かに地面に向けて落ちた筈だ。いくら走馬灯でもこんなことあり得ない。
俺は身体を起こそうとするが、身体は動かない。指の一本も動かしていく感覚すらない。
感覚の無さに驚いていると明るい場所に入る。入った瞬間、身体を覆っていた重圧が解放される。
そこには、星空があった。上も下も、右も左も、数多の星と数多の星雲が広がり星たちが輝いている。色素を失った世界に美しい星空が広がっている。
はは……これが死後の世界か。何て……美しい。
あまりにも非現実な視界に半笑いしながら辺りを見ると、幾つもの光の線が落下しているのが見える。
それの正体を俺はなんとなく察する。
これは……俺だ。俺と同じく死んだ人たちの光……魂だ。
それに、死後の世界かと思ったが、どうやら違うようだな。
落ち方が引き寄せられるような感覚へと変わったのを感じ、俺は薄ら笑いをする。
地獄に落ちると思っていたがこの感覚は違う。星に引き寄せられている。となれば、この星こそが別の次元に存在する世界。この空間は世界と世界の隙間と呼べる場所だろう。
憶測しかないし確定的な情報はない。だが、何となくそう思える。
……もし生まれ変われるのなら――自由な生活を送りたい。何となく、そう思えてしまうよ。
◇
「――ハアッ、ハアッ、ハアァ……!」
俺は身体を起こし額にこびりついた汗を拭う。
……転生、出来たな。だが、ここはどこだ?
俺は草原の草の上から立ち上がり辺りを見回す。前世では見たこともない場所だ。
それにしても、この身体の服装はどう見ても手製の革で出来てるよな。織物とは程遠い。
「まあ、女でないだけまだマシか」
女だとどうしても筋力による力押しに弱くなってしまう。力作業が必要となってくる事もあるだろうし男の方がこの異世界で生きるのなら良いだろう。
草原を歩きながら記憶を頼りにこの身体の情報を調べる。
この身体の名前はクレイ。年齢は七歳。この近くのバルト村の村長の孫。趣味は昼寝と農作業。村は五十人程度で規模としてはそこそこの大きさ。近くに大きな森がありそこの恵みや農業で生計をたてている。
こんなところか。俺からしたら文化レベルはかなり落ちている。機械の類いはないようだし、こんな景色だと電気が通っているとも思えない。
それに、記憶の中の多くの人たちが文字が読めない。識字率の低さは義務教育がない頃のヨーロッパとそう変わらないほどだ。
「それにしても……色が見えるというのはここまで良いものだったとはな」
草原に生い茂る草花は色づき、身体は健康的な白色。前世の俺は様々な要因で色が見えなくなってしまった。そして、異世界に転生したお陰で再び色彩がある人生に戻れた。
俺たちをあそこまで壊した連中を皆殺しにし、人生に終止符を打つために自殺した。
そこに後悔はない。罪悪感もない。だが、その結果がこうなる何て誰が予想できるだろうか。
一時間ほどかけて最低限の整備がされた道に出るとやってきた馬車の中年くらいの御者に話しかけられる。
「お、クレイのボウズ。こんなところで何してるんだ?」
えっと……確か名前は……。
「ダグリューさん、村まで送ってくれませんか?」
「良いぜ。馬車に乗ってきな」
ダグリューに承諾を得た俺は馬車の裏側に回り込み荷台に飛び乗る。
足の踏み場がないほど荷台には木箱や樽が山のように積まれており、俺はその中の一つに座る。
ダグリューさんは行商人で様々な地域や領地を点々としながら生活している。この時期になると毎年バルト村に立ち寄るらしい。
木箱の中を適当に漁っていると一冊の本を見つける。
この世界の識字率や技術から考えると本一冊でもかなりの値段になるらしい。これを買っているとなればそれなりに稼いでいるのだろう。
「お、ボウズ。その本に興味があるのか?」
「ええ、まあ」
「それならやるよ。あと簡単な文字の書き方を書いたものを渡しておくから文字の練習にでも使えよ」
……あっさりと商売道具を渡すんだ。
御者に本を見せ、あっさりと手に入った事に驚きながら俺は床に座る。
まあ、偶然とは言え、本を手に入れる事が出来た。これで文字を学ぶ事ができる。幸い、この世界の文字は英語のような幾つもの単語がくっついて一つの意味になるタイプだ。覚えるのは苦にならなさそうだ。
俺は本を開け意味不明の文字の羅列を読み始める。