表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜輝士 ~Legend of Dragoon~  作者: 天川しずく
第1話 竜騎士として、人として
4/16

PART3. ミイ(αAI Type A-YS ver.1.02)【1】



 ユーイ・アルファナはボクの開発者(マスター)の実姉なのだけれど、ボクはマスターの思考、人格をほとんどそのままトレースされて造られているから、ボクにとってもユーイ・アルファナは実のお姉ちゃんみたいなものだ。


 お姉ちゃんは強くて頭も良いし美人だ。おまけに性格も良い(と思う)。そのせいで周りからは、よく多用される比喩表現で〝完璧超人〟とか‶天使〟だなんて言われることがあるけれど、実際はそうでもなかったりする。本当は口うるさいし、怒りん坊だし、何より超が付くほどの頑固者で、一度こうと決めたら絶対に曲げやしない。それはある意味、長所とも言えることだけど、時と場合を選んでほしいものだ。今だって、あの男の子を助ける為に、勝てるかどうかもわからない敵と対峙しようとしている。毎度のことながら心臓(メイン回路)に悪いったらありゃしないよ。


 そんなボクの気持ちも露知らず、お姉ちゃんはフンバーバの情報と地形データを確認した後、瞑目して深呼吸を一つついた。そして、ゆっくりと瞼を開けその場で数回ステップを踏む。戦闘前に行うお姉ちゃんのルーティンだ。その顔つきは完全に臨戦態勢に入っているようだった。


「よし!」


 そう呟いた次の瞬間、お姉ちゃんは跳んだ。


 跳躍方向は前方四五度。その先には木々の枝が縫い合わさるようにあったが、お姉ちゃんはその隙間を掠めるように跳び抜け、二〇メートル程先に着地した。跳び抜けた際に木々の枝や葉を揺らし、大きな葉擦れの音が辺りに広まる。その音に反応したフンバーバと男の子の視線は予想通りこちらに向いた。


 古今東西、獲物を捕捉し、攻撃を仕掛ける際には不意打ちが基本だ。それは狩猟の鉄則であり、卑怯だの汚いだのとは無縁の世界なのだ。でも、今回それをしなかったのはあの子を助ける為(だよね?)。そうでもしてこちらに注意を引かなければ、彼は数秒後、地面というキャンパスに自家製の赤絵具で人生最期の前衛的芸術作品を生み出していたはずだもの。


 とりあえずは狙い通りの結果となり、フンバーバの攻撃対象は男の子から完全にお姉ちゃんへと切り替わったが、万事が上手く運べた訳ではなかった。


 ボクもお姉ちゃんも考えていたことは多分同じ。ひょっとしたら、彼は醒心力(パルス)が使えたりして機転の利いた行動をとってくれるのではないかと、ほんのちょっぴりだけ期待していたけれど、やはりそれは希望的観測に過ぎなかったようだ。


 ……だって、()()()()しちゃってるもん。恐怖の所為もあるだろうが、何より現状を把握できていない所為の方が強そうだ。先程、彼が発していた台詞を思い返せば、それも納得できるというものだ。


 予想外の乱入者によって場は三竦み状態。この現状を打開する為に先制の一撃を見舞うが吉と判断したのか、お姉ちゃんは迷うことなくフンバーバに向かって駆け出した。しなやかで力強い走りはネコ科の獣を連想させたが、速度はそれを遥に凌駕しており、瞬く間にフンバーバとの距離を詰めてゆく。その距離が三〇メートルまでに迫った時、フンバーバは自らの頭上高くに巨大な右拳を振り上げた。そして次の瞬間、右上腕部と右前腕部がはち切れんばかりに怒張し、破壊の鉄槌がお姉ちゃん目掛けて振り下ろされた。


 予想以上の速さ、想定外の威圧感、まるで高層ビルの倒壊を目の当たりにしているかのようだ。こんなのが直撃したら、いくらお姉ちゃんでも無事では済まない。いや、誰であろうと無事でいられるはずがない。


 だが、フンバーバの放った渾身の一撃を前にしても、お姉ちゃんはボクのように狼狽することなく冷静に対応して見せた。羽織っていた純白のポンチョコートを脱ぎ去り、それで一瞬ではあるがフンバーバの視界を遮ると、スピードを落とさず左へサイドステップ。そして、左足が地面に着くや否や、今度は斜め前方に大きく跳んだ。


 その流れるような回避行動はフンバーバを完全に攪乱させた。お姉ちゃんの姿を見失ったフンバーバは、固く握り締めた右手をポンチョコートが舞う地点へと振り下ろす。


 先程、ボクはフンバーバの一撃を高層ビルの倒壊に例えて表現したが、俯瞰の位置から改めて視ると、それは隕石の激突を思わせるほど凄まじいものだった。右拳を中心点として衝撃と土埃が拡散してゆき、近くにいた男の子は土煙に飲み込まれていった。


 お姉ちゃんの心音が乱れ、筋肉の強張りから焦燥が伝わってくる。でも。今は目の前の敵に集中して! 彼の安否確認は後だよ!


 お姉ちゃんは空中で回転と捻りを加えて体勢を整えると、フンバーバの右肩口に着地した。そこから一気にフンバーバの右側頭部まで距離を詰め、全身の関節と筋肉をフル稼働させた左正拳突きを繰り出す。肉体を醒心力(パルス)で強化し、理想とも思える型から放たれたお姉ちゃんの打突は、堅牢極まりない竜の外皮を易々と破壊した。細氷のように砕け散った竜の外皮が宙を舞い、フンバーバは伐採された巨木のようにゆっくりと倒れていった。


 約一〇秒ぶりに地面に降り立ったお姉ちゃんは、これを好機と見て追撃態勢に入った──が、それはすぐに解除された。土煙の中から少年の咳が聞えたからだった。咳が聞こえる方向へと走り出すと、程なくして、土煙の向うに尻もちをついて咳き込む少年のシルエットを見つけた。お姉ちゃんは少年に近寄ると、彼の背面から右腕を回して胴体を支え、左腕を膝の下に差し入れて抱え上げた。


「しっかり掴まってて!」


 横抱きに抱え上げられた少年は頷くことしかできず、言われるがままお姉ちゃんにしがみついた。それにしても……この子、近くで見ると思ったより幼いな。十代前半(ローティン)なのは間違いないだろう。


 少し()()()()のあるミディアムヘアとアーモンド形の大きな瞳が特徴的で、その色はともに灰色(グレイ)である。そして、黒色の半袖ブルゾン、白色のティーシャツ、裾の広い黒色のカーゴパンツ、黒と赤のショートブーツという男物の服を着ていなければ女の子と勘違いされるような顔立ちだ──一言で例えるなら()()()()といった感じかな。でも、どうしてだろう……容姿にどことなく違和感があるような気がする。


 まあ、そんなことはとりあえず横に置いておこう。今は、この場から撤退することを最優先としなきゃ。


 もと来た道に引き返そうとすると、後方で伏していたはずのフンバーバは、その巨体からは想像も尽かぬ程の俊敏さで、ボクたちの前に回り込んで逃走経路を絶ってしまった。両手を広げ、腰を深く落とし、ボクたちを逃すまいと睨め付ける。


 効いたふりとはね……こいつはやられた。擬態を好む竜は確かに存在するけれど、フンバーバがそれをやるとは思いもよらなかったな。


 下唇を噛み、険しい表情を浮かべるお姉ちゃんは自らの失態を悔いているようだけれど……これを油断と思うべきか、相手が狡猾だったと思うべきかは判断に迷うところ。贔屓目かも知れないけれど、ボクは後者だと思う。


 さて、この後お姉ちゃんはどうするつもりだろうか。おそらく、この子の保護を最優先と考えているだろうから、既に逃げの一択で決めているだろう。そして、事前に確認していたマップから二つの逃走経路を考えているはずだ。


 一つはもちろん来た道を戻る。そこから幾重にも分岐する山道はフンバーバから逃れる確率を飛躍的に上げてくれるはず。


 もう一つは崖下に拡がる湖に向かってダイブ。敵を撒くという点においては非常に有効だけれど、着水までの高さが一二〇メートル程あったり、ザックと合流できる地点からかなり離れちゃったりと色々問題がある。……でも大丈夫。勝手な言い草だが、お姉ちゃんならそれぐらいなんとかするだろう。


 本来は前者がベストだが、その退路を断たれた今となっては後者を選ぶほかない。結果的に選ばされたのは、甚だ腹立たしいことではあるけれど。


 お姉ちゃんは瞑目し深呼吸をつくと、彼に向かって優しく微笑み、まるで子供をあやすように言った。


「心配ないよ。だから、少しの間目を瞑っていてくれる?」


 逃走方法については説明しなかった。うん、それがいい。説明したところで直ぐに理解できるはずもないし、喚き散らして暴れるに決まっている。ただの荷物ならまだいいけど、手足を縛る枷になられてはたまらないからね。彼にとっては知らぬが仏。お姉ちゃんにとっては()()()()が仏だろう。


 今この瞬間、彼にはお姉ちゃんの言葉が神託にも等しく聴こえるに違いない。彼は数回首を縦に振ると、目が潰れるんじゃないかってくらい力一杯瞼を閉じた。


 そうだよ、信じる者は救われるだ。


 お姉ちゃんはフンバーバの動向を窺いつつゆっくりと後退りをし始めたが、五メートル程退がったところで動きを止めた──距離は約二〇メートル。きっと、あと数センチでも退がればフンバーバが襲いかかってくると判断したのだろう。


 陽は陰り、風が止み、静寂が四辺に拡がっていく。まるでこの島の自然や生物たちが、両者の為に誂え向きの雰囲気を作り出しているかのようだ。


 互いに微動すらないが、機先を制する為に、目に見えぬ無数の駆け引きを行っている最中だろう。その光景を目にしたボクは、夕暮れの荒野で対峙するガンマン同士の決闘を連想していた。


 その時だった。突如、メール受信を告げる効果音がお姉ちゃんの鼓膜を揺らし、一瞬ではあるが体を化石と変える。フンバーバはその極僅かな隙を見逃さず、前傾姿勢のまま突進してきた。


 後方に土砂を巻き上げながら巨大な壁が高速で迫り来る。お姉ちゃんもコンマ数秒遅れて崖側へ駆け出したが、両者の距離はすでに一〇メートルを切っていた。……全く引き離せない。それどころか徐々に差を詰められてきている。いくら歩幅に差があるとしても、いくらこっちが()()()を抱えているとしても、敏捷性ではお姉ちゃんに分があると思っていたのに、過去のデータとまったく違うじゃないか! けれど、それも仕方のないことなのかも知れないな。一〇〇年以上経った現在でも、竜の生態は五%も判明していないと云われているしね。あまりデータを信じ過ぎるのは止しておいた方がいいのかも知れない。うん、そうだ。今後の教訓としておこう。


 崖までの距離は残り一五〇メートル、フンバーバの制動距離を考えれば、そろそろ何かしらのアクションを起こしてくるに違いない。先程のように左右どちらかの腕での叩きつけか? それとも尾を使っての薙ぎ払いだろうか?


 予想されるフンバーバの行動パターンのいくつかをお姉ちゃんに進言しようとした時、バックモニターに映っていたフンバーバの姿が小さくなっていく事に気付いた。お姉ちゃんも少し困惑気味に後方を振り返り目視で確認する。人間を殺害することに存在意義の全てをかけている(ような)竜が、その獲物を前にして簡単に諦めるなんて……竜言語魔法(ブレス)を撃ってくるつもりかな? でも、その兆候はないし……他に考えられることといったら何だ?


 ボクが自問自答を繰り返しているうちに、跳躍踏切地点はすぐ目の前に迫っていた。フンバーバの姿をもう一度目視で確認したお姉ちゃんは、安堵の表情を浮かべると、前方に視線を戻し、なんの躊躇もなく眼下に広がる湖へ向かって大きく跳躍した。


「ひゃっ!」


 彼は小さな悲鳴をあげた。突然の浮遊感に不安を感じたのか、守護天使との約束を破ってこの不心得者は目を開けてしまっていた。


 泣くなよ。

 喚くなよ。

 暴れるなよ。


 彼に話かけることもできないボクはただひたすら懇願するほかなかった。だが、ボクの心配とは裏腹に、彼は思いのほか冷静で、上下左右を見渡してからゆっくりと言葉を発した。


「あ、あの、はじめまして」


 ……ええい、そんな挨拶は後にしろ。しかし、こんな状況でも半ば平然としていられるのは、おそらくこんな状況を以前にも経験しているということだろう。一二〇メートルからの落下など取るに足らない事態だということを本能的に自覚しているに違いない。そのことから、この子が醒心力(パルス)を使える人間──つまり覚醒者(パルサー)であることはほぼ間違いないだろう。そして、記憶障害に陥っていることも……。


 まあしかし、そんなことはボクにとってはどうだっていいことだ。この子がただの家出少年だとしても、仮に竜命石(コアライト)目的の密猟者だとしてもどうだっていい。どうしてオツェアノ島に来たのか、どうして記憶を失ったのか、それも全く興味がない。


 ……ただ、お姉ちゃんの邪魔になるようなら──お姉ちゃんに危害を及ぼすような存在であれば話は別だ。ボクは絶対に容赦はしない。お姉ちゃんが何と言おうが、あらゆる手を使って排除してやる。だから、願わくはオツェアノ島を脱出するまで、このまま借りてきた猫のように大人しくしていてもらいたいものだ。


 お姉ちゃんはサングラスを外して放り投げ、着水体勢を取り始めた。その際、彼は何か言いかけたが、お姉ちゃんの胸で口を塞がれてしまった。そして、体を可能な限り細めた二人は、飛込競技の選手も唸るほど華麗な着水を披露した。


 本日、オツェアノ島で突発的に開催された飛込演技の観客はもちろんゼロ人。しかし、人ならざる者の眼差しが飛込競技台となった崖の上から注がれていた。

称賛の代わりに殺意が込められて……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ